用語解説―(一般)−2

 

☆取材源の秘匿(ひとく)☆

 

取材(情報)源を秘密にできるという記者の権利(ジャーナリストの権利)。すなわち、第三者の求めに対し、記事の元となった取材先に関する情報を秘密にできることで、特に、新聞やテレビ報道(ニュース)番組・雑誌記者が主張している報道機関による「表現(報道)の自由」の中に含まれる権利である。

近代国家の基本原則である民主主義の根幹は国民に対する的確な情報の提供にあるが、それはまた、国民の「知る権利」の保証を意味する。それはもっぱら、新聞や報道機関の報道によって可能となる。そのためには取材をしっかりする必要がある。取材の基本が取材源が守られることである。安易に取材源が明らかにされると、安心して報道機の取材に応じなくなり、ひいては、取材が出来なくなる。

すなわち、取材源の秘密をまもること(取材源の秘匿)は、報道機関の生命線であるばかりか、民主主義の存立の基盤でもある。換言すれば、取材源の秘匿は民主主義を実現する上で重要な要素のひとつといわなければならない。

そのため、民事訴訟法197条1項3号は、職業の秘密に関する事項については、裁判で証言を拒否できると定めているが、報道機関等の記者の場合は、取材源がどこの誰なのかといったことが、職業の秘密に関する事項に該当するのである。

だが、東京地方裁判所は06年3月14日、米国企業の日本法人による所得隠しに関する記事を書いた読売新聞社の記者に対し、取材源の秘匿を認めないとする決定をした。これは、民主主義に基本と憲法の原則を正面から否定した判決といわなければならない。

一方、東京高等裁判所は06年3月17日、米国の健康食品会社が課税をめぐって米国政府に損害賠償を求めた訴訟の嘱託尋問で、「報道機関の取材活動は、民主主義の存立に不可欠な国民の「知る権利」に奉仕する報道の自由を実質的に保障するための前提となる活動であり、取材源の秘匿がされなければ、報道機関と取材源との信頼関係が失われ、その後の取材活動が不可能または著しく困難になる。取材源は民事訴訟法197条1項3号の『職業の秘密』に該当し、原則として証言拒絶は理由がある」として、NHK記者の取材源について秘匿を認める決定をしたが、この判決は、民主主義と憲法の原則にかなったものと評価でした。

さらに、東京地方裁判所は06年5月22日、国税当局と大手メディアの関係に触れた月刊誌「テーミス」の02年10月号の米国企業の日本法人の所得隠しを指摘した97年の新聞、テレビの報道を踏まえて執筆された「国税庁が『大失態』で米国企業に屈服した」などと題する記事(記事では、米国企業に対する国税庁の姿勢や、報道機関と国税当局との関係を批判。「国税庁幹部がマスコミに追徴の内容を漏らしている」などとする「国税庁関係者」の発言を引用した)をめぐり、同誌編集幹部らが民事裁判の証人尋問で取材源などを明かさなかったことについての決定で、「発言には、漏洩(ろうえい)が禁じられている秘密と考えられるものに言及している部分がある」と指摘した上で、こうした発言をした取材源について証言拒否を認めることは、結果として公務員の違法行為を隠蔽(いんぺい)することになり、到底許されないと述べる一方、「記事が公務員の不正行為を指摘したものだった場合、証言を強制すれば裁判所が不正を隠すことになる」として、記事の一部については「国税庁やその職員の不正を指摘するもので、証言拒絶権を行使できる」と認めた。

なお、この決定の裁判長は、同様の嘱託尋問を巡る東京地方裁判所の06年3月14日決定と同じ裁判長である。

 

 最高裁第3小法廷;取材源の秘匿認める。NHK記者の証言拒絶で初判断(06年10月03日)  

 

米国の健康食品会社の日本法人への課税処分の報道を巡り、嘱託尋問で記者が取材源に関する証言を拒否できるかが争われた訴訟の決定があった(同社が「課税処分は誤りで、信用失墜などの被害を受けた」などとして、米国政府を相手取り、損害賠償請求訴訟をアリゾナ連邦地裁に提訴、同地裁は、この報道を日本国内で行った報道機関の記者らに対する嘱託尋問を日本の裁判所に要請、この嘱託尋問で証言を拒絶したNHK、読売新聞、共同通信など記者に対し、食品会社側がその当否を問う裁判を申し立てた)

決定(全員一致)は、国民の知る権利を守るうえでの報道機関の公共的役割の重要性から、NHK記者の証言拒絶を正当と認め、会社側の特別抗告を棄却する決定をした。NHK記者の証言拒絶裁判では、1審・新潟地裁が「正当」との判断を示し、06年3月、2審・東京高裁もこれを支持して、食品会社側の即時抗告を棄却したため、同社側が最高裁に特別抗告などを行っていたが、これで、証言拒絶の正当性が確定した。なお、民事訴訟に関して記者の取材源秘匿を認める最高裁の司法判断は初めて。

 一連の証言拒絶裁判では、地裁、高裁レベルで計6件の決定が出されており、判断が分かれていた。読売新聞記者のケースでは、1審・東京地は、「公務員の守秘義務に反して得られた可能性がある場合、証言拒絶は認められない」として、ほとんどの証言拒絶に理由がないとしたが、06年6月、2審・東京高裁は証言拒絶には理由があると認めたため、同社側が最高裁に特別抗告などを行っている。

 

民事訴訟法第197条(証言拒否)

@ 次に掲げる場合には、証人は、証言を拒むことができる。

1 第191条第1項の場合

2 医師、歯科医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士(外国法事務弁護士を含む。)弁理士、弁護人、公証人、宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合

3.技術又は職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合    

 

 

☆附(付)則☆

 

法律・条例・命令(法令)等の最後に「附則」との見出しで置かれる法令中の一条文で、主に法律が実施される期日(施行期日)や経過措置、及び関係法令の改廃など、法令の主要事項に付随して必要事項を定める部分。なお、法令の本体となる部分を附則に対して「本則」という。

 

議院法制局☆

 

法案作成に技術的に協力するために衆・参両議院に設置されている機関。つまり、法律制度に関する専門的な知識を活用して各院の議員立法や各院の議員の立法活動を補佐するために各議院に設置された国会法131条機関である。また法律適用の場面で法律解釈の違いによって差異が生じることのないように、現行の法律や制度などとの整合性を考えながら、法解釈を行なう(衆議院法制局参議院法制局)。

具体的には、法律案の立案の依頼があると、依頼者がどのような事実を踏まえて、どのような政策意図のもとに法律を作ろうとしているのか(依頼者の立法趣旨)を確認した上で、立法内容の検討に入り、依頼者の政策意図が最大限実現されるような立法を行うことを目指すとともに、憲法適合性・現行制度との調和・法政策の合理性などについて、法律専門スタッフとしての検討を行い、依頼者とも協議を繰り返して行うことになる。

組織は、各院の議長が議院の承認を得て任免する法制局長のもとに法制次長や参事その他の職員が置かれ、職員の採用はそれぞれの法制局が独自に行う試験によって決まり、国家公務員の身分が与えられる。

法制局長の年収は2812万円で、中央省庁事務次官の年収(2313万円)を軽く超えている。

なお、大島理森農相(03年3月31日、引責辞任に追い込まれた)が元秘書の献金着服疑惑について「議員として法律上の認識を問いかけ、法制局からいただいたものだ」と答弁し、想定問答(内容は政治資金規正法関係、公職選挙法関係などの項目に分けて違法性を否定する答弁方法を列挙。例えば「政治資金規正法上の処理は、問題ないのか」との問いに「金銭は秘書個人の所にとどまっており、そこで個人的に費消されたということですので、当方としては、処理のしようもない」との答えが用意され、農相は実際に03年2月20日の審議で同様の答弁をしている)を衆院法制局が作成していたことが03年2月26日の衆院予算委員会で明らかになった。

これに対して質問にたった筒井信隆議員(民主)は、「金銭スキャンダルの大臣答弁を作ることが衆院法制局の職務に入るのか。(国会職員法の定める)公正不偏に反する〔国会職員法第17条『国会職員は、国会の事務に従事するに当り、公正不偏、誠実にその職務を尽し、以て国民全体に奉仕することを本分とする』〕」「法制局は農相の顧問弁護士に成り下がった」と批判した。

また、自民党の青木幹雄参院幹事長は03年2月28日の記者会見で「参院法制局では(個人的な相談への応対は)しないことになっていると聞いた。その点で本来衆参が違うべきではない」と述べ、大島氏と衆院法制局との関係が不適との認識を表明、倉田寛之参院議長も記者団に「やってはいけない禁断の実に手を付けた。三権分立制の基本にかかわる。参院ではあり得ない」と指摘した。

 さらに03年4月3日までに綿貫民輔衆院議長は、今後は閣僚、副大臣、政務官からの法律問題の照会には応じないよう同法制局の職務内容を見直す考えを示した。同時に「法制局内部に緩みがあった」として、窪田勝弘衆院法制局長と、大島氏から直接依頼を受けた郡山芳一法制次長の処分を検討していることも明らかにした。

 

内閣法制局

 

閣議にかけられる法令の立案・審査や法制に関する調査及び条約案を審査するために、内閣法制局設置法(1952〔昭和27〕年法律252号)に基づいて、1952(昭和27)年に内閣に設置された機関内閣の付属補助機関の一)である。

議院法制局とは別のものであり、法律問題に関し内閣並びに内閣総理大臣及び各省大臣に対し意見を述べるという事務(いわゆる意見事務)と閣議に付される法律案、政令案及び条約案を審査するという事務(いわゆる審査事務)とがその主な業務である。つまり、法律案や政令案に必要な修正を加えて、内閣に上申し、法律問題に関して内閣ならびに内閣総理大臣および各省大臣に意見を述べ、さらに、内外および国際法制とその運用に関する調査研究を行い、その他国内法および国際法に関する調査、政府の法的統一見解の作成など行なう。

特に国会において、憲法以下の現行法令の解釈など法律問題につき意見を求められた場合に、政府が答弁を行うことなども重要な内閣法制局の重要な業務の一つとなっている。

 

法令解釈☆

 

法令(法律や政令等の命令)の解釈は、最終的には裁判所の判決を通じて確定されるが、それとは別にその法令を所管し、その執行に当たる各省庁においてそれを行っている。ただ、法令の解釈に関して各省庁において疑義がある場合や関係省庁間において争いがあるような場合に、あるいは各省庁から求めがあったときは、内閣法制局が、これに応じてその法律問題に対する意見を述べることになっている(内閣法制局の意見事務)。

