☆日本の戦争犯罪についての軍事裁判☆
1.第2次世界大戦における日本国民の戦争犯罪に関して行われた裁判
(1) 東京において行われた極東国際軍事(東京)裁判所の裁判
(2) 東京において行われたいわゆるG H Q裁判
(3) 連合国各国が開いた法廷において行われた裁判
@ 米国はマニラ、横浜、上海、グアム等
A 英国はシンガポール、クアラルンプール、タイピン、ラングーン、香港、ペナン、ジェッセルトン、メイミヨウ等
B オーストラリアはラバウル、ウエワク、モロタイ、ダーウイン、シンガポール、香港、マヌス等
C オランダはバタヴィア、バリクパパン、マカツサル、モロタイ、ポンチャナック、メナド、アンボン、メダン、クーパン、バンジェルマシン、ホーランデイア等
D 中国は上海、南京、広州、北京、徐州、漢口、瀋陽、済南、台北、太原等
E フランスはサイゴン
F フィリピンはマニラ。
2.起訴された者の数及びその裁判結果を裁判国等

3.戦争犯罪裁判を、A、B、Cの3級に区別
これらの区別は、公式に行われていたわけではないが、いわゆるA級及びBC級戦争犯罪裁判の区別が一般に行われている。
(1) A級戦争犯罪人(A級戦犯 )とは、極東国際軍事裁判所において審理された戦争犯罪人を指し、これを裁いた裁判がA級戦争犯罪裁判。
(2) BC級戦争犯罪人(B・C戦犯)とは、日本国内及び国外において連合国が開いた法廷のうち極東国際軍事裁判所以外のもの(以下「連合国戦争犯罪法廷」という。)において審理された戦争犯罪人を指し、これを裁いた裁判がBC級戦争裁判。
4.日本国との平和条約(昭和27年条約第5号。以下「平和条約」という)発効時に戦争犯罪人として巣鴨刑務所に収容されていた者
927名。そのほかに、ニュービリビッド刑務所(通称モンテンルパ刑務所、フィリピン)に111名、マヌス島刑務所(オーストラリア)に206名が戦争犯罪人として収容されていた。
5.宣誓仮出所制度と出所者数
1950(昭和25)年3月7日、連合国最高司令官総司令部により、日本において服役するすべての戦争犯罪人を対象として、拘置所におけるすべての規則を忠実に遵守しつつ、一定の期間以上服役した戦争犯罪人に付与する恩典として設けられた仮出所の制度で、平和条約発効時までに出所した者の数は、892名。
6. A級戦争犯罪人に対する減刑及び赦免
平和条約第11条及び平和条約第11条による刑の執行及び赦免等に関する法律(昭和27年法律第103号)を根拠として、中央更生保護審査会の審査に基づく我が国の勧告及び極東国際軍事裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定に基づいて行われた。
A級戦争犯罪人として有罪判決を受けた者のうち減刑された者は終身禁錮の判決を受けた10名で、いずれも1958(昭和33)年4月7日付けで、同日までにそれぞれ服役した期間を刑期とする刑に減刑された。なお、赦免された者はいない。
この10名に対する減刑は、いずれも、我が国の勧告並びに米国、英国、フランス、オランダ、オーストラリア、カナダ、フィリピン、パキスタン及びニュー・ジーランドの政府の決定に基づいて行われた。なお、その減刑の処分決定には理由が付されていないが、我が国の勧告は、本人の善行及び高齢を理由とする。
7. BC級戦争犯罪人に対する減刑及び赦免
平和条約第11条及び平和条約第11条による刑の執行及び赦免等に関する法律に基づいて行われた。
8.平和条約第11条及び平和条約第11条による刑の執行及び赦免等に関する法律に規定する「赦免」
一般に刑の執行からの解放を意味すると解されるが、赦免が判決の効力に及ぼす影響について定めた法令等は存在しない。
9.平和条約第11条に規定する「拘禁されている日本国民」
極東国際軍事裁判所又は連合国戦争犯罪法廷において有罪とされ、刑を科せられて平和条約の発効時まで日本国民として拘禁されていた者。
平和条約第11条による刑の執行及び赦免等に関する法律は、これらの者の刑の執行並びに赦免、刑の軽減及び仮出所について定めたものである。したがって、同法第1条に規定する「刑を科せられた者」は、平和条約第11条に規定する「拘禁されている日本国民」と同義であり、平和条約発効によって日本国籍を離脱した者も、これに含まれる。
10. A級戦争犯罪人のすべてについて刑期満了
1958(昭和33)年4月7日であり、BC級戦争犯罪人のすべてについて刑期が満了したのは、1958(昭和33)年12月29日。
まお、BC級戦争犯罪人のうちお尋ねの朝鮮半島出身者及び台湾出身者についての釈放の時期は、不明。
11. 選挙権、被選挙権などの公民権の回復
1947(昭和27)年4月28日、平和条約の発効及び公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令等の廃止に関する法律(昭和27年法律第94号)の施行により、選挙権、被選挙権などの公民権は回復。
12.巣鴨刑務所に収容されていた朝鮮半島出身者
平和条約発効時に巣鴨刑務所に収容されていた者のうち、朝鮮半島出身者と推定される者は29名で、その裁判国は、18名が英国、10名がオランダ、1名がオーストラリアであり、台湾出身者と推定される者は1名で、その裁判国は英国。
13. 朝鮮半島出身者及び台湾出身者で戦争犯罪裁判において起訴された者の数及びその裁判結果
いずれもその実態を正確に把握されていないが、推定できる受刑者総数は、朝鮮半島出身者について150名程度、台湾出身者について170名程度。
14.朝鮮半島出身者及び台湾出身者の刑の執行の状況
平和条約発効前については、不明。平和条約発効後については、我が国が、平和条約第11条及び平和条約第11条による刑の執行及び赦免等に関する法律に基づき、連合国最高司令官又は関係国から身柄の引渡しを受けた者に対して巣鴨刑務所で残刑を執行した。
15.朝鮮半島出身者及び台湾出身者の赦免
朝鮮半島出身者及び台湾出身者について、我が国は、累次にわたり赦免の勧告をしているが、減刑の勧告をした事例は資料上見当たらない。
朝鮮半島出身者及び台湾出身者について、赦免又は減刑を受けた者の数その他赦免又は減刑に関する実情は、不明である。
資料;参議院議員吉岡吉典君提出日本の戦争犯罪についての軍事裁判に関する質問に対する海部俊樹内閣総理大臣の答弁(答弁書第12号)−1991(平成3)年10月29日