菅生事件

 1952(昭和27)年大分県菅生村で起こった駐在所爆破事件。張り込んでいた約100名の警官が飛ぴ出して「現行犯逮捕」し、3人が事後逮捕された。すなわち、協力者を装った「市木春秋」と名乗る男が、「カンパを渡すから」と夜の12時に党員2人をおびきだし、交番内部に仕掛けた爆弾を爆発させたのである
 共産党員の犯行とされ一審では懲役10年などの判決。
 二審になって「市木」が現職警察官戸高公徳であることがつきとめられた。そして共同通信らの記者の活動によって、その姿を現わさざるを得なり、法廷にでて、上司の命令で「おとり」となって党員を罠にはめたことを証言してはじめて(ようやく)被告たちは無罪となった。最高裁もこの判決を認め、駐在所爆破事件の無罪は確定した。
  なお戸高は、ダイナマイトを運搬したことを認め、検察官は、爆発物取締り罰則違反で起訴したが、裁判所は、戸高は上司の命令で運んだので、これを拒否することを期待できる条件にはなかったと、無罪判決をした。
 その後戸高は昇進して警祝庁に勤務した。
 「市木春秋」が国警の現職警察官・戸高公徳であることをつきとめたのは、熱心にこの事件を追っていた新聞記者たちであった。
 結局この事件は、共産党の壊滅を狙った謀略事件だったこととなる。



 菅生事件公判でのえん罪被害者の被告
--1957(昭和32)年3月25日:福岡高裁--  

 




著者:清源 敏孝(きよもと としたか-弁護士)



序文
  管生(すごお)事件は、モノスゴイ事件である。ただの誤判や冤罪の事件ではない。その性質、その規模(きぼ)、その悪魔性において、ナチス独逸(ドイツ)の国会放火(偽装)事件、満州事変の口火を作った柳条溝(ろじょうこう)事件の、日本国内版とでもいうべきものと思われる。小型ではあるが、手はもっと混んでいて、かつもっとインケンである。
 日本のジャーナリズムの一部は、当初から、この事件の隠謀性を嗅ぎつけていたにちがいない。それを暗示した1952(昭和27)年6月3日の毎日新聞(西部版)の社会面の記事がなかったら、この事件は永久に闇の中にほおむり去られてしまりたであろう。
 本書の著者が、毎日新聞の記事によって、本件がおそるべきデッチ上げ事件であることを直感し、直ちに大分拘置所に被告人たちを、訪問したことに対して、私は人類の一員として絶大の敬意を感ずるものであるが、その意味深長なる一文をものした和田毎目記者にもまた、無限の感謝を感ずるのである。
 戦前であったならば、こういった事件は、すべて掲載禁止であり、官憲の不正は徹底的にイソペイされた。社会正義と言論の自由とが、不可分の関係にある証拠である。
 ともかく、今日の日本国民は、旧大日本帝国の臣民ではない。また今日のジャーナリストは、東条英機に恫喝(どうかつ)されたジャーナリストではない。
 東京の新宿で、仮面の(元)警察官(偽大学生)戸高公徳を発見したのは、共同通信社の6人の若き記者諸君であった。  これは、まことに痛快な出来ごとである。6年間、犯人をイントクし、犯罪の証拠イソメツをはかって来た本件の検察当局に、われわれ弁護人たちは社会正義の保障を托することが出来ようか。
 戸高公徳ならびに、その背景をなす官憲は、本件の検察官と結托して、偽証をつづけ、裁判所と世間とをダマそうとするだろう。おそるべき国情である。
本書の出版は、被告人たちの自己防衛であると共に、社会正義実現の好資料となることを信じて疑わない。
 弁護士 正本ひろし



