被爆した長崎医科大学(現長崎大学医学部)正門跡
当時、爆心地から東600mに位置していた。
爆心地を見下ろす丘の上にあった長崎医科大学正門は、秒速約280m爆風の影響で、前に9cmずれ、台座との間に約16cmのすき間ができ、正面に10度傾いたままになっている。門柱の側に建てられた石柱に「原爆の爆風のもの凄さをここに今尚ここに見る」と刻まれてあり、原爆の脅威が生々しく伝わってくる。
被爆当日大学では1.2年生は講義、3.4年生は附属病院の各教室にいたが、木造の本館と校舎は原爆炸裂と同時に倒壊、その発生した火災で全焼した。附属病院の外壁だけは焼け残ったが、内部は壊滅状態であった。
学生・教職員ら890人以上が犠牲となったが、焼け跡からは学生が机に着席したままの姿で発見された。

被爆当時の長崎医科大学

現在の長崎大学医学部の裏門(図書館の裏)




被爆により傾いて元に戻らなかった1m22cm四方、高さ1.7mの右側の門。前の9cmほどずれ台座との間に最大で約16cmのすき間ができており、原爆の爆風のすごさを示す数少ない遺構の一つである。

正門右側の門。一度傾いて元に戻った。
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長崎被爆50周年記念事業碑(母子像) |
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