(50年代)

 

1950(昭和25)

全偏・糸偏 レッドパージ オー・ミステーク 特需 アルバイトサロン

1月19日

社会党第5回大会で左右に分裂→同年4月3日に両派再統一

3月 1日

自由党発足= 民主自由党と民主党連立派の合同、総裁に吉田茂

5月 3日

マッカーサー、憲法記念日の声明で共産党非合法化を示唆、吉田首相、東大総長南原繁の全面講和論を「『曲学阿世(きょくがくあせい)の徒』の空理空論である」と非難

6月25日

未明、朝鮮戦争勃発→特需景気=日本経済息を吹き返す

  7月24日

GHQ、新聞協会代表に共産党員と同調者の追放を勧告→以後レッドパージの嵐

  8月10日

警察予備隊発足

11月30日

トルーマン、朝鮮戦争で原爆使用もありうると記者会見で発言

12月 7日

池田勇人(後の首相)蔵相、参議院法務委員会で労農党木村禮八郎の質問に「古来の慣習によって所得の多い者は米本位、所得の少ない者は麦本位というように致したい」と答弁→「貧乏人は麦飯を食え」ということで国民の反発を買う。池田暴言(放言)の一つ

 

 

1951(昭和26)

逆コース 三等重役 社用族 BG パチンコ ファッションモデル

4月11日

トルーマン、マッカーサーを解任→マッカーサーの2000日終わる→16日離日=20万人が羽田までの沿道を埋める

5月 3日

政府主催憲法施行4周年記念式典が皇居前で行われ、都民2万人が参加=天皇・皇后も出席

7月10日

朝鮮戦争休戦

9月 8日

対日平和条約・日米安全保障条約調印

10月24日

社会党臨時大会、講和・安保両条約を巡り左右に分裂

 

 

1952(昭和27)

恐妻 ヤンキゴーホーム 火炎びん 空飛ぶ円盤 芸者ワルツ

4月28日

対日平和条約・日米安全保障条約発効・日本時間午後1030分=日本独立(沖縄が取り残される)→GHQ廃止

月 1日

メーデー事件、デモ隊に警官発砲=死者2人、検挙者1,230

8月28日

吉田首相憲法第7条を根拠に衆議院を抜き打ち解散=自由党内の反吉田派に先手とる→これ以後、「第7条解散」が定着

10月 1日

25回衆議院議員総選挙→自由党240人、共産全員落選

10月30日

第4次吉田内閣(鳩山派分裂をさけ、吉田と妥協)

11月27日

池田通産相、衆議院本会議で「中小企業の倒産から自殺する者があってもやむをえない」と発言。この発言に野党は翌日、池田不信任案を提出→鳩山派25人欠席で可決→29日池田辞任

 


 

1953(昭和28)

八頭身 プラスアルファ 洗脳 マンボ 凶作 街頭テレビ

月 1日

NHKテレビの本放送開始→テレビ時代の幕開け

2月28日

吉田首相、衆議院予算委員会右派社会党西村栄一議員の「首相は国際情勢は好転しているといったが、その根拠は何か」との質問に、「−−米英首脳もいっている」と答える→西村さらに「−−日本の総理大臣に聞いている。翻訳を承っているのではない」と追及→吉田「−−日本の総理大臣として御答弁いたしたいのであります−−」→西村「総理大臣は興奮しない方がよろしい。別に興奮する必要はないじゃないか」→吉田「無礼なことをいうな」→西村「質問しているのに何が無礼だ−−日本の総理大臣として答弁しなさいということが何が無礼だ」→吉田「ばかやろう」と発言→西村「何がばかやろうだ。ばかやろうとは何事か−−取消なさい−−」→吉田「私の言葉は不穏当でありましたから、はっきり取り消します」(『衆議院速記録』より)

3月 2日

衆議院本会議、国会史上はじめて首相の懲罰動議可決→野党内閣不信任案提出

3月 5日

スターリン死去=株価大暴落

3月14日

不信任案可決→衆議院解散=「バカヤロー解散

4月19日

26回衆議院議員総選挙→左派社会党躍進=「拒否された再軍備」

5月21日

第5次吉田内閣少数与党内閣)

9月27日

保安隊から自衛隊に

11月 3日

吉田首相衆議院予算委員会で「自衛隊は憲法内での軍隊。しかし戦力ではない(戦力なき軍隊)」と答弁→「○○なき○○」は、この年と翌年の流行語となる

 


 

1954(昭和29)

死の灰 戦力なき軍隊 お富さん オー・マイ・パパ 電気洗濯機

  2月16日

東京地検特捜部、自由党副幹事長有田二郎逮捕の許諾を国会法第33条に基づいて請求

  2月23日

衆議院本会議有田の期限付逮捕許諾(3月3日まで)を可決→有田逮捕→つづいて自由党衆議院議員2人と参議院議員1人、運輸省官房長を逮捕→東京地検特捜部、自由党幹事長佐藤栄作(後の首相)、池田勇人自由党政調会長(後の首相−−2人とも吉田政権を支える政治資金集めの中心人物)に任意出頭を求め取り調べる

