司法権(裁判所)
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☆司法権の独立☆
裁判を通じて,国民の権利と自由(基本的人権)を保障し,社会の法秩序を維持すことによって社会の平和を保全していく役割を司法といい,これを行う機能を司法権という。
司法権は,立法権・行政権と並んで,国家の機能(はたらき)のひとつであるが,立法府(機関=国会)や行政府(機関=内閣)のように積極的な国家活動をするわけではなく,直接には政治的な性格を持たない。だが,裁判によって法律の解釈が確定し,国民の権利や義務の内容が明らかになるところから,裁判所の役割は大きいのがある。すなわち裁判所は,第三者的な立場の公平な審判機関たる性格のものであるから,その権限(司法権)の行使には特に公正さが要求される。
そのため日本国憲法は,司法の公正と民主化をはかるために,裁判所だけに司法権を与え(第76条1項),司法権独立の原則を確立したうえで,司法権の行使については,「すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してその職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される」(第76条3項)と規定し,裁判官の職権の独立を保障している。
憲法はさらに,裁判官がいかなる外部の圧力や干渉あるいは司法内部の上からの指揮・命令によって,罷免されたり懲戒処分されたりすることのないように,裁判官の身分保障の規定を設けている(第78条〜第80条)。
しかし,このような身分保障は,裁判官の独善(唯我独尊)を許すものでないことはいうまでもない。憲法は,罷免の訴追を受けた裁判官を弾劾裁判所で裁判する制度を設け(第64条),最高裁判所の裁判官については,さらに国民審査の制度を設けている(第79条2項〜4項)。
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司法権の独立をめぐる事件 裁判は,厳正な法の適用を使命とするので,外部からの干渉・圧迫があってはならないが,現在まで外圧がなかったとは言えない。 立法権との関係では,かつて参議院か裁判運営の調査と称して,ある事件の事実認定や量刑の当否を問題にした浦和事件かあげられる(1949年)。この時,最高裁は司法権の侵害であると批判したが,参議院は国政調査権に基づくものと主張したが,学界では,参議院の態度を問題とする意見が大勢を占めた。 司法権の独立は,さらに,裁判所内郎においても維持されなければならない。これに関して,札幌地方裁判所の平賀健太郎所長が,部下の裁判官に.審理中の長沼ナイキ基地訴訟の判断にふれた書簡を出したことか明らかになり,憲法第76条で保障された「裁判官の独立」についての問題を起こした平賀書簡事件(1969年)が有名である。この時は,世論の強い批判が巻き起こり,最高裁も平賀所長に「注意処分」を下さざるを得なかった。 これらの例をみても,公平な裁判には,裁判官の独立の原則がいかに重要かがわかる,つまり裁判の公正さは,裁判官の独立を前提として成立するということができるのである。 |
☆違憲立法審査権(法令審査権)☆==⇒ 違憲判決の事例
日本国憲法第98条は,「この憲法は,国の最高法規であって,その条規に反する法律,命令,及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は,その効力を有しない」と規定し,憲法の最高法規性を確認し(これは,日本国憲法における法の支配のあらわれである),また,「最高裁判所は,一切の法律,命令,規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」(第81条)と規定し,すべての裁判所に違憲立法審査権を認めている。
こうして,最高法規である憲法に違反する行為は,裁判所の違憲立法審査権によってきびしく規制されており,基本的人権を保障するうえで,この制度は,きわめて重要な意味をもっているが,日本が採用したアメリカ型の違憲法令審査権は,具体的な事件の裁判において,その事件に適用される法令が憲法に違反しているかどうかを審査する権限のことであって,あらゆる法令についてあらかじめ審査することではないと理解されている。
ともかく,「裁判所法」第3条が定めているように,裁判所は一切の法律上の争訟を裁判するが,議員の資格争訟(第55条)や議員の懲罰権(第58条)等,立法府・行政府の自律的判断に委ねられる事項や国会や内閣が高度な政治的判断に基づき,その政治的責任において行われる行為(統治行為)は,裁判の審査の対象にならないと解釈する(統治行為論)のが,最高裁判所および多くの学説(通説)である。の裁判がその例である(しかし,これは事実上違憲立法審査権の行使を制限するもので,議論があるところである)。
仮に,最高裁判所で違憲判決が確定すれば,その事件に関しては,国会の制定した法律であっても効力を失う。この意味において,最高裁判所は制度的に「憲法の番人」であるといわれている(三権分立のうち国会と内閣の行為に対して無効宣言をすることから,「司法の優位」をも意味している)。
