ポ ツ ダ ム 宣 言米・英・支「三國」宣言)ひらがな文

 

 

第2次大戦が終わる1945(昭和20)年の7月17日、米・大統領トルーマンルーズベルト大統領が45年4月12日脳溢血で急死〔63歳〕したため、同年1月に就任したばかりの〔無名の〕副大統領ハリー・トルーマン〔61歳〕が、憲法第25修正の規定に従い、同年4月12日に第33代大統領の席に着いた)、英・首相チャーチル(72歳)、ソ連・首相スターリン(67歳)の3首脳がドイツ・ベルリン郊外のポツダムに集い、半月余り会談を続けた。「ポツダム会談」である。もちろん主たるテーマは、欧州の戦後処理だった。すでに同年4月28日、イタリーのムッソリニーが処刑され、4月30日、ドイツのヒトラー〔56歳〕は自殺、5月7日、ドイツが連合国軍に無条件降伏していた。

 

日本に降伏を迫った「ポツダム宣言」は、この3者の共同宣言ではなく、会談の期間中に、米・英と支(中華民国・蒋介石)が発したものである。

 

意外なことに、米・国立公文書館が収蔵する宣言文の署名欄の筆跡は、3カ国ともトルーマンのものである(仲晃『黙殺』NHKブックス)

 

チャーチルは、総選挙の開票で一時帰国していて選挙で敗北し、アトリーへの政権交代の前だったため、結局、ポツダムに戻らなかった(7月28日から首相アトリーと外相ベバンらが出席した。そのため、トルーマンがチャーチルと署名した。中華民国の蒋介石はそもそもポツダムには来ておらず、やはりトルーマンが蒋介石と無線で連絡を取って「中国総統」と記したためである。

 

なおポツダムは、都心から電車で30分ほどのベルリン南西の宮殿や別荘が点在している美しい町で、会談が行われたチェチリエンホーフツェツィリエンホーフ)宮殿は、ドイツ帝国の最後の皇太子一家の館(やかた)だった宮殿(会議場は、当時の姿で残されており、その一角はホテルにもなっている)

ポツダム宣言は13項から構成されているが、その要点、日本がこのまま戦争を継続すれば日本の国土は完全に荒廃してしまうこと(3項)、また、日本は壊滅への道を続けるかそれとも理性の道を歩むかを決定すべきであること(4項)を前提に、連合国が要求する戦争終結の条件として、以下の項目を掲げている。

 

1.軍国主義の除去、2.日本国領土の占領、3.カイロ宣言の条項の履行、および本州、北海道、九州、四国および連合国が決定する諸小島への日本の主権の制限、4.日本国軍隊の完全な武装解除、5.戦争犯罪人に対する厳重な処罰、ならびに民主主義の確立、6.賠償の実施と平和産業の確保。

 

さらにこの宣言は、第12項において、以上の諸目的が達成され、日本国民の自由に表明された意思に従って平和的な傾向をもった責任ある政府が樹立された場合には、ただちに占領軍を撤収することを明らかにしている。

 

7月26日にポツダム宣言が発せられるや、日本政府および軍の首脳の間で、それを受諾すべきか否かにつき国民不在の堂々巡りの議論が20日間繰り返され、その間も、米軍による空襲は続けられた。

 

ポツダム会談前日の1945年716午前5時29分45秒米ニューメキシコ州アラモゴードAlamogordo砂漠で、当時の金額で20億ドルの開発費をかけた初の原爆実験が行われた。約1カ月の8月9日後に長崎に投下された原爆ファットマン」と同じプルトニウム型であった。

                                                      

「私は今、死神になった。世界の破壊者になったのだ」と原爆開発計画の指導者オッペンハイマーJohn Robert Oppenheimer。1904〜1967) 。アメリカの理論物理学者。量子電磁力学の基礎的研究をはじめ、多方面の研究でアメリカ理論物理学界の指導的役割を果たすが、第2次世界大戦後水爆製造に反対したことから公職を追われたがつぶやいたが、実験成功の報は「赤ん坊が生まれた」という暗号電報で、すぐに米大統領トルーマンに届いた。新型爆弾の存在は数日後に、大統領の口からソ連首相のスターリンにも知らされた。

 

 実験場所は、現在米最大の軍事施設で、現にミサイル実験が行われている「ホワイトサンズ(白い砂漠)・ミサイル試射場White Sabds Missile Range」の中にある。グラウンド・ゼロground zero=ゼロ地点・爆撃地点・核爆発の直下地点・爆心地)はフェンスで囲われ、記念碑が設置され、そのそばに実験の際、溶けずに残った原爆を設置した高さ約30メートルの鉄塔の柱の基礎部分が立っている。

 

日本に無条件降伏を迫るポツダム宣言が出たのは原爆実験から10日を経た7月26日。日本政府は、7月28日これを「黙殺」すると発表した。

 