内閣法制局の法令解釈についての意見が出された場合は、少なくとも行政各部内においては、それで解釈が統一されることになる(政府の法的統一見解)。

 

人間の盾

 

 本来は、空爆などをさせないようにするため敵の捕虜や人質(人間)標的となる軍事施設(攻撃目標施設=自軍の拠点)に強制的に移動させる方策、つまり、空爆に対する抑止力に人間を使う戦術である

91年の湾岸危機の際、イラクはクウェートから逃げ遅れた外国人や多国籍軍の捕虜を、自軍の戦略拠点や自国の発電所などに移した。また、99年5月14日、ユーゴスラビア・コソボ自治州南西部で北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆により多数のアルバニア系避難民が死亡、ユーゴは「反人道的」としてNATOを非難した。しかし、NATOはユーゴが避難民を「人間の盾」にした結果、と逆にユーゴの責任を追及、空爆続行の強硬姿勢を貫いた。

欧米の平和活動家たちはこれを逆手に取り、パレスチナなど紛争地に割って入り、衝突や軍による暴力を止める運動の手法の一つにしているが、03年2月25日には、アメリカのイラク攻撃を防ごうと、バグダッドに約20カ国の300人余りの「人間の盾」志願者が集まり、発電所など空爆目標になりそうな施設に居座る計画を立てた。

また03年3月16日、パレスチナ自治区ガザ市からの情報によると、ガザ地区南部の自治区ラファ難民キャンプでイスラエル軍の民家破壊を阻止する「人間の盾」の活動をしていたパレスチナ支援団体「国際連帯運動」(ISM)のメンバーである米ワシントン州出身の米国人女性(23)が同軍のブルドーザーにひかれ、死亡した。なお、死者が出たのはこれが初めてである。

 

イスラム教(イスラム・イスラーム・回回〈フイフイ〉教・回教)

 

610年にアラビアでムハンマド(マホメット。571年キリスト教時代であったメッカにて出生し、AD632年長逝、メデイナに埋葬された)が創唱した宗教で、唯一神アッラー[アラビア] allāh。アラー。世界の創造者で全知全能の審判者とされる。人格神〈人間的な容姿・意志・感情をもって、人間と交わりを結ぶと信じられている神〉であるが戒律により図像化は一切されていないのみを信仰し、偶像崇拝(神以外の人や物を信仰の対象として崇拝することで、神を被造物と混交するものとしてイスラム教のみならず、キリスト教などでも厳しく否定され、他の宗教を非難する語として用いられている)を禁じている。イスラムといは、アラビア語でal-Islam、その意味は、平和・従順・放棄・素直・受諾・純粋・遂行、また「絶対に帰依する事」で、一切を上げて、神アッラーに任せ、他人に対して善行を施す事であるとされている。

世界宗教として、アラビアをはじめ、中近東を中心に広がり、現在は、東はインドネシアから、西はアフリカの大西洋沿岸諸国にまで普及しており、多くの国々でイスラム教が政治・経済・文化面で枢要な役割を担っている。

(経)典は予言者ムハンマドへの神の啓示であるコーラン。教義はシャリーアとして体系化され、宗教的であると同時に法の体系でもあり、信仰とその社会的実践とが重視される。その二つの基本思想は、信(信仰)と行(勤行〈ごんぎょう。実践に努めること。神〈仏〉の前で経を読み、祈ること。おつとめ〉)である。つまり、その主要な信仰および勤行として、6信(アッラー〈神〉・天使・敬〈経〉典・予言者・来世・予定)と5行(信仰告白・礼拝・喜捨〈きしや〉・断食・巡礼)説かれる。すなわち、イスラム信仰の基本として信仰のみでは十分でなく、以下の5行(5つの勤行)が伴わねばならないのである。

1. Shhadah信仰告白:アッラーの他に神はなく、マホメットはその使徒である。

2. Salat 礼拝:1日5回神を拝む。    

3. Zakat 喜捨:宥恕(ゆうじょ)と相互扶助及び貧困者への施し。

4. Saum 断食:第9月ラマダン月は日の出から日没まで飲食を絶つ。

5. Haji 巡礼:ゆとりのできた者は一生に一度メッカ巡礼。

ムハンマドの死後、後継者としてカリフが立てられたが、その後、後継者をめぐる対立が生じ、スンナ派とシーア派その他の諸派に分裂。8世紀中頃から11世紀にかけては古代ギリシャ文化を吸収し、哲学・医学・地理学などを発展させて、近代ヨーロッパの科学的伝統へ大きな影響を及ぼした。

なお、教徒は生涯改宗できない。現在、世界人口の5分の1がイスラム信徒(アメリカ国内に700万人)といわれており、世界で最もイスラム教徒が多いのは、インドネシア、次いでバングラディシュ、パキスタン、インド、ナイジェリアで、アラブ人の国エジプト

 

☆ラマダン(断食月)☆

 

礼拝、巡礼などと並び、イスラム教徒の最も重要な5つの義務(5行)の一つが断食で、預言者ムハンマドが神から啓示を受けたとされるイスラム暦9月の1カ月間教徒は日の出から日没まで一切の飲食などを断ち、イスラム草創期の人々の苦労をしのび、連帯意識を深める(ただし戦場の兵士や旅人、妊婦、老人などは除外される)。イスラム暦では1年が354日なので西暦とずれるが、01年のラマダン入りは11月16日前後から。

 

イスラム原理主義☆


 イスラムの伝統・文化に回帰しようとする(イスラムの原点に立ち返る)思想で、イスラム復古(興)主義とも呼ばれ、イスラム法の教えに忠実に従って、今の政治社会を変革することを目標にしている(そもそも原理主義〈ファンダメンタリズム〉とは、1920年代に生まれた聖書に誤りがないとするキリスト教の戦闘的一派をさす。イスラムに対して使うようになったのは、79年のイラン革命や81年11月のエジプトのサダト大統領暗殺事件以降に、暴力を伴う運動がキリスト原理主義のイメージと一致したことからアメリカのマスコミが命名したもの)

90年代以降、このグループによる世界各地での破壊活動が目立つようになり、01年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロ事件で一躍世界的に注目を集めた。すなわちイスラム原理主義は、イスラム法(シャリーア)にある信条や道徳(聖典コーラン)などを厳格に実践し、予言者ムハンマド(マホメット)の言行などを根拠法源とし、礼拝の仕方からトイレの使い方までの生活全般を規定すると共に、窃盗に対しては手足の切断、密通には投石による死刑など厳しい刑罰を科すことにより、共同体(ウンマ)の再興を目指しているのである。

その背景には、イスラム教徒の多い中東地域でも90年代に入り、いわゆるグローバル化の流れの中で近代化政策が推進され、急速に欧米型の制度や生活様式が一般市民の間に浸透したことがある。そうした流れに反発し、それを否定しようとする勢力が現れるもの当然である。そしてその勢力は、支配者階層の政治腐敗と、深刻な失業問題、イラン、イラク、アフガニスタンなどでの干ばつによる貧困化の進行、さらなる貧富の格差の拡大等の社会構造の変化や不安定な政情とが相まって、増え続けているのである。

その中で、テロ(あらゆる暴力的手段を行使し、またその脅威に訴えることによって、政治的に対立するものを威嚇(いかく)すること。テロル・テロリズム)活動を続ける過激派が非合法のうちに組織された。1997年11月にエジプトで起きた無差別銃撃テロのルクソール事件(日本人10人を含む外国人観光客ら62人が犠牲となったエジプト南部ルクソールでのテロ事件)、1998年8月7日のケニアとタンザニアであった米大使館爆破事件(少なくとも死者196人、負傷者は5,000人。アメリカは、イスラム原理主義者オサマ・ビンラデンのグループの犯行と断定、報復のため、同年8月20日にアフガニスタンの同グループの拠点6か所と、スーダンの薬品工場を巡航ミサイルで攻撃した)などは、聖戦(ジハード)の名のもとで行われたこのグループらのテロ活動だと見られている。
 2001年 3月に貴重な世界的文化遺産であるバーミアンの仏教遺跡を破壊したタリバンのイスラム原理主義に基づく過激派のひとつといわれている。このほか現在、1928年にエジプトで結成されたスンニ派のムスリム同胞団
(原理主義の最大勢力)、イスラム聖戦機構、ルクソール事件で犯行声明を出したイスラム集団、81年1月にサダト前大統領を暗殺したジハード団、イスラム救国戦線(FIS)などが過激派として各地で反政府運動を繰り広げている。

 

 

☆タリバ(―)ン☆

 

ソ連軍撤退した後のアフガニスタンは、軍閥の抗争から内戦状態になる。その混乱のなか、92年ごろからパキスタン国境地帯に逃げたパシュトゥン民族難民の青少年らが、パキスタン軍部の支持のもとで原理主義教育や軍事訓練を受け、94年に結成したのが「世界で最も謎に包まれた」組織といわれるイスラム(過激派)原理集団「タリバン」(イスラム教の神学生の意味で、正式名称は「イスラム神学生による改革運動」)であり、96年9月に首都カブールを制圧した。同政権の最高意思決定機関が「評議会(シューラ)」であり、最高指導者がムハンマド・オマル師(その親戚関係にあるのが米・同時テロの黒幕として米から糾弾されているウサマ・ビンラディン氏)である。

現在、全土の90%を軍事的におさえた(実効支配している)といわれ、01年3月には、イスラム教の偶像崇拝の排除から、世界的な仏教遺跡バーミヤンの大仏を爆破し、各国から非難を浴びた。タリバンの兵力は約3万人で、内訳は陸軍4個師団と首都カブールを防衛する1装甲師団とされている。パキスタン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(アラビア半島の北東部、ペルシャ湾に面する連邦国家。旧イギリス保護領のアブダビ・ドバイ・シャルジャなど7首長国で結成。71年独立。全土が砂漠で石油資源が豊富である)の3カ国がタリバン政権を承認していたが、01年9月22日、アラブ首長国連邦が、また9月25日にはサウジアラビアが国交を断絶した。

こうした過激派を育てたのが、米国を含む周辺勢力である。アフガニスタンのイスラムはもともと穏健、寛容を特徴としたが、米国などは、アフガニスタンに侵攻したソ連への対抗する勢力の育成に迫られ、より過激な党派へ援助して育成をはかった。その結果として女子を学校から追放し、スポーツや娯楽を禁止するタリバンが出現したのである。そのまた背景には石油がある。現在、カスピ海の豊かな埋蔵資源が注目を集まっているが、石油を運び出すパイプラインを、イスラム国のイラン経由しないアフガニスタンルート確保のための親米政権が必要不可欠であるといた事情である。