国民に基本的人権を保障する最後の砦が裁判所となるが,その裁判には,大きく分けて,民事裁判(民事訴訟・民事事件)と刑事裁判(刑事訴訟・刑事事件)の2つがある(民事裁判・刑事裁判の他に,行政機関の行った違法な行為の取り消しなどを争う行政裁判〔事件・訴訟〕があるが,日本国憲法のもとでは,特別裁判所の設置は認められていない〔第76条2項〕ので,行政上の措置に不服の場合は,民事裁判に準じて裁判がおこなわれ,これは概ね民事事件に近いものである。また刑事裁判中には20歳未満の少年少女に関しては特別の手続きの少年裁判がある)。
民事事件では,個人や団体の財産上や身分上の権利をめぐるトラブルや,契約にかかわる紛争のように,個人(団体・法人)対個人(団体・法人)の事柄が法廷で争われ,訴訟を提起した原告と,その相手方である被告となる(両者をあわせて裁判の当事者という)。
刑事事件では,犯罪行為を行った合理的な疑いがある者を被告人として,検察官が起訴して有罪・無罪の判定が行われ,有罪の場合はその量刑が決められる。すなわち刑事裁判は,裁判官が検察官・被告人・弁護人の申し立てを聞き,証拠を取り調べて,被告人が罪を犯したかどうかの発見(真実の発見)に努め,そのうえで判決を下す裁判である。いうまでもなく,被告人の人権は保障されなければならない。そのための原理が罪刑法定主義であり,その中の一つが「疑わしきは罰せず」(「推定無罪」)の原則である。
弁護士
ところで裁判を行うには専門的知識や時間等が必要となるので,多くの場合,資格を持った者が依頼によって訴訟当事者の代理人となる。それが弁護士である。すなわち弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とし,裁判にあたっては弁護人・訴訟代理人となって,法廷における依頼者を弁護することになるが,憲法第37条には,国民の基本的人権に一つとして,弁護人を依頼する権利が保障している。
検察官
検察官は,刑事事件において,公益(一般的な社会の利益)を代表して裁判所に公訴を提起し,適正な判決を求め,また,刑の執行を監督する検察権をもっている者である。検察官がおこなう事務(検察権の行使)を統括する行政機関(官庁)を検察庁といい,裁判所の機構に対応して,最高検察庁・高等検嚢庁・地方検察庁・区検察庁の4つに分かれている。
検察権は裁判所とは異なり,司法権には属さず行政権に属しており,裁判官とは異なり検察官は法務大臣の一般的な指揮・監督を受ける(検察官一体の原則)が,検察官による起訴・不起訴が政治的圧力に屈するようでは,刑事裁判の公正を期すことはできない。そのため,検察官の身分も裁判官と同様に強く保障されている。
また検察官が事件を不起訴処分にした場合,その処置に不服のある者は,検察審査会に審査を請求することができる。
さらに,公務員の職権乱用罪が問われる事件について,検察官が不起訴処分にした場合に,その処置に不服があれば,裁判所に審査の申し立てをすることができる。
しかし現在,欧米諸国で一般的に認められている陪審制や参審制が認められていないことから,日本の裁判は事実上職業裁判官(キャリア裁判官)に独占されていることになる。ここから,国民の常識から遊離した判決が行われ,またえん罪が生まれる深刻問題がかもし出される結果となっている。そのため現在,司法の民主化(改革)が進められており,その中でこうした制度の日本への導入が検討されている。
裁判所には,最高裁判所と下級裁判所とがある(第76条1項)。下級裁判所には,高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所・簡易裁判所の4種類がある(裁判所法第2条)。
最高裁判所は,長たる裁判官(長官)と14名の裁判官で構成される。長官は内閣の指名に基づいて天皇が任命し(第6条2項),その他の裁判官は内閣が任命する(第79条1項)。下級裁判所の裁判官は,最高裁判所の指名した名簿によって内閣が任命する(第80条1項)。高等裁判所は原則として3人の合議制であり,その他は原則として1人の裁判官で裁判をする。
また,最高裁判所は,裁判の手続きなどに関する規則制定権を有し(第77条1項),司法行政に関する各種の権限(下級裁判所裁判官の指名,事務処理など)をもっている。
裁判は,人権を保障し,審理の公正を期するために,公開裁判の原則がとられている(第82条)。また,日本の審級制度は三審制を原則とし,判決に不服な者は,上級裁判所に対して不服を申し立て,裁判を求めることができる(上訴)。なお,刑が確定した後でも,判決の判断材料となった事実の認定に,合理的な疑いがもたれるような証拠が発見された場合には,裁判のやり直す再審の制度がある。

備考;控訴⇒ 第1審に対する上訴。上告⇒ 第2審に対する上訴。抗告⇒
裁判所の命令・決定に対する上訴。特別上告⇒ 高裁判決に対する憲法違反を理由とする最高裁への上訴。特別抗告⇒高裁裁判所の命令・決定に対して憲法違反を理由とする最高裁への上訴。
