坂村真民さかむら しんみん=癒(いや)しの詩人

 

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以上、開花亭「朴庵」(伊予郡砥部町拾町16−1/地図

 

1909(明治42)年1月6日熊本県玉名郡府本村(現荒尾市)に生まれの癒しの詩人。本名は昂(たかし)

 

8歳の時、小学校の校長をしていた父親の急逝により、5人兄弟の長男として母親を助けながら熊本県立玉名中学校を卒業する。

 

満州事変勃発の1931(昭和)6年、神宮皇学館(現皇学館大学)を卒業後、郷里の熊本へ帰り、小学校の教員となるが、1934(昭和9)年朝鮮半島にわたり、新設の全羅南道(チョルラナムド=朝鮮半島南西部の大韓民国南西部に位置する行政区)順天女学校の教員となり、後に官立全州チョンジュ。ソウルから南に約230KM、全羅北道【チョルラプット】の中心に位置する現在約60万の都市)師範学校に勤務する。

 

大学在学中から「真民」の名で短歌を雑誌に投稿するかたわら、日中戦争がはじまった1937(昭和12)年に「与謝野寛評伝」を出版する。

 

敗戦により故郷熊本に帰る。

 

後に家族を連れて愛媛県に移住し、1946(昭和21)年から山下汽船を創業して後に海運王といわれた山下亀三郎(かめさぶろう。1867〜1944。宇和郡喜佐方村【現宇和島市吉田町】生まれ。日本郵船、大阪商船に並ぶ山下汽船を一代で築き、内閣顧問も務めた)が、母親の愛情のこもった思いやりに報いるため、母親の生誕地の三瓶町(みかめちょう=現西予市三瓶町)に設立した私立山下第2高等女学校(現愛媛県立三瓶高校)の国語教師となる。

 

1950(昭和25)年には個人詩誌『ペルソナ』を創刊し、愛媛県立吉田高等学校(山下が郷里の吉田町に設立した山下実科高等女学校がその前身)に転勤する。

 

翌年最初の詩集『六魚庵天国』を創刊する。

 

 

「主人貧しくも  坂村真民

主人貧しくも 鶯来鳴き 春の戸ひらく

主人貧しくも 月照り ひかり堂に満つ

主人貧しくも 石笛吹けば 天女舞う

主人貧しくも タンポポ咲いて 種子四方に飛ぶ」

 

 

1962(昭和37)年、月刊詩誌「詩国」を発行する。

 

1967(昭和42)年に、県立宇和島東高等学校を定年退職したのち、松山市の私立新田高等学校に移り、愛媛県伊予郡砥部(とべ)町高尾町を終(つい)の棲家(すみか)とする。

 

1970(昭和45)年に『念ずれば花ひらく』第1号碑が、「吉野の赤門(赤門は歴史上に残る最も有名な遊女といわれる「才色兼備」の代名詞吉野太夫の寄進)」といわれている京都市北区鷹ヶ峰「常照寺(じょうしょうじ)」に建立される。

 

1974(昭和49)年に新田高校を退職、ここに長年の教員生活を終え、以後、詩作一筋の生活を始める。

 

1980(昭和55)年に文部省中学校教育課編『道徳指導要領三』に、その詩「二度とない人生だから」が採録され、一躍全国的に有名となる。

 

その後、中学校・高等学校の教科書などに数多くの詩が採用される(真民詩碑は、47都道府県全域に分布するばかりか、世界6大州すべてに建立されている)

 

1974(昭和49)年愛媛新聞賞(文化部門)、1980(昭和55)年正力松太郎賞、1988(平成元)年愛媛県教育文化賞受賞、1991(平成3)年仏教伝道文化賞受賞、1999(平成11)年愛媛県功労賞を受賞。

 

なお、船井幸雄船井グループ総帥は、その編著書『清富の思想』において、真民を、日本を代表する「徳の人」の1人としてとりあげ、「命あるものへの惜しみない愛と感謝、そして優しい激励が、現代の(現代)社会に疲れた人たちの、救いとともに希望となっている」と述べている。

 

2006年12月11日老衰で死去、97歳

 

主な著書は、随筆集『念ずれば花ひらく』『生きてゆく力がなくなる時』『愛の道しるベ』、詩集『自選坂村真民詩集」『坂村真民全詩集(第1巻から第6巻)』、『詩国第一集』『詩国第二集』、詩画集『自分の花を咲かせよう』『花一輪の宇宙』『あうんの花』など多数。

 

09年10月4日、愛媛県伊予郡砥部(とべ)町宮内の町文化会館で、町主催の詩人で名誉町民の故坂村真民さんの生誕100周年を記念した集いがあり、全国から集まったファンら約900人が真民さんの作品や人柄に思いをはせた。
 真民さんの詩に曲を付けた「念ずれば花ひらく」などを女声合唱団が歌い幕開け。中村町長が「先生の詩には素朴さの中に愛がある。町は来年、記念館を建設予定で、今後も先生を顕彰していきたい」とあいさつした。

 

愛媛県伊予郡砥部町理正院の真民碑

 

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