なお、アフガン北部(本拠地ファイザバード)に陣取る反タリバン勢力が「北部同盟」であるが、同同盟のカリスマ的指導者のアハマド・シャー・マスード司令官(48)は、9月9日(同時テロの2日前)自爆テロで死亡した。 

 

☆イスラム救国戦線(FIS)☆

 

1962年に独立したアルジェリアでは民族解放戦線(FLN)の一党独裁が続いたが、88年にいたりようやく民主化に着手された。その過程で、アラブ世界で初めて公認されたイスラム原理主義政党がイスラム救国戦線である。以後同党は、長期独裁下で深刻となった経済的破綻から、特に貧困層や若者の支持を受けて勢力を伸長させ、91年12月、初の複数政党制による総選挙第1回投票で議席の約8割を獲得し圧勝する。たが、イスラム政権樹立を恐れる軍部が第2回投票前に同党を武力で弾圧、92年2月非合法化した。

 非合法化されたFISは、民主的手法による政権奪取をあきらめ、外国人を狙うテロを含めた激しい武力闘争に戦術を転換させた。95年になって表面化した軍事政権とFISの2回目の対話の試みは失敗、テロ続発状況は変わらず、同国の治安回復の展望は未だに立っていない。

 

☆テロ支援国家☆ 

 

 米国が、国際テロに関与したりテロリストを支援したりしていると『テロ年次報告書』で指定している国家で、イラン、イラク、リビア、スーダン、シリア、キューバ、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の7カ国。米では、これらの国を「ならず者国家」(rogue states)と呼ぶこともある。

 

世界貿易センター (The World Trade Center)

1970年代に世界規模での貿易拡大や国際ビジネスなど目指して設立され、世界100カ国以上のネットワークを誇る国際貿易振興機関の本部にあたるのが世界貿易センターである。同本部ビルが世界貿易センタービルで、世界各地の主要な金融機関が集まるアメリカ経済活動の中心地ニューヨーク・マンハッタン島南部の2つの超高層タワー(417メートル〈110階〉は世界第4位)と4つの低層ビルからなるアメリカ経済の象徴的な建物である。同ビルは、日系人の建築家ミノル・ヤマサキ氏が設計したことでも有名である。

同ビルには、世界の金融オフィスともいわれ、日本の金融機関や日系企業が多数テナントとして入居している。最上階の展望台は観光名所ともなっており、アメリカの資本主義経済反映の象徴と見られていたが、1993年に、イスラム原理主義の過激派によって、爆破テロ事件が起こされた。そして2001年 9月11日の朝(日本時間11日夜)、テロリストに乗っ取られた大型旅客機が激突し、高層タワー2棟を初め低層ビルも崩落したが、この様子は、リアルタイムで全世界にテレビ中継された。

 

☆パン・アメリカン機爆破事件☆

 

1988年12月21日夜、英・スコットランドのロッカビー村上空で、フランクフルト発ロンドン経由ニューヨーク行きのパン・アメリカン航空103便が爆発し墜落、乗客・乗員259人全員と住民11人の計270人が死亡したテロ事件。高性能プラスチック時限爆弾を埋め込んだ東芝製ラジオカセットをスーツケースに入れ、機内に積み込んだとされている。

米国の軍事行動の可能性も報じられたなか、当初、パレスチナ・ゲリラの過激派とする説が有力だったが、米英の当局は91年11月、リビア情報機関員が関与したものと断定、同月、スコットランドの検察当局が殺人謀議などで告発し、英米が容疑者の引き渡しをリビアに要求したが、リビアの抵抗に直面した。

国連安保理は92年1月、引き渡しをリビアに促す決議731を採択、92年3月には、決議748を採択、経済制裁を決定、しかし、リビア事実上引き渡しを拒否。これに対して安保理は93年11月、「リビアへの航空機の乗り入れ停止、航空機部品等の供給の禁止、武器および関連機材の禁輸、リビア在外資産の凍結、石油関連機器の禁輸」を盛り込んだ制裁強化の決議883を採択する制裁によるリビアの経済的損失は330億ドルといわれている)

こうした中、長期にわたる国際社会の説得と相まって、米が98年8月に、“裁判を第3国のオランダで開き事件発生地の英・スコットランドの法律を適用する”との新提案を行ったことから99年に犯人引渡しが実現し、マグラヒー被告とファヒマ被告が、殺人、殺人の謀議、航空保安法違反の罪に問われた。

00年5月、オランダの特設法廷で裁判が始まり、01年1月、主犯格の1人は終身刑に、もう1人は無罪となった(主犯格が控訴したため、裁判は継続中)。

 

☆PFI(ピー・エフ・アイ)☆

 

道路、庁舎、廃棄物処理施設といった公共施設等の設計、建設、維持管理・運営等を、国や地方公共団体が自らすべて行うのではなく、民間の資金、経営能力及び技術的能力を活用して行う新しい手法をPFI(Private Finance Initiative)という。これにより、事業コストの縮減やより質の高い公共サービスの提供、民間の事業機会の創出を通じた経済の活性化が期待できるといわれている。

こうした事業は、英国など海外ですでに実施されているが、日本でも、99(平成11)年7月に「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(PFI法)が制定され、既に地方公共団体において、PFIの活用による小学校、駐車場や病院などの整備の事業実施手続が進められている。
 また、小泉内閣のいわゆる「骨太の方針」でも、効率的な社会資本整備に向けた方策などとしてPFIが取り上げられているほか、02(平成14)年度予算の概算要求基準においても公共投資全般についてPFIの積極的活用を図ることとされている。

 

☆字幕放送☆

 

静止し、又は移動する事物の瞬間的影像を視覚障害者に対して説明するための音声その他の音響を聴くことができる放送番組及び音声その他の音響を説明するための文字又は図形を見ることができる放送番組をいう。その普及率は、NHKで17.9%、民法で日本2.9%であるのに対して(01年6月現在)、アメリカは約90%である。この結果は、日本の場合、放送法で、「放送事業者が字幕放送をできる限り多く設けるようにしなければならない。」という努力規定を設けているだけであるが、アメリカの場合は、1996年の電気通信法第713条で、番組提供事業者又は番組所有者に、原則として、すべての番組に字幕を付与することを義務付けていることに起因する。

 

☆F2支援戦闘機☆

 

米国製のF16戦闘機を原型として日米で共同開発した対地、対艦攻撃を含めた多機能な戦闘機。自衛隊では01年3月末、三沢基地に18機が配備され、飛行隊が新規編成された。三沢を含め全国で3個飛行隊を整備する予定であるが、航空機メーカの製造ミスから水平尾翼がへこんだF2支援戦闘機5機が航空白衛隊三沢基地(青森)に配備され、うち1機でへこみに張り付けた補修用のテープが飛行中に落下する事故が起きた(01年7月7日判明)。なお、価格は機約120億円。

 

 

☆薬害エイズ事件☆

 

1980年代前半、血友病の治療として使われていた輸入した(日本は血友病の濃縮製剤やアルブミン製剤の原料のほとんどを米国からの輸入に依存。世界の血しょう使用量の3分の1を消費していた)非加熱血液製剤(2,000人以上の血液から凝固因子を抽出、濃縮して作られた製剤)の中に、エイズを引き起こすエイズウイルス(HIV)が混入していたため、血友病の患者がHIVに感染した事件。世界各地で多くの感染例が報告されているが、日本では、血友病治療のほかにも、肝臓病の治療などに使用され、「官・業・医」の複合的過失のため1,800人以上がエイズに感染し、少なくとも500人が死亡したと言われている。

感染の危険性は、82年ごろから指摘されていたが、当時の厚生省エイズ研究班などの対応が後手にまわり、被害を拡大させた。その事件の責任を問う形で、業務上過失致死罪で安部英(たけし)・元帝京大副学長(帝京大ルート)や松村明仁・厚生省元生物製剤課長(厚生省ルート)、それに製薬会社・旧ミドリ十字(大阪市、吉富製薬と合併)の厚生省出身の松下廉蔵被告(79)ら歴代3社長(ミドリ十字ルート)などに対する刑事訴追が行われた。

だが、01年3月28日東京地裁は、帝京大ルートの安部被告(84)に対し無罪判決を下した。ミドリ十字ルート判決要旨)では00年2月、大阪地裁が起訴事実を認めた歴代3社長に実刑判決が宣告された(被告側が控訴)。また、「官僚の不作為が問われた「厚生省ルート」は01年9月28日に有罪判決が言い渡された。

また、感染者らは89年、国と製薬会社5社を相手に東京、大阪両地裁で損害賠償請求訴訟(いわゆるHIV訴訟)を提起、96年3月、国と製薬会社が患者側に1人あたり一律4,500万円の一時金を支払うことで最初の和解が成立、その後現在までに全国で約800人が和解している。

なお、エイズは、血友病治療のほか、性的感染、母子感染と並んで、重い新生児出血症や肝臓病の子供たちに感染する第4のルートも94年から95年に判明している。

 

☆期待族☆

99年頃から、東京都や、青森、福井、岡山県など各地の祭りで目立ち始めた、暴走行為や騒ぎが起きるのを期待して集まる若者達のことで、警察が命名した。携帯電話で連絡を取り合い、仲間が集まることも多ク、暴走族らの行為をあおり立てたり、パトカーや交番を襲撃したり、機動隊員らに火炎瓶や石を投げつけたりして、取り締まりの警官らと衝突騒ぎを起こし、警官が負傷する事件も発生している。

だが、暴走族らの騒ぎを見るだけの期待族を取り締まることは現行法上は無理、そのため、兵庫県姫路市は01年3月27日、暴走族らの行為に、「声援、拍手」するなどした期待族にも罰則を科す全国初の規制条例(姫路市「期待族」規制条例を制定した。

 

☆豊浜トンネル事件☆

 