憲法は第82条において,「裁判の公開」を原則としている。それは,「裁判が公正に行われることを保証したもの」(「憲法82条1項の規定は,裁判の対審及び判決が公開の法廷で行われるべきことを定めているが,その趣旨は,裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し,ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある」(メモ採取不許可国家賠償請求事件−88年3月8日最高裁大法廷判決)であるが,例外として,「公の秩序または善良の風俗を害する」おそれがある場合は裁判の非公開を認めている。
法制審議会(法相の諮問機関)の民事・人事訴訟法部会は03年1月24日,離婚などの人事訴訟に関して,「私生活上の重大な秘密」にかかわる尋問は,非公開にできるという規定を初めて盛り込んだ「人事訴訟法案」と,民事訴訟の迅速化のため,あらかじめ判決時期などを定める「計画審理」を義務づけた「民事訴訟法改正案」の2要綱案を決定したが,これに関して法務省は「今回の非公開規定は憲法の枠内でプライバシーを重視した」と表明している。
☆最高裁判所の裁判官の国民審査☆
内閣によって任命された最高裁判所裁判官(長官だけは内閣の指名で天皇が任命)を国民が審査する直接民主制の一つが,最高裁裁判官の国民審査である。
この制度はアメリカにおいて裁判官公選の弊害を是正する目的で1937(昭和12)年にアメリカ法曹協会が提案したものであるが,実際に実施したのはミズーリ州だけであった。
日本では,この国民審査によって罷免された裁判官は,これまで皆無である(罷免を可とする投票は,否とする投票の7〜10%前後)。これは,アメリカにおいて4分の1〜3分の1が罷免を可としてことに比べても,審査制度の効果は疑問のあるところである。
その要因として,最高裁判所裁判官についての情報が少ないことと,審査制度自体,つまり投票(審査)方法に問題点があげられる。問題点とは,「@審査方法が,罷免の裁判官に×印,白票はすべて信任で,×印以外の記載は無効となっていることであり,これでは棄権の自由がない上に,事実上信任を強制しているようなものである。Aまた,審査用紙が選挙の投票用紙とは別に渡されているため投票台で×印をつけることがわかってしまい,投票の秘密が守られていない」こと等である。
特に終審裁判所である最高裁の判決(姿勢)は,国民の基本的人権の擁護と深いかかわりがあり,国民全体の生活にも重要な関係を有することから,最高裁の裁判官が時の政治権力によって選任されるという憲法上の基本的問題とも相俟って,そうした政治的選任をチャックする意味も含めて,審査の重要性(役割)をもう一度再確認する必要がある。
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選挙権(4条) |
衆議院議員の選挙権を有する者 |
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審査期日(2条) |
任命後,初めて行われる衆議院議員総選挙の日,また,最初の審査の日から10年を経過した後,初めて行われる衆議院議員総選挙の日に更に審査。その後も同様 |
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投票の方法(15条) |
罷免を可とする裁判官についてのみ,×の記号を記載。罷免を可としない裁判官については,なにも記載をしない |
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罷免の条件(32条) |
罷免を可とする投票の数が,罷免を可としない投票の数より多い裁判官は,罷免 |
備考;条数は最高裁判所裁判官国民審査法を示す。
☆最高裁裁判官国民審査投票用紙☆

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裁判官国民審査 形ばかりでは司法改革が泣く 案の定,話題にもならなかった。総選挙に併せて行われた最高裁判事の国民審査。例によって対象者全員が信任された。審査結果が悲喜こもごもの選挙戦の陰に隠れてしまったのも,いつも通りだ。
不信任は最多の判事でも7%強にすぎないが,だからと言って,9割以上の人が信任したと実感するにはほど遠い。
信任しない判事にだけ×印を付けるという投票方法に疑問があるからだ。信任するつもりはなくても,無印で投票すれば信任したことになる。しかも投票用紙を受け取ってからは棄権もできない。棄権したければ投票用紙を受け取らないことだと広く知られているわけでもない。立会人が見守る中で,×印を書くことに抵抗を感じる人も少なくあるまい。独裁国家の選挙とまでは言わないが,公正さを装っていても,実際には判事が不信任されないように配慮された仕組みと言って過言ではない。
形ばかりの制度は改善すべきである。投票方法の改善などは直ぐにできることだ。信任にも○印を付け,白紙は棄権と見なす仕組みに変えてはどうか。不信任率の上昇を気にする向きもあるだろうが,大半の有権者は根拠もなく×印をつけるほど無責任ではあるまい。
