
東の「足利(事件)」 西の「飯塚(事件)」
再審公判における取調べテープ再現の内容(10年1月21・22)=宇都宮地裁

「私は無実で、まったく犯人ではありません。警察官や検察官は、絶対に許せません。私の人生を返してほしい。間違ったでは済まないんです」「当時の刑事、検察官は絶対許しません。17年間、ずっと思ってきました」
「刑事たちの取り調べが厳しい。髪の毛を引っ張ったり、足をけられたり。『白状しろ、早くしゃべって楽になれ』と言われた。抵抗しきれなかった」
17年半も身柄を拘束されたんですよ。そんな簡単に許せる問題じゃない。とんでもない話だ
事件の詳細 / 事件の年表 / 記者会見要旨 / 釈放&再審決定関連の社説等 / 東京高裁再審決定要旨 / 92年『警察白書』のHP上から削除された部分
足利事件で容疑者とされた人物が釈放された件に関する質問主意書(鈴木宗男)と(政府)答弁


『冤罪(えんざい) ある日、私は犯人にされた(朝日新聞出版)/足利事件の真実. 菅家 利和著. 佐藤 博史著 .(角川書店)
足利事件 爆弾レポート (日垣 隆) 月刊 Will 09年8月号
主婦の私がなぜ菅家さんの無実を信じ続けたのか (西巻糸子)「婦人公論」09年7月22日号
冤罪の責任はマスコミも問われるべきだ(浅野健一) 月刊「創」09年8月号
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ダイジェスト版
東京高検は09年6月4日、女児の衣服に残った体液のDNA型が菅家利和(としかず)さんの型と不一致だったとする再鑑定結果を検察側が受け入れ、再審開始を容認する意見書を東京高裁に提出した。これで、受刑者の再審が始まることが決定的となり、90年5月12日の事件発生から19年余り、再審で無罪となる公算が強くなった。 検察側はあわせて、菅家さんについて刑の執行を停止(刑事訴訟法442条は「再審の請求についての裁判があるまで刑の執行を停止することができる」と規定。刑の執行を継続する理由がないと検察官が判断した場合、再審請求に対する裁判所の結果を待たず、執行停止〔釈放〕できることを定めている)する異例の方針を決定、菅家さんは、同日午後3時48分、00年12月7日の最高裁判決の確定以後9年、91年12月2日に逮捕されてから、17年半ぶりに千葉刑務所から釈放された。なお、再審開始決定前の受刑者に検察当局が釈放を認めた前例はない。
渡辺次席検事は意見書について「少なくとも2つの新鑑定のうち1つが刑事訴訟法の定める『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』に該当することは争わない」と説明。そのうえで「再審の開始については裁判所でしかるべく決定されたい。(菅家さんについては)検察官において刑の執行停止手続きを取ることとする」と述べた。
再審請求審では、検察側と弁護側がそれぞれ推薦した鑑定人2人が、どちらも「DNA型が一致しない」とする鑑定結果を出した。検察側は刑の執行は停止したものの、弁護側が推薦した本田克也・筑波大教授(法医学)の鑑定については「信用性に欠ける」と主張している。本田教授は「釈放は大変結構なことだ。しかし、なぜこのタイミングなのか。20ページ余りの鑑定書を読んで結論を出すのに、なぜ1カ月もかかるのか全く納得がいかない」と批判した。
渋川孝夫弁護士は「良かったのひとことだ。検察にも良識があったのかと思う。ただ、本当なら、再鑑定の結果が出た時点で釈放すべきだった」と、また、佐藤博史弁護士は「誠に一方的で唐突な釈放。17年半も自由を奪った人に対し、自らの責任の重さを自覚しない行動だと思う」と語った。
菅家さんは、獄中に17年余り。「間違えたでは絶対にすむことではない。刑事、検事たちは絶対許せない気持ちで過ごしてきた。1審の宇都宮地裁は当時のDNA鑑定のことはまったく分かっていないのにどうして有罪にしたのか分かりません」と捜査・裁判の双方に疑問を投げかけたうえで、「自分の人生を返してもらいたい」と語った。県警に逮捕された後に父を、服役中の07年4月には母も亡くした菅家さんは、「両親のお墓参りがしたい」と無念さをにじませた。