1996年2月10日午前8時10分ごろ、北海道古平町の国道229号の長さ1,086メートルの豊浜トンネルで、総重量2万1,000トンの岩盤が崩落し、小中高校生8人を含む19人が乗った路線バスと1人が乗った四輪駆動車が下敷きとなった事件。救出作業は発破の失敗などにより遅れ、1週間後に全員が遺体で収容された。犠牲者20人のうち7人の遺族が「不安定な岩盤にトンネルを掘った」「トンネルの管理に落ち度があった」として、国家賠償法に基づき、国(国側は「トンネルの設計や施工に問題はなかった。崩落は人知を超えた自然現象で、予見は不可能。国に落ち度はない」と反論)に総額6億4000万円の損害賠償を求めて1996年12月に提訴、3年7カ月後の00年7月に結審した。札幌地裁は職権で和解を勧告し、00年10月に和解交渉が行われたが、事故原因と責任の所在の究明を望む遺族側が和解を拒否し、決裂、01年3月29日、救出が遅れたことに対する精神的苦痛を含めた約4億5000万円の支払いを国に命じた判決を言い渡した。

 

イトマン事件

 

大阪の中堅商社・旧イトマン(住金物産に吸収合併)から絵画取引やゴルフ場開発などの名目で2、600億円もの巨額の資金が引き出された「戦後最大の経済犯罪」で、これで老舗の商社は消滅した。

事件の主役となったのは、商法の特別背任と法人税法違反の罪に問われ、懲役7年6カ月、罰金5億円の判決を受けた「地下経済の黒幕」といわれた会社役員、許永中被告(54。保釈中に失跡、裁判は2年間中断)と懲役7年の判決を受けたイトマンの元社長河村良彦被告(76)と同10年の判決を受けた元常務伊藤寿永光被告(56)である。

事件は、本業以外のゴルフ場事業や絵画取引などによる損失、そして「裏社会」との密接な関係が明らかになったことでバブル経済下の典型的経済事犯といわれたが、裁判で河村被告らは、「当時は事業に採算性があった」などとして、「真の犯人はバブル」といわんばかりの弁明を展開した(1994年9月にイトマンのメーンバンク・住友銀行の名古屋支店長が射殺された(未解明))。

なお、判決で認定された事実は、「@伊藤被告と共謀して絵画211点をイトマン側に不当な高額で売却し、約263億5,000万円の損害を与えた特別背任罪A河村、伊藤両被告と共謀し、自分が実質的に経営するゴルフ場開発会社「さつま観光」に対してイトマンから200億円の融資を受け、約96億円を焦げ付かせた特別背任罪B系列企業が89年度に絵画取引などで得た法人所得約76億円をすべて隠して申告させ、約30億6,000万円を脱税した法人税法違反の罪」である。

 

☆C、B型肝炎☆

 

C型肝炎はウイルスが血液によって感染する病気で、慢性肝炎から肝硬変、肝がんへと進むことが少なくない。推定で感染者は200万人以上。血液製剤の投与や輸血、手術、注射などの医療行為のほか、麻薬や覚せい剤の注射による回し打ちなどでも感染する。感染者の大半は40代以上で、輸血時の検査が可能になった1990年代以降、新たな感染はほぼなくなった。

B型肝炎は、ウイルスによる母子感染が中心だが、30代以上では医療行為による感染もある。感染者は150万人前後と推定され、慢性肝炎から肝硬変、肝がんと進む人もいるが、発病しない人が大半。

 

中古ゲームソフト


 ソニーのプレイステーションやセガ(隔離部屋)ドリームキャスト(製造中止)などの家庭用ゲーム機に対応したソフトウェアのうち、一度使われたものをいう。市場では、一般消費者から中古のソフトを買い取り、新品価格より大幅に割引いた価格で販売する業者が多く存在している。消費者にとっては、中古ということを我慢すれば、安く買え、新品と同じ内容のゲームを楽しむことができ、また使用後はそれを再び買い取ってもらえるという利便性があるためである。それゆえ、2000年の中古ゲームソフトの販売本数は3,850万本にもなり、平均購入比率も29.0%に達している(「CESAゲーム白書」)。

利用者(消費者)にとって大きなメリットがある流通形態ではあるが、莫大な開発費(宣伝広告費を除いた1本の平均製作費は約9億5000万円程度)をかけてソフト政策しているゲームソフトメーカーにとっては大変な問題となる。売上げに影響するからである。新品パッケージとして出荷した商品が、中古ソフト市場での売買により次々と消費者の手に回ってしまうと、たちまち売上げはダウンし、メーカーにとっては死活問題ともなる。中古ソフト市場が拡大すればするほどその影響は大きくなる。

当然メーカー側(カプコンコナミソニー・コンピュータエンタテインメントなど大手ゲームメーカー6社)は、このような中古ゲームソフトをメーカーに無断で販売するのは著作権法に定める、メーカー(著作者)側が販売などを自由にコントロールすることができる権利である頒布(はんぷ)権を侵害する違法性行為として販売の中止を求めたが、業者側(ゲームソフト販売株式会社「アクト」(岡山市)など)はこれを拒否、そのため提訴することとなる。

裁判は、1999年5月に東京地裁が合法との判断を出し中古業者側勝利判決を出し、同年10月に大阪地裁が逆にゲームソフトを「著作権法上の『映画の著作物』」と認定、「メーカーにソフト開発のための投下資本回収の機会を認めることには合理性がある」としてメーカーの頒布権を認めて中古業者の販売は違法と判断し、中古ソフトの販売差し止めのメーカー側勝利の判決を出し、見解が分かれた。

これに対して01年3月29日、大阪高裁(判決全文)は、「ゲームソフトは頒布権のある『映画の著作物』にあたる」と認めたうえで、「劇場用映画の配給制度は例外的な取引形態なので著作者の権利が及ぶが、ソフトは大量に生産・販売されており、例外的な取引形態ではない。自由な商品取引という公共の利益と、著作者の利益とを調整して考えれば、商品がユーザーの手に渡った時点で頒布権は消滅している。中古ソフト販売はメーカーの著作権を侵害しない」と判断し、メーカー側勝訴の1審・大阪地裁判決を取り消し、中古ソフトの販売を認める判決を言い渡した。なお、01年3月27日、東京高裁でも同じ尾内容の判決が出され、高裁段階では同じ見解となった。

一方、販売業者がメーカーに中古品販売を差し止める権利がないことの確認を求めた別の訴訟では、東京地裁が99年5月、「ゲームは映画の著作物でなく、頒布権もない」と、また東京高裁も「ゲームは映画の著作物だが、頒布権はない」として、メーカー側の控訴を棄却している。

 

著作権法

第26条(頒布権)

@ 著作者は、その映画の著作物をその複製物により領布する権利を専有する(ある特定の法人や人だけが所有すること⇔共有)

A 著作者は、映画の著作物において複製されているその著作物を当該映画の著作物の複製物により頒布する権利を専有する。          

 

 

 

情報格差 (digital divide)

 

情報通信技術(IT)は、21世紀を形作る最強の力の一つで、それは、人々の生き方、学び方、働き方及び政府の市民社会とのかかわり方に革命的な影響を与えているが、情報通信技術を持つ者と持たない者の間に発生する差を情報格差という。職場でのOA化(オフィス・オートメーション)化や世界中を一つの巨大なネットワークでつなぐインターネットの普及によるIT革命などの結果、情報技術を有効に活用しているかどうかで、あらゆる競争力に大きな差が現れるようになり、それが所得格差を生む要因ともなっている。

インターネットが、個人や企業のレベルを超えた国家間の競争関係にあることから、その格差は、個人的や企業間にとどまらず、今や国家間レベルの問題に発展している。世界銀行の『世界開発報告1998/1999』や国連開発計画(UNDPUnited Nations Development Programme)の『人間開発報告(Human Development Report)1999』でも相次いで世界の地域開発における情報格差の問題が取り上げられている。後者によると、世界人口に占める米国の人口は4.7%に過ぎないが、インターネット利用者は、国の人口の26.3%を占める。しかし一方で、南アジアでは、対世界人口比で23.5%もの人がいるにもかかわらず、その地域でインターネットを利用している人口は0.004%に過ぎない。全世界の人口比においては、わずか2.4%の人しかインターネットを利用していないのである。

つまり、情報機器を駆使し、自由にインターネットにアクセス可能な環境にある人は、情報発信をすることができるとともに、必要となる情報をいつでも手軽に世界中から集めることができる。こうした人々を「情報強者」というが、こうした人は、ビジネスや学術研究、あるいは趣味などをより効果的に進めていくことができ、それなりの所得を獲得でき、生活をエンジョイできる。反面、インターネット端末をもっていないなどの理由で情報環境が十分でない「情報弱者」は、社会から今後取り残されてしまう。

そこで、国を挙げて情報化を進めていくことが急務の課題、特に、初等教育の段階から積極的に情報教育を取り入れることが肝要となる。

 日本では、「情報通信技術の活用により世界的規模で生じている急激かつ大幅な社会経済構造の変化に適確に対応することの緊要性にかんがみ、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関し、基本理念及び施策の策定にかかわる基本方針を定め、国及び地方公共団体の責務を明らかにし、並びに高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部を設置するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する重点計画の作成について定めることにより、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策を迅速かつ重点的に推進することを目的」にIT基本法「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」が制定されている。

 

☆政令指定都市☆(cabinet-order designated city)

 

人口50万人以上の大都市における特殊な行政事務を処理する目的で、地方自治法第12章(大都市等に関する特例)第1節(大都市に関する特例)第252条の19を法的根拠に、政令(内閣が制定する命令。憲法および法律の実施に必要な細則を定めるものと、法律の委任に基づくものとがある)で指定される都市。

現在(08年4月1日)、札幌市、仙台市、新潟市、さいたま市、千葉市、横浜市、川崎市、静岡市、浜松市、名古屋市、京都市、大阪市、堺市、神戸市、岡山市(09年4月1日から)、広島市、北九州市、福岡市のが指定されている。

指定されるには、人口規模の外、行政・財政能力などが既存の政令指定都市と同等であることが条件となっているが、目安は、人口70万人以上の規模であることとされている。

指定されると、都道府県レベルの行政事務のうち、福祉、保健衛生、都市計画など18項目にわたる権限を委譲されるので、行政や財政について大きな権限をもつこととなり、その分野での独自政策の展開が可能となる。また、政令指定都市は、その中に行政区が設置され、それぞれの区には区役所が置かれることとなる。ただし、法人格(法律上の人格で、権利・義務の主体となることのできる資格)はもたない。

なお、東京23区は特別区であり、政令指定都市とは区別される。

すなわち、東京都の中心部には現在23の区があり(かつて〔1889年〜1943年〕はこの範囲が東京といわれる市域だったが、第2次世界大戦中の1943年7月1日、東京都制が施行され、自治体としては東京府と合併する形で東京市は廃止され、東京都が設置された)地方自治法上23区は特別区と称され(第281条第1項)、それぞれが法人格をもつ特別地方公共団体(都道府県市町村は普通地方公共団体)の一種で、市に準ずる扱いをうけている。

