実験手法

使用原虫について

 当グループで扱っているT. bruceiはSingle-Markerと呼ばれる株で,Lister 427株にTetリプレッサーとT7 RNAポリメラーゼを構成的に発現するよう改変したものである.Lister 427株は,ヒトへは感染せず,昆虫ステージへの分化も不完全である.その変異表面糖タンパク質(VSG)の型はVSG221(別名MITat1.2)である.この株は培養フラスコ中で純粋培養できる.培養には蛭海先生らが開発されたHMI-9培地が世界標準となっており,当研究室でもそれを使用している.この株のHMI-9培地での倍加時間は8~10時間で,3日に1回程度の継代培養が必要となる.

 Lister427株は,ウガンダの感染ヒツジから1960年に採取されロンドンのLister研究所に持ち込まれたものとされているが,ロックフェラー大学のクロス先生は Tanganyika(かつてアフリカ南東部に存在した国,現タンザニアの一部)の感染家畜から1956年に採取されたShinyanga III株に由来すると考えられている.

 なお,ゲノムの塩基配列が最初に決定されたT. bruceiはTREU927株であり,関連データベースも最も充実している.Lister427株は,TREU927とほぼ同じ遺伝情報を持つが,異なっている部分もあるため注意が必要である.


HMI-9培地レシピ(2L用)

1. FCS,SerumPlus,ヒポキサンチン溶液(0.1 M ヒポキサンチン,0.1 M NaOH)を冷凍庫から取り出し,室温の水浴で解凍する
2. 冷蔵庫に保存してあるIMDM粉末とピルビン酸ナトリウムを室温に戻す
3. 培養グレードの水1600mLに,以下の成分を順に溶解する.
 IMDM粉末_28 g
 炭酸水素ナトリウム_4.84 g
 ウシ胎児血清_200 mL
 SerumPlus_200 mL
 ヒポキサンチン溶液_20 mL
 バトクプロインジスルホン酸 二ナトリウム塩_56 mg
 システイン_364 mg
 ピルビン酸ナトリウム_220 mg
 チミジン_78 mg
 2-メルカプトエタノール_28 μL
4. ろ過滅菌後,冷蔵保存

Single-Marker株の培養には,Tetリプレッサー遺伝子とT7 RNAポリメラーゼ遺伝子の欠落を避けるために低濃度(2.5 μg/mL)のG418を加える.


細胞数測定

 改良型ノイバウエル計数盤を使用して数える.計数中も原虫が移動するため,手早く数える必要がある.一般的な培養細胞とは形が異なり,サイズも小さいため,画像解析技術を用いたセルカウンター装置ではうまく計数できない.動きを止める必要があるときは,パラホルムアルデヒドで希釈する.


遺伝子導入

 LONZA社のヌクレオフェクション装置でプログラムX-001およびHuman T Cell Nucleofector Solutionを使用すると,極めて高い効率で遺伝子を導入できる.T. bruceiは細胞内での相同組換え効率が高いため,遺伝子ノックアウト/ノックインが容易に実施できる.相同組換えを目的とする場合,5~10 μgの直鎖化したノックアウト/ノックインDNAコンストラクトを使用して,1~2週間程度で組換え原虫が得られる.


ゲノムDNA調製

 PCRのテンプレートやサザンブロットに用いるゲノムDNAは,MRC社のDNAzolを使用して調製できる.PCRの場合,テンプレートDNAのかわりに原虫を直接加えても増幅は見られない.また,同社のDNAzol DirectはライセートをPCR反応系に直接投入できるメリットがあるが,増幅が効率が低い.多少手間がかかってもDNAzolを使用したほうが良い.1 mL程度の培養液(1E6 cells)があればPCRのテンプレート用には十分である.


免疫染色(間接蛍光抗体法)

 蛍光標識した抗体を利用して,原虫中のタンパク質の局在を知ることができる.染色手順は,細胞をパラホルムアルデヒドなどで固定したあと,カバーガラスへ貼り付け,透過処理,ブロッキング,抗体反応へと進む一般的な浮遊細胞での手順と同じである.ただし,小さく細長い細胞なので,観察には63倍以上の対物レンズが必須になる.


RT-qPCR

 市販のキットなどを利用して精製したトータルRNAから,オリゴdTプライマーを用いて逆転写反応を行い,得られた一本鎖cDNAをPCR増幅・定量することで,元のmRNAの発現量を知ることができる.ただし,T. bruceiのゲノムには,イントロンが無いため,徹底したDNase処理でゲノムDNAを完全に除かなければならない.

項目リスト