今月の言葉
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肝心な点は、感動すること、愛すること、望むこと、身ぶるいすること、生きることです。 ロダン( [François Auguste
René Rodin]【1840〜1917】 フランスの彫刻家。形式的なアカデミズムに反抗し、18世紀以来装飾化していた彫刻に生命と感情を吹き込み、人間の内的生命を表現して近代彫刻の展開に多大な足跡を残した。その代表作に「バルザック像」「考える人」「地獄の門」「接吻」「カレーの市民」などがある)。 |
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「言葉の一撃は槍(やり)の一撃よりも恐ろしい」(フランスの格言)。 「ペンは剣よりも強し」と同意だが、同じ意味で無思慮な言葉は言われた側には暴力より苛烈(かれつ)だ、と戒める格言。 …失言、暴言、放言、妄言… 「大統領、記者と話すのは移動のヘリコプターの下にしてください」 あんまりも失言が多かった米国・レーガン元大統領の側近が、“失言一切をヘリの爆音が消してくれる”と、揶揄(やゆ)した言葉。 |
新着ニュース/自戒の言葉/入り口/もしも今日がついていない一日だと感じたあなた/ 渥美 清の啖呵売り(一)/8月15日(2004年)(学内限定)/2004年8月15日各党談話/千の風/平和宣言2004(沖縄県) /平和宣言2004(
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十干(じつかん)と十二支(じゆうにし)とを組み合わせたもの。 十干とは、甲(きのえ)・乙(きのと)・丙(ひのえ)・丁(ひのと)・戊(つちのえ)・己(つちのと)・庚(かのえ)・辛(かのと)・壬(みずのえ)・癸(みずのと)。 十二支とは子(ね)・丑(うし)・寅(とら)・卯(う)・辰(たつ)・巳(み)・午(うま)・未(ひつじ)・申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)・亥(い)である。これを順に割り当て、甲子(きのえね)・乙丑(きのとうし)のように呼び、60とおりの組み合わせができる。 なお、通常は十干をはぶいて、子年(ねずみどし)・丑年(うしどし)・寅年(とらどし)・申年(さるどし)など十二支だけで表した年をいう。
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☆ 「私の心に憤りとともに刻みつけられているのは自己責任という言葉。命がどうなるかわからない、つらい状況にいる人たちに自己責任という言葉を投げつける。自己責任という言葉が、誰かを切り捨てる言葉として使われる。それに軽々と乗ってしまう私たち……かたわらの母の命は、イラクの遠い命と地続き」=太平洋戦争の開戦記念の04年12月8日、都内で開かれた「憲法行脚の会」の「ノーモア12・8の集い」で落合恵子さんがアルツハイマーの母親(81歳)の介護にあたりながらイラクに思いをはせて語った言葉(04年12月28日付『朝日新聞』−「改革の灯、戦争の影 早野透【ポリティカにっぽん 】)。
☆ 「平和憲法はたった一つの、私たちの大切な湖だと思うの。あれを手に入れるためにものすごく多くの人が犠牲になった…」==04年12月26日、東京都内の病院において84歳で死亡した、誰にも分かりやすくやさしい言葉を連ねる詩人の石垣りんさんが、04年1月に自衛隊のイラク派遣を批判した言葉。
ドキッとするようなメッセージが込められているが、東京大空襲の中をかいくぐり、九死に一生(きゅうしにいっしょう=危ういところで奇跡的に助かる)を得た石垣さんの1949年作の詩『原子童話』(『私の前にある鍋とお釜と燃える火と―石垣りん詩集』に収められている)には、戦争の愚かさを、シニカル(冷笑的)に表現した以下の詩が収められている。
「二つの国から飛び立った飛行機は/同時刻に敵国上に原子爆弾を落しました/二つの国は壊滅しました/生き残った者は世界中に/二機の乗組員だけになりました/彼らがどんなにかなしく/またむつまじく暮したか―/それはひょっとすると/新しい神話になるかも知れません」
また、『雪崩のとき』は、自衛隊のイラク派遣はこのような雪崩であると、時代への危機感を歌っている。
「“すべてがそうなってきたのだから仕方がない”というひとつの言葉が/遠い嶺のあたりでころげ出すと/もう他の雪をさそって/しかたがない、しかたがない/しかたがない/と、落ちてくる」(04年12月28日付『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「災」の年の締めくくりに、M9.0という巨大な地震がスマトラ島の沖合の赤道直下で起き、その津波(ツナミは港の波という意味で、港に突然に災害をもたらす波の意味で、地震に伴い7階建てのビルほどの高波も襲う)がインド洋を駆け抜け、タイのプーケット、モルディブといった日本人にもなじみの深いリゾートも次々とのみ込んでいった。昭和の初めにスマトラ島を訪れた詩人の金子光晴(みつはる=1895〜1975)。 愛知県生まれの詩人。「こがね虫」で詩壇に登場、絢爛【けんらん】たる詩的世界が注目されたが、のちに自我意識とニヒリズムを基調にした詩風に転じた。主な詩集に『落下傘』『人間の悲劇』等がある)は、「満々とたゝえた海の水は湖のように闊(ひろ)く(ひろく大きなさま)さゞなみ立ってひろがり」と書いている(04年12月28日付『日本経済新聞』−「春秋」)。
☆ 「花は愛惜(あいじゃく・あいせき=名残惜しく感じること。惜しむこと)に散る」=道元(どうげん=1200〜1253。京都生まれの鎌倉初期の禅僧で、日本曹洞宗の開祖。京都深草に興聖寺を開く。1244年に越前に移り、大仏寺【のちの永平寺】を開創)著の法語集『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』のなかの詩句。何事も惜しまれているうちに散れという戒め(04年12月28日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 「沈沈(ちんちん・しんしん=物音がなく静かなさま。奥深く、ひっそりとしたさま)たる地底に波濤(はとう=大波。高い波)を湧(わ)かす」==明治初年、清国(しんこく=中国最後の清王朝【1616〜1912】第2代太宗【ホンタイジ】が1636年に国号を清と改称し、都を瀋陽から北京に移した。康煕【こうき】・乾隆【けんりゆう】両帝のときが全盛期で、19世紀に入って欧米列強の侵略や、太平天国などの農民反乱により衰退。やがて1912年の辛亥【しんがい】革命によって滅亡した)の外交官として日本に滞在した黄遵憲(ホワン=ツンシエン/こうじゅんけん=1848〜1905。 中国、清末の詩人・外交官。変法自強運動に従事する一方、文字改革や新詩運動を推進。1877【明治10】年来日。主著に『日本雑事詩』『日本国志』がある)は、体験した地震の恐怖を漢詩にこう残している(平凡社『日本雑事詩』)。静まりかえった地の底に波濤が湧く。津波の生まれる瞬間でもあろう(04年12月28日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「電話をかけてくる人はまだ心が揺れている。自殺するなとは言わない。自殺が唯一の選択肢ではなく、ほかにどんな選択肢が残っているかをともに探る」===米国での「いのちの電話」の緊迫したやりとりを、詩人のダイアン・アッカーマンが自身の相談員体験としてまとめた『いのちの電話−絶望の淵で見た希望の光』(清流出版)中の一節。なお、「いのちの電話」は、秘密厳守で専門教育を受けたボランティアによって原則24時間体制で無料相談を受け付ける世界的ネットワークで、日本国内でも49のセンターに7400人の相談員が待機する。10万人あたりの自殺率で米国の2倍になる日本は今や世界一の自殺大国である(04年10月27日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「認知症」==厚生労働省は04年12月24日、「痴呆(ちほう)」の呼称を「不快感や侮べつ的な感じを伴い、好ましくない」として、「認知症」に改めることを決定した。行政用語は同日から「認知症」を用いるほか、関係法令についても05年以降、表記を変更する。05年4月から広報を集中的に行い、一般への普及を図る。これにより、「痴呆性高齢者」は「認知症高齢者」などに言い換えられる。なお、同省は、「痴呆」という用語には侮べつ的な意味が含まれ、「何も分からない人」との誤解や偏見を受けやすいとの指摘があることから、同省では今年6月から、誤解を払拭(ふっしょく=汚れなどをすっかりぬぐい去ること。除き去って、きれいにすること)し、一般にもわかりやすい呼称を検討していた(04年12月25日付『読売新聞』)。
☆ 「日本の法制では被害者に捜査権は与えられていない。私人が処罰を求めて裁判所に訴えを起こすこともできない。だから国民は『警察は自分たちに代わって捜査している』(警察庁長官を務めた佐藤英彦著『治安復活のみち―私の警察論』「立花書房」)。捜査への関心が高いのもこのためで、捜査官は国民の負託に応えるために、国民の生活や感覚から遊離しないよう心し、力量を不断に培っていく必要がある(04年12月24日付『読売新聞』)−「編集手帳」)。
☆ 「今年は各地に台風、豪雨、地震と災害が相次ぎ、心の痛むことの多い年でした」==04年12月23日、天皇誕生日に天皇陛下が一般参賀でのあいさつの一節。天皇家にとっても多事多難な1年だった。皇太子さんの「人格否定発言」に始まり、雅子さんの病状と皇太子夫妻の公務のあり方、女性の皇位継承問題。そこに秋篠宮さんの発言も加わり、内外のメディアを賑(にぎ)わした。近くは、紀宮さまのめでたいご婚約内定発表の日に高松宮妃喜久子さんが逝去etc(04年12月24日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「白々(しらじら=いかにも白く見えるさま)と女沈める柚子(ゆず=ミカン科の常緑小高木。中国、長江上流原産といわれる。枝にとげがあり、葉は卵形で柄に翼がある。初夏、白花を開く)湯かな」(日野草城【ひの・そうじょう】=1901〜1956。東京生まれの俳人。雑誌「旗艦」を創刊して「ホトトギス」を離反、自由主義の立場から無季俳句・連作俳句の新興運動を実践した)==⇒ぬけるように肌の白い女性が、独りゆず湯につかっている。なまめかしい(しっとりと上品な美しさ。優美。優雅)情景だが、なにしろ深い湯けむりの向こうだ、ひょっとすると幻覚かもしれない。ともかくもきょう「冬至(とうじ=24節気の一。太陽の黄経が270度に達した時をいい、現行の太陽暦で12月22日頃。北半球では太陽の南中高度が最も低く、昼間が最も短い)」。この日にゆず湯に入り、カボチャを食べると風邪を引かないという言い伝えがあった。けがれを清めるみそぎの意味でもある。…冬至は、一陽来復の日でもある。陰がきわまって陽に転ずる日だ。…クリスマスや正月も冬至祭に由来するといわれている(04年12月21日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 「もう余命いくばくもないと思いますけれども、何とか皆様のお力を拝借して生きている限りは世の中のために尽くしたいと思っております」==04年12月18日に死去した高松宮妃喜久子さんが01年12月4日、宮邸(東京都港区)で開かれた「高松宮妃殿下卒寿を御祝いする会」で参会者を前に車椅子に座りながらあいさつしたときの言葉(04年12月19日付『毎日新聞』)。
☆ “医者・智者・福者”(友として有益な人)==⇒徒然草の「よき友三つあり。一には物くるる友、二には医師(くすし)、三には智恵(ちえ)ある友なりがこの言葉の起こり(04年12月14日付『読売新聞』−「よみうり寸評」)。
☆ 「振り込め詐欺」=⇒04年に急増した電話と銀行口座を使う「おれおれ詐欺」と「架空請求詐欺」「融資保証金詐欺」の3つを総称して警察庁が04年12月9日に名づけた。警察庁がまとめた04年1月〜10月の被害は約222億円。03年1年間の4倍近くにのぼる。愛媛県も例外ではなく、被害は2億4千万円を超えている。04年10月の振り込め詐欺の被害(未遂を含む)は2473件、30億7000万円で、前月比200件、約8億円減。このうち、おれおれ詐欺は281件減の1420件▽架空請求詐欺は372件、4億4000万円で、前月比54件、5000万円増▽融資保証金詐欺は618件、4億4000万円で、同14件増、7000万円減。被害にあわない鉄則は、「あわてず、騒がず、まずは事実関係確認」(04年12月12日付『毎日新聞』&『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「様様様様(よんさま)」「仙台一遇(せんだいいちぐう)」「台風常陸(たいふうじょうりく)」「懲不内閣(こりずにないかく)」「新札発光(しんさつはっこう)」「惨三九度(さんさんくど)」「露見風呂(ろけんぶろ)「警戒電話(けいかいでんわ)」==⇒04年12月9日住友生命が発表した世相を映す「創作四字熟語」の優秀、入選作。
☆ 『負け犬(どんなに美人で仕事ができても、30代以上・未婚・子ナシは「女の負け犬」なのです=酒井 順子『負け犬の遠吠え』)の次はオニババ?』==⇒妊娠、出産しないと、女性はオニババになってしまう。そんな呼びかけをした本が売れている。『オニババ化する女たち』(光文社新書)で、著者は津田塾大教授の三砂ちづるさん(46)。同書は「日本の昔話に出てくるオニババは、社会の中で適切な役割を与えられない独身の更年期女性が、エネルギーの行き場を求めて若い男を襲うという話だったのではないか」と、性や生殖の見直しを提案する(04年12月10日付『毎日新聞』)。
☆ 混合診療==公的な医療保険が利く保険診療とそれが利かない保険外診療の併用を認めるのが混合診療制度で、日本の医療保険制度は混合診療を原則として禁止している。このため、ひとつの病気で保険が利かない新薬や治療を併用すると、保険適用の部分まで含めて一連の診療費用が全額負担になる。小泉純一郎首相が解禁の方向で年内にまとめるよう指示した。だが、混合診療の問題は医療制度の根幹にかかわる課題であるが、その解禁を全面的(全面解禁)に目指す規制改革・民間開放推進会議と、これに反対する厚生労働省、日本医師会などとの隔たりが大きい(04年10月11日付『毎日新聞』−「社説」)。