 

☆「米百俵」☆

 

01年5月7日に行われた所信表明演説の中で小泉首相が紹介し一躍注目を集めた話。1943(昭和18)年「主婦の友」紙上に発表された山本有三の同名の戯曲で有名になり(新派の名優井上正夫のために書き下ろしたこの戯曲はしかし、『反戦戯曲』として回収され、絶版の憂き目にあった。30年後に復刻したのは長岡市民)、また1997年に映画化(ハイビジョン映画「『米百俵  小林虎三郎の天命』−日本の近代化にとって忘れてはならない偉人、小林虎三郎の愛とロマンの生き様を描いた物語」{中村嘉津雄主演・島宏監督}=アスパ(株)98分)もなされている。明治維新時、戊辰(ぼしん)戦争で官軍に敗れて藩財政が窮状を極めた(賊軍)7万4千石長岡藩(新潟県長岡市)をめぐるこの地の逸話である。

明治政府によって禄高(ろくだか)を3分の1に減らされ、藩士は食事にも事欠く状態だった1870(明治3)年、あまりの困窮ぶりを見かねた支藩(しはん=本家から分かれた者が藩主である藩)の1万1千石の三根山藩(新潟県巻町)から米100俵(約250両)が届けられた。しかし、当時の長岡藩の指導者(大参事)小林虎三郎(幕末時、佐久間象山の門下生「二虎」の1人。他の1人が吉田寅次郎{松陰}である)は「米を分けてしまえば数日でなくなってしまい(家中の1,700軒、8,500人で100俵をわけたら、1軒当たり2升そこそこ、1人当たりなら4合ほどにしかならない)、それではいつまでたっても本当に食えるようになるのはならない(長岡藩は立ち直れない)。国の興るのも滅びるのも、ことごとく人にある。人物を養成したいのだ。学校を建て人物を養成するのが、まどろっこしいようだが一番の近道。今は百俵の米が、その時には千俵にも万俵にもなるのだ」として藩士に分け与えずに、その米を売却し、その代金を有為な人材育成のための「国漢学校」(後の阪之上小学校、旧制長岡中、長岡高)の設立資金としたという話である。

『国家百年の大計は人にあり』ということであるが、同校は山本五十六(連合艦隊司令長官)や小野塚喜平次(東大総長)・斉藤博(駐米大使)・解剖学の医博・小金井良精ら多くの人材を輩出している。 

なお、長岡市は、小泉首相の“生みの母”である田中真紀子外相(57)の地元でもある。

 

☆戊辰(ぼしん)戦争☆

 

1868年(慶応4⇒9月8日に明治と改元)戊辰の年に始まった、維新政府軍と旧幕府側との間の1年半(16か月)余にわたる内戦をいう。すなわちこの年、正月(1月3日)の京都・南の入り口「鳥羽・伏見」(鳥羽から5キロ東の京都真南・淀川の河港)の戦い(鳥羽離宮後の城南宮を占拠していた薩摩・長州連合軍5,000人とそれを支援する安芸藩・土佐藩対伏見奉行所を本陣とする旧幕府軍と会津・桑名藩連合軍15,000人)に大砲・小銃(アメリカ製スペンサー元込め銃などの新式銃)の装備に優れていたために勝利した政府軍は、4月11日に江戸城を接収(3月14日、政府軍の大総督府参謀西郷隆盛{42歳}と旧幕府陸軍総裁勝海舟{45歳}との会談で江戸の開城が決定)、旧幕臣が組織し、上野にこもる彰義隊(上野戦争=戦火で1,200戸が焼失)はじめ関東各地で旧幕府主戦派を討滅し、さらに奥羽越列藩同盟(5月3日、奥州25藩が同盟を決議、ついで長岡・会津など8藩が加盟)を結んで対抗する諸藩をも長岡戦争(5月19日、戦火で2,500戸が焼失)・会津戦争(8月23日、4,000人の兵力の会津城が3万の兵力の新政府軍に包囲され、飯盛山で白虎隊士20人が自刃、23日、完全包囲された会津藩はろう城を決意、城下では家臣の母、妻、娘達が互いに懐剣で刺し合って集団自決、9月22日会津城開城降伏)を頂点に10月にはこれらの藩を服従させることに成功した。翌年5月18日には、最後の拠点榎本武揚(たけあき、34歳)率いる箱館(函館)五稜郭(ごりようかく=日本最初のフランス式築城で5つの突角部{稜座}に砲座を配置した)を陥落させた(無条件降伏)。ここに内戦は終結し、天皇を頂点とする明治絶対主義国家確立への途が開かれたのである。

 

☆代理出産☆

妻の卵巣や子宮に異常がある場合に、夫の精子で第三者の女性に人工授精を行い、子供を産んでもらうことを代理出産という。人工授精や体外受精の技術の進歩で、夫婦以外の第三者の子宮、卵子、精子を使って子供を出産することが可能になったことからこうした例が発生した。特に高度の技術を必要としない。妻の卵巣に異常がある場合には第三者の卵子を取り出し、夫の精子で体外受精させて妻の子宮に入れたり(借り卵子)、夫婦の体外受精卵を第三者の子宮に入れる(借り腹)などさまざまな組合せがある。

また夫の精子がない例では、他人の精子で妻に人工授精を行う非配偶者間人工授精(AID Artificial Insemination with Donor's semen)も技術的には簡単で、従来から行われていた。

日本では、出産後に母性本能に目覚め、こどもの引き渡さなかったり、あるいは異常な子供が産まれるなどの問題のほか、従来の法律による親子関係に該当しない場合が起こるおそれがあるため、生殖補助医療のあり方を検討している厚生労働省は00年末に全面禁止の方針を打ち出しており(3年以内に法制化)、日本産科婦人科学会の倫理審議会(米本昌平委員長=委員会は、審議会は生命倫理学者や法学者ら外部の6人と同学会員3人から構成)は、代理出産も「(1)危険性も伴い、人間の尊厳に反する(2)生まれてくる子どもの福祉に反する(3)家族関係を複雑にする」などとして、無償有償を問わず、認められない、また、医師らが代理出産に関与しないよう求め、商業的なあっせんや広告は法的に禁止すべきだととする答申をまとめている(01年12月15日)。

しかし01年5月19日、長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニック(根津八紘{やひろ}院長)で行われていたことが明らかとなった。根津院長は「『子どもがいないうえ、子宮を切除して出産できなくなった姉のためにぜひ産んであげたい』と妹さんから強い希望が出された。医師として断れなかった」と強調、「女性と妹の間で将来子どもの親権をめぐるトラブルなどが生じないように誓約書を作成した上で、子どもは出生届の提出後に、女性と養子縁組した。また、出産には至らなかったが、今回のケース以外4例実施した」ことも明らかにした(根津院長は1986年{当時、日本母性保護産婦人科医会が公式に認めていない手術だった}四つ子や五つ子などを妊娠した場合に、母体内で胎児を死亡させる「減数手術」を日本で初めて実施し、1998年6月には、「体外受精は夫婦間に限る」としてきた日本産科婦人科学会の会告に反することを承知の上で、妻以外の女性から卵子の提供を受けて夫の精子と受精させてから妻の体内に戻す「非配偶者間の体外受精」を公表した。学会は、この体外受精が会告違反にあたるとして、98年に根津院長の除名処分を決めたが、減数手術も非配偶者間の体外受精も、その後厚生科学審議会などで認められた)。

米国では国(連邦)レベルで法律による規制がないため、女性に報酬を払って代理母(surrogate mother)を引き受けさせるのを仲介する業者がおり、日本人夫婦が渡米してあっせんを受け、子どもを産んでもらったケースも10例以上報告されている。だが、1986年に出産した代理母と依頼した夫婦が、いずれも「自分が生まれた子の親だ」と主張して裁判が提起され、州最高裁は代理母契約を無効とし、養育権は依頼主夫婦に認め、代理母には親として面会する権利を認めたが、こうした訴訟が、米国ではすでに40件以上も起きている。現在、代理母を法的に認めるのはネバダ州とアーカンソー州、カリフォルニア州の法律には明文規定がないが、代理母契約に基づく親子関係が判例で承認、アリゾナ、ルイジアナ州は代理母出産の契約を無効としている。またニューヨーク州は1988年、ミシガン州は1992年に、代理母あっせん業を法律で禁止した。

英国では、代理母出産を手がける医療機関は国の免許が必要で、「生まれる子供の福祉を第一に考えて実施すること、代理母を依頼する両親に対してカウンセリングを行うこと。代理母となる女性に実費以上の報酬を支払うことの禁止」などが義務付けられたうえで認められている。

これに対してドイツ、フランス、中国では法律で禁止されている

 なお、政府は、精子や卵子の営利目的でのあっせんや代理出産のあっせんを罰則付きで規制するなど禁止事項を明確にしたうえで、第三者から提供を受けた精子・卵子から生まれた子が出生についての情報を知る権利の扱いや、提供を受ける夫婦へのカウンセリング体制の整備などの条件整備を盛り込んだ法律を検討中。

神戸家裁;代理出産の母子関係認めず(04年8月14日)大阪高裁;代理出産の母子関係認めず、抗告棄却(05年5月20日)

 

☆プルサーマル計画☆

 

原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、ウランとの混合酸化物(MOX)燃料にして軽水炉で燃やす計画。核燃料サイクルで国は当初、高速増殖炉でプルトニウムを再利用する方針を柱にしたが、原型炉もんじゅのナトリウム漏れ事故で実用化が遠のき、プルサーマルが中心となった。柏崎刈羽原発での計画は、東京電力が99年2月に刈羽村などに事前了解願を提出。同年3月、住民団体が住民投票条例案を村に直接請求したが村議会で否決、村は計画を事前了解した。

その是非を住民投票で問うための議員提案の条例案が、00年12月の村議会で可決(賛成9、反対8)されたが、村長が再議権を行使し、廃案になった。01年3月には、条例案を直接請求し4月に村議会(定数18)の臨時議会は2001年4月18日午後、賛成9、反対6で原案通り可決、住民投票が実現した。

住民投票は、村民が直接請求して成立した条例に基づくもので、代議制政治を補完する有効な手段であるが、投票は01年5月27日に行われ、即日開票の結果、反対票が投票総数の53.40%(反対票は全有権者の47.07%・投票率は88.14%)を獲得、過半数に達した。なお、住民投票は法律に定めがなく、投票の結果は法的な拘束力を持たないが、条例は村長と議会に結果を尊重するよう求めている。

