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教師マンガに関する考察

マンガに見る現代の教師イメージ


 以下の論考は暫定的なものです。分類、考察は日々変化します(^^) 詳細な考察については、追って掲載していきたいと思います。異論、反論、感想なんでも大歓迎ですので、山田までお伝えください。

はじめに

 学園物と呼ばれるジャンルのマンガでは、多くの場合教師は脇役として描かれる。主役は生徒であり、生徒達が学校の日常性を常に破壊する。教師は、日常性を破壊しようとする生徒達を押しとどめる、あるいは破壊された秩序を復旧する秩序維持装置としてのみ機能しているように見える。

 例えば、高橋留美子の『うる星やつら』で描かれる授業シーンは常に破壊されるものとしてのみ現れ、温泉マークと呼ばれる教師は授業が破壊されることを避けようと常に奔走している。教師の側から日常性が破壊されることはなく、破壊するのは常に生徒、あるいはその友人である。

 しかし、教師が主人公として描かれる場合、日常性を破壊するのは教師でなければならない。学校や生徒達の日常性を破壊する非日常的な教師でなければ主人公となりえない。(といっても生徒に日常性を破壊される教師というパターンもわずかながら存在する。)

 教師マンガを通読してみると、教師が学校の日常性を破壊するパターンはいくつかに分類されるようである。このパターンを分析することで、現代の教師イメージの一端が明らかにできるのではないだろうか。以下では、教師マンガを分類し、それぞれのパターンに現れた教師イメージについて考察する。そして、それらに共通するものなどから、現代の教師イメージを明らかにすることが、この論考の主旨である。

I 非聖職者としての教師

1 生徒に好かれる「ダメ教師」

 ゆうひが丘の総理大臣

2 不良教師

 少年マンガ、青年マンガでもっとも多いパターン
 元ツッパリ、元ヤンキー、元ヤクザが教師となる。「不良」をやめた者(更正派)と、教師になっても「不良」(非更正派)の2パターンがある。

a 更正派

 コンポラ先生
 唐獅子教師

b 非更正派

 GTO?
 はいすくーる仁義
 ファンキーモンキーティーチャー
 赤点先生
 無頼教師
 サムライ教師ボギー

※ 教師としての威信、人気は喧嘩の強さで決定される。
  喧嘩が弱い教師=ダメ教師
 更正派、非更正派に関わらず、基本的に「不良」のリーダーとしての教師が描かれる。
※ 「不良教師」=生徒のサブカルチャー、カウンターカルチャーを身につけた教師
 逸脱の程度は最近になるほど過激?

II 生徒のアイドルとしての教師

1 卓越した能力

 地獄先生ぬ〜べ〜 − 日本でただ一人の霊能力教師
 スラップスティック ミルキィ先生 − すぐれた容姿、プロ顔負けの運動能力(特にテニス)
 ビッグマグナム黒岩先生? − 文部大臣により拳銃の所有を許可
 Be Free − 将来の文部大臣

2 指導者としての教師

 マドンナ − ラグビー
 やったろうじゃん − 野球
 甲子園の空に笑え! − 野球

III 恋する教師達

1 生徒から教師へ

 I Love Her
 いとしのエリー
 先生!

※ 少女マンガに典型的に見られる。少女マンガで教師が主要な役割を演じている場合は、ほとんどがこのパターンではないだろうか。
※ 良好な教師−生徒関係を継続することの難しさが明確に現れている。

2 教師から生徒へ

 青春は薔薇色だ
 人生は薔薇色だ

※ 成年コミックを除けば稀有なパターンではないだろうか?
ここにあげた桑田乃梨子さんのマンガ以外にこのパターンのマンガをご存じの方はぜひ教えてください(^^)

3 教師から教師へ

 高校教師野原夢子の恋
 ただいま授業中

※ 教師間の恋愛が他で描かれないわけではないが、生徒に恋されるものと比べれば、やはり少ない

IV 異常な教師達

 マイナス − 極端に他人から嫌われることを避ける性格から殺人まで犯してしまう女教師。
 女郎
 イオナ

V 成長する教師

 ただいま授業中

※ 新任教師の社会化(してるのだろうか?)を扱った作品。他にも教師が主人公の場合、新任として扱われる場合が多い。

VI 進路としての教師

 教師自身が主人公にならなくとも、主人公が教師を目指す、あるいは教職免許を取得するという設定は意外に多い?

 生徒諸君
 めぞん一刻
 紫電改のタカ


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