その11日後の8月6日広島への原爆投下リトル・ボーイ、14日後の8月9日長崎への原爆投下ファットマン、ついに8月14日、最後の御前会議宣言の受諾を決定し、同日夜、終戦の詔勅が発せられ、翌8月15日正午、NHKラジオを通して天皇が国民に敗戦を伝える玉音放送を行った。

 

それはポツダム宣言から20日後のことであった。原爆開発がほんの少し遅れ、終戦がほんの少し早かったなら、そして、少しばかりの命の大切さの認識があったら、20世紀最大の悲劇は避けられた。

 

ポツダム会談

potudamu

ポツダムでの米・英・ソの3首脳=左チャーチル・中央トルーマン・右スターリン

 

 

 

1945(昭和20)年7月26日(ポツダムに於て)=アメリカ・イギリス・中華民国により宣言

1945(昭和20年8月14日=日本受諾

 

1 吾等合衆国大統領、中華民国政府主席及「グレート、ブリテン」国総理大臣ハ吾等ノ数億ノ国民ヲ代表シ協議ノ上日本国ニ対シ今次ノ戦争ヲ終結スルノ機会ヲ与フルコトニ意見一致セリ

 

2 合衆国、英帝国及中華民国ノ巨大ナル陸、海、空軍ハ西方ヨリ自国ノ陸軍及空軍ニ依ル数倍ノ増強ヲ受ケ日本国ニ対シ最後的打撃ヲ加フルノ態勢ヲ整ヘタリ右軍事力ハ日本国ガ抵抗ヲ終止スルニ至ルマデ同国ニ対シ戦争ヲ遂行スルノ一切ノ聯合国ノ決意ニ依リ支持セラレ且鼓舞(こぶ)セラレ居ルモノナリ

 

3 蹶起(けっき)セル世界ノ自由ナル人民ノ力ニ対スル「ドイツ」国ノ無益且無意義ナル抵抗ノ結果ハ日本国国民ニ対スル先例ヲ極メテ明白ニ示スモノナリ現在日本国ニ対シ集結シツツアル力ハ抵抗スル「ナチス」ニ対シ適用セラレタル場合ニ於テ全「ドイツ」国人民ノ土地、産業及生活様式ヲ必然的ニ荒廃(こうはい)ニ帰セシメタル力ニ比シ測リ知レザル程度ニ強大ナルモノナリ吾等ノ決意ニ支持セラルル吾等ノ軍事力ノ最高度ノ使用ハ日本国軍隊ノ不可避且完全ナル壊滅ヲ意味スベク又同様必然的ニ日本国本土ノ完全ナル破滅ヲ意味スベシ

 

4 無分別ナル打算ニ依リ日本帝国ヲ滅亡ノ淵ニ陥レタル我儘(わがまま)ナル軍国主義的助言者ニ依リ日本国ガ引続キ統御(とうぎょ)セラルベキカ又ハ理性ノ経路ヲ日本国ガ履(ふ)ムベキカヲ日本国ガケッテイスベキ時期ハ到来セリ

 

5 吾等ノ条件ハ左(以下)ノ如シ

 吾等ハ右条件ヨリ離脱スルコトナカルベシ右ニ代ル条件存在セズ吾等ハ遅延ヲ認ムルヲ得ズ

 

6 吾等ハ無責任ナル軍国主義ガ世界ヨリ駆逐(くちく)セラルルニ至ル迄ハ平和、安全及正義ノ新秩序ガ生ジ得ザルコトヲ主張スルモノナルヲ以テ日本国国民ヲ欺瞞(ぎまん)シ之ヲシテ世界征服ノ挙ニ出ヅルノ過誤(かご)ヲ犯サシメタル者ノ権力及勢力ハ永久ニ除去セラレザルベカラズ

 

7 右ノ如キ新秩序ガ建設セラレ且日本国ノ戦争遂行能力ガ破砕(はさい)セラレタルコトノ確証アルニ至ル迄ハ聯合国ノ指定スベキ日本国領域内ノ諸地点ハ吾等ノ茲(ここに)ニ指示スル基本的目的ノ達成ヲ確保スル為占領セラルベシ

 

8 「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ

 

9 日本国軍隊ハ完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルベシ

 

10 吾等ハ日本人ヲ民族トシテ奴隷化セントシ又ハ国民トシテ滅亡セシメントスルノ意図ヲ有スルモノニ非ザルモ吾等ノ俘虜(ふりょ)ヲ虐待セル者ヲ含ム一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙(しょうがい)ヲ除去スベシ言論、宗教及思想ノ自由並ニ基本的人権ノ尊重ハ確立セラルベシ⇒東京裁判

 