 あとがき-- 弁護人の1人--岡林辰雄
 警察はドロボーをつかまえるものだ。犯罪を予防し鎮圧するものだ。みんなが、そう思っている。 ところが菅生事件では、そうでない。 駐在所爆破の現場には、ダイナマイトを装てんしたピールビンが1本おいてあった。そのピールビンにあるべきはずの指紋はない。つかまったG君かS君がこのビールビンを持っていたのなら、指紋はいっぱいついていたはずであり、それを消す機会は全くなかった。 ピールビンはG君たちを罪におとすために捏造された証拠であり、そのビールビンをそこに置いた真犯人の指紋はイソメツされている。
 S君のポケットから警察官が取り出したという40Wの電球にも指紋がない。現場にはマッチのもえ残りの軸がすてられていたのに、現場附近にもG、Sのポケットにもマッチの箱がない。
 真犯人がうっかり持ち去ったもので証拠捏造の手抜かりだ。 GやS君たちは、この手抜かりだらけの捏造された証拠によって有罪の判決を受け控訴中である。
  市木春秋の書いた駐在所にたいする脅迫文と、かれの逮捕されたときの現場の写真は、検察官の手の中で行方不明になっている。 ダイナマイトを手に入れた市木春秋は、騒在所の爆破以後、警察の手でかくまわれ、まる5年近くも行方不明である。わかってみると、市木春秋その人が警察官であった。
 少年や精神薄弱者にたいして供述が強要され、それと捏造証拠とで、ムジツの人が栽判にかけられる。
 昭和27年春から、当時の政府が要要望しながら議会で難行していた破壊活動防止法を成立させるための政治的陰謀に警察が一役買ったのではないか? それがこの事件について私のいだく疑問である。
 駐在所の爆破現場には、報道班までが偶然に(?!)動員されていて、即座に鳴物入りで日共の爆破と大宣伝されたというものも、全くあつらえむきすぎる。
 警察の機構と力が政治に利用された見本は昔の特高警察だ。
 それ以上のものが復活されようとしている気配が、いたるところに感ぜられる。国鉄労働者10万人のクビキリをはじめとする定員法実施のための陰謀として計画された疑いのある昭和24年夏のミタカ事件や松川事件いらい、私たちは警察および検察の政治化に強く反対している。
 そこにも証拠のインメッがあった。そこにも証拠の捏造があった。そこでもムジツの人々が苦しめられている。
 警察および検察の政治化は、国民の信頼を裏切るものであり、限りなく、おそるべき犯罪をうむ、と私は思うのである。




 新聞各紙には現行犯人として2人の「日共党員」が逮捕されている写真が載っていたが、毎日の記事の終りの方に「死ぬ気で頑張った。神に祈る大戸巡査の妻」と言う見出しで「私は爆弾が投げ込まれるのを知っていた」と前置きした大戸三郎駐在巡査の妻みち子さん(当時23歳)は妊娠6ケ月の身重で語るという、以下の談話が掲載された。
「派出所が襲われる事を主人から聞いた時は唯ぽう然となりました。しかし!逃げたり騒いだりすると犯人に察知され折角皆さんが一生懸命になっているのに申訳ないと思い主人と一緒に死ね気で頑張っていました。主人はすぐ飛び出せる様に靴をはいたまま裏口に頑張り、私丈奥の4畳半に万一を願って布団をかぶり待機しましたが、此の時程死を賭けた職業の美しさに打たれた事はありません。耳が破れる様にガーンと響いた時は目の前が真っ暗に感じられ主人が犯人を追跡するのを感知しうまく捕える様にと祈っていまた。」


菅生村駐在所全景:1957年2月



 起訴状
左記被告事件につき公訴を提起し公判を請求する。
昭和27年6月23日 大分地方検察庁 検察官検事 笹原 元
大分地方裁判所 殿
 1.被告人
 本籍  大分県大分郡判田村大字上判田5,246番地
 住居  同右
 職業 農業
 大分刑務所 拘留中
     G
     昭和3年6月12日生
 2.公訴事実
  被告人は治安を妨げ且人の身体財産を害せんとするの日的を以て昭和27年3月上旬頃より同年6月10日頃までの間大分郡判田村大字判田5千2百46番地の自宅仏間出越の棚に雷管に導火線を装填せる爆発物1個を隠匿所持していたものである。
 3.罪名
 爆発物取締罰則違反
 同罰則 第3条

 起訴状
 左記被告事件につき公訴を提起し公判を請求する。
 昭和27年6月23日 大分地方検察庁 検事 山梨一郎 印
 大分地方裁判所 殿

 1.被告人
 本籍並住居 大分県大分郡判田村
         大字上判田宇住庄5246
 職業 無職
 令状請求 G
       昭和3年6月12日生
2.公訴事実
 被告人は何等法定の除外事由がないのに拘らず昭和27年4月15日大分県直入郡管生村に於て刃渡15・0糎のヒ首壱本を所持していたものである。
3.罪名
銃砲刀剣所持取締令違反
         同令第2条
         同令第26条

起訴状

 左記被告事件につき公訴を提起し公判を請求する。
 昭和27年6月23日 大分地方検察庁 検事 山梨一郎 印
 大分地方裁判所 殿
1.被告人 本籍並住居 直入郡柏原村大字柏原1557
  無職 A  満25歳
2.公訴事実
 被告人は治安を妨げ且人の身体、財産を害せんとする目的を以て昭和27年3月17目頃、午後4時迄太分県直入郡竹田町山手第一発電所前道路に於て雷管に導火線を装填せる爆発物1個を所持していたものである。
3.罪名 爆発物取締罰則違反
        同則    第3条

