|
特 高 |
特高警察とは特別高等警察の略称で、戦前の日本で天皇制政府に反対する思想や言論、行動を取り締まることを専門にした秘密警察のことである。
特高警察の創設は1911(明治44)年に警視庁に特別高等警察課として設置されたことにさかのぼることができる。前年に起きた明治天皇の暗殺を計画したというデッチ上げによって全国の社会主義者などを弾圧した大逆事件が契機となったのである。
その後、1924(大正13)年に大阪、京都などにも増設され、さらに1928(昭和3)年には全国に配置された。
いうまでもなく1925(大正14)年4月22日に国体(天皇制)に批判的なすべての思想と運動を「犯罪」とする(民主主義死刑法であった)治安維持法の制定にそなえての設置であった。
同法の主たるターゲットは、1922(大正11)年の創設された天皇制と侵略戦争に反対した日本共産党にあったが、特高は、内務省警保局保安課の統括下におかれ、共産党のみならず、いっさいの民主的な思想や運動の破壊に狂奔した。そのやり方は、拷問やスパイによる弾圧など野蛮極まりないものであった。
たとえば日本共産党員やその支持者を逮捕すると残虐な拷問をおこない、党を裏切ってスパイになること(転向)を強要したり、それでも転向しない者は、小林多喜二のように裁判にかけられることなく警察の留置場における拷問で謀殺してしまうのもしばしばであった。また、日本共産党にスパイをもぐり込ませ、そのスパイに銀行強盗をやらせて日本共産党の“仕業”と宣伝し、弾圧の格好の餌にするなど、卑劣な謀略を常とう手段としていた。
このように民主主義とはまったく相いれない組織であるため、特高警察は敗戦直後の45年10月、GHQをはじめとする日本の民主化を求める内外の世論のなかで、治安維持法などとともに廃止された。
だがしかし、現在の警察機構のなかの警備公安といわれる部門は、現体制(政権)維持を目的に、日本共産党だけでなく市民のボランティア活動さえ監視の対象としており、特高警察の延長線上にあるとの指摘もなされている。
|
特高廃止の新聞報道を見た作家の高見順は、「特高警察の廃止、−−−胸がすーッとした。暗雲がはれた想い。しかし、これをどうして連合軍司令部の指令をまたずしてみずからの手でやれなかったのか。−−−恥かしい。これが自らの手でなされたものだったら、喜びはもつと深く、喜びの底にもだもだしているこんな恥辱感はなかったのろうに」と記した(『敗戦日記』335頁)。 |
参考文献