 

☆道路特定財源制度☆

 

1954年に導入された道路特定財源制度は、受益負担・原因者負担の考え方に基づき、自動車利用者が道路建設などの道路整備費を負担するもので、燃料の使用、車両の保有及び取得の段階で課税され、国の財源として揮発油税、自動車重量税、石油ガス税が、地方の財源として軽油引取税、自動車取得税、地方道路譲与税、自動車重量譲与税、石油ガス譲与税がある。これらの税は、道路整備資金の不足を理由に、本則税率以上の暫定税率が適用されている。例えば、自動車重量税は本則税率が0.5トンあたり年に2500円であるのに対して暫定税率は約2.5倍の6,300円である。

この道路特定財源諸税は、2001年度予算では国と地方を合わせて約6兆円にのぼっているが、税金を道路建設に充てるこの制度は、道路の整備とその安定的な財源の確保のために、自動車利用者が利用に応じて負担する合理的なのもで、今日的な優れた制度であるとの評価の一方、使途が道路に限定されることから公共事業のシェア固定化につながるとの批判もある。

なお、構造改革を掲げる小泉純一郎首相は道路特定財源について、「聖域なき見直し」と表明しており、都市基盤整備事業などに使途を拡大する方針であるが、自民党内から反対意見が強い。

 

☆出会いサイト☆

 

インターネット上で出会いを求める男女向けに設けられた、自己アピールとメール交換相手(メル友)選びための掲示板で、ネットには「彼氏・彼女募集」などと銘打つサイトが無数に存在している。携帯電話からの接続サービスが始まり、利用者が増えた。会員向けに送信される大量の情報から好みの相手を選び、パソコンや携帯電話でメール交換を始め、恋愛や結婚まで発展する例がある一方で、うそのプロフィルの横行や、援助交際の温床になっているばかりか、買売春のトラブルなども発生、京都ではメル友だった男に女子大生が殺される殺人事件まで起きている。そのためテレビや新聞などのマスコミが、出会った場所が“ネット”であることを強調して報道するため、「出会い系サイトは危ない」というイメージが広まってしまった。

なお、警察庁調べでは、出会いサイトを通じて知り合った男が女性を殺害する事件(未遂も含む)は00年10月以来、少なくとも5件発生、ほかに誘拐や婦女暴行、恐喝が起き、児童買春事件は00年約40件あった。また、01年6月までの半年間に00年1年間の3倍にあたる302件に上った。なかでも、児童買春が最も多く、被害者の4人に3人は少女で殺人などの凶悪事件も、早くも、00年の2倍の27件起きている。

 

 

メールマガジン☆

 

一度に不特定多数の人に文章や映像、音声を送ることができる電子メールの利点を活用した情報提供サービスで略して「メルマガ」という。インターネット上で自分のアドレスを、選んだメール『雑誌』に登録すれば、雑誌の側から定期的にメールで最新情報が届くというシステムで、情報を発信する側からは、自分の主張を読者に直接伝えられるメリットがあり、メルマガの大半が無料であることから、受け手は“タダ”で最新の情報を入手できるため、また携帯電語で受信できるものもあり、その手軽さが受けて急拡大している。このため多くの政治家が政策などを訴える手段として使っており、小泉純一郎首相も01年6月14日に「創刊号」を送付したが、その登録件数は130万件(6月14日現在)を突破している。

 

☆白物家電☆

 

洗濯機や冷蔵庫、エアコン、洗濯機などの家電製品には白色のボディーが多いことから一般的にこう呼ばれている。ビデオデッキ、ステレオといったAV(音響・映像)製品や、双方向デジタルテレビなど次世代の情報家電と違い、生活必需品のため、現在ほとんどの家庭に普及しているため需要は買い替えが主体であるが、どこのメーカーも性能等に大差ない。それゆえ競争の激化で発売後の崩れが早いのが特徴となっている。メーカーは利益確保の観点から、デザインン性に優れた欧州企業と提携して、斬新な高機能製品の開発に努める一方、製造は、賃金は安い東南アジアや中国で行う傾向にある。

 

☆地方交付税交付金☆

 

 国が全国の地方自治体に配分する税金のことで、全国どこに住んでいても同じ水準の行政サービスが受けられるよう、所得税など国税5税の一部を原資に、地方自治体の財政力格差を是正し、あるいは公共事業や義務教育、生活保護など地方の財源を保障するシステムをいう。自治体の面積や人口などの客観的な指標を使って求める標準的な財政需要と税との差額を配分されるが、「仕組みが複雑で分かりにくい」「税収を自ら確保しょうという努力を阻害する」との批判がある。

なお、2001年度当初予算学は20兆3,400億円で、地方の歳入の約23%を占めている。1人当たりの額では、島根県が28万6,347円・鳥取県26万5,617円・高知県26万4,110円で上位3県、これに対して東京都が0円・愛知県2万1,379円・神奈川県が2万8,653円で下位3都県である。

 

ふるさと創生資金

 

1988(昭和63)年、当時の竹下登首相が国会での所信表明演説で構想を明かし、翌1989年、3,300の市町村に一律1億円を地方交付税として交付したのが、ふるさと創生資金である。当時はバブル絶頂期で長く続く好景気に全国民が浮かれていた時代であったが、人気取りの“あぶく銭”とも皮肉られた。

原則として使途は各自治体に任せられ、さまざまなアイデアが飛び出して話題となった。その中でもユニーク(?)だったのが、兵庫県津名町(淡路島)の1億円分の金塊購入である。その津名町は、02年のサッカーW杯でデビッド・ベッカムを擁するイングランドのキャンプ地となったものの、警備費がかさみ一時は金塊売却を検討が行なわれ、またしても全国の話題となり注目を集めた。また、炭鉱の町、北海道夕張市では、“閉山不況”からの起死回生策として99年から映画祭を開催、全額を助成した。こうした独自色を発揮した自治体がある一方、それまでの公共事業の域を出ない“無用の箱物”も建設ラッシュも多く、バブル崩壊後の財政難からその箱物の維持費の捻出に四苦八苦している自治体も少なくない。また300以上の自治体が温泉掘削に挑んだが、温泉を掘り当てて成功した自治体は少ない。

 

☆アーリントン墓地☆

 

バージニア州ワシントン郊外のアーリントン市ポトマック河畔にある国立の墓地で、第27代のタフト大統領、第35代ジョン・F・ケネディー(歴代大統領は故郷に葬られるのが慣例だが、若いケネディは墓所の用意がなかった)や弟のロバートケネディ、大統領夫人であったジャクリーン・ケネディ・オナシスらアメリカの国民的英雄の墓や、南北戦争(1861−65)からベトナム戦争までの身元不明の10万人以上の戦死者の遺骨を埋葬している無名戦士の墓がある(ケネディが葬られたことで一大名所となり、申し込みが殺到、そのため軍隊勤務20年以上などの制限が導入されたが、現在、無名戦士の墓を含めて27万人が葬られている。

もともとは、反逆者・賊軍の南軍総司令官リー将軍の館の敷地。リンカーン大統領の北軍政府側も南軍の反政府側も仲良く合祀(ごうし=2柱以上の神や霊を1神社や墓地に合わせ祀{まつ}ること)された。「死者は平等で、立場は異なっても双方ともに愛国者」という考えからそのようにされているのである(これに反して、明治藩閥政府の国策の杜であった別格官幣社の靖国神社は、戊辰戦争での徳川方や西南戦争の西郷隆盛側は、国賊・反政府の烙印を押し、合祀の対象から外している。死してなお差別しているのである)。

その地に1921年に第1次大戦の(身元不明の)無名戦士の墓が、英・仏にならってつくられ、その後、第2次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争の無名戦士もここに葬られた。

しかしベトナム戦争の帰還遺骨については、科学分析の進歩で身元が確認できるかもしれない、との期待から「無名戦士」と決めてしまうことに遺族らの抵抗が残っており、そのため現在、米軍は身元確認に備えて全兵士にDNAのサンプルの提出を求めている。

同墓地はいかなる宗教も受け入れる(特定の宗教色がなく、どんな信仰でも受け入れ、宗教の自由が保障されている。もちろん無宗教でもかまわない。費用はすべて国費)ため、政府や外国の要人の参拝が盛んに行なわれているが、87年5月1日(日本時間)、米首脳会談を終えた中曽根康弘首相が蔦子夫人らとともに、スペースシャトル・チャレンジャー惨事の犠牲者の記念碑などに花を供えてめい福を祈リ、92年7月1日(日本時間)には、当時の宮沢喜一首相が第1次、第2次世界大戦の無名戦士の墓に献花している。また01年6月17日朝(日本時間)には、田中真紀子外相が献花を行った。日米会談で米国入りした小泉純一郎首相も01年6月29日夕、墓地に直行し、君が代と米国歌が吹奏される中、無名戦士の墓に献花した。

同墓地の維持費は年間600万ドル(約14億4,000万円)で、陸軍の予算に盛られているが、その大半は、250ヘクタール(東京・多磨霊園の2倍近い)の広大な芝生の手入れに消えるといわれている。

なお、日本における無宗教の無名戦士の墓が東京・千鳥ケ淵戦没者墓苑であり、無宗教で国を問わず、すべての戦争犠牲者を慰霊しているのが、靖国神社と対極にある沖縄の平和の礎(いしじ)である。

 

☆ミサイル防衛構想☆

 

 敵の弾道ミサイルを、早期警戒レーダーなどで探知し迎撃ミサイルで撃ち落とすシステム。クリントン前政権は米本土ミサイル防衛(NMD−3回の実験で2回失敗)、駐留米軍や同盟国を守る戦域ミサイル防衛(TMD=人工衛星で敵ミサイルの発射を探知し、指揮・通信システムでその飛行経路などを割り出し、上層・下層用迎撃ミサイルの組み合わせで迎撃するのが基本的パターンだが、膨大な費用がかかる)の研究・関発を続けてきたが、ブッシュ政権はNMDとTNDを区別せず、包括的なミサイル防衛を進める方針に転換し、2004年にも配備開始の意向を示している。