☆ 「夜半之後(あかつき)に、法隆寺に災(ひつ)けり。一屋(ひとつのいえ)も余ることなし。大雨ふり、雷震(いかづちな)る」==「日本書紀」の法隆寺焼失の記事。670年の4月30日のことだった。すべてを焼き尽くしたという。短いが、なかなかすごみがある(04年12月03日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 2004ユーキャン流行語 大賞トップテン
大賞
「チョー気持ちいい」(アテネオリンピック水泳代表選手北島康介さん)
トップテン
「気合だー!」(アニマル浜口さん)/「サプライズ」(自由民主党幹事長武部勤さん)/「自己責任」(該当者なし)/「新規参入」(ライブドア社長堀江貴文さん)/「セカチュー」(作家片山恭一さん)/「中二階」(参議院議員山本一太さん)/「って言うじゃない… ○○斬り! …残念!!」(波田陽区さん)/「負け犬」(酒井順子さん)/「冬ソナ」(チュサン役 萩原聖人さん・ユジン役田中美里さん)。
☆ 「英語で『びっくりさせる』の意味だが、小泉首相に関しては単なる『サービス』の意味で使われる…04年9月の第2次組閣ではついに『ノーサプライズ』とがっかりされる始末」==05年版「現代用語の基礎知識」(自由国民社)でのコラムニスト神足裕司氏の言葉。農相時代にBSE問題で失言続きの武部氏の人事はサプライズというより「逆サプライズ」。もっとも、首相も就任した3年前は「聖域なき改革」などで大賞をさらったが、メッキがはげかかっている。物議を醸した今年の「人生いろいろ」は候補段階で消えた。政治の言葉のはかなさ、貧しさを思わずにはいられない(04年12月02日付『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「『国策(国の政策。特に、一般の政策に対して、国家の基本的方針の意で用いられる=「大辞林」)は人命よりも優先する』という考えにこの国の権力者が転向するとき、我々はどのような生き方をさせられるのだろうか。国策に逆らった者の生命は救わなくても当然だという国にしてはならない」==北大教授の山口二郎さんの言葉(04年11月29日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ “世の中も 淋しくなりぬ 三の酉 子規” “二の酉や いよいよ枯るる 雑司ケ谷 石田波郷” “来年は、一つ、一しょに行こうか。――どこへ? ――酉のまちへさ……”久保田万太郎の短編「三の酉」(講談社文芸文庫)−(04年11月26日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「肌寒」「うそ寒」「そぞろ寒」「漸寒(ややさむ)」「朝寒」「夜寒」「露寒」などなど、秋の寒さはバラエティーに富んでいる。肌に感じる微妙な違いを表したもの(04年11月25日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 「畏敬(いけい)の念で迎えられる半面、優秀さがあだとなり嫌われ方も尋常でなくなる。カラスにとって最大の不幸は、カラス以上にずる賢く身勝手なヒトと生活圏が重複していること」(唐沢孝一著『カラスはどれほど賢いか』/中公新書)−(04年11月22日『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「認知症」==痴呆に替わる呼称を検討していた厚生労働省の検討会は04年11月19日、「認知症」を新呼称にする方向で大筋合意した。12月に予定している検討会報告書の取りまとめを受けて、同省は行政用語を「認知症」に変更。05年の介護保険制度改正でも法律用語として使う方針。なお、検討会は候補を6つに絞り込み、9月から国民の意見を募集。その結果、「認知障害」が最も多く、「認知症」「記憶障害」「アルツハイマー」「もの忘れ症」「記憶症」の順だった(04年11月20日付『産経新聞』)。
☆ 15日は「七五三(しちごさん)」==男3歳と5歳、女3歳と7歳のときに子供の成長を祝う行事。毎年11月15日にその年の子に晴れ着を着せ、神社・氏神(うじがみ)などに詣(もう)でる(「大辞林」)。「七つまでは神の内」という江戸時代の考えにもとづくといわれる行事。7歳までは神からの授かりもの、掌中の珠(たま)としてその成長を願う親心だ。だが逆にいえば7歳を過ぎたらもう社会の一員、その自覚をもたすよう育てたいということの裏返しでもある(04年11月14日付『産経新聞』−「産経抄」)。なお、新卒の就職者が早期に退職する様子を、すなわち、中卒の7 割、高卒の5 割、大卒の 3 割が3 年以内に離職するといわれる状況を「七五三現象」、単に「七五三」という(「大辞林」)。
☆ カフィーヤ==35年もの長きにわたってパレスチナを代表し、イスラエル軍の攻撃から何度も死地を脱してきた故アラファト議長がいつも頭に被(かぶ)っている白地に黒か赤の編み目模様の千鳥格子の頭巾(ずきん)は、こう呼ばれていた。1967(昭和42)年、アラブの英雄だったエジプトのナセル大統領が第3次中東戦争に敗れて失墜した2年後、アラファト氏はパレスチナ解放機構(PLO)議長に就任する。…歴史はその後、アラファト氏の民族共生の夢を打ち砕き、米国とイスラエルの結託による中東支配と占領の永続化が、果てしない暴力の応酬を生んだ。死せるアラファト、生けるブッシュを和平ロードマップに走らすは…(04年11月12日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「老人と弱い者のむくろのかたわらに/若者と幼児のむくろが横たわる/どれが私の妹のむくろなのか?」==戦争中に反戦歌を作り、ベトナムのボブ・ディラン(Bob Dylan 。1941年生まれのアメリカのフォーク・ロック歌手、ソングライター、ギター、ハーモニカ奏者)と呼ばれたチン・コン・ソン(Trinh Cong Son。1939〜2001。べトナムを歌ってきた国民的シンガーソングライター)の詩(『テト攻勢』【草思社】−04年11月11日付『朝日新聞』−「天声人語」)。なお、「むくろ(躯・骸・身)」とは、死骸。なきがら(特に、首のない胴体)。体。身体。
☆ 「皇室こそ“国のライフライン”」(生活・生命を維持するために必要な水道・電気・ガス・通信などのネットワーク-システム。災害などでこれらの機能が停止することは市民生活に大きな支障となる)=余震つづく中越地震被災地ご訪問の天皇、皇后両陛下のお姿をテレビで見て、なにやらじーんとしてしまった。今さら書くのもおかしいが、皇室の本来のあり方と、ありがたさが分かった(04年11月08日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 「彼の思い出は(中略)彼およびアメリカの兵士たち同様、「平等と自由」のために戦っているフランスの兵士たちに、いつまでも親しいものとして残るであろう」=米国の初代大統領ワシントン(George Washington。1732〜1799。アメリカ独立革命で植民地軍総司令官として独立を獲得、憲法制定会議議長を務め、1789年初代大統領に選出され、97年の引退まで国内諸勢力の調整・中立外交に努め、アメリカの基礎を固めた)の訃報(ふほう)に触れて、ナポレオンが記して言葉(『ナポレオン自伝』【朝日新聞社】)。米国が仏領ルイジアナを購入したのも、ナポレオンが権力の座にあった時の出来事。メキシコ湾からカナダ国境へ至る広大な領土を獲得し、まだ若かった米国の西漸運動の基礎が築かれた。独立100年を記念し、フランスは自由の女神像を米国に贈った(04年11月08日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「米国の選挙に敗者はいない。勝とうが負けようが、翌朝目覚めれば米国民だ」「国のために一緒に働かねばならない。互いに、いがみ合ったりせず、共通の大義を見つけ出さねばならない」=大統領選挙に敗れた民主党ケリー候補(グッドルーザー=良き敗者)の敗北の弁(04年11月05日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「ジョン・Q・パブリック」とは平均的、あるいは典型的米国男性を指す言葉。ジョンはありふれた名の代表で、パブリックは公衆のことだが、「Q」は何か。一説に第6代大統領ジョン・クインシー・アダムズ(JQA)のミドルネームの頭文字という。JQAは、第2代大統領のジョン・アダムズの息子で、米国史上ブッシュ父子とならぶ親子大統領。その父アダムズは父ブッシュ氏と同様に再選を果たせず、子アダムズも再選は成らず、父と同じく後継大統領就任式の前夜に首都を去る。だが、米国の分裂、分断がキーワードとなった今回の米大統領選でブッシュ氏は再選を果たした(04年11月04日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 「自由」から「非寛容」へ=今回の(アメリカ大統領選挙の)投票結果を見ると、9・11テロ以来、攻撃的なブッシュ大統領を支持する米国保守層の底堅さにあらためて驚く。これまで人種や文化の多様性を受け入れてきた自由な米国が、ますます非寛容な社会に変貌(へんぼう)しつつあることを痛感させられた。(ブッシュ再選で)、今後キリスト教右派や新保守(ネオコン【ネオコンサバティブ=neo-conservative;
neoconservative】=本来は、1960〜70年代のアメリカ政界で、リベラル派から転向した強い軍事力を背景に、民主主義・自由主義など標榜しながらアメリカの世界化を志向する保守派のことをいうが、俗に00年代初頭のアメリカ政界での一部保守派に対して、これに批判的な立場の人たちがいうことば)派の影響力増大を心配する声もある。これから米国の首に誰が鈴を付けるのか(04年11月4日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「東北楽天ゴールデンイーグルス(golden eagle=イヌワシ。勇壮で力強く、そのうえその美しい姿が、世界各地で古から権力の象徴として紋章やシンボルとして利用された)」=半世紀ぶりに誕生した新しい球団名。明治維新このかた東北は、「白河(しらかわ=福島県南部の市でかつて関東と奥州を結ぶ要地であった。元、松平氏、のち阿部氏の城下町)以北一山百文(いちざんひゃくもん)」という言葉で表現された。東北全体を十把一からげにしたさげすみの意味で、それが明治新政府の評価であったが、会津が降伏した翌年の1869(明治2)年に東北各地で一揆打ちこわしが起こったとき、明治政府は「奥羽人民告諭(こくゆ)」というおふれ(御触れ=役所から出す命令や通知)を出したが、そこでも「会津の賊魁(ぞくかい=賊軍の頭目)」や「何の弁別(違いをわきまえて区別すること。わきまえ知ること。「識別」「弁識」)なき百姓ども」といった表現を使っていた。後年、岩手県盛岡市出身の原敬(はらたかし。1856〜1921。新聞記者・外交官から大阪毎日新聞社社長に。立憲政友会創立に参加し、逓信【ていしん】大臣や内務大臣を務めた後、政友会総裁となる。1918【(大正7】年、寺内内閣のあと最初の政党内閣【陸・海・外務の3大臣以外の閣僚に政友会党員をあてた衆議院に議席をもつ最初の首相】を組織し平民宰相【さいしょう=総理大臣のこと】と称されたが、強硬政策が反発を買い東京駅で暗殺された)が自分の号を『一山』とか【逸山(いつざん)】と称したのは、新政府に対する反発や風刺だった(04年11月04日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 『手前みそ』=自慢を並べることで、ひんしゅくものだが、本来は自家製みそのこと(04年11月02日付『読売新聞』−「読売寸評」)。
☆ 「戦死やあわれ/兵隊の死ぬるや あわれ/遠い他国で ひょんと死ぬるや」==映画作家を目指していたが、1945(昭和20)年第2次大戦中フィリピン・ルソン島で若干23歳にて戦死した竹内浩三さんの言葉。なお、彼の残した詩文は、後年、姉や友人の尽力で世に出、広く知られるようになった(『戦死やあわれ』岩波現代文庫)−(04年11月01日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「落ち葉をしおりに、読書の秋」=04年10月27日から始まった04年の「読書週間」(子供たちに良書を正しく読む習慣をつけさせ、読書生活を向上させてゆくために設定された週間で、毎年10月27日から2週間(文化の日を中心にした2週間)、良書の推薦、読書感想文の指導、公共図書館などの見学が行われる。なお【戦後】第1回読書週間は1947【昭和22】年の11月17日から1週間開催、翌年から現在の日程になり、それが一因で、日本は世界有数の「本を読む国民の国」になったといわれている)の標語。選ばれたのは、北条市の奥島和也さんの作品(04年10月29日付『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「越後の人が裏日本と言うとき、そこには表日本に対するいささか屈折(くっせつ=性質や心情に、素直や単純でないところがあること)した心情がこめられている」=越後は、しばしば「裏日本の」と形容されてきたが、そのことを、元経団連会長の斎藤英四郎さんがこのように表現している(04年10月27日付『読売新聞』−「よみうり寸評」)。
☆ 「生きていても、いいんだよ。おまえは……生きていても、いいんだ。本当に、生きていても、いいんだよ」=天童荒太『永遠の仔』(幻冬舎)−(04年10月23日付『読売新聞』−「よみうり寸評」)。
☆ 「私の中に、戦時と戦後、特に疎開(学童疎開)を間にはさむ数年間が、とりわけ深い印象を残しており…」=2004年10月20日に古希(杜甫【とほ】の「曲江【きょくかう】詩」中の「人生七十古来稀」の句から〕70歳をいう)の70歳を迎えられた皇后陛下のお言葉の中の一節。
☆ 「頭見て敬語使うな年下だ」(最優秀賞)/「風向きで立ち位置かえる薄毛かな」(優秀賞)/「お辞儀する角度どんどん浅くなり」(佳作)/「てっぺんのうす毛にマスカラそっと付け」/頭見て『冬のアナタ』と笑う妻」==薄毛治療に携わる医師や看護師らで作るNPO法人「日本自毛植毛センター」が薄毛をテーマに募集した川柳(04年10月20日付『朝日新聞』)。
☆ 「一面から読むようになった十五の夏」==04年新聞週間(毎年10月15日から1週間)の標語=東京の女子大生、内田ちよのさん(19)の作品。1面は新聞の「顔」(04年10月15日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