警察庁の吉村博人長官は同日の定例記者会見で「厳粛に重く受け止める」「高裁の審理など今後の推移を見ながら検察庁とも連絡を取り、適切に対処していく」などと述べた。また、菅家さんの自白の経緯について同長官は「遺体発見現場での鑑識活動や収集した証拠の鑑定、被害者の関係者からの事情聴取や住民の聞き込みなど多角的捜査から逮捕し、自供も得られたと聞いている」と説明したうえで、「控訴審では捜査員による自白誘導や押しつけはなかったと判断されている」とし、「結果として物証が異なり(菅家さんが)容疑者であるか疑問が生じた」と話した。
00年に上告を棄却した元最高裁判事の一人は「当時の証拠や全体の審理を踏まえた上で慎重に出した決定だったという思いは変わらない。新しく出てきた証拠で劇的に状況が変化し、検察が対応したということは理解できる」と話した。別の元判事は「当時の判断は判決理由に書いてある。それ以上のことは言うべきではない」と言葉少なだった。
09年6月5日菅家さんは、再審で無罪を勝ち取った免田栄さん(83)=福岡県大牟田市在住=と、東京都内で約12年ぶりに再会した。免田さんは「お互いに笑顔で(この日を)迎えられてよかった」と菅家さんに声をかけ、固い握手を交わした。最後に免田さんは「正しい者が勝つ。お元気でまた会いましょう」と、がっちりと握手を交わした。
09年06月05日付『朝日新聞』/『下野新聞』
同日弁護団は東京都内で会議を開き、東京高裁での即時抗告審で、DNA再鑑定の鑑定人2人と、捜査段階で精度の低い旧式鑑定をした警察庁科学警察研究所の当時の担当者2人の証人尋問を求めることを決めた。公開法廷で行うことも求め、12日に高裁に提出する意見書に明記する。さらに、菅家さんに“自白”を強いた厳しい取り調べの実態を解明するため、93年に不起訴となった別の女児殺害事件2件の自白調書を証拠請求する方針。弁護団は、菅家さんと佐藤博史弁護士が11日の参院法務委員会に参考人として呼ばれたことも明らかにした(09年06年05日配信『共同通信』)。
なお、すべての死刑囚や懲役囚にDNA型鑑定を受ける権利を、鑑定で無罪を勝ち取った元死刑囚や市民団体の求めから、04年10月に成立した「イノセンス・プロテクション・アクト(無実を守る法律)」で認めたアメリカでは、精度の高い方法での再鑑定で、08年までに計238人(ニューヨークのNPOの統計)が再審無罪判決を受けている。に基づくものである。鑑定で犯行が裏付けられた場合は偽証罪に問われるものの、申し立ては相次いでいる。また、懲役刑の確定者が申し出れば鑑定を認める規定も盛り込まれ、再鑑定を不可能にしてしまう証拠資料の破壊(全量消費)をした場合は罰則もあり、原則的に冷凍保存している。
菅家さんが09年6月17日午前、事件の捜査に当たった栃木県警本部長から直接謝罪を受けた。捜査当局を厳しく批判してきた菅家さんだが、「菅家さん、長い間、つらい思いをさせましたことを心からおわび申し上げます」と、頭を下げる石川正一郎本部長に「ありがとうございます」と一礼し、謝罪を受け入れる姿勢をみせた。午前11時前、県警本部に到着した菅家さんは、カメラのフラッシュを浴びながら、緊張した面持ちで本部長の待つ応接室へ。約30分の面会後、報道陣に「(石川本部長は)怖い印象だったが、会ってみると優しい方だったので、この人なら許せると思った」と笑顔をみせた。なお、捜査幹部が菅家さんに直接謝罪するのは初めて。
菅家さんが09年6月17日午後、釈放後初めて栃木県足利市を訪れ、女児の遺体が見つかった渡良瀬川河川敷の現場に立ち、手を合わせて女児の冥福を祈った。菅家さんは約1分間の黙とうの後、「『わたしは犯人じゃないよ。真犯人を絶対につかまえるからね』と女児に伝えた」と話した。菅家さんは河川敷を訪れる前に大豆生田実足利市長と面会。大豆生田市長は「心よりお待ちしていました」と迎え、市営住宅のあっせんや、市立小学校のスクールバス運転手に採用する用意があることを菅家さんに伝えた。