起訴状
 左記被告事件に付公訴を提起し公判を請求する。
1.被告人 無職 F
 (略)
2.公訴事実
 被告人は
(1)氏名不詳の男と共謀の上昭和26年12月28日頃の夜、直入郡菅生村太字小塚字田代部落の通称桜の馬場附近で、司村平井部落より帰途のFF(51年)に後から駈けて「ちょっと待て、FFというのはお前か、お前に話がある。」と言って矢庭に道路端に突き倒し、因って同人の顔面部等に約10日間を要する傷害を蒙らしめ。
(2)GGと共謀の上、同27年1月2日頃の午前1時頃同郡同村大字同字平井部落のKで同人に対し「こら若造出てこい、出てこんと叩くぞ、殺すぞ。」等申向け、因って同人の生命身体に対し、害を加うぺき旨告げて脅追し
(3)GG、G等と共謀の上、同年1月27日頃、同郡同村字上今、S方で同人所有の牝牛1頭(時価5万円相当)を窃取したものである。
3.罪名
1.の事実は 傷害 刑法第204条
2.の事実は 脅追 刑法第222条1項
3.の事実は 窃盗 刑法第235条

判決
昭和27年第151(略)
本籍 大分県大野郡大野町大字杉園4百76番地
住居 竹田市大字管生
職業 農業
    (略)
被告人 GG、S、G、Aに対する各爆発物取締罰則違反、被告人GG、同Sに対する各殺人未遂、建造物損壊、被告人GG、同G、同阿A、同Fに対する各窃盗、被告人GG、同Fに対する各脅迫、被舎人Gに対する銃砲刀剣類所持取締令違反、被告人Fに対する傷害被告事件について、当裁判所は、検察官富日正夫出席の上審理をして、次のとおり判決する。

 主

 被告人GGを懲役10年に、被告人Sを懲役8年に、被合人G、同Aを各懲役3年に、被告人Fを懲役1年に処する。
 未決勾留日数のうち、被舎人GG、同Sに対しては、いずれも800日を、被告人G、同Aに対してはいずれも120日を、右各本刑に算入する。
 被告人Fに対しては、この裁判が確定した日から3年間右刑の執行を猶予する。
 訴訟費用「以下省略」 理由 (罪となるぺき事実)

 第1.被告人GGは、治安を妨げ又は人の身体・財産を害しようという目的を以て、
(1)昭和27年4月下旬から同年6月2日までの間、当時の大分県直入郡管生村(現在竹田市)大字管生字下管生8百15番地のK方に於て、同人に対し保管方委託をして爆発物であるダイナマイト10本(押検第2号のうち10本)、雷管18個(うち1個導火線5糎付押検第3号)及び爆発物の爆発を惹起すぺき装置に使用する器具である長さ約5米の導火線1本(押検第1号のうち)を所持していた。
(2)同年5月8日頃、当時の同県大分郡判田村(現在大南町)大字下判田千3百39番地のSS方に於て、Mから、ダイナマイト17本位、雷管13個位及び長さ約5米の導火線1本等の前同様爆発物並に器具を譲り受けてこれらを所持していた。
(3)同年6月1日頃、前記K方に於て、これよりさき右Mから氏名不詳の者を通じ譲与を受けた前同様爆発物並に器具の一部であるダイナマイト17本位(押検第2号のうち14本及び押検第29号)、雷管13個位(押検第3号の2、押検第34、36及び37号)及び導火線長さ約9米数10糎(押検第1号のうち)をそのうちのダイナマイト14本(押検第2号のうち14本)、雷管10個(押検第3号の2)及ぴ導火線長さ約9米30糎(押検第1号)をKに保管方委託するまで所持していた。

(略)
 6 被告人GG、同G、同A、同F等は、共謀の上、昭和27年1月27日頃、前記菅生村大字今6百81番地S方で、同人所有・保管の牝牛1頭を窃取した。
 第7 被告人GG、同S等は、共謀の上、治安を妨げる目的を以て、前記管生村大宇管生字下菅生千百14番地の2にあった同村所有、駐在所勤務巡査O及同人の妻OM居住、瓦葺木造平家建間口約5間、奥行約4間半の当時の国家地方警察大分県竹田地区警察署管生村巡査駐在所の建物の一部を爆発物を使用して損壊し同建造物財産を害しようと企て、昭和27年6月2日午前零時過頃、同巡査駐在所前に到り、かねて準備をしその場に携えて来た砂や小石等を入れたガラス瓶中にダイナマイト、雷管及ぴ導火線をその導火線の瓶のロから出た部分に点火をすればやがては爆発を惹起する様に装置した爆発物の導火線の右部分に所携のマッチをもって点火してそれを析柄前記大戸巡査夫婦在宅中の同駐在所建物の外部から筒駐在所事務室の窓ガラスを破壊通過させて同室内に投げ込み右導火線の火をガラス瓶中の雷管等に導かせ直ちに前記爆発物を爆発させてこれを使用し、よって同駐在所の建物の一部である右事務室の床板の一部等や同室内の建具及び椅子等を破壊したのである。
(証拠の表目)
以下(略)

昭和30年7月2日
大分地方裁判所
裁判長裁判官  臼杵  勉
裁判官      姉川捨巳
裁判官      桑原宗朝

右は謄本である。
昭和30年7月2日
大分地方裁判所
裁判所書記官捕 斎藤俊雄


トップページ
法学--逆転無罪
えん罪特集のページ