第57回新聞大会(日本新聞協会主催)が04年10月15日、富山市の富山国際会議場で開かれ、「混迷するイラク情勢、各地で頻発するテロなど、依然として不安と緊張が世界を覆っている。わが国の将来をめぐる課題も山積し、メディアの基軸としての新聞の役割はますます重大である。われわれは、長い歴史と経験に裏付けられた正確公正な報道と責任ある多様な言論を展開することによって、平和で活力ある社会を実現する責務を負っている。第57回新聞大会にあたり、われわれ新聞人は、新聞倫理綱領の精神を踏まえ、読者との結びつきをいっそう強め、その信頼にこたえていくことを誓う」との大会決議を採択した(04年10月15日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「球界の地殻が激動する中、新たにやらせていただくということで、私も新しい血が騒ぐ。精いっぱい務めたいと思っている」=オリックスと近鉄の合併後の新球団オリックス・バファローズの球界史上最高齢となる仰木彬監督(69)が04年10月12日、大阪市内のホテルでの就任記者会見で語った言葉。なお、仰木監督は1988年に近鉄監督に就任し、89年にはリーグ優勝。94年から8年間はオリックスを率い、95年からパ・リーグを2連覇。巧みな選手起用は「仰木マジック」と呼ばれ、96年にはオリックスを日本一に導いた。また、近鉄で野茂投手を、オリックスではイチロウ選手を育てた。監督通算13シーズンで926勝745敗49分け。04年1月には野球殿堂入りした(04年10月13日付『ニッカンスポーツ』)。
☆ 「『やれば出来る』は魔法の合いことば」==04年10月12日、小泉首相が第161回臨時国会の所信表明演説の結びに、第86回全国高校野球選手権大会で準優勝した愛媛県・済美(さいび)高校の学園歌『光になろう』の一節を入れた(04年10月13日付『朝日新聞』)。
☆ 『小泉商店』内閣==04年10月10日、中曽根元首相「扱いやすい人間で固め。『株式会社』になっていない」と、名づけた言葉。また同氏は、首相が郵政民営化を政権の最優先課題としていることに対しても、「教育や安全保障、社会保障の問題もある。首相は総合病院の院長でなければならない(小泉内閣は)郵政という外科だけで、内科や神経科が欠けている」と苦言を呈した(04年10月11日付『朝日新聞』)。
☆ 「安全がなければ、人間はその力を伸ばすことも、そこから果実を得ることもできない。なぜなら、安全なくして自由はないためである」。十九世紀初期のドイツの政治家フンボルトのことば(04年10月10日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 情報部員1,000人と、1,000億円近い金や長い月日をかけたイラクで大量破壊兵器の捜索に当たってきた米調査団(チャールズ・ドルファー団長)が最終報告で、04年10月6日、生物・化学兵器の備蓄は一切なく、核兵器開発計画も91年以降、頓挫していたと発表したが、「大量破壊兵器」の破壊を大義名分にして全面的にアメリカのイラク侵略を支持した日本政府の内閣官房長官は、「そういうものがないということは非常に結構ではないかと思う」といった(04年10月8日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 醜い女性はかえって情が深いということ、普通、ありがた迷惑なことを「悪女の深情け」というが、ロシアでは「熊の親切」と言い表す(ロシア語通訳で随筆家の米原万里著『旅行者の朝食』−文芸春秋)。ウサギの頬(ほお)にとまった蚊をクマが親切にも前脚でたたきつぶしたら、ウサギが昇天したという寓話(ぐうわ=『イソップ物語』などに代表される教訓や処世訓・風刺などを、動物や他の事柄に託して語る物語)にもとづく(04年10月06日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「老人受難の秋」と言うべきではないか。「敬老の日」だった04年9月20日を前後して、新聞社会面に、自然災害など不慮の事故や殺人事件の被害者として、これほど数多く老人の不幸が伝えられた年はなかったように思うからだ(04年10月4日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 節制、沈黙、規律、決断、節約、勤勉、誠実、正義、中庸、清潔、平静、純潔、謙譲==アメリカ独立宣言を起草した政治家にして実業家、科学者でもあったベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin=1706〜1790。電気の性質に関する科学的研究でも知られ、なかでも「凧(たこ)の実験」による大気電気の確認、避雷針の発明は有名)が、多くに人に読まれたその自伝でしたためた自らを律する13の徳。野球好きで知られた俳人・正岡子規は、フランクリンの自伝を愛読し、「余の如く深く感じた人は恐らくほかにあるまいと思う」(病牀六尺=びょうしょうろくしゃく。病床での様々な感想を、死の2日前まで綴った凄絶〔せいぜつ〕な随筆集で、1902〔明治35〕年に「日本」連載された)と書いた。その子規は、「打者」「走者」「飛球」などの野球用語を考案した(04年10月01日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 「たくさんのファンの方がプロ野球のため、声を上げてくれた。近い将来、その成果が出て、愛されるプロ野球になることを祈りたい」==古田敦也・プロ野球選手会会長の言葉(04年10月01日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「一度死にかけた。たっぷり喜んで生きなくては命に失礼や」==15歳の時のバイク事故で下半身不随となったアテネ・パラリンピックの車いす男子800メートルで銅メダルの広道純選手の言葉(04年10月01日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「せがれに私がいたように、亡くなった人の後ろには家族や恋人がいる。それを想像する作業を人間はやらなければならない」==世界貿易センタービル内の銀行勤めだった息子の匠也(たくや)さんを失った中村佑(たすく)さんの言葉。9・11同時多発テロからはや3年がたつ(04年10月01日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「今の政府は信用を失うかもしれないが、コスタリカの人々は世界の信用を取り戻すことになる」==イラク戦争で米国支持を表明した中米コスタリカ政府に対し、最高裁が違憲だとして支持の取り消しを命じた訴訟を提訴した大学生の言葉(04年10月01日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「名選手必ずしも名伯楽(はくらく=人の資質・能力などを見抜く力のある人。また、その資質・能力を引き出すのに巧みな人)ならず」とは、プロ野球の世界でよく言われる。例外的名伯楽がシュート打ちの名人と言われた元祖オールスター男、山内一弘(1932〜。昭和時代後期のプロ野球選手・監督。ノンプロ川島紡績をへて、1952〔昭和27〕年毎日に入団。榎本喜八や葛城隆雄らとミサイル打線をくみ、シュート打ちの名人とよばれた。その阪神、広島へ移籍。実働19年。首位打者1回・本塁打王2回・打点王4回。通算2271安打・打率2割9分5厘。396本塁打。のちロッテ・中日監督。2002〔平成14〕年野球殿堂入り)さんであるが、山内さんは、引退後、打撃コーチとしての手腕を買われて各球団を渡り歩いた。その山口さんが、「君、そのフォームじゃプロでやってけないよ」と、さじを投げた新人選手が2人いた。ひとりが、ロッテの落合博満、もうひとりがオリックスのイチロー。その後、落合「オレ流」は3冠王を3度獲(と)り、セ、パ両リーグで各200号本塁打の前人未到の記録をつくる。イチロー「振り子打法」は7年連続パ首位打者の記録をひっさげて米大リーグに移籍、4年連続200安打、シーズン最多安打記録257まで2と迫ったこれだから野球は面白い(04年10月01日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「中二階」(普通の2階よりも低く、1階と2階の中間の高さに造った2階。つまり、トップでもなければ、1階、つまりトップを支えて次のトップを狙う立場でもない、微妙な立場のことをいう)==ポスト小泉を狙う世代の平沼前経済産業大臣や古賀元幹事長、高村正彦元外相、麻生太郎総務大臣らによる「士志の会」のメンバーを自民党の若手議員らが呼称した言葉。いわれたメンバーは、「中二階と名づけた若手の名前を二度と忘れまい」と、恨み節(04年9月27日『ANAニュース』)。
☆ 「驚天動地(きょうてんどうち=天を驚かし地を動かすの意味から、世間を非常に驚かせること)という気持ちでした」「総理の真剣なまなざしに、『しっかり頑張ります』と申し上げました」==自民党の三役人事で、焦点の幹事長に04年9月27日就任した武部勤元農相の言葉。なお、同氏は、農相時代にBSE(牛海綿状脳症)問題の発言などを巡り、野党から激しく追及された過去もあり、民主党は「今後の国会が面白くなりますよ」と“歓迎”し、消費者団体などからは疑問の声が出た(04年9月27日付『毎日新聞』)。
☆ 「私はここで死にたい!」==1904(明治37)年9月26日に没した(2004年はハーン没後100年)ギリシャ生まれの英国人で『雪女』『耳なし芳一』などの名作を残したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が、1890(明治23)年春に横浜に着き、桜咲く山々を見てといった言葉(04年9月26日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 妊娠12週未満の中絶胎児について、全国の約30%の自治体で廃棄物業者がごみとして処理していた(厚生労働、環境両省の全国調査)。両省は04年9月24日、中絶胎児は火葬するなど丁重に扱うよう、全国に通知する(04年9月25日付『西日本新聞』)。
☆ 「私は小学校も満足に卒業していないのである」==劇作家・演出家の菊田一夫(1908〜1973−横浜生まれ。本名、数男。第2次大戦後「君の名は」「鐘の鳴る丘」などのラジオドラマで人気を博し、また、「がめつい奴」「がしんたれ」などを上演、現在の商業演劇の方向を決定づけた)が半生を振り返った「流れる水のごとく」(オリオン出版社)冒頭の1行。以下、「無理をしてでも学歴は多くもっていたほうがいい。余分な苦労をしなくてすむ」「世の中には、学歴を必要としない職業も多いに違いない。私が今やっている文筆業も必要としない」と続く(04年9月25日付『読売新聞』-「編集手帳」)。
☆ 「不安定の弧(こ=円周の一部分、または放物線などの曲線の一部分=arc of instability。そもそもは、南太平洋で政情不安が続いている地域、つまりフィジー、ソロモン諸島、ブーゲンビル島、パプアニューギニア、インドネシアなど、オーストラリアの北で弧を描いた形になっている状況をいった)」という言葉がある。朝鮮半島からアフリカに至る広大な地域を指す。テロや紛争の多発地帯で米軍を十全(じゅうぜん=少しの欠点もなく、完全なさま)に展開させるため、米本土の一部の軍司令部を日本に移す構想を、米国が日本側に示しているという。安保条約の枠を大きくはみ出す構想である(04年9月23日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「われわれは、軍・産業複合体が(略)不当な影響力を手に入れることがないよう厳戒しなければならない。権力があやまった場所に置かれ、恐るべき形で高まってゆく潜在的な危険性は現にあるし、今後とも根強く存在し続けることであろう」==「60年安保」当時の大統領だったアイゼンハワー(Dwight David Eisenhower=1890〜1969。第2次大戦中、連合軍総司令官としてノルマンディー上陸作戦を指揮したアメリカの政治家・軍人。第34代大統領〔在任1953〜1961〕時代、共産圏への巻き返しをはかる一方、朝鮮戦争・インドシナ戦争を解決した)が退任演説で述べた言葉(『回顧録』みすず書房−04年9月23日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「当面の急務は靖国神社の参拝問題を妥当に処理することだ」==04年9月19日に閉会した中国共産党第16期中央委員会第4回全体会議(4中全会)で、軍(人民解放軍)の最高指導者である共産党中央軍事委員会主席に昇格し、党総書記や国家主席と兼任、名実ともに中国の最高権力者となった胡錦濤(フー・チンタオ=こきんとう)国家主席(「革命第4世代」)が、04年9月22日、北京の人民大会堂で、訪中している河野洋平衆院議長と会談したと気に述べたことば。これに対して河野議長は、「日中が戦った歴史のみでなく、日中国交正常化以来の32年間、協力してきた歴史も次の世代に教えてほしい」と述べ、理解を求めた(04年8月23日付『毎日新聞』)。
☆ 「法の支配はいま、世界中で危機に直面している」==イラクで続く民間人の殺害などを例に挙げて、弱者を守るための法の支配が無視されていると警告したアナン第7代国連事務総長(Kofi Atta Annan 。1938〜。ガーナ共和国クマシ市生まれ、アメリカ・マカレスター大学経済学部を卒業、ジュネーブ国際高等大学大学院を経て1962年国連事務局に入る。93年国連平和維持活動担当事務次長に就任、90年湾岸戦争の際、イラクへ派遣され人質解放などの交渉にあたり、旧ユーゴスラビア担当国連特別代表も務めるなど、紛争地域に数多く派遣され解決に貢献、97年1月1日、初めての事務局出身の事務総長に就任。01年、国連とともに
☆ 「(ブッシュ政権のイラク開戦は)とてつもない判断ミス」「我々は独裁者(フセイン元大統領)と引き換えに米国を危険にさらす大混乱を招いた」「ブッシュが再選すれば、どこか他の場所で同じ失敗を繰り返し、米国はより危険になる」「(フセイン拘束で米国は安全になったとするブッシュ氏の主張は)「言い訳にすぎない」==米民主党大統領候補ケリー上院議員の04年9月20日、ニューヨーク大学での講演中の言葉(04年9月21日付『朝日新聞』)。