松田真実ちゃん=当時(4)=が行方不明になった時間帯に女の子連れの不審な男を目撃した元美術教諭の女性(52)が09年6月21日までの共同通信の取材に、96年7月に群馬県太田市内のパチンコ店で横山ゆかりちゃん=当時(4)=が行方不明になった事件(未解決)で防犯ビデオに写った男について「足の運び方や姿勢がよく似ている」と証言した。菅家利和さん(62)=再審請求中に釈放=が91年に逮捕、服役させられたため、両事件の関連性について捜査されたことはない。女性の証言は、両事件を結び付ける可能性もある。女性は目撃した男と女の子の様子をスケッチで再現。90年の足利事件発生当時、県警にもほぼ同じスケッチを提供したという。女性は90年5月12日午後6時40分ごろ、栃木県足利市の渡良瀬川河川敷で女の子連れの男を目撃。男は河川敷を真っすぐに横切り、川の方向に向かった。女性は県警に「男は35〜45歳、身長165センチくらい。女の子は赤っぽいスカート」と証言。真実ちゃんは当日、赤いスカートをはいていた。菅家さんの公判資料によると、同時間帯にすぐ近くでゴルフ練習をしていた男性も、同一人物とみられる男を目撃。女性が描いたスケッチを見て「よく描けている」と当時、証言した(09年6月21日配信『共同通信』)。
栃木県警は09年6月22日、当時の捜査に対しておくられた警察庁長官賞(捜査本部に対してと、菅家さんの情報を最初に報告した当時の巡査部長に対するもの)を自主返納した。同時に、警察庁刑事局長内賞、関東管区警察局長賞、県警本部長賞も自主返納した。
再審請求の即時抗告審で、東京高裁(矢村宏裁判長)は09年6月23日、矢村裁判長は、菅家さんと女児の下着に付着した体液のDNA型が一致しないとした2つの再鑑定のうち、検察側推薦の鑑定医による再鑑定を「鑑定方法に問題はなく、検察側も適切と認めている」として信用性を認めたうえで、捜査時や1審公判での犯行を認める自白も「疑いが生じる」と指摘し、菅家さんに無罪を言い渡すべき新たな証拠にあたると結論付けた(検察側が信用性に疑問を呈した弁護側推薦の鑑定医による再鑑定に対しては判断を示さなかった)。決定に異議がある場合は、決定送達翌日から5日以内に最高裁に対して特別抗告ができるが、高検は再審開始を認めているため、異議を申し立てない。菅家さんの弁護団は「再審請求で有罪確定の経緯を解明すべきだ」としており、特別抗告を検討したが、異議の申し立てを断念した。なお、再審は、確定した無期懲役を言い渡した宇都宮地裁で開かれる。検察側は、菅家さんの無罪判決を求める。 この日午前10時前、菅家さんと佐藤博史弁護士は、東京・霞が関の東京高裁15階の刑事1部に2人で入り、菅家さんは、この日のために作ったという印鑑で自ら書類に押印して、決定文を受け取った。決定は、弁護側推薦の法医学者による鑑定結果について判断せず、検察側の鑑定だけをもとにしていた。このため佐藤弁護士は「再審が決まって喜ぶべきかもしれないが、決定文は合格点ぎりぎりの内容」と語り、菅家さんも「複雑な気分。弁護側の鑑定についても、しっかり判断してほしかった」と話した。その後、菅家さんは弁護団とともに午前10時半から、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見に臨み、「再審開始が決まったことはうれしい。少しは気が晴れた」と一瞬、ほっとした表情を見せる一方、1991年12月に逮捕された時の根拠となったDNA鑑定については「誤っていたことをはっきりさせてもらいたかった」などと口調を一変させた。なお、再審の開始は、死刑か無期懲役の確定事件では86年の「島田事件」(87年開始確定)以来22年ぶりとなる。
◇東京高裁の決定骨子◇=⇒(要旨)
1.(検察側推薦の)鈴木広一・大阪医科大教授の鑑定によると、女児の下着から検出された男性DNAは、犯人のものと思われる遺留体液から抽出された可能性が高く、その型は菅家さんのDNA型と一致しない。 1.(弁護側推薦の)本田克也・筑波大教授の鑑定の信用性について判断するまでもなく、菅家さんは犯人ではない可能性が高い。 1.この事実は、確定判決で有罪とされたもう一つの根拠の1審公判や捜査段階の自白についても、その信用性に疑問を抱かせるのに十分。他に菅家さんが犯人と認めるに足りる証拠はなく、犯人と認めるには合理的な疑いが生じている。 1.今回の再審請求は、無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したときに該当する。 「DNA鑑定を過信した」。足利事件を指揮した元検察幹部が毎日新聞の取材に応じ、当時を振り返った。退官し現在弁護士を務める元幹部は「菅家さんを17年半も拘束し慚愧(ざんき=自分の見苦しさや過ちを反省して、心に深く恥じること)に堪えない」と謝罪した(09年06月23日付『毎日新聞』)。