11 日本国ハ其ノ経済ヲ支持シ且公正ナル実物賠償ノ取立ヲ可能ナラシムルガ如キ産業ヲ維持スルコトヲ許サルベシ但シ日本国ヲシテ戦争ノ為再軍備ヲ為スコトヲ得シムルガ如キ産業ハ此ノ限ニ在ラズ右目的ノ為原料ノ入手(其ノ支配トハ之ヲ区別ス)ヲ許可サルベシ日本国ハ将来世界貿易関係ヘノ参加ヲ許サルベシ

 

12 前記諸目的ガ達成セラレ且日本国国民ノ自由ニ表明セル意思ニ従ヒ平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府ガ樹立セラルルニ於テハ聯合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収(てっしゅう)セラルベシ

 

13 吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅(かいめつ)アルノミトス

 

―――――――――――――――――

 

(ひらがな文)

 

1 吾等合衆国大統領、中華民国政府主席及「グレート、ブリテン」国総理大臣は吾等の数億の国民を代表し協議の上日本国に対し今次の戦争を終結するの機会を与ふることに意見一致せり

 

2 合衆国、英帝国及中華民国の巨大なる陸、海、空軍は西方より自国の陸軍及空軍に依る数倍の増強を受け日本国に対し最後的打撃を加ふるの態勢を整へたり 右軍事力は日本国が抵抗を終止するに至るまで同国に対し戦争を遂行するの一切の聯合国の決意に依り支持せられ且鼓舞(こぶ)せられ居(お)るものなり

 

3 蹶起(けっき)せる世界の自由なる人民の力に対する「ドイツ」国の無益且無意義なる抵抗の結果は日本国国民に対する先例を極めて明白に示すものなり 現在日本国に対し集結しつつある力は抵抗する「ナチス」に対し適用せられたる場合に於て全「ドイツ」国人民の土地、産業及生活様式を必然的に荒廃(こうはい)に帰せしめたる力に比し測り知れざる程度に強大なるものなり 吾等の決意に支持せらるる吾等の軍事力の最高度の使用は日本国軍隊の不可避且完全なる壊滅を意味すべく又同様必然的に日本国本土の完全なる破滅を意味すべし

 

4 無分別なる打算に依り日本帝国を滅亡の淵に陥れたる我儘(わがまま)なる軍国主義的助言者に依り日本国が引続き統御(とうぎょ)せらるべきカ又は理性の経路を日本国が履(ふ)むべきかを日本国がけっていすべき時期は到来せり

 

5 吾等の条件は左(以下)の如(ごとし)し 

吾等は右条件より離脱することなかるべし 右に代る条件存在せず吾等は遅延を認むるを得ず

 

6 吾等は無責任なる軍国主義が世界より駆逐(くちく)せらるるに至る迄は平和、安全及正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるを以て日本国国民を欺瞞(ぎまん)し之をして世界征服の挙に出ずるの過誤(かご)を犯さしめたる者の権力及勢力は永久に除去せられざるべからず

 

7 右の如き新秩序が建設せられ且日本国の戦争遂行能力が破砕(はさい)せられたることの確証あるに至る迄は聯合国の指定すべき日本国領域内の諸地点は吾等の茲(ここ)に指示する基本的目的の達成を確保する為占領せらるべし

 

8 「カイロ」宣言の条項は履行せらるべく又日本国の主権は本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし

 

9 日本国軍隊は完全に武装を解除せられたる後各自の家庭に復帰し平和的且生産的の生活を営むの機会を得しめらるべし

 

10 吾等は日本人を民族として奴隷化せんとし又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有するものに非ざるも吾等の俘虜(ふりょ)を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては厳重なる処罰を加へらるべし 日本国政府は日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙(しょうがい)を除去すべし 言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は確立せらるべし⇒東京裁判

 

11 日本国は其の経済を支持し且公正なる実物賠償の取立を可能ならしむるが如き産業を維持することを許さるべし 但し日本国をして戦争の為再軍備を為すことを得しむるが如き産業は此の限に在らず 右目的の為原料の入手(其の支配とは之を区別す)を許可さるべし 日本国は将来世界貿易関係への参加を許さるべし

 

12 前記諸目的が達成せられ且日本国国民の自由に表明せる意思に従ひ平和的傾向を有し且責任ある政府が樹立せらるるに於ては聯合国の占領軍は直に日本国より撤収(てっしゅう)せらるべし

 

13 吾等は日本国政府が直に全日本国軍隊の無条件降伏を宣言し且右行動に於ける同政府の誠意に付適当且充分なる保障を提供せんことを同政府に対し要求す 右以外の日本国の選択は迅速且完全なる壊滅(かいめつ)あるのみとす

 

 

 

 

 

 

============================================

 

トップページ

目次

法律のページ

法学―目次

世界人権宣言

降伏文書

英米共同宣言

連合国共同宣言

カイロ宣言

ヤルタ協定