☆ 「シンダイシャテハイタノム(寝台車手配頼む=死んだ医者手配頼む)」。さあどっちだというわけだ。まだ電報がカタカナ書きで、緊急連絡手段として重宝されていた時代には、今でいう変換ミス、とんでもない誤読がよくあって笑い話になった。中でも有名なのは帰省するのに夜行の寝台列車がよく使われ、電話もまだ普及してなくて、夜中に「チチキトク」の電報でたたき起こされたりした経験がない若い人にはわかりにくい。日本漢字能力検定協会が、04年8月に行った「漢検“変換ミス”コンテスト」の第2回オンラインエントリー作品を発表した。応募968作品から12点を選び、傑作をネットで投票してもらう。10月14日まで受け付けている(04年9月21日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「むごい殺しも金ゆえだ。恨みがあるなら金に言え」==江戸・明治時代の歌舞伎脚本作者河竹黙阿弥(かわたけもくあみ〔1916〜1893〕。作品数は、「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)」「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」「青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)」など360編に及ぶ)の劇中の言葉。同氏は、数え年51の元日に遺言状を書き、正月のたびに書き改めて28年間つづいたという(04年9月21日付『読売新聞』−「編集手帳)。
☆ 「球場に来てくれたファンのなかには、ディマジオを見るのが最初で最後の人が必ずいる。私はそういう人たちのためにプレーしている」=大リーグ史に残る名選手、ジョー・ディマジオ(Joseph Paul DiMaggio 1914〜99。アメリカのプロ野球選手。大リーグ〔メジャー・リーグ〕のニューヨーク・ヤンキースで外野手としてプレー。56試合連続安打の大記録を打ち立てた強打者で、優美な守備や走塁でもファンを魅了し、アメリカ中の人気を独占したスーパー・スター。54年に女優マリリン・
☆ 「カントの法と道徳、平和に対する考えは、イラク戦争が起きた現在でも光を失うことはない」=ドイツの哲学者カント(Immanuel Kant]=1724〜1804。自然科学的認識の確実さを求めて認識の本性と限界を記述する批判哲学を創始。これにより合理論と経験論とを総合するとともに「コペルニクス的転回」を果たす。また、実践的観点からの形而上学の復権を図り、ドイツ観念論に決定的刺激を与えた。主著に『純粋理性批判』などがある)の没後200年にあたるカントの命日(04年4月22日)に墓に献花したドイツ外相が述べた言葉。そのカントの国(ナチス)は、20世紀には、強大な常備軍で周囲を侵略した(04年9月11日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「軍の作戦が先行する。国家のためである。轢(ひ)っ殺してゆけ」。大本営参謀のこの“暴言”は、司馬さんにとってはよほどショックだったらしく、繰り返し語っている(04年9月10日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「選手たちが世界記録を求めて努力するように、私たちも世界平和を求めて努力しなければならない。これは、非現実的なことに聞こえるかもしれない。しかし、どの選手も言うように、夢なくして何も起こり得ないのです」=国連のアナン事務総長の言葉(04年8月30日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 「人間の資質や精神形成で一番重要なのは、音楽・文芸と体育である」。若いころ、レスラーだった哲人プラトン(「国家論」)の言葉(04年8月30日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 「たかが身長、されど身長だ。背が高いか低いかは、人間の値打ちになんの関係もない。アテネ五輪の女子マラソンは野口みずき選手が優勝したが、身長は150センチだ」=(04年8月24日付『毎日新聞』−「余禄」)。学生時代に出場して苦しんだ詩人で放送作家の川崎洋さん(1987年詩集『ビスケットの空カン』で高見順賞を、1998年『日本方言詩集』ほかで藤村記念歴程賞を受賞。また放送作品で芸術祭文部大臣賞など受賞多数)は、マラソンの42・195キロを「死にいくごとし」と記憶に刻んだ(ちくま文庫『すてきな詩をどうぞ』)=(04年8月24日付『読売新聞』−『編集手帳』)。
☆ 「こんなやり方をされて、小泉首相は何とも思わないのだろうか。沖縄の米海兵隊普天間飛行場に隣接する大学構内に大型輸送ヘリが墜落した事故の処理のことだ」=(04年8月24日付『朝日新聞』−「社説」)。
☆ 『人生は……各人がそこへ一文字一文字書いてゆく、白紙の本だ』−大杉栄=あらかじめできあがった1冊の本ではない。優勝候補の筆頭で、本人も優勝を意識していたであろうラドクリフの途中棄権の光景は、レースの予測不能をまざまざと教えた。マラソンは人生に似ている。見ている者は改めてそう思う。選手にとってマラソンは、人生そのものかもしれない、との思いが行き来しつつ(04年8月24日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「世界では報復の連鎖が/子どもたちから新たな夢と希望を奪っています/この報復の連鎖を断ち切る努力を一人ひとりがすること/これこそが、対馬丸の子どもたちから指し示された/私たちへの課題ではないでしょうか」
=太平洋戦争中の44年8月に那覇から長崎に向けて出港、2日目に米潜水艦の魚雷を受けて沈没、1,661人のうち1,484人(うち、氏名判明者数は1,418人)が亡くなった疎開船「対馬丸」の悲劇を伝える対馬丸記念館が、撃沈からちょうど60年目の04年8月22日、
☆ 「決勝で負ければゼロになる。親も一番いい色のメダルをかけてほしかったでしょう」==「あきらめず、やればできることを伝えたい」との信念で故郷・青森を離れて10年目、柔道男子90キロ級で初出場ながら銀メダルを取った泉浩(明治大学柔道部主将)の言葉(04年8月19日付『読売新聞』)。
☆ 「米海兵隊の大型輸送ヘリの墜落炎上事故に対して地元・沖縄が強く反発している。沖縄には全国の在日米軍基地の75%が集中し、最も危険だと言われる普天間飛行場近くで事故は起きた。大惨事になるところだっただけに、地元の怒りは当然だ。首をかしげたくなるのは、政府の対応だ。事の重要性を本当に認識しているのかどうか。国民の命が危険にさらされ、事故をきっかけに日米安保体制が大きな批判を浴びそうだというのに、政府が一体となって問題処理に取り組む姿勢がみられない」(04年8月18日付『毎日新聞』-「社説」)。
☆ 「自分のすべてを出して、どうなってもしょうがないという気持ちでやった。これ(金メダル)を目標に体操を始めたので、夢がかなってうれしい。(父〔塚原光男チームリーダー〕には)「やっと取れました、3回かかりました」=体操男子団体で3回目の五輪で念願の金メダルを手にした塚原直也(明治大学⇒朝日生命)の言葉選手の言葉(04年8月17日付『朝日新聞』)。
☆ 主神ゼウスからの贈り物として勝利を人々に届けてくれる女神ニケは、大きな翼を持っている。76年ぶりにデザインが変わった五輪メダルの表側に描かれたのは、古代オリンピックの聖地オリンピアに奉納されていた「パイオニオスのニケ」像である。実際に残っている像は翼や顔の部分を欠いているが、アテネ五輪のメダルに彫られたのは翼を広げ、衣に風をはらんだ優美な復元像だ。一方、美術の教科書でおなじみの「サモトラケのニケ」像は、その翼いっぱいに正面から風を受け止め、地上に降り立つ力感あふれる一瞬をとらえているように見える(04年8月17日付『毎日新聞』−「余禄」)。
☆ 「言ハザルト見ザルト聞カザル世ニハアリ思ハザルヲバイマダ見ヌカナ」。言わない、見ない、聞かない――は口と目を閉じ、耳をふさげば、できる。「思わない」のは至難の業だ、と鎌倉時代の説話「沙石集」(しゃせきしゅう=283年成立〔のち加筆〕の10巻からなる無住著の教説話集で、庶民を仏道に導くために記されたもので、無住自身の見聞譚も多く、滑稽譚・笑話も含まれ、後世の狂言・落語などに影響を及ぼしたといわれている。「させきしゅう」とも)に歌がある(04年8月18日付『読売新聞』−「編集手帳」) 。
☆ 「ここは治外法権(国際法上、外国元首・外交官・外交使節など特定の外国人が滞在国の管轄権に服することを免れる権利。特に、裁判権から免れる特権)なのか」=米軍ヘリ沖国大墜落事故から3日が過ぎた04年8月16日午前、県内で起きた大事故にもかかわらず、県警が現場検証さえできず手も足も出せない状況に加えて、4日間も大学前の市道は封鎖され、周辺住民への説明も一切なく米軍の作業が進むことに住民からあがったいらだちの声(04年8月17日付『琉球新報』)。
☆ 「わたしたちの国は、60年ちかくまえに、『戦争しない』と決めました。(中略)でも、国のしくみやきまりをすこしずつ変えていけば、戦争しないと決めた国も、戦争できる国になります」「ここに書いてあることがひとつでもおこっていると気づいたら、おとなたちに、『たいへんだよ、なんとかしようよ』と言ってください。おとなは『いそがしい』とか言って、こういうことになかなか気づこうとしませんから」=翻訳家の池田香代子さんらが、有事法案の勉強会を重ね、ネットで呼びかけてまとめた絵本『戦争のつくりかた』(絵・井上ヤスミチ、マガジンハウス)より(04年8月15日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「苦しみを受けて命をなくされた多くの人々、とりわけ中国はじめアジア近隣諸国の人々にも深い祈りをささげたい」==河野洋平衆院議長の04年全国戦没者追悼式での言葉(04年8月16日付『読売新聞』)。
☆ はたして世界のどれだけの人が記憶しているでしょうか。59年前の今日、8月9日、午前11時2分、米軍機から投下された一発の原子爆弾によって、まちは一瞬にして廃墟と化しました。死者7万4千人、負傷者7万5千人。現在の長崎は、美しい街並みとなり、国内外から訪れる人で賑わい、人々は個性ある伝統と文化の中で暮らしています。しかし、このまちには、高齢に達した今もなお、原爆後障害や被爆体験のストレスによる健康障害に苦しみ続けている多くの人々がいるのです。そのような
☆ 「75年間は草木も生えぬ」と言われたほど破壊し尽された8月6日から59年。あの日の苦しみを未(いま)だに背負った亡骸(なきがら)――愛する人々そして未来への思いを残しながら幽明界(ゆうめいさかい=死の世界である幽界とこの世。冥土と現世)を異(こと)にした(幽界と顕界【げんかい=現世】に分かれた。死別した)仏たちが、今再び、似島(にのしま=被爆直後に負傷者1万人以上が運ばれた広島港沖の島で04年の市の発掘で85体の遺骨が見つかった旧野戦病院跡から「内谷」と彫られた名札が見つかり、市は8月30日、学徒動員中に被爆死した広島女子商業学校【現・広島女子商学園高】2年だった内谷セツコさん「当時14歳」の物とわかったと発表した)に還(かえ)り、原爆の非人間性と戦争の醜(みにく)さを告発しています(広島平和宣言2004年の一節)。
☆ 原爆の惨禍の中から核兵器禁止の声をあげ、世界の声としてきたヒロシマで、私たちは核兵器廃絶の運動を飛躍的に強めようと誓い合った。世界は、戦争と核兵器使用の危険が強まる一方、「第2のスーパー・パワー」(ニューヨーク・タイムズは「反戦運動を『第2のスーパーパワー』だと書いた)とよばれる諸国民の世論と運動によって、平和を切りひらく可能性もひろがっている(原水爆禁止2004年世界大会・広島決議〔広島からのよびかけ〕の一説)。
☆ 明治憲法と現在の憲法の文体を、丸谷才一(まるやさいいち。1925【大正14】年8月27日生まれの小説家で、文章論やエッセイなどもおおい。J.ジョイス「ユリシーズ」の翻訳で注目され、『年の残り』で芥川賞、『たった一人の反乱』で谷崎潤一郎賞を受賞するなど、多くの文学賞を受賞)さんが2人の文芸評論家に見立てて比べている。明治憲法は「小林秀雄」(1902〜1983。批評という近代批評の原理を確立した評論家で、主要著作に『様々なる意匠』『無常といふ事』『本居宣長』などがある)型、新憲法は「中村光夫」(1911〜1988。西欧文学を範型として日本近代文学のゆがみを批判した文芸評論家・小説家。明治大学教授。主要評論に『風俗小説論』『二葉亭四迷伝』、主要小説『わが性の白書』などがある)型だという。「小林さんのは、文章はうまくて歯切れがよくて、なんだか凄(すご)い!といふ感じがするけれども、しかし、何を言つてるのかわからない」。中村氏の文章は格調の点ではやや劣るが、よく分かる、と(文芸春秋「ゴシップ的日本語論」)。丸谷さんの見立てをまねれば、1896(明治29)年制定の民法は明治の「漢学者」型と呼べるかも知れない。囲繞地(いにょうち)、阻塞(そそく)、溝渠(こうきょ)、僕婢(ぼくひ)…等々、難解で古めかしい漢語がたくさん出てくる。これでは時代に合わないと、法務省が遅ればせながら、用語や文章を分かりやすい中村型に書き直す作業を始めた(04年8月10日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「いつもえがおでいられますように」「平和」「世界中の子供に笑顔を」=子供たちの平和への願いの灯篭(とうろう)に浮かび上がった文字は=原爆の日の04年8月9日夜、59年前の同じ日、大勢の被爆者が水を求めて集まり命を落とした爆心地近くを流れる川の長崎・浦上川で、市民らが灯篭を川面に浮かべ原爆犠牲者を慰霊する約1,600個の「万灯流し」が行われ、被爆地・長崎の暑く長い祈りの1日を締めくくった(04年8月10日付『産経新聞』)。
☆ 「ナチスが共産主義者を弾圧した時、共産主義者でない自分は行動しなかった。ナチスは次に社会主義者を弾圧した。社会主義者でない自分は抗議しなかった。ナチスは、学生やユダヤ人に弾圧の輪を広げ、最後に教会を弾圧した。牧師の自分は立ち上がった。時すでに遅かった。『抗議するには誰のためではない、自分のためだ』」=ヒトラーに抗議し、収容所に送られたドイツの牧師マルティン・ニーメラーの言葉(04年8月8日付『朝日新聞』−「風 ロンドンから-外岡秀俊」から)。