  4月21日

犬養健(たけし-- 5.15事件で殺害された犬養毅(つよし)首相の長男)法相、検事総長に対して指揮権発動=「自由党幹事長佐藤栄作の逮捕許諾を請求しないよう」指示

  4月22日

犬養法相辞任

  6月 3日

衆議院本会議、堤議長の要請で警官200人院内に出動→改正警察法を巡り「乱闘国会」

  6月16日

検事総長、収賄容疑での佐藤栄作の逮捕を断念するとともに、政治資金規制法違反での起訴を発表

  8月10日

衆議院決算委員会、検事総長の証人喚問を決定

  9月 6日

佐藤藤佐(とうすけ)検事総長、指揮権発動で捜査に支障と証言→吉田首相の喚問を決定→吉田喚問拒否→衆議院決算委員会吉田首相の告発動議可決

11月24日

日本民主党結成(総裁鳩山一郎)

12月 6日

民主党と両社会党、共同で内閣不信任案提出

12月 7日

吉田内閣総辞職

12月10日

第1次鳩山内閣(日本民主党総裁鳩山一郎−−「明朗にして清潔な政治を」)

 


 

1955(昭和30)

春闘 ロイローゼ 慎太郎刈り ビキニ 神武景気 結婚難 三種の神器

  1月24日

衆議院解散(本会議の質問の途中で解散詔書が朗読される)⇒「天の声解散

  3月27日

27回衆議院議員総選挙

  3月19日

第2次鳩山内閣(民主党単独少数内閣)

  9月13日

東京・砂川町で立川基地拡張の強制測量開始→基地反対斗争の嵐=「土地に杭は打たれても、心に杭は打たれない」

10月13日

左右社会党統一→日本社会党成立、委員長鈴木茂三郎、書記長浅沼稲次郎

11月15日

自由・日本民主両党合同=保守合同→自由民主党(自民党)結成、初代総裁鳩山一郎

12月22日

第3次鳩山内閣(改憲と小選挙区制問題で保革激突時代到来)小選挙区制の実施で、3分の2の議席を確保して一挙に改憲を狙う→党利党略の区割→かつてアメリカでは「ゲリマンダー」といわれたが、日本ではこれをもじって、「ハト(鳩)マンダー」と皮肉った。小選挙区制の法案は、衆議院は通過したが参議院で審議未了・廃案となった。小選挙区制について鳩山はその回顧録において「鳩山内閣最大の失政」と嘆いた

 


 

1956(昭和31)

太陽族 もはや戦後ではない 一億総白痴化 水俣病 ケセラセラ

  7月17日

経済企画庁「経済白書」で、「もはや戦後ではない」と新た経済目標提示(「日本経済の成長と近代化」)→高度経済成長の出発を宣言

  7月24日

『毎日新聞』が「暴力団新地図」の連載開始→「暴力団と政治家の癒着」を報道する(8月30日まで)

10月19日

日ソ共同宣言と日ソ通商航海議定書調印→北方領土問題取り残さる

11月 1日

愛媛県教育委員会、全国に先駆けて教員の昇給・昇格の勤務評定実施を決定=「教師たちの通信簿=勤評」→以後全国で「勤評」反対斗争の嵐、全国に吹き荒れる

11月 2日

鳩山首相、日ソ共同宣言調印を機に引退を表明→自民党内に「7個師団3連隊」と称された派閥が割拠する

12月 5日

冷害地帯で娘の身売りが激増

12月14日

自民党大会で総裁選出選挙→上位2人の決戦投票、石橋堪山7票差で岸を破り、自民党第2代総裁に当選

12月18日

国連総会、日本の国連加盟可決

12月20日

鳩山内閣総辞職

12月23日

石橋湛山内閣(自民党派閥政治の幕開け)(解散権行使せず)

 


 

1957(昭和32)

ストレス よろめき パートタイム なべ底不況 有楽町で逢いましょう

2月23日

石橋内閣総辞職(石橋病気の為→野人宰相=63日間の無念)

2月25日

第1次岸内閣(閣僚全員留任、第3代自民党総裁に岸信介就任)

6月21日

日米首脳会談=日米共同声明→「日米新時代」へ

 


 

1958(昭和33)

団地族 ハイティーン ご清潔ご誠実(ミッチーブーム)フラフープ

4月 1日

売春防止法施行→赤線・青線・白線(ばいせん)の灯消える

4月 5日

防衛庁、次期主力戦闘機にグラマンG9811を採用することに内定→岸首相へのリベート疑惑発覚

4月25日

憲政史上はじめて衆議院を岸と鈴木社会党委員長との話し合いで解散(不信任案を上程して採決前に解散で一致する)=「話し合い解散」(国民に信任を問うことなく丸3年、鳩山→石橋→岸と内閣の交代が続いた)

5月22日

28回衆議院議員総選挙=55年体制下の初選挙=自民287人、社会166人、共産1人−−投票率−−76.997%で戦後最高

6月12日

第2次岸内閣

8月14日

自民党総務会長河野一郎、防衛庁長官に次期戦闘機問題について再検討を申し入れ

8月22日

衆議院決算委員会、機種内定に関する不正を追求→グラマン疑惑→岸、河野に対して密約でもみ消し図る→翌年11月ロッキードF104に逆転決定

8月25日

防衛庁、機種正式決定中止

10月 8日

警察官職務執行法改正案上程→反対運動の昂揚→「デートもできない警職法」→岸・鈴木会談で審議未了・衆議院自然休会で了解成立

 


 

1959(昭和34)

私の選んだ人 岩戸景気 消費は美徳 カミナリ族 黒い花びら

  4月10日

皇太子昭仁と正田美智子結婚→「ミッチーブーム」

11月27日

安保改定阻止国民会議第8次全国統一行動で2万人のデモ隊、国会構内に入る→以後、安保反対闘争の嵐が全国で吹き荒れる→「60年安保闘争」=戦後最大の国民行動に発展

 


 

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