菅家に対し、宇都宮地検が、最終的に不起訴処分とした他の2件の幼女殺害事件について取り調べた際の様子を録音したテープが存在することが、検察関係者の話でわかった。録音は長時間に及び、菅家さんが録音に同意し、2件の犯行をいったん「自白」したのちに否認に転じる様子などが録音されているという。検察は06年8月から取り調べの一部の録音・録画を試行しているが、それ以前の時期で長時間に及ぶ録音が明らかになったのは異例だ。取り調べ担当の検事の判断で録音されたとみられているが、再審開始決定を契機に活発化している取り調べの全過程の可視化をめぐる論議にも影響を与えそうだ。 検察関係者によると、録音テープは、足利事件の初公判を迎えた92年2月直前から約1年の間に、足利事件とは別の関連事件として、(1)79年に足利市内で行方不明となった保育園児(当時5)が殺害された事件(2)84年に足利市内で幼稚園児(当時5)が行方不明になり、殺害された事件――の計2件について、宇都宮地検検事が菅家さんを取り調べた際のものとされる。 菅家さんは、91年12月に足利事件で逮捕、起訴された後、同月中に(1)の容疑で再逮捕された。翌92年1月に処分保留となったが、同年2月には(2)の容疑でも書類送検された。同地検は最終的に、93年2月に(1)、(2)の殺人容疑について「決め手になる物証に欠ける」として、菅家さんを不起訴処分にした。 取り調べの録音は、92年1月に処分保留となった後、93年2月に不起訴処分となるまでの間に断続的に行われた。検察内部で保管されていた録音テープは、カセットテープで十数本に上るという。検事が、起訴、不起訴の判断をする際の参考にするために録音したとみられている(09年08月11日付『朝日新聞』)。
09年8月10日、宇都宮地検が、最終的に不起訴処分とした他の2件の幼女殺害事件について取り調べた際の様子を録音したテープの存在が判明。
09年8月18日、栃木県警が不起訴処分となった別の女児殺害事件2件での取り調べの様子をテープ3本に録音し保管していたことが判明。 09年8月28日、弁護団は、宇都宮地裁で開かれる予定の再審公判について審理計画を話し合う9月4日の第2回三者協議を控え、当時のDNA型鑑定の担当者らの証人尋問などを求める意見書を同地裁に提出した。 09年9月4日、再審初公判が、10月21日に決まった。検察側は無罪を求刑する方針。複数回の公判を経て、10年春にも菅家さんの無罪が確定する見通。 09年9月14日、宇都宮地検が別の2件の幼女殺害事件(取り調べで犯行を「自白」したが、不起訴となった)で菅家さんを取り調べた際の録音テープを弁護団に開示すると書面で弁護団に伝えた。地検はテープをダビングし、弁護団に渡す。 09年9月22日、1979年8月、栃木県足利市で福島万弥ちゃん=当時(5)=が殺害された事件で、栃木県警が遺体遺棄現場の遺留物についてDNA鑑定を実施する方針を固めた。10月初めにも鑑定に入る予定で、既に時効を迎えた事件でDNA鑑定を行うのは極めて異例。 09年10月21日、菅家さんの再審が宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)で始まった。
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「心の中でおわびしたい」 元栃木県警本部長・山本博一氏(68)
週刊朝日;徹底検証・足利事件「冤罪」の構図 菅家さんを“抹殺した”警察・検察・裁判官(2009年6月26日号)
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呼び名は「187番」
菅家さんは足利市に帰郷した09年6月17日、9年近い千葉刑務所での生活を読売新聞の取材に詳しく語った。91年12月に逮捕された菅家さんは、00年7月に最高裁で無期懲役刑が確定すると、東京拘置所から千葉刑務所に移された。そこでは週末を除く毎日、手提げのビニール袋を作るため、電気ゴテを使って袋に持ち手を付ける作業が待っていた。 作業場には他の受刑者と行進して向かい、身体検査のためパンツ1枚で尻まで見せなければならない。それが苦痛で仕方なかった。 呼び名は「187番」。「イヤな」を連想し、自分が人間でないような気持ちになった。他の受刑者の布団と重なるほど狭い房に入れられたことも、「本当はお前がやったんだろう」とののしられたこともある。 「悪いことをしていないのに、なぜ……」。