☆ 「戦争が起きるのは、二つの国が互いに相手を誤解するからである。異なった民族同士を隔てている諸々(もろもろ)の偏見が根絶されるまでは、我々は平和を手にすることができないであろう」(近代五輪の父といわれる教育家のクーベルタンの、アテネで第1回大会が開かれた1896年の言葉〔『オリンピックと近代』平凡社〕)。同氏はまた、(平和を手にするために)「あらゆる国の若人を定期的に一カ所に集め、肉体の力と敏捷(びんしょう)さとを友好的に競わせることほど有効な手段が、ほかにあろうか」と続ける。らしい思いがにじむが、1935年には大会が「単なる見世物芝居、無意味なスペクタクル」になりかねないと憂慮していた(『世界を映す鏡』平凡社)。それ以前に、こう語ったとも伝えられる。「もし輪廻(りんね)というものが実際に存在し、再びこの世に生まれてきたら、わたしは自分が作ったものを全部こわしてしまうであろう」(『続・オリンピック外史』ベースボール・マガジン社)。肥大する五輪が、「金や薬や政治にまみれるのを見通していたのか」、とは04年8月3日付『朝日新聞』−「天声人語」の言葉。
☆ 「『今、死んで自分が楽になっても、生保を上回る莫大(ばくだい)な負債がのこり、家族が同じ苦しみを引き継がされる』と思ったから、心身・物心共にボロボロになって必死で生きてきました」「連帯保証債務から中小企業主らを救済するためには、個人保証制度の見直しが必要」(04年8月2日付『毎日新聞』 −「余禄」)。
☆ 法務省は1896(明治29)年の制定以来、カタカナ交じりの文語体が残る民法を全文、ひらがな・口語化する方針を決めたが、その代表的なものが以下の用語(04年8月1日付『産経新聞』)。
木戸銭(きどせん)→入場料
僕婢(ぼくひ)→家事使用人
厠坑(しこう)→し尿溜
溝渠(こうきょ)→溝、堀
旅店→旅館
囲繞地(いにょうち)→その土地を囲んでいる土地
「旅客、其(その)従者及ヒ牛馬ノ宿泊料」→「宿泊料」
「校主、塾主、教師及ヒ師匠ノ債権」→「学芸又(また)は技能の教育を行う者の債権」etc。
☆ いや驚いた。世の中一寸先は闇よ。何が起きるかわからない。映画『仁義なき戦い』も真っ青の離合集散劇。落語で言えば『三枚起請(きしょう=神に対して誓う誓約文のことで、吉原の遊女が、「年季があけたら、あなたのところに行きます」という誓約書=起請を好きな3人の男に送っていた。むこうは商売。本気にした男性の方が間抜けなのである)』の世界か。UFJホールディングス(HD)と三菱東京フィナンシャル・グループ(FG)の統合に、こちらが先と、住友信託銀行が裁判所命令で待ったをかけた。と思ったら、同じ住友系の三井住友フィナンシャルグループ(FG)がうちと統合しようと申し入れた。連日舌をかみそうなアルファベットやカタカナ名前が飛び交う統合劇もここまでくれば茶番劇(ちゃばんげき=底の割れたばかばかしい行為や物事)だ(04年7月28日『東京新聞』−「筆洗』」)。
☆ そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて――。憲法の前文にもあるように、本来「信託」とは、信用して委託することである(04年7月29日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「万事に不決断なる性質/漫(みだ)りに威権を挟み他に対して傲慢(ごうまん)なる性質/短気にして事に触れ怒り易(やす)き性質/思操堅固ならざる性質/情実に流れ易き性質」==吉野作造編集『明治文化全集』の「銀行小言」という一項に、銀行の重役として「左の性質を有するものは其の任に不適当なりとす」とある(04年7月29日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「刑務所に入るとほっとする」==犯罪をなんども繰り返す累犯者の心理。隔離されると自我の弱さが鉄格子や監視によって覆い隠されため、安心して刑務作業に打ち込め、しばしば模範囚にもなれるが、結果として、内面の矯正にならず、出所から短期間で再び事件を犯す。犯罪精神医学が専門の山上皓氏が『犯罪ハンドブック』(福島章編・新書館)で指摘している言葉(04年7月28日付『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「BMI(ボディー・マス・インデックス=体格指数)」==肥満度を測るのに最近よく使われる基準で、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割って求める。それぞれの身長に見合った標準体重は、身長の2乗に標準値の22をかけて求める。このBMIが25以上になると心臓や血管の病気により死亡が増え、30以上になると25以下の3倍にもなる。「夏やせ」の季節だ。この際マイルドな減量を心がけるいいチャンス!!(04年7月28日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「お国の傷病兵(捕虜)の心を傷つけて申し訳ない」==日露戦争に出征したロシア人将校、ウラジーミル・フォン・タイルが中国東北部で負傷、日本軍の捕虜となって
☆ 人助けは巡り巡って自分に幸を届けるという、「情けは人のためならず」との諺(ことわざ)は、危機を救ってくれた鵜飼(うかい)に対し源頼朝(1147〜1199。鎌倉幕府初代将軍。武家政治の基礎を確立し、1192年に征夷大将軍に任ぜられた。平治の乱後、伊豆蛭ヶ小島に配流される)は20年後、探し出して知行を与えて報いるという『平治物語』(へいじものがたり=鎌倉時代に成立した平治の乱の顛末を、武士の活躍や敗者の哀話などをいきいきと描いた軍記物〔3巻〕。「平治記」ともいう。作者未詳といわれているが、「保元物語」の作者と同じ説もある)にあるこの故事にたどりつくと外山滋比古さんは書いている(04年7月27日付『日本経済新聞』−「春秋」)。
☆ 「適当な相手に巡り合えないから」=結婚が遅れる理由について、さまざまなアンケートの中で女性の多くが答えた要因=平均初婚年齢は年々上昇していて、02年度のデータだと男性が29.1歳、女性が27.4歳で、00年の国勢調査によれば、30歳代前半の未婚率は男性で40%、女性で30%をそれぞれ上回り、さらに上昇中。では、なぜこのように晩婚化が起こるは。結婚するか、しないかは個人のライフスタイル、家庭の環境など、さまざまな要因がからんできている。しかし若者たちが、ごく自然に結婚できるような社会環境を整えるのが大人たちの役目であり、これを支援するのが政策(04年7月24日『東京新聞』−「社説」)。
☆ 「これは厳しいですね。どういう事情でかわからないが、あまり悲観的に思わないで頑張っていただきたいと思いますけどね」==自殺者が6年連続3万人を超え、特に小泉政権になって増勢に転じていることに関して記者団に感想を求められた時の小泉首相の言葉(04年7月24日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 毎日94人==03年の自殺者=老といわず、若といわず、原因別では健康、学校生活、生活苦、すべての項目で増えている。自殺の増加で平均寿命の延びも鈍った。絶望を「死に至る病」と呼んだのはキルケゴール(1813〜1855 。ヘーゲルの思弁的体系や教会的キリスト教を鋭く批判し、主体性こそ真理だとして真のキリスト者・単独者への道を追求したデンマークの思想家)だが、医療の発達によって寿命を延ばしてきた現代人の前にも「死に至る病」が立ちはだかっている(04年7月23日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「今年1年は中日ファン…なぜなら今の球界、中日落合しかいない」==熱狂的な長嶋ファンで知られる詩人のねじめ正一さんが『週刊朝日』で落合監督を絶賛した言葉。補強もなく非力な戦力を最大限に活用する落合采配(さいはい)が光る(04年7月23日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ そもそも戦争の大義なるものがマユツバ(眉唾=眉に唾をつけておくと狐〔きつね〕や狸〔たぬき〕に化かされないという俗信から、だまされないように用心する)であることは歴史の教訓だ=「イラク戦争の大義」。その地金(じがね=めっきの土台の金属。つまり、ふだん隠している本性)が見えつつある。「大量破壊兵器の完全廃棄」「脅威の除去」などを先制攻撃の目的としていたが、いまだに肝心の大量破壊兵器は確認されていない(04年7月22日付『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「険(けわ)しい崖下の渓間(たにま)に、宿屋が四軒、蕎麦(そば)屋が二軒、煎餅(せんべい)や絵葉書などを売る小店が一軒、都合(つごう)ただ七軒の家が一握りの狭い処に建って(いる)」==若山牧水が描く大正時代の 乳白色の名湯として評判高い長野県・白骨温泉(『新編みなかみ紀行』岩波文庫)。 その白骨温泉で、公共野天風呂などに、牧水が「たぎり沸(わ)くいで湯のたぎりしづめむと病人(やまうど)つどひ揉めりその湯を」と詠んだ草津温泉の入浴剤が使われていたことがわかった。10年近く前から色が薄くなったため、イメージを壊さないように、と思いついた(04年7月20日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「和の政治」==80年の衆参同日選挙のさなかの大平首相急死に伴い、大平派の「大番頭(おおばんとう=番頭〔商店などの使用人の頭〕の中の筆頭者)」だった岩手県出身の鈴木善幸(すずき・ぜんこう)氏が同年7月17日後継首相に就任したが、首相指名を巡って「自民党40日抗争」が勃発、党内に深刻な亀裂が入ったため、党内の融和を目指して鈴木氏が掲げた政治スローガン。その鈴木氏は、04年7月19日午後9時15分、肺炎のため東京都内の病院で93歳にて死去した(04年7月20日付『朝日新聞』)。
☆ 「四面海に囲まれその恵みを享受している日本人の多くが、つい見失っているものがある」「それは汽水域(きすいいき=汽水湖・河口などの海水と淡水とが混じり合っている塩分濃度の低い水域)の恵みについてだ」==日本エッセイストクラブ賞を受賞した“漁民”の畠山重篤さん(60)著『日本〈汽水〉紀行』(文藝春秋刊)の書き出しだの言葉(04年7月19日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 四字熟語==防衛庁内でひそかに回し読みされている“秘密文書”==制服組の最高機関の統合幕僚会議豪を揶揄して(文民統制で実権を握り得ない現状を示すキーワード==⇒豪華絢爛(けんらん)・有名無実と高位高官・権限皆無。実権を握る文民の集団内局のキーワード==⇒優柔不断・本末転倒。陸自==⇒用意周到・動脈硬化。海自=⇒伝統墨守(でんとうぼくしゅ=昔からのしきたりや自説を固く守ること)・唯我独尊(ゆいがどくそん=世の中で自分ほどえらいものはないと、うぬぼれること。天上天下〔てんじようてんげ〕唯我独尊」の略)、空自==⇒勇猛果敢・支離滅裂。納入業者の有名企業の評価に対するキーワード==⇒口先三寸・八方美人、意欲満々・暗中模索、一獲千金・青息吐息……。新聞記者対するキーワード==⇒浅学非才・馬鹿(ばか)丸出。各部署を酷評するキーワード==⇒陰湿陰険・自己満足、隔靴掻痒(かっかそうよう=〔靴の上からかゆいところをかく、の意から〕思いどおりにいかなくて、もどかしいこと)・無知蒙昧(もうまい)==「革故鼎新(かくこていしん=旧来の古いしきたりを改め、新しいものに変えること)すべきは剛毅果断(ごうきかだん=意志がしっかりしていて物事にひるまず、思い切りよく事を行うこと)に改める。防衛庁の四字熟語も体質改善に役立てば、暇つぶしが積土成山(せきどせいざん=塵も積もれば山となる)と拍手喝采(かっさい)されるかもしれない」(04年7月19日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ 「ぼくは殺したくないし、殺されたくない」「イラク戦争は国際法に違反しているし、戦争に加担すれば犯罪者になる」=イラクへの派遣を拒否して1月、カナダに逃げ込んだ25歳の米兵の言葉。カナダ紙によると、イラク戦争では、これまで彼を含めて2人が米国からカナダに脱出したが、ベトナム戦争でカナダに越境した徴兵拒否の米国人や脱走兵は、12万5千人にのぼった。39年前、軍事境界線付近から北朝鮮に越境したジェンキンスさんは、米政府からは「脱走兵」とみなされている。本人はベトナム戦争に行かされるのを避けるためだった、と語ったそうだ。ベトナム戦争時の徴兵拒否などについては、カーター大統領時代、恩赦になっている。ブッシュ政権は‥‥(04年7月19日付『朝日新聞』)。
☆ 「黒を白と言いくるめることにかけては、ジョージ・ブッシュと比べられる者はいないだろう」=米議会での「兵器の開発計画も無かった」という報告に対して、「製造能力があり、危険なテロリストに能力を伝授できた敵を見逃せなかった」と強弁し、言い訳をするブッシュ大統領についてのワシントン・ポスト紙のコラムの言葉。「そういえば、あの強国の大統領と親密だという、かの国の首相は、危険な兵器が『見つからないからといって、ないとはいえない』などと弁護していた。そして最近、選挙に負けたはずなのにこう言う。『逆風の中で、よく安定多数を与えてくれた』」とは天声人語の言葉(04年7月15日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「何か私に責任ありますか」==⇒総理まで務めた橋本龍太郎元首相の開き直りの弁。日本歯科医師連盟から1億円の小切手をもらいながら、派閥の裏金にしていた。これが人の言葉かとあきれる(04年7月17日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 青すだれ、つりしのぶ、風鈴、夏帽子、蚊帳(かや)、縁台、日傘、陶枕(とうちん)、打ち水、行水、氷水、冷ややっこ、ゆかた、甚平、開襟シャツ、水中花、枝豆、花ござ、明珍、竹婦人=昔から人は涼味の演出と避暑の工夫にそれぞれ知恵を絞っていた。陶枕とは夏に用いる陶磁製のまくら。明珍は鉄の火箸(ひばし)が触れあう涼しい音。竹婦人は抱いて涼をとる円筒形に編んだ竹である(04年7月15日付『産経新聞』−「産経抄」)。
☆ 「すべての武器を楽器に。すべての基地を花園に。戦争より祭を。すべての人の心に花を!」=民主党から比例代表に出馬・当選したミュージシャン喜納昌吉氏(56)の言葉。
☆ 「ありがとう駅」=⇒「ごめん駅」のとなりに04年7月4日に誕生==高知県東部の室戸岬手前まで延びる土佐くろしお鉄道(
☆ サラリーマンよ、投票所で決起せよ!!04年7月11日投開票の参院選に際して、経済小説の第一人者、高杉良氏(65)が緊急直言した一節。小泉純一郎首相(62)や自民党公認の比例区で出る「集票の目玉候補」竹中平蔵金融・経済財政担当相(53)は、このところの景気の回復基調を「構造改革の成果」と自画自賛、04年6月22日の会見で竹中氏は、「叩かれても叩かれても、改革」「経済失政と批判した野党党首に説明責任を求めたい」などと胸を張ったが、高杉氏は、「竹中氏がやってきたことは、改革ではなく、破壊に過ぎない」 ‥‥ 「政府・日銀の大規模な円売りドル買い介入と、米国、中国の好調な経済、景気循環、そして企業のリストラのおかげで、なんとか良くなってきただけ。政策的なことで景気回復しているということは全くない」と切り捨てた(04年6月24日付『夕刊フジ』)。
