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戦時中の替え歌 |
替え歌には、大きく分けて、元(原)歌の歌詞の文句を語呂(ごろ)合わせした(いわゆるもじった)ものと、メロディをかりて全く別の内容した(意味を変えた)ものの二種類があるが、その多くは、皮肉を込めて、おもしろおかしく政局(戦局)や社会・権力を、風刺・揶揄(やゆ)するものであった。弱き大衆の、ささやかな権力に対する抵抗(怨念の発露)であったのか ? 特に戦時中は、厳しい言論弾圧が加えられていたのでこうした傾向は強かった。
世の中は 星に 碇(いかり)に ヤミに顔
官に尾を振る ボテやくざ
真正面(まとも)じゃ末成(うらな)りネエ 青びょう箪(たん)
水で膨(ふく)れて 死ぬばかり サノサ
(「さのさ節」の替え歌)
:注:
いうまでもなく、星は陸軍、碇は海軍、ヤミはヤミ商人やブローカー達、あるいは軍需景気で儲けた連中や会社の重役、顔は官僚と馴れ合いのその筋の顔きき、さてさて、“ボテやくざ”とは ?
戦争の長期化と戦局の厳しさは、特に食糧物資不足に拍車をかけ、状況は極限になりつつあった。一般の国民は、皆な、「水腹」で、「ウリや茄子」のようにしおれ、青瓢箪(あおびょうたん)のようになっていたにもかかわらず、このような人達は、金や地位を利用して、裏から手を回し、徴兵を逃れたり、「やみ」の食料を手に入れ、贅沢な生活をしていたのである。
まさに「地獄の沙汰も。金次第」である。
こうした軍や官僚、それと癒着した金持ち等の不正を、権力や金力のない大衆は、替え歌で風刺し、「うさ」を晴らすしかなかった。この歌は、哀愁に満ちた大衆の権力者達に対する怨み節である。
以下は、戦時強力内閣として登場した東条英機を揶揄する替え歌。言えて「妙」である。
なお、首相就任当初東条は、別名「ごみ箱宰相」といわれ、また「東条さん」とよばれて、国民の間で人気があった。その由来は、東条が、国民生活の実態しろうと、朝の散歩のときに公園や家庭のごみ箱を覗くといったパフォーマンスを行ったことによる。こうした庶民的な行動が大衆から慕われたのであろか ?
清盛などより なお偉い
東条天皇閣下………!!
(替え歌というより陰口か?)
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見よ 東条の禿頭
ハエがとまれば、ツルッと滑る
滑って止って またすべる
止って 滑ってまたとまる
おお テカテカの禿頭
そびゆる富士も眩(まぶ)しがり
あの禿どけろと 口惜し泣き
雲にかくれて 大むくれ
(「愛国行進曲」(見よ東海の夜は明けて)の替え歌:いうまでもなく東条は見事な禿げ頭だった)
買(勝)った 買(勝)ったと
ま(負)けてゆく
(「兵隊ソング」の替え歌)
:注:
勇ましい戦果を発表する大本営。しかし、戦局は……。沈没したはずの米空母や戦艦を目の前にしては……軍隊の混乱は……そうした状況から、こうしたヤケクソ半分の歌が軍隊のなかでひそかに歌われた。敗戦は「火を見るより明らか」であった……
金鵄(きんし)あがって 15銭
栄(は)えある“光”(ひかり) 30銭
今こそ来たぜ この値上げ
紀元は 二千六百年
ああ 一億の民は泣く
(元歌は「紀元二千六百年」)
:注:
日中戦争の長期化にともない蒋介石政権を支援する英米への反発・憎悪が高じて外来文化・外来語は「軽佻浮薄(けいちょうふはく)」な、「敵性用語」として排斥運動が進められ、1940(昭和15)年には、煙草の名称が変更され、ゴールデンバットは金鵄(きんし)、チェリーは「桜」、カメリアは「椿」となった。そのタバコが電話料、電報料、ハガキ・切手、酒等とともに(平均61%)値上げされ、大衆タバコとして最も人気が高かった“金鶉”(両切10本入り)も、倍の15銭にされた(ただし兵士用の“ほまれ”(両切20本入り7銭)は据置かれた)。戦争遂行増税のオンパレードである。憤まんなるかたない大衆は、こうした替え歌で(はかない)抵抗(?)をするほかなかった。
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「タコ八の歌」
きのう召された タコ八が
弾丸(たま)に撃たれて 名誉の戦死
タコの遺骨は いつ還る ?
骨が無いから 帰れない
タコのかあちゃん 悲しかろ
(元歌は「湖畔の宿」)
:注:
解釈の仕様では反戦とまではいかないが厭戦(えんせん)的な替え歌とみることもできようか ?
参考文献