大規模なミサイル配備をするには、ロシアとの弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約(「核には核で報復する」という理論に基づき、あえて核ミサイルに対する防御手段を制限することで、核戦争発生の抑止を目的として米ソが1972年に調印した条約)の撤廃が必要となる(同条約が禁じている複数の迎撃ミサイル基地の建設などが必要で、条約の改定や撤廃が不可欠となる)が、ブッシュ政権は01年12月13日、「ABM条約はテロリストやイラクや朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)などの『ならず者国家』から国民を守る手段を妨げるとの結論に達した」として、弾道弾迎撃ミサイル〈ABM〉制限条約から一方的に脱退することをロシアのほか、条約を継承したウクライナなど旧ソ連諸国の3カ国に通告した(正式な脱退は通告から6カ月後)。

 

☆NMD☆

 

アメリカ本土に飛来する長距離ミサイルをレーダーで探知し、その弾頭を識別して米国の迎撃用ミサイルを発射して空中爆破するという迎撃防衛構想のことで、計画では20個までの弾頭を破壊する計画になっていた。米国防総省は、この構想の開発のため、600億ドルを投入、1999年10月に初めてのICBM(大陸間弾道ミサイル)を標的にした追撃実験を行い、キルビークルと名づけられた迎撃ミサイルが高度230kmでこれを捕らえ、爆破に成功した。しかし、続く2回の実験は失敗に終わった。そのためクリントン大統領は、ロシアや中国などの反対もあり、当初の2005年までのNMD配備の正式決定を行わず、次の政権に委ねたが、ブッシュ大統領は積極的にこれを採用する政策を展開している。

 

☆TMD☆

 

日本・韓国・イスラエル・西欧諸国などのアメリカの同盟国に飛来する弾道ミサイル(距離によって戦略ミサイル{長距離}、戦域ミサイル{中・短距離}に分けられる)を予め打ち上げておいた衛星で探知して迎撃する防衛構想のこと。弾頭が大気圏外にあるときに破壊することで、被害を最小限に抑えることができるといわれている。日本も1998年8月の朝鮮民主主義共和国の「テポドン発射」がきっかけとなり、この計画に参加して研究費用を分担することを決定している(1999年9月には交換公文を閣議決定、了解文書に調印)。そのため、防衛庁は同研究に伴う費用として9億6,000万円を99年度予算に計上した。

 

☆ニース条約(Nice Treaty)


 
2000年12月に、南フランスのニースで開催されたEU首脳会議で合意し、01年2月26日に調印された(マーストリヒト条約、アムステルダム条約に続く)EUの新しい基本条約のこと。、新しい欧州連合 (EU) に加盟する国が新しく増えることを前提に、政策を効率的に決定・実施するための制度改革を定めるものであり、これまでの全会一致方式から多数決方式に変更するが主要な項目である。

同条約は、現在のEU加盟国15ヶ国のすべてが批准することによって発効するが、02年末までに全加盟国がニース条約を批准することを目指し、早ければ04年の欧州議会選挙で、ポーランド、チェコ、ルーマニアなど13の加盟候補国から一部の参加が認められる見込みである。

なお、同条約が発効すれば、基本条約となる。

 

 

☆タウンミーティング☆

 

大臣が全国各地に出向き、一般市民と対話する集会のこと。日本でのこの構想は、01年5月7日に行われた小泉首相の所信表明演説で、初めて打ち出されものであるが、そのアイデアは、経済財政担当相に就任した竹中平蔵ゼミ生の提案であったといわれている。つまり、小泉内閣の各大臣がすべての都道府県で開催される(首相公約)集会に参加し、政策課題などについて市民に語りかけるとともに、市民からの意見に耳を傾ける機会として設定されるもので、その主たる目的は、市民と大臣との対話を通じて、市民が政策の形成に参加する機運を盛り上げることにある。

早速、01年6月16日には、竹中、武部勤(農相)の両大臣の出席で青森県青森市において、また石原伸晃(行政改革担当相)と遠山敦子(文部科学相)の両大臣が出席して鹿児島県鹿児島市で開かれ、翌17日には、岩手県滝沢村と熊本県熊本市でも開催された。今後、残りの都道府県でも週末にタウンミーティングが行われる予定。

 

☆ロビー活動☆

 

本来は、特定の利益をはかるために議会のロビーにおいて議員と面会する活動で、特にアメリカにおけるものをいうが、今日では、議員・官僚・政党などにはたらきかけ、政治的決定に影響を及ぼすことを目的にする院外活動や世論の形成・動員までも含めることが多く、ロビイングともいう

 

☆発泡酒増税問題☆

 

発泡酒はビールより税率が低く、低価格のため不況の長期化の中で市場が急成長した。そこに目をつけた財務省や自民党税制調査会の幹部らが、01年末の02年度税制改正作業で発泡酒の税率を上げる増税案を主張した。しかし、世論の猛反発から、世論を重視した小泉首相や自民党の中堅・若手議、及び連立与党の公明党などが反対、01年12月14日、内閣は増税を見送る税制改正大綱を決めた。なお、03年度改正の中で税率を是正する方針。

 

☆ビールと発泡酒の税率☆

 

ビールはお酒だからアルコール濃度(度数)の規制を受ける。ただ使用する原料の規制がある。ビールには、麦芽、ホップ、水を原料として発酵させた麦芽100%のビールと、この他にコーンスターチなどの副原料を使用した通常のビールがある。また副原料が麦芽の重量の50%を越えるとビールではなくなり雑酒(いわゆる発泡酒)となる。

発泡酒の税金は麦芽の使用量が50%以上、25〜50%、25%未満で税率に差がある。現行の1KLあたりの税額はビールが222,000円、発泡酒の麦芽の使用量50%以上が222,000円、25〜50%が152,7000円、25%未満が105,00円である。

なお1995(平成7)年12月15日に25%未満のところに増税がなされた。350ml1缶の場合の税金は、麦芽の使用量25%未満の発泡酒が36円75銭、ビールが77円70銭となり、税金だけで1缶あたり40円95銭の差となる。

 

☆酒類(酒の種類)

 

日本の酒税法における「酒類」(お酒)とはアルコール濃度1%以上のものをいう。酒税法で定められている酒類には、清酒・合成清酒・焼酎(しようちゆう)・味醂(みりん)・ビール・ウイスキー類・果実酒類・スピリッツ類・リキュール類・雑酒の全部で、10種類に分けられる。

 

うるささ指数☆

 

加重等価平均騒音レベル(WECPNL)のこと。すなわち、国際民間航空機関(ICAO)が定めた航空機騒音が人の生活に与える影響を評価する単位で、騒音の高低だけでなく、1日の飛行回数や昼夜別などを加味した間欠的な航空機の騒音を、頻度、時間帯などの要素を加えた上で平均的にならし数値化したものが、「うるささ度」である。

1973年に環境庁(現環境省)が示した基準では空港周辺の住宅地は70以下であるが、第1、第2次横田基地訴訟最高裁判決(93年2月)では75以上、福岡空港訴訟最高裁判決(94年1月)は80以上、02年3月6日の3、4次小松基地訴訟金沢地裁判決では75以上の地域の住民の救済の対象とされたように、救済範囲の下限にはばらつきがある。

なお、生活環境整備法で、WECPNL値75〜90の区域の住居には防音工事、90以上の区域には移転に対するための助成が認められている。

 

☆平成の大合併☆

 

全国には3,218の市町村(675市・1,981町・562村)がある(02年4月1日現在)。最大は神奈川県横浜市の人口337万人、最小は愛知県富山村の219人。市町村の人口は平均3万6,500人だが、人口20万人以上は3%しかない。小規模市町村が圧倒的に多く、人口1万人以下が半数近くを占める(01年12月末現在)。そこで国は行政改革大綱の中で、これを1,000程度にする市町村合併目標を掲げている。これを明治の大合併昭和の大合併」に続く「平成の大合併」という。

ところで、日本の町村の数は1888(明治21)年末には江戸時代の自然発生的な町村を受け継いだ71,314もあったが、明治政府は、市町村が戸籍や小学校などの事務を処理するためには、町村合併による行財政機能を充実することが不可欠であるとして、1889(明治22)年に近代的な地方自治制度である市制・町村制を国会開設に先立って施行し、内務大臣訓令によって、全国一律に町村合併を断行、その結果、町村の数は1889年末には15,820と、約5分の1に減少した。これを「明治の大合併」いう(以後、市町村の数は緩やかに減少していき、1922(大正11)年には12,315、敗戦の年1945(昭和20)年には10,520となった)。

敗戦による民主化政策と新憲法のもとで、住民に身近な事務や権限は市町村に配分すべきという考え方が打ち出され、6・3制の義務教育の実施に伴う新制中学校の設置、市町村消防などの事務のほか社会福祉、保健衛生関係の事務など多くの事務が市町村で処理されるようになったが、当時の町村の中には著しく規模が小さいものや行財政上の能力が乏しいものが多く、新たな事務や権限を円滑に受け入れる体制を整備することが必要になった。そのため1953(昭和28)年に「町村合併促進法」が制定され、国と都道府県の主導で、いわば上からの合併として全国一律に町村合併が進められ、その結果、町村合併促進法が施行された1953年10月には、当時9,868あった市町村は、1961(昭和36)年6月には3,472となり、約3分の1に減少した。これを「昭和の大合併」という。
 現在(02年3月末)、市町村を人口規模で見ると、3万人未満の自治体が約2,500とほぼ8割を占めるが、国が地方を財政的に支援する交付税や国庫支出金は、人口1,000人未満の場合住民1人当たり160万円、1万人未満で40万円、3万人未満なら20万円を切っている。これは小規模な自治体ほど税源が乏しく、国の支援がなければ財政的に自立できないことを物語っている。しかも少子高齢化と過疎化現象は、これに拍車をかけている。

他方、国が進めている地方分権政策は、国民保険や介護保険、ゴミ処理などのこれまでの業務のほかに、多様化する住民ニーズと相まって、各自治体の業務をさらに増加させるとともに、その内容も高度化・複雑化が予想される。そこで、こうした時代に対応し、地方が自立していくため、市町村合併によるスケールメリットが必要となる。そのため国は積極的に合併を促進しているのである。

では、どれぐらいの規模が求められているのであろうか。国はこれを「@人口50万人以上の『指定都市』、A30万人以上の『中核市』、Bこれに準じる20万人以上の『特例市』が基本的な規模で、地域事情によってそれが難しい場合、「C10万人〜5万人前後、D特例的に1万人以上」(それ以下は想定していない)の5つに類型化している。すなわち、21世紀の地方自治体は、基本的に人口20万人以上を想定しているわけである(国は、特に34府県・90地域・395市町村を合併重点支援地域に指定している)。