☆ 「父の日に今日父の日と父が言う」=落語家の春風亭栄枝さんが、寄席で出番待ちの間につくった川柳(04年6月20日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ ラジオでの野球中継の草創期、NHKの松内則三アナウンサーの名文句として知られている「夕闇迫る神宮球場、ねぐらへ帰る○○が二、三羽……」といえば、○○はカラスであるが、元はカラスではなくハトであった。昭和初期の東京6大学野球、ゲームの終わるころ、球場から新聞各社が原稿を託した伝書鳩(ばと)が飛び立つのが常だったのであるが、この鳩が上空を舞うこの光景を中継係(ディレクター)が空を指し、松内さんに伝えたとされるのが、情景描写の起こりであった(宇田川清江著『眠れぬ夜のラジオ深夜便』)。なお、日本のラジオ放送が始まったのは1925(大正14)年。来年は満80歳になる(04年6月17日付『読売新聞』)。
☆ 参加・参画・関与・一員…「多国籍軍」で表現苦慮==公明党の04年6月15日の政調全体会議での「自衛隊は多国籍軍に『協力』するのか、『参加』するのか、『指揮下に入らない参加』なのか」との質問に、政府側が「多国籍軍の中で活動するということだ。指揮下には入らない」と答えると、「もっと明確にすべきだ」と反発する声が出た。これに対して北側政調会長が「指揮下に入らない参加ということでいい」と念を押して収めた。
なお、小泉首相は6月14日の参院イラク支援・武力攻撃事態特別委員会で「多国籍軍が形成されれば、その中で参加できる道を探っていきたい」と「参加」を口にしていた。慌てた秋山法制局長官が答弁に立ち、「(首相の言う)参加は広い意味で多国籍軍に加わることだ。厳密な意味で司令官の指揮の下に入り、行動する意味ではない」と補足する一幕もあった(04年6月16日付『読売新聞』)。
☆ 「声なき声」==1960(昭和35)年の安保闘争の時「声なき声は後楽園(現東京ドーム)で野球を見ている」と言ったのは安倍晋三現自民党幹事長の祖父である当時の岸信介首相。怒った市民が「声なき声の会」をつくり、国会を取り囲んだ。44年前の6月15日、全国で580万人がデモに参加。全学連のデモ隊が国会に突入して東大生樺(かんば)美智子さんが死んだ。3日後、日米安保条約の自然承認に抗議する33万人のデモ隊が国会を包囲し、岸首相を辞任に追い込んだ。‥‥戦争を知らない世代の小泉首相は、サミットでブッシュ米大統領にいち早く多国籍軍参加の意思を伝えた。憲法上の重大な解釈変更なのに、国会審議抜き、与党への根回しも忘れて、与党内部からさえ異論が出た。内閣法制局長官は「指揮下に入らないなら参加は可能」と従来の解釈を修正。政府は04年6月18日にもイラク特措法の施行令追加を閣議決定する(04年6月15日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「『家族の絆(きずな)』を何よりも大切にした」「(父の葬儀出席はおろか現在まで墓参りも許されず、今まで一度もきちんと話したことのないが)田中真紀子前外相(60)は、私にとって唯一の姉。会いたい」=政治不信のなか、再評価の声もあがる故田中角栄元首相の長男・田中京(たなか・きょう)氏(52)による「絆 父・田中角栄の熱い手」(扶桑社、1470円)中の言葉。同氏は、1951年8月15日、神楽坂の花柳界で「若手4人組」に数えられた女性辻和子の長男として東京・神楽坂に生まれる。日大卒後、音楽評論家、レコード会社勤務を経て、96年、東京・銀座でバー「アールスコート」を開店している(04年6月13日付『スポーチ報知』)。
☆ 「兵士はよくやった。全責任は自分にある」==ノルマンディー上陸作戦(「史上最大の作戦」)開始日(Dデー)を翌日と決めた1944(昭和19)年6月5日の午後、連合軍最高司令官のアイゼンハワー将軍(後の第34代アメリカ大統領〔在任 1953〜1961〕)が作戦失敗に備えた発表文の草案の一節(04年6月7日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「共産主義との冷戦を自由主義への勝利に導いた偉大な大統領だった」==「ロン・ヤス」の仲だった中曽根康弘元首相が04年6月6日、レーガン元米大統領の死去について発表したコメントの一節(04年6月6日付『朝日新聞』)。なお、葬儀は6月11日に首都ワシントンのワシントン大聖堂で国葬として行われる(04年6月7日付『ニッカンスポーツ』)。
☆ 「弁護するわけではないが、私の若い頃は、放火は女性の犯罪。もちろん男もあるが、どちらかというと女の犯罪。カッターナイフで切るのは原則的に大人の男の犯罪」「小学生の女の子がこういうことをやるのは、昔のイメージではとらえられない社会や子ども、男女の関係の変化がある。『女性が強くなった』という表現が適当かどうかわからないが、防災相は社会の変化のことを言いたかったのではないか」==
これに対して、小泉首相は6月7日昼、「発言は慎重にしていただきたいですね。誤解されないように」と語り、軽率な発言だとの認識を示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
また、細田官房長官の同日午前の記者会見で、「元気な女性が多くなってきた」と発言した井上防災相が、発言撤回を拒否していることについて、「誤解を受けやすい発言であると十分注意をしたので、(あとは)ご自分で対応されることを期待する」と述べた(04年6月7日付『読売新聞』)。
☆ 「良識の府がすることかと思う。怒りを通り越して、もう言葉もありません」==参院厚生労働委員会で04年6月3日、年金制度改革関連法案が強行採決され(与党側の“奇襲採決”)、今国会限りで引退する西川きよし参院議員(57)の、小泉純一郎首相に行うはずだった議員生活最後の12分間の質問時間が吹き飛んでしまって、「夜も寝ず勉強して質問を作った」ものが無駄になった時の言葉(04年6月4日付『夕刊フジ』)。

年金改悪法案を与党が参院厚生労働委で強行採決
=04年6月3日午後3時5分すぎ、参院第43委員会室=
☆ 「PC(パソコン)を通しての友達はいい人だけではないだろうけど……」「顔も姿も見えない人たちと仲良くできるのだろうか」「相手が変な人だったりネカマ(ネット上で性別を偽ること)だったらいやだなぁ」「私もチャットで男に間違えられてそのまま男の振りをしていたのですが、(笑)その時ばれることはありませんでした。ばれなかったことには安心したような、悲しかったような気持ちでいっぱいでした」==
☆ 「触法少年」==14歳未満は刑罰の対象にはならないことから、刑事法に触れる行為をした場合、警察は「触法少年」として補導し、即日、児童相談所に通告することになる。
☆ 「元気な女性多くなったのか」 =佐世保事件で井上喜一防災相
==同相(衆院議員 兵庫4区 当選5回。東大法学部卒後農林省に入局。自民党→新生党→新進党→自由党→保守党→保守新党と政党を渡り歩き03年保守新党解党に伴い自民党に復帰)は04年5月4日午前の閣議後の記者会見で、
なお、この発言について、細田官房長官は同日午前の記者会見で、「真意がわかりません。河村文部科学相が(閣僚懇談会で)『従来の常識では男性生徒がやるのが多いのではないか。女性同士とは驚きだ』と言った。そのことに印象を持たれたのではないか」と説明したが、軽率な発言ではないかとの質問には「そうですね。男性か女性かは本質的議論とは思いません」と語った(04年6月4日付『朝日新聞』)。
☆ “タバコ規制と貧困問題”(Tobacco control and
poverty)==2004年5月31日は、17回目の「世界禁煙デー」。日本政府は、04年3月9日に「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」(WHO Framework Convention on Tobacco Control)に関し、同条約に署名すること及び同条約の締結について国会の承認を求めることを閣議決定、これを受けて、04年3月9日(日本時間10日)、ニューヨークの国際連合本部において署名した。
☆ スモークハラスメント==タバコにまつわる不法行為を指す。ハラスメンター側の意識に関わらず、被害が発生する構造は、セクシャル・ハラスメントと同じだが、2000年代になっても一般的には認識されていない==⇒“となりの煙が死を招く”
☆ 「いい人でした。総理を辞めたら社長さんのお墓参りをしたいと思っている(社長が既に死去したととれる答弁)」==小泉純一郎首相が04年5月27日午後の参院イラク・武力攻撃事態特別委員会で、
☆ 「何てことしてくれるんだよ。びっくりしちゃっただろ」――ブッシュ米政権を批判した「華氏911」がカンヌ映画祭で最高賞を受け、マイケル・ムーア監督が語った言葉。この日、テキサス州の牧場に居たブッシュさんはマウンテンバイクで転倒した。また、米CBSテレビの最新の世論調査で、大統領のイラク政策への支持が34%、不支持が61%になった。「米国は正しい方向を向いているか」には、NOが65%で、この設問ができた80年代以降、最高水準になった(04年5月26日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 政治家を一度尊敬してみたい==『毎日新聞』−「万能川柳」秀逸(04年5月25日付『毎日新聞』)。
☆ 「この10年で自分を皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが、そのことで疲れ切っているように見えます」「それまでの雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」==04年5月12日からのデンマーク、ポルトガル、スペインの3カ国訪問を前に、04年5月10日、東京・元赤坂の東宮(とうぐう)御所で記者会見したときの皇太子の言葉の一節。
☆ “自動車界の雪印”==月新車販売台数は激減、三菱自動車も絶体絶命−。メーカーの根幹である安全性と信頼性を杜撰(ずさん)な技術と虚偽報告で失墜させとの声も強まる中、前会長の宇佐美隆容疑者(63)ら経営陣の逮捕につながった三菱ふそうトラック・バスのタイヤ脱落事故は、三菱自動車の再建計画をも激しく揺さぶっている(04年5月7日付『夕刊フジ』)。
☆ 嘘(うそ)の連鎖==04年5月7日に「政治に対する国民の信頼を失ったことは慚愧(ざんき=元来は仏教語で、「慚」は自己に対して恥じること、「愧」は外部に対してその気持ちを示すこととの意味釈。「慚」「慙」は同字で、自分の言動を反省して恥ずかしく思うこと。「ざんぎ」とも)に堪えない」として、突然辞任した福田官房長官は04年5月7日発売の週刊文春に公表の約3倍の「『本当は8年間払ってません』」とスクープされた。
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◇週刊文春(5月13日号)の記事概要◇
厚労省関係者から「長官は丸善石油を辞めた1976年から86年にかけて未納期間がある」との情報提供があり、5月3日夜、自宅前で待ち受けて取材したが、事実上拒否された。再取材を申し込んだところ、長官から電話がかかってきた。
この電話で長官は「公設秘書を辞めた時から国会議員就任までの間が抜けてしまった」として、76年11月の丸善石油退社から90年2月の衆院初当選までの間も未納だったことを明らかにした。このうち保険料支払いが義務付けられていた期間は父(赳夫・元首相)の秘書官、公設秘書だった間などを除く5年8カ月。長官が記者会見で公表したのは初当選以降の3年1カ月だけだった。 |
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福田官房長官の04年5月7日午前の記者会見での辞意表明の内容 昨日、与野党間の話し合いによりまして、年金改正法案の取り扱いについて合意をされましたが、これまでに私自身を含め、閣僚の中に年金の未加入・未納の問題があったことが判明し、政治に対する国民の信頼を失ったことは、慚愧(ざんき)に堪えません。さらに私自身の年金保険料の未払い発表までの対応の仕方に不手際がございまして、内閣のスポークスマンとして、また内閣提出法案のとりまとめ役である内閣官房の責任者として政治不信を増幅してしまったことに、国民のみなさまにおわび申し上げたいと思います。年金改正法案の取り扱いについて3党合意がなされたこの機会に、けじめをつける意味で、内閣官房長官の職を辞したいというふうに考えております。 |
☆ 「勉強していい学校に行き、いい会社に入っても安心なんかできないのに、どうして多くの教師や親がそういうことを言うのでしょうか。それは、多くの教師や親が、どう生きればいいのかを知らないからです」==こどもたちの目線に立って見渡せば、世の中は本当に「不安ととまどい」だらけ==作家村上龍さんの『13歳のハローワーク』より。
なお、2004〜2005年版「地球白書」によると、世界人口の5人に1人が1日1ドル(約110円)以下で生活し、6人に1人が安全な水を飲むことさえできない(04年5月5日『東京新聞』−「社説」)。
☆ 「わたしの屍体を地に寝かすな/おまえたちの死は/地に休むことができない/わたしの屍体は/立棺のなかにおさめて/直立させよ」=第2次大戦後まもなく、詩人田村隆一(1923〜1998。昭和後期から平成時代にかけた詩人。詩論集「若い荒地」のほか、クイーンやクリスティーなどの推理小説の翻訳もおおい)は「立棺」で、戦争による膨大な死者たちの無念の思いがにじみ出るこんな詩を書いた(04年5月2日付『朝日新聞』-「天声人語」)。
☆ 「暴力行為。規模の大小にかかわらず、それは苦がにがしいパラドックスである。死は意味深く」――しかも殺戮は無意味なのである」(『道しるべ』みすず書房)==1961年、動乱調停でコンゴへ行く途中、搭乗機が墜落、死後ノーベル平和賞を受けた国連2代目事務総長(在職 1953〜1961)だったハマーショルド(Dag Hammarskj