最高裁は今年5月,過半数の委員を法曹人以外で組織する裁判官指名諮問委員会を新設,新任,再任に先立って裁判官の適格性を外部の目で審査する制度をスタートさせた。最高裁判事が対象外とされる理由の一つが国民審査なのだから,国民審査が形がい化されたままでよいはずがない。政治や行政から独立した裁判を守るためには,内閣が任命する最高裁判事には一般の裁判官にもまして市民の監視が必要との見方もできる。
だからといって,一種の“人気投票”によって判事が罷免される事態が好ましいとは言えない。多数決原理が支配する民主主義社会にあって,司法は少数意見もくみ上げた上で正義を実現させることが求められているからだ。その意味で信任,不信任を多数決で決する制度自体に問題なしとはしない。有権者の多くが,最高裁判事の仕事ぶりや人柄などに精通はしていないのだからなおさらだ。
折も折,開かれた司法の実現を目指す司法制度改革が進行中だ。国民審査を裁判員制度などと並ぶ司法への市民参加の方策と位置づけ,抜本的にあり方を見直す好機だ。今回の公報から判事の顔写真を掲載するといった改善は行われたが,各判事がどのような判決や判断を示しているか,素人に分かりやすく知らせる工夫はまだまだ不十分だ。総選挙の候補者の政見放送のように,最高裁判事が“テレビ公報”で意見を述べる機会があってもいいだろう。
司法を真に市民のものとするために,将来は最高裁判事を対象にした「裁判官指名諮問委員会」も新設し,市民の声が最高裁のあり方に生かされる道を開くべきではないか。国民審査の制度の改善を怠っているようでは,司法制度改革の成功はおぼつかない。 (03年11月17日付『毎日新聞』−「社説」) |
☆裁判員制度☆
開かれた司法を目指し、これまで「官」(職業裁判官)に委ねられてきた裁判を国民との協働作業に変えるために導入される制度で、国民(市民)が法定刑に死刑や無期刑を含む、殺人等の重大な刑事事件(02年の一審事件でみると、全国で2,818件)の審理に参加して、裁判官とともに有罪無罪や刑の重さを決めることになる(対象事件に該当すると、その被告は、裁判官だけの裁判を選択することはできない)。そのための法案が、04年5月21日の参院本会議で可決、成立、政府は09(平成21)年4月からの実施を目指している。
刑事裁判に国民参加する制度は、陪審制・参審制の違いはあるが、欧米では定着しているものであるが、日本では戦前の陪審制以来の導入であり、司法制度の大第転を意味している。
実施されれば、国民は、事件によっては「死刑にするかどうか」の判断を迫られるなどの極めて重い責任を負うことになる。
裁判員に選ばれるのは、国会議員や法曹関係者などを除く20歳以上の有権者(「あなたを裁判員候補者とします」と記された一通の手紙が届く)であるが、02年の統計に基づいた政府の推計によると、年間、約12万7,000人が裁判員候補者として裁判所に呼び出され、うち約2万5,000人が裁判員、あるいは補助裁判員として選任される。この数次は、国民67人に1人が生涯に一度経験する計算になる。
重大な刑事裁判は、原則として、裁判官3人、裁判員6人で構成され、裁判官・員双方の最低1人が賛成する過半数で評決が行われる。もとより、裁判員は有罪無罪の判断および刑の重さについて、裁判官と対等の権限を持ち、裁判員には日当や交通費が支払わる。
ただし、70歳以上や、病気・仕事や学生などのやむをえない理由がある場合は、裁判員の辞退が可能となる。
また、裁判の迅速化を進めるため、初公判前に検察・弁護側の双方が立証しようとする証拠を開示し、争点を絞り込む「公判前整理手続き」を創設する刑事訴訟法改正案も04年5月21日に成立した。
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〈裁判員制度法の骨子〉 1.合議体の構成 裁判官3人、裁判員6人で審理。なお、被告が起訴事実を認め、検察・弁護双方と被告に異議がない場合に「裁判官1人、裁判員4人」制も可能となる。 2.裁判員の権限 事実認定と法令の適用・量刑の判断の双方を行う。 3.評決 裁判官・裁判員各1人以上の賛成を前提とする過半数で決する
4.選任 20歳以上の有権者から無作為に選んだ候補者から選任 5.裁判員・裁判員候補者の義務・責任 @ 裁判員候補者は裁判所に出頭。正当な理由のない不出頭や質問への回答拒否、虚偽回答は過料の対象
A 裁判員は期日に裁判所に出頭。宣誓し、評議で意見を述べる
B 裁判員は関係者のプライバシーや合議体のメンバーの意見を生涯他言禁止。違反したら懲役・罰金
C 裁判員は収賄罪の適用対象
6.裁判員の保護制度 @ 任務のため仕事を休むことによる解雇などの不利益な取り扱いの禁止
A 裁判員の氏名、住所など個人を特定できる情報は非公開。裁判後も本人が同意しない限り同様
B 裁判員への事件に関する接触は禁止。元裁判員にも職務上知り得た秘密を知る目的での接触を禁止 |

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寺西裁判官分限事件最高裁決定に抗議し裁判官の独立と市民的自由の確保を求める決議
“型破り”を白眼視する危険(学内限定)