 なお、2001(平成13)年1月21日には、西東京市(保谷市と田無市の合併)が、同年5月1日には、さいたま市(浦和市、大宮市、与野市の合併)、2002(平成14)年4月1日に、香川県大川郡西部の津田、大川、志度、寒川、長尾の5町が合併し(95年の合併特例法改正以降の平成の大合併で5つもの自治体が合併するのは初めて)、人口約5万7,772人(00年10月1日の国勢調査)の「さぬき市」(新庁舎は志度の旧志度町役場)が誕生し、沖縄県の豊見城村が02年4月1日市に昇格した(人口50,500人)が、1947年に地方自治法の施行以来村から直接しに昇格したのは初めてである。

ちなみに、ひらがなの市名は全国では、むつ市〔青森県〕・いわき市〔福島県〕・ひたちなか市〔茨城県〕・つくば市〔茨城県〕・さいたま市〔埼玉県=県庁所在地としては初〕・あきる野市〔東京都〕・えびの市〔宮崎県〕・さぬき市〔香川県〕の8市である(02年4月1日現在)。

 

南アルプス(山梨)の、みどり(群馬)が芽吹くころ、つがる(青森)平野に、さくら(栃木)は咲くだろうか。ハイキングなら、妙高(新潟)、安曇野(あずみの=長野)、八幡平(岩手)あたりが楽しそう。川くだりもいい。千曲(長野)、阿賀野(新潟)、四万十(高知)や紀の川(和歌山)、吉野川(徳島)の清流を堪能したい。島めぐりは淡路(兵庫)、佐渡(新潟)から江田島(広島)、長崎県の壱岐、対馬、五島を回り、天草(熊本)、奄美(鹿児島)、宮古島(沖縄)にも足を延ばそうか。くつろぐには、やっぱり温泉でしょう。下呂(岐阜)、あわら(福井)、那須塩原(栃木)に行こうか、九州の雲仙(長崎)、嬉野(うれしの=佐賀)にしようか。お湯につかって夜空を見あげれば、北斗(北海道)の星々が輝いているかもしれない。瀬戸内(岡山)で水遊びをして、阿波(徳島)で踊りあかすのも愉快だな。伊賀(三重)と甲賀(滋賀)の忍者の里ツアーは、子どもが大喜びしそう。おいしいものが食べたくなったら、さぬき(香川)うどんも、魚沼(新潟)産のコシヒカリもある。

 いわゆる平成の大合併が、今春で一段落する。3月末までの5年で、市は100ほど増える。この間に誕生した新しい市の名前を並べただけでも、ちょっとした行楽気分に浸れる。でも、本当に出かける時には地図を持ち歩こう。伊達は北海道と福島にあり、山県(やまがた)は山形でなく岐阜にある。匝瑳(そうさ=千葉)や宍粟(しそう=兵庫)なんて読みにくい名前も多いのだから(06年03月13日付『朝日新聞』−「天声人語」)。

 

長野県山口村が県境を越えて岐阜県中津川市に編入、岐阜県側の6町村を含めた計8市町村による新「中津川市」(人口は約8万5千人、面積は約676平方キロ)が05年2月13日、誕生した。都道府県を越えた合併は、1959年に栃木県菱村が群馬県桐生市に編入されて以来46年ぶりで「平成の大合併」では初めである。
 さて、平成の大合併前の99年3月31日には、市が670、町が1994、村が568の計3,232の自治体があったが、06年3月31日(見込み)には市が777、町が846、村が198の計1,821になっていたが、実際には、06年3月31日、8道県の40市町村が12市町に再編され、終了、総務省によると、06年4月1日に合併新法によって誕生する愛知県弥富市を含めると1820に減じたことになる。なお、平成の大合併が始まった99年3月に3232あった市町村数は、10年3月には1760まで減少する見込み。そのため、首相の諮問機関「第29次地方制度調査会」(会長・中村邦夫パナソニック会長)は09年6月16日午前、市町村合併を推進する方針を見直し、新合併特例法の期限が切れる10年3月末で「平成の大合併」を打ち切るべきだとする答申をまとめた(答申は、合併しなかった小規模市町村が、議会事務局などを共同で設置できるようにする「広域連携制度」の検討も求めている)。

このような日本の自治体数に対して、1996(平成8)年のEU広域委員会資料によると、州の下部機関である郡などが大枠の公共サービスを提供する米国の自治体は36,000もある。しかも70年代以降増加の一途にあり、自治体の半数が人口1,000人以下で、人口2けたの村も3,000以上あって、米人口の約4割近くがこうした自治体のない地域(非法人化地域)に住んでいる(02年米政府センサス−米国の自治体は市民が住民投票で決議して初めて設立されるもので、決議しなければ自治体はない)。

 フランスの自治体数も36,000で、200年以上前のフランス革命当時とあまり変わっていない。

イタリアの自治体数は約8,000。イギリスでは482のディストリクトと呼ばれる広域自治体への統合が進んだが、10,000以上のパリッシュという基礎自治体を権限強化する動きがある。

 ドイツは州によってまちまちであるが、計16,000の自治体がある。

 

戦後の主な越県合併

 55年  4月 岐阜県三濃村→愛知県旭村

 58年  4月 京都府樫田村→大阪府高槻市

     10月 埼玉県元狭山村→東京都瑞穂町

         福井県石徹白村→岐阜県白鳥町

         長野県神坂村→岐阜県中津川市

 59年  1月 栃木県菱村→群馬県桐生市

 05年  2月 長野県山口村→岐阜県中津川市

 

失踪(しっそう)宣告

 

家出(1998〔平成10〕年に警察が受理した家出人捜索願いは89,388件)、蒸発等で生死不明(不在)の状態が一定期間継続する場合、配偶者・債権者・相続人・財産管理人等の法律上の利害関係を有する者(利害関係人)の請求によって生死不明(不在)者を死亡したものとみなし、その者をめぐる法律関係を処理しようとする制度で、利害関係人の請求で家庭裁判所が宣告する。

すなわち、失踪や蒸発等の行方不明のために、本人の生死不明の状態が何年も続いた場合、本人が死亡しているかどうか確認出来ないままに、法律上死亡したものとみなして、本人をめぐる財産の処分や婚姻関係の解消等の法律関係を処理する民法上(第30条〜第32条)制度である。

利害関係人の保護を目的とする制度であるところから、家庭裁判所は失踪宣告の要件が備われば、必ず宣告(審判=家庭裁判所が家庭事件・少年事件についておこなう手続き)を行なわなければならないことになる。

 民法第30条第1項の規定(普通失踪)により、家庭裁判所により失踪宣告をされた者は、失踪のときより「7年の期間が満了した時」に、また第30条第2項(特別失踪)の規定により、失踪宣告を受けた者は「危難が去った時」に死亡したものと法律上みなされるのである。

宣告の申立先は、申立人の住んでいる土地を管轄する家庭裁判所で、申し立てがなされた場合、家庭裁判所は、失踪した者の生死を知る者は届け出よという公示催告を裁判所の掲示板に掲示して行い、同時に官報に掲載する。公示催告は、普通失踪の場合は6カ月以上、特別失踪の場合は2カ月以上の期間を置き、この期間が過ぎると、家庭裁判所では失踪宣告の公告を行い、その旨を失踪者の本籍地の市町村長に通知し、通知された市町村長は、死亡の手続きをとること(除籍(〔死亡により戸籍からその人の名を除くこと〕)になる。

ところで、失踪宣告を受けたものは、災害や事故によって、死亡したことが確実であるが死体が発見されない場合に、取り調べを担当した官公署が死亡と認定する「認定死亡」と異なり、単なる死亡の推定ではなく、死亡と「看做(みな)される」ため、生存している(あるいは失踪宣告によって死亡とみなされた時と異なる時期に死亡した)との単なる「反証」(反対の証拠)だけでは、宣告の効果が覆(くつがえ)るわけではない。

この場合、失踪宣告自体を取り消さなければならないのである。それが失踪宣告取消制度である。

失踪宣告が取り消されると、失踪宣告は遡及(そきゅう)、つまり遡(さかのぼ)って、効力を失うことになるから、初めから宣告がなかったとことになる。当然、相続はなかったことになり(財産関係の還元)、また婚姻の消滅しなかったことになる(身分関係の復活)。ただしこの場合でも、善意(悪意〔生存を知っていた場合〕でない者は全て善意)の第三者(生存していることを知らなかった者)を保護するため、取り消しの効果に対する2つの例外を設けている(第32条第1項但し書き及び第2項)。

なお、失踪宣告の取消し、および申し立て却下の審判に対しては、宣告と同様に、即時抗告(裁判上、迅速に確定されることが必要な決定について、期間を定めて認められる不服申し立ての方法)が認められている。

ちなみに、2001年の失踪宣告および失踪宣告取消しの件数は、新受、2,337件、既決、2,425件であった。

 

第30条(失踪宣告)

@ 不在者ノ生死カ7年間分明ナラサルトキハ家庭裁判所ハ利害関係人ノ請求ニ因リ失踪ノ宣告ヲ為スコトヲ得

A 戦地ニ臨ミタル者、沈没シタル船舶中ニ在リタル者其他死亡ノ原因タルヘキ危難ニ遭遇シタル者ノ生死カ戦争ノ止ミタル後、船舶ノ沈没シタル後又ハ其他ノ危難ノ去リタル後1年間分明ナラサルトキ亦同シ(1962〔昭和37年〕法40号本項改正)

                     

第31条(失踪宣告の効果)

 前条第1項ノ規定ニ依リ失踪ノ宣告ヲ受ケタル者ハ前条第1項ノ期間満了ノ時ニ死亡シタルモノト看做シ前条第2項ノ規定ニ依リ失踪ノ宣告ヲ受ケタル者ハ危難ノ去リタル時ニ死亡シタルモノト看做ス(1962〔昭和37年〕法40号本条全部改正)

 

                     

第32条(失踪宣告の取消)

@ 失踪者ノ生存スルコト又ハ前条ニ定メタル時ト異ナリタル時ニ死亡シタルコトノ証明アルトキハ家庭裁判所ハ本人又ハ利害関係人ノ請求ニ因リ失踪ノ宣告ヲ取消スコトヲ要ス 但失踪ノ宣告後其取消前ニ善意ヲ以テ為シタル行為ハ其効力ヲ変セス
A 失踪ノ宣告ニ因リテ財産ヲ得タル者ハ其取消ニ因リテ権利ヲ失フモ現ニ利益ヲ受クル限度ニ於テノミ其財産ヲ返還スル義務ヲ負フ

 

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