ld−1905〜1961。 スウェーデンの政治家・経済学者。国連事務総長として国際紛争の解決に尽力)が日記に書いた言葉(04年5月1日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「西洋人は平和な時代の日本を野蛮国と言い、戦場で大々的に殺戮(さつりく)を始めると文明国だと言い始めた。だったら野蛮国のままで構わない」=日露戦争後、英語で『茶の本』を著した岡倉天心が皮肉を込めて日本の美(その代表が「茶の美」)を説いた時の言葉(04年4月30日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 「(国民年金保険料)未納3兄弟」から「未納7閣僚1党首」へ==中川昭一経産相、麻生太郎総務相、石破茂防衛庁長官の3閣僚にプラスして、谷垣財務相、竹中金融・経財相、茂木国務相、そして福田官房長官、それに「未納3兄弟」名付け親の菅民主党代表まで‥‥。
☆ パーキンソンの法則==「役人の数は、その仕事の量とは何の関係もなく増え続ける」というのがそれであるが、イギリスの社会学者。現代社会の組織の中の諸現象を鋭く分析したパーキンソン(Cyril Northcote Parkinson〔1909〜1993〕)は、「議題の審議に要する時間は、その項目についての支出の額に反比例する」という「凡俗の法則」も紹介している。すなわち、巨額の支出を要する複雑な議題を理解している少数の人は、他の人にそれを理解させるのは難事であることをよく知っている。だから無駄な議論はしない。一方、より支出の少ない分かりやすい議題は熱心に論議されるが、ある額以下の話になると「どうでもいい」と熱意が失われるとうもの。またパーキンソンはその額を「関心喪失点」と呼んでいる。少ない額とは、たとえば自分が賭け事で失ってもいい額との説を彼は打ち出しているが、大きい方の関心限度額の算定は難しいという。明らかなのは、関心の枠外の審議にはともに長い時間はかからないということである(04年4月28日付『日経新聞』−「春秋」)。
☆ サラリーマン川柳ベストテン(第一生命)
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☆ 広島の民放局アナウンサーからフリーに転じ、人気番組「お笑いマンガ道場」の司会やニュースキャスターを経て、2001年7月の参院選(広島選挙区)で初当選した
☆ 未納3兄弟==国民年金などの掛け金引き上げを内容とする政府の年金法案にサインした全閣僚のうち、中川昭一経産相、麻生太郎総務相、石破茂防衛庁長官の3閣僚が国民年金の未納者であったことを皮肉った菅直人民主党党首の言葉。
菅氏は、「『未納3人兄弟』は閣僚としての資格に欠ける。3兄弟以外にも福田官房長官のようにプライバシーを立てに自らの年金掛け金を納付しているかどうか答えない閣僚もいる。掛け金引き上げ法案の提出者である閣僚が自らの掛け金納付について答えることが何故プライバシーに反するのか。やましいことを隠そうとしていると思われても仕方がない。未納3兄弟にはもっと多くの兄弟がいそうだ」と語った。
なお、04年3月下旬には社会保険庁がCMに起用した江角マキコさんの未加入が問題化したばかりである。
これに対して、小泉首相は、「うっかりしてたんでしょう! 直せばいいんでしょう!! みんな家族に任せているのですから!!」と会見で発言した。

衆議院厚生労働委員会(04年4月23日)
☆ 「子供泣かすな来た道じゃ 年寄り嗤(わら)うな行く道じゃもの」―子供をしかりつけるときは、聞き分けの悪かった自分の幼時を思い浮かべるといい。老人のぼけやおぼつかない動作を笑うなら、いずれは自分もと想像するといいということであるが、老人虐待が横行している。加害者は「息子」が32%で最も多く、続いて息子の嫁(21%)娘(16%)夫(12%)妻(9%)。被害者の平均年齢は81.6六歳(その76%が女性、つまり老母)==厚労省の委託調査==「子は親の慈悲で立ち、親は我が子の孝で立つ」(近松門左衛門)や「たわむれに母を背負いてそのあまり軽(かろ)きに泣きて三歩あゆまず」(石川啄木)とは遠い世界だ==(04年4月20日付『読売新聞』−「よみうり寸法」)。
☆ やるやる詐欺==「総理は『やるやる詐欺』じゃないですか。やるやると言って何一つやらない。(年金)一元化発言もやる気があるのか」==04年4月14日、後半国会の最大の焦点の年金論争中の菅直人民主党党首の言葉。
☆ 小泉首相が行く靖国神社に外国の元首は行かない。理由を米国のメディアに見ることができる。ワシントン・ポスト紙は「戦争神社」と伝えている(新潮新書「日本はどう報じられているか」石澤靖治編)−(04年4月8日付『西日本新聞』−「春秋」)。
☆ 「小泉純一郎首相は自民党や国民に批判があったのに、強い意志と政治的意図に基づき、戦没者の追悼の場所として必ずしも適当でない靖国神社への参拝を今後も続ける意向をしめした」==福岡地裁;九州靖国訴訟、小泉首相の靖国神社参拝は違憲(04年4月7日)の判決文の一部。
☆ 「高知競馬も存廃の危機の中で、関係者が一体となってあきらめなかった。それがハルウララを生んだ」「職員も一体感を持って」「ハルウララのように、周りを励ます職員」==04年4月1日、高知県の橋本大二郎知事が、県庁で開かれた新規採用職員約90人への辞令交付式で、高知競馬で106連敗中の牝馬を引き合いに出し、「仕事がうまくいかなくてもめげずに頑張って」と、“スタートゲート”に立った職員を励ましたときの言葉(04年4月2日付『ニッカンスポーツ』)。
☆ 「昼でも暗い中を/走らねばならない/お前不幸な都会の旅人よ」(小熊秀雄の詩「地下鉄」)==対米開戦の年の10941(昭和61)年、日本で地下鉄が開業した。運営団体は、特殊法人「帝都高速度交通営団」(営団地下鉄)。2004年4月1日、株式会社「東京地下鉄」(「東京メトロ」)に名称が変更された(04年4月2日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「表現の自由は、民主主義体制の存立と健全な発展のために必要な、憲法上最も尊重されなければならない権利である」==『週刊文春』出版差し止め命令、東京高裁決定の中での言葉。
☆ 「情報社会の中ではプライバシーは見えない私有財産。これを守る体制をつくることが、われわれの大きなテーマだ」==街頭などの防犯カメラについて
☆ 「機能性やデザイン性が重視される都市の中で、健康で機敏な青壮年の尺度が常識として大手を振っている風潮を憂える。ビルや施設の設計、各種のツールばかりでなく、ライフスタイルまでが幼児やお年寄り、身体障害者などの弱者への思いやりや優しさを失ってきてはいないか。いたいけな涼ちゃんの犠牲を無にしないためにも、弱者の目線で身の回りの安全から見直してみよう」(04年3月28日付『毎日新聞』−「社説」)。
☆ 670兆円1,200億円(03年末の国の借金)。年間40兆円近い国債を発行していることから、3カ月前に比べて14兆4,300億円の増加(04年3月28日付『毎日新聞』−「社説」)。
☆ 「民主主義こそ人類が共有すべき世界遺産なのだ」==インド生まれで1998年にノーベル経済学賞を受賞、現在ハーバード大学教授のアマーティア・セン氏の東京新聞主催の国際シンポジウム「明日の世界−真の豊かさを求めて」での(04年3月25日・東京・日比谷のプレスセンター)言葉(04年3月26日『東京新聞』-「筆洗」)。
☆ 『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない/恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』=イランのモフセン・マフマルバフ監督の2001年の9・11米中枢同時テロの半年前にまとめられたリポートの一節(04年3月21日『東京新聞』-「筆洗」)。
☆ 石破茂防衛庁長官は04年3月19日午前、閣議後の記者会見で、自衛隊のPR活動不足を自閉症になぞらえて「自閉隊」と発言したことについて「関係する方々につらい思いを抱かせることになったことは歴然たる事実だ。極めて申し訳ないことだった。深くおわびを申し上げ、今後このようなことがないように反省し、自戒をしていかなければならない」と陳謝した(04年3月19日付『夕刊フジ』)。
9☆ 「(自衛隊は)今まで、半分やゆ的に自閉隊と言われていた。自閉症の子どもの自閉と書いて自閉隊だ」==04年3月16日夜、都内のパーティーでの石破茂防衛庁長官の発言。自閉症は意思伝達、他人とのコミュニケーションで障害があるとされるが、長官は「(自衛隊は)積極的にPRしてこなかった」と続けているので、国民との対話不足を強調したものと受け取られている。しかし、引き合いに出された「自閉症の子ども」や親は、やりきれない。長官の言葉からはその苦しみ、悩みを思いやる気持ちは伝わってこない。‥‥閣僚としての資質、政治感覚の面で大いなる疑問が残る。「政治家の発言が政治の風景を語る」との教訓に照らせば、緊張感のなさを反映するものとも分析できる(04年3月18日付『愛媛新聞』−「社説」)。
☆ (通称)「チーズバーガー法案」==肥満の責任は食品・外食産業にあるとして訴訟を起こすことを禁じる法案が米下院を通過した(04年3月18日付『愛媛新聞』−「地軸」)。
☆ 「うつし絵に口づけしつつ幾たびか千代子とよびてけふも暮しつ」==1942(昭和17)年5月26日付のこの歌の発信者は、当時、広島県の呉軍港にいた連合艦隊司令長官、山本五十六(58歳),宛名(あてな)の相手は、元東京新橋の芸者河合千代子(38歳)で、銀座の芸者置き屋の女将(おかみ)。昭和初期に知り合った二人の関係は十数年続いた。1943(昭和18)年、山本司令長官機が米軍機に撃墜された直後、千代子は海軍省から自決を迫られた。拒むと山本からの手紙約60通を没収されたが、数通だけは隠し持った。うち2通が、
☆ 「歴史はバックミラーのようなもの。後ろの安全を確認しながら前進するため曇らさないことだ。過去を未来に生かすために」==作家で東京大空襲・戦災資料センター館長の早乙女勝元さんの言葉(04年3月10『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 古いすげ笠チョンホイナ/さらりとすてて/平和日本の花の笠/とんできたきたうぐいすひばり/鳴けば希望の虹が出るソレ==占領下の新憲法普及キャンペーンの一環で歌われたサトウハチロー作詞の「憲法音頭」。物資不足の中の1947(昭和22)年には、小冊子「新しい憲法 明るい生活」2000万部が印刷され、全戸に配布された。国民向けキャンペーンの一方、中央官庁の官僚相手の新憲法研修も東大法学部で4日間にわたり開かれ、約1000人が聴講した(04年3月10日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ 大正生まれの俺(おれ)たちは/明治の親父(おやじ)に育てられ/忠君愛国そのままに/お国のために働いて/みんなのために死んでいきゃ/日本男子の本懐と/覚悟は決めていた/なあお前==詳細は
☆ 「永劫(えいごう)にかかる凄惨(せいさん)の戦ひを禁じて誓ふ平和憲法」==04年2月20日、82歳で亡くなった「抜き身の刀をぶらさげている」といわれる激しい言動で知られる一方、「隼人(はやひと)」の号を持つ歌人でもあった山中貞則自民党衆院議員の言葉(04年3月9日付『朝日新聞』―「ポリティカにっぽん」)。
☆ 「空のあちらに何がある/入道雲は知らないし/お日さまさえ、知らぬこと/空のあちらにあるものは/山と、海とが話したり/人がからすになりかわる/不思議な魔法の世界です」==74年前の3月10日に自殺した詩人・金子みすゞの詩「空のあちら」(04年3月9日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ 「春隣」(はるどなり)==春がもうすぐそこまで来ていることという冬の季語(「はるとなり」とも)。
☆ 「それご覧、脛(すね)に疵(きず)もちゃ何とやらで、語るに落ちたが可笑(おか)しいぢゃないか…」(江戸期の人情本の一節)==身の潔白を証拠立てる弁舌が、やぶへびになるという意味。
☆ 「徴兵される恐れのない人が徴兵制を主張するのは不道徳だ」==「いまの若者は徴兵がないからだらしない」として徴兵制への賛同を求められた時の、太平洋戦争に学徒動員され、南方の戦場で九死に一生を得て復員し、苦労して政治学者になったある大学教授の「憲法に関する講演会」でのことば(04年3月7日付『東京新聞』−「社説」)。
☆ 「二人のジョン」==片や、ジョン・エドワーズ氏は米大統領選の民主党候補者レースから撤退し、他方、ジョン・ケリー氏が勝ち残った。2人のジョンは、「大同団結」が政治の最も有力な武器であることを示すために協力を約した。2人のジョン」の背後には、故ジョン・F・ケネディ元米大統領の弟、エドワード・ケネディ上院議員がついている(04年3月4日付『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 「人類は20世紀に1億6千万人もの同胞を殺した。21世紀にも同じことが起きていいのか。そうは思わない」==冷徹な合理主義者と評されたベトナム戦争の指導者で、現在87歳のR・マクナマラ元米・国防長官が04年1月、母校のカリフォルニア大バークリー校で催された討論会での言葉。
なお、E・モリス監督のマクナマラへの23時間に及ぶインタビューを基につくられた作品『フォッグ・オブ・ウォー(「戦争の霧」)/マクナマラ元米国防長官の告白』は、第76回(04年)米・アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞したが、同監督は、「40年前、この国は(出口のない)ウサギの巣穴(すあな=ウサギは大規模の地下王国を築き上げていて、地下は穴だらけ、しかも総延長は50mにもなるかなり複雑な構造)に落っこちて多数の人間が死んだ。いままたウサギの巣穴に落ちていくのではないかと心配だ」と、授賞式のスピーチでイラク戦争を批判した(04年3月3日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 女優・岸恵子さんの言葉=「子供を止(や)めた日」==「直撃弾を受けて燃えあがり、身もだえする我が家を、松の木に登って見ていた私は、顫(ふる)えてはいたが悲壮感など微塵(みじん)もなく、『今日で子供を止めた』と思った。大人の言うことを聞いて急拵(きゅうごしら)えの防空壕(ごう)に避難した子供達(たち)は、爆風による土砂崩れでみんな死んだ」(04年2月27日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 詩人・谷川俊太郎さんの言葉==「ひとをにくんだり、さべつしたり、むりに言うことをきかせようとしたり、じぶんのこころに戦争につながるそういう気もちがないかどうか。じぶんの気もちと戦争はかんけいないと考えるかもしれないが、それでは戦争はなくならない」(04年2月27日付『朝日新聞』−「天声人語」)。
☆ 『カルピス』==日露戦争のころ(明治35年)に軍馬の調達でモンゴルを訪れたカルピス創業者三島海雲が現地で賞味した「すっぱい牛乳」がヒントになってできあがった商品が、世界初の乳酸菌飲料「カルピス」(『カルピス70年のあゆみ』)−(04年2月23日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 『シャープペンシル』==シャープ創業者の早川徳次が、大正時代に発明しヒットさせた商品(早川式繰出鉛筆)。だが、関東大震災で工場を焼失し、特許権を文具会社に売った(早川電機工業「アイデアの50年」)−(04年2月23日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 黄色いハンカチ:=「兵士の無事願うことと違う」 山田洋次原作・監督;脚本:山田洋次、朝間義隆 ;撮影:高羽哲夫 音楽:佐藤 勝==山田洋次監督の映画「幸福の黄色いハンカチ」をヒントに、イラクに赴く自衛隊員の安全を願って全国に広がっている「黄色いハンカチ運動」について、山田監督は04年2月20日、「映画のハンカチは夫婦愛の証し。戦争に行く兵士の無事を願うこととは本質的に違う」と強い違和感を示した。運動を展開している北海道・旭川商工会議所(高丸修会頭)は「善意の運動なのに」と困惑している。なお、毎日新聞が山田洋次監督に出した質問と、山田監督が寄せた回答(全文)は次の通り(04年2月21日付『毎日新聞』)。
質問
黄色いハンカチ運動についてどのように思われますか。反発の声がある一方で「あのハンカチがあるからこそ、心の支えになった。映画に救われた」との隊員家族の声もあります。
回答
○自衛隊員を派兵する町で「黄色いハンカチ」が見送りに使われていることは、とても気になります。
○映画「幸福の黄色いハンカチ」の原作では、ハンカチでなく黄色いリボンで、戦地に赴く兵士を見送ったり、帰還兵を迎えるために黄色いリボンを振るのはアメリカの古くからの習慣のようです。
○日本の自衛隊は、イラクに戦争に行くわけではないから、なぜアメリカの習慣のまねをするのか。その昔、「日の丸」の旗を振って兵隊を見送ったのと同じことになってしまうのではないか。
○映画「幸福の黄色いハンカチ」は、愛する事の許しを得るという物語です。いわば夫婦の愛の証として、ハンカチを使ったわけで、戦争に行く兵士が無事帰ってきてほしいということと本質的に違うということです。
○黄色いリボンやハンカチを並べると派手なのですが、それがイベントみたいになる中で、イラク派兵が憲法違反ではないかという重要な論点が消えてしまうのが不安です。今はじっくりと議論することが大事だと思います。
以上、よろしくお願いします。
※ 「幸福の黄色いハンカチ」(1977年、松竹)=殺人の罪で服役し、 6年3ヶ月の刑期を終えて出所してきたばかりの主人公(高倉健)が「おれを待っていてくれたなら、庭に黄色いハンカチを結んでくれ」と妻(倍賞智恵子)に手紙を出す。主人公が帰ると、自宅の庭の鯉(こい)のぼりのさおに何枚もの黄色いハンカチがなびいていた。第1回日本アカデミー賞の作品、監督、主演男優賞、77(昭和52)年度キネマ旬報ベストワン、 ブルーリボン作品賞など、 この年の映画賞を総ナメにしたロード・ムービー(road movie=主人公が各地を車などで遍歴しながら筋が展開する映画)の傑作。無数の黄色いハンカチがはためく感動シーンは日本映画史上に残る名シーンの一つ。
※ 牛丼業界「4大チェーン」==吉野家(986店)を筆頭に松屋(580店)、すき家(483店)、なか卯(286店)。なお、第5位は神戸・ランプ亭(43店舗)−(04年2月末現在)。
☆ 「いま節約を叫ぶのは、病人の枕元でお経を読むに等しい」==「ライオン宰相」とあだ名された浜口雄幸(緊縮財政・金解禁を実施、ロンドン軍縮条約に調印した。1930年東京駅頭で右翼に狙撃され、翌年死亡した)内閣が発足し、財政を締め、国民に節約を呼びかけ、デフレに向けて政策のかじを切った1929(昭和4)年7月に鐘ヶ淵紡績会社(現・カネボウ)社長の武藤山治(1867〜1934;愛知県生まれの実業家・政治家。1923年、実業同志会を組織し衆議院議員になり、のちに福沢諭吉が創刊した新聞「時事新報」〔1936年『東京日日新聞』に併合された〕を経営したが、1934年に暗殺された)がいった言葉。その後の歴史は、武藤の指摘通り、日本は昭和恐慌の坂を転げていった。そのカネボウは、04年 2月16日、迷走のあげく産業再生機構の支援を仰いで再建の道を探ることになった(04年2月18日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「恋仇 譲れば良かった 今の妻」「ごみ出しを 忘れて会議 上の空」「家事分担 それパパこれパパ ママはどれ?」 「無駄省け 言ってた上司 省かれる」「『課長いる?』返ったこたえは『いりません!』」「あの世まで 一緒と思うな 墓(はか)は別」「定年後 犬もいやがる 五度目の散歩」==第一生命サラリーマン川柳
☆ 『石川や浜の真砂(まさご=こまかい砂)は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ』―大泥棒・石川五右衛門(安土桃山時代の伝説的な盗賊で、1594〔文禄3〕年〔豊臣秀吉の時代〕8月23日、京都・三条河原で子の一郎ともに釜煎〔かまい〕りの刑に処せられたといわれている。享年37歳。「五右衛門風呂」の名の由来でもある)の辞世の句(じせいのく=死に際して残す詩歌・言葉など)のとおりに、この世には、「ヤミ金融」「おれおれ詐欺」があり、それを助ける「名簿屋」がいると思えば、「口座屋」まで。さまざまな悪党が世にはびこって尽きない。どれもこれも〈魑魅魍魎(ちみもうりょう=いろいろの化け物。さまざまの怪物)〉=(04年2月13日付『読売新聞』―「よみうり寸評」)。
☆ 600億円==100年に一度の世界的発明の青色発光ダイオード発明社員に相応の報酬額(東京地裁判決)==「きみはスレイブ(奴隷)だ」=中村修二教授が、青色発光ダイオード発明の褒賞として会社から2万円をもらったことを外国の研究者に話したときに出た言葉(04年2月1日付『東京新聞』)−「筆洗」)。
☆ 「天才とは99パーセントの発汗と1パーセントの霊感だ」==蓄音機や白熱電球で1,000件以上もの特許をもつ発明王エジソンの言葉(04年2月1日付『東京新聞』)−「筆洗」)。
☆ 「成人とは人になること/もしそうなら/私たちはみな日々成人の日を生きている」「流れ動く多数の意見にまどわされず/とらわれぬ子どもの魂で/いまあるものを組み直しつくりかえる/それこそがおとなの始まり」「永遠に終わらないおとなへの出発点/人間が人間になりつづけるための/苦しみと喜びの方法論だ」==詩人谷川俊太郎さんは詩「成人の日」より(04年1月12日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ 「(大量破壊兵器が)もし存在しないなら、この無残な戦争はいったい何のためだったのですか?」==当時、米軍の補給部隊に従軍した韓国の朝鮮日報記者、姜仁仙(カンインソン)さんが米軍の将校に聞いた言葉。姜さんのルポ、『砂漠の戦場にもバラは咲くーイラク戦争従軍取材記』(毎日新聞社刊−1,700円)には、砂嵐の中を敵の影におびえ、バグダッド目指してさまよう小部隊、そして、指揮官、兵士、そして自分自身の「羽があったら逃げ帰りたい」と叫びたくなる戦場心理が描写されている。姜さんは、他国を攻撃できるという考えは「頭では理解できるが、心がそれを受け付けなかった」という。反戦主義者でも博愛主義者でもない姜さんが、そう思うのは「自分が一度も武力で他国を制圧したことのない弱い国の国民だったからだ」という。そう言えば、日本人も「武力で他国を制圧しない国」になると、半世紀前の憲法で誓った国民だった(04年1月9日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ 「過去の社会意識を前提とする差別の残滓(ざんし・ざんさい=残りかす)を容認することは社会の進歩に背を向ける結果になる」==住友電工女性昇格差別(労働)訴訟としては異例の昇格も含めた具体的な和解条項を提示した大阪高裁井垣敏生裁判の和解勧告の一節。
☆ 子供たちよ/お前たちは何も欲しがらないでも/凡(すべ)てのものがお前たちに譲られるのです。/太陽の廻るかぎり/譲られるものは絶えません。 輝ける大都会も/そつくりお前たちが譲り受けるのです。/読みきれない書物も/みんなお前たちの手に受取るのです。/幸福なる子供たちよ/お前たちの手はまだ小さいけれど――。 世のお父さん、お母さんたちは/何一つ持つてゆかない。/みんなお前たちに譲つてゆくために/いのちあるもの、よいもの、美しいものを、/一生懸命に造つてゐます/今、お前たちは気が附かないけれど/ひとりでにいのちは延びる。/鳥のやうにうたひ、花のやうに笑つてゐる間に/気が附いてきます==詩人・河井酔茗(かわいすいめい;1874〜1965。大阪、堺生まれ。本名、又平。「文庫」派の詩人で、平明温雅な詩風で口語自由詩に新分野を開いた。詩集に「塔影」「霧」などがある)の詩「ゆづり葉」の一部(04年1月5日付『毎日新聞』−「社説」)。
☆ いわく、『フェスティナ(急げ)・レンテ(ゆっくり)』==ラテン語でゆっくり急げ。あわてずに進めば、結局、早く目的地に着き、仕事なら完遂する意味で、ローマの初代皇帝アウグストゥス(Augustus=尊厳なる者の意味で、紀元前27年、オクタビアヌス〔Octavianus〕がローマ元老院から受けた称号)の人生訓(04年1月5日付『東京新聞』)。
☆ 「民主主義の<民>は 庶民の民だ ぼくらの暮しを なによりも第一にするということだ ぼくらの暮しと 企業の利益とが ぶつかったら 企業を倒す ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら 政府を倒す…それが ほんとうの<民主主義>だ」=政治をくらしから見ていた人物に『暮しの手帖』の編者で、ねずみ色の背広しか着ないサラリーマン風俗を『自ら不自由になってゆく社会』とおそれた故花森安治氏の言葉。「年ごとに便利になるというのはウソである」とのくだりもある。なぜなら「何年かたつと、月に行けるようになるらしいけれど…ぼくたちの暮しには、どうということはない。しかし、年ごとに消防自動車の速度が落ちるのは非常に困る」‥‥ともある。なお、『暮しの手帖』は、企業広告を載せず、商品テストを掲載した(04年1月4日『東京新聞』−「筆洗」)。
☆ 踊るサル、瞑想(めいそう)するサル、雲を呼ぶサル、見ザル聞かザル……。犬猿の仲、猿まね、猿知恵、猿芝居、「猿に烏帽子(えぼし)」(その人柄にふさわしくないことのたとえ)「意馬心猿」(いばしんえんー〔仏〕 妄念や煩悩(ぼんのう)が激しく、心の乱れが抑えられないのを、奔馬や野猿が騒ぐのを抑えがたいさまにたとえた語)‥‥(04年1月4日付『朝日新聞』−「天声人語」&『大辞林』)。
☆ 「どの国も伝統、習慣を尊重することにとやかく言わないと思う」というあては外れた。どうして「心ならずも国のために命をささげられた方々に哀悼の誠をささげる」という首相の気持ちが、中国や韓国には通じない。「心ならずも」の前に「誰の命令で」が落ちているからではなかろうか。01年の自民党総裁選で公約したのは8月15日「終戦の日」の参拝だったはずだ。だが中韓両国の激しい抗議があり、「盆の入り」前日の13日に変えた。03年が1月14日で、小正月の前日、02年は4月の春季例大祭というお祭り。「丸く丸くまん丸く」の小泉式まるくする主義なのだろう15日参拝という先鋭な政治行動が、お盆という民間習俗にすり替わった。02年は4月の春季例大祭というお祭り。翌年は小正月。参拝の政治的意味はどんどん切り下げられ、04年は究極の国民的伝統行事である1月1日(初詣)‥‥(04年1月4日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ 川は流れてどこどこいくの 人も流れてどこどこいくの…泣きなさい 笑いなさい いつの日かいつの日か花を咲かそうよ」‥‥国境を越えて愛唱されている「花――すべての人の心に花を」は、当時、沖縄の16歳の高校生だった歌手の喜納昌吉さんは学校の帰りに入った食堂で、人の洪水となった代々木の国立競技場で、国籍も言葉も肌の色も違う選手たちが抱き合っては涙を流し、肩を組んでは笑顔を寄せ合っている東京オリンピック閉会式(1964〔昭和39〕年10月24日)の光景みて流した涙が発酵してできた歌であるが、04年8月のアテネ五輪はテロリストの襲撃に備え、厳戒体制を敷いての開催となる(04年1月3日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「人類は4年ごとに夢を見る。この創(つく)られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」=市川崑監督も記録映画「東京オリンピック」の閉会式のお祭りのあと、消えていく聖火の映像に重なるように問いかけの言葉(04年1月3日付『読売新聞』−「編集手帳」)。
☆ 「さるさらう/さるさらさらう/さるざるさらう/さるささらさらう/さるさらささらう/さらざるささらさらささらって/さるさらりさる/さるさらば」=谷川俊太郎さんの「ことばあそびうた」の「さる」(04年1月1日付『毎日新聞』−「余録」)。
☆ フジヤマのトビウオ(1949年の全米水泳選手権で世界記録を連発した古橋広之進)、チャンピオン・シライ、ドクター・ユカワ(1949年に日本人で初めてノーベル物理学賞を受賞した京大教授湯川秀樹)==敗戦の日本を奮い立たせた3人の快挙=⇒1952年5月19日にフライ級世界チャンピオンアメリカのダド・マリノをやぶって日本人初の世界チャンピオンとなった白井義男さん(史上初の4度防衛後、アルゼンチンのパスカル・ペレスに敗れ、1955年に年引退。生涯成績45勝〔20KO〕8敗2分け。1995年具志堅用高と白井・具志堅スポーツジムを創設して後身を育成していた)が03年末に80歳で死去した。GHQ勤務で無類のボクシング好きだったアルビン・カーン博士に見いだされ、やがて頂点に輝いたが、その後今日まで、白井さんに続いた世界王者は40人を超える(03年12月30日付『東京新聞』−「筆洗」)。
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