時間がたつにつれ、怒りがこみ上げてきた。09年6月4日に釈放されるまで、ささやかな楽しみもあった。地図をめくりながら「ここに行ってみたい」と想像する。日本各地の主要都市の人口をそらんじられるほどになった。 ずっと模範囚で過ごしてきた菅家さんが初めて注意されたのは08年10月。東京高裁が、足利事件でDNAの再鑑定を実施する可能性があると報道された直後で、思わず鼻歌交じりで刑務作業をしてしまった。 取り調べで「自白」したことや、逮捕の決め手となったDNA鑑定など、捜査の問題や裁判の誤りがはっきりしないまま無罪になっても、「周囲がまだ『あいつは犯人だ』と疑っているように感じる」と菅家さん。東京高裁が再審開始を決定した23日の記者会見では、徹底検証について「どうしてやってくれないのか。私は怒っております」と厳しい表情で語った(09年06月24日付『読売新聞』)。
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釈放された菅家利和さん(62歳)
90年5月12日、栃木県足利(あしかが)市のパチンコ店駐車場で、保育園の女児(真美ちゃん)=当時(4つ)=が、父親がパチンコをしているあいだに行方不明になり、午後8時ごろ、父親は女児いないことに気づき、9時45分頃に栃木県警足利署に届け出、翌日近くの渡良瀬川河川敷で遺体が全裸で発見され、川の中からごく微量の体液(精液)の付着した女児のTシャツが回収された事件(足利事件・周辺地図)。



死体発見現場付近

女児の遺体が見つかった渡良瀬川(下)の河川敷=90年5月13日
当時足利では、79年と84年にも、同様の幼女殺害事件が発生していたが、いずれも未解決だったため、栃木県警は、3つの事件は同一犯による警察への挑戦だとみなし、警察の威信(メンツ)をかけて総力を挙げた捜査(当初180人態勢で捜査を始め、1年で延べ36000人の捜査員を動員)を展開したが、半年過ぎても手掛かりがつかめなかった。
注1;79年8月3日、当時5歳の幼稚園児の女児(万弥ちゃん)が、自宅近くの八雲神社境内で遊んでいるうち行方不明、同月9日、渡良瀬川近くでリュックサック詰めにされた全裸遺棄体が発見される。菅家さんが犯行自供するが、物証不十分で不起訴処分となる。
注2.84年11月17日、当時5歳の幼稚園児の女児(有美ちゃん)がパチンコ店「大宇宙」から行方不明、2年後の86年3月8日、自宅から2.4Km離れた足利市大久保町の市立大久保小学校東側畑で白骨死体で発見される。菅家さんが犯行自供するが、物証不十分で不起訴となる。
足利市で起きた3幼女殺害事件
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被害者 |
失跡状況 |
遺体発見 |
死因 |
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福島万弥ちゃん(当時5歳) |
1979年 8月 3日(金)正午ごろ、自宅近くの神社境内 |
1979年8月 9日失跡場所から約1キロの渡良瀬川河原 |
行方不明直後に絞殺、窒息死 |
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長谷部有美ちゃん(当時5歳)旭幼稚園児 |
1984年11月17日(土)午後5時過ぎ、パチンコ店 |
1986年3月 8日失跡場所から約2.4キロの畑の土中 |
行方不明直後窒息死? |
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松田真実ちゃん(当時4歳)竜泉寺保育園児 |
1990年 5月12日(土)午後7時ごろ、パチンコ店駐車場 |
1990年5月13日失跡場所から約500メートルの渡良瀬川河原 |
連れ去られた30分後に絞殺、窒息死 |
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足利事件の11年前の1979年8月、栃木県足利市で福島万弥ちゃん=当時(5)=が殺害された事件で、父親(55)が09年7月10日、遺体遺棄現場の遺留物について万弥ちゃん以外の人物のDNA抽出と鑑定を求める嘆願書を県警本部長に提出した。90年の足利事件をめぐるDNA再鑑定で判明した犯人とみられるDNA型との照合も求めている。県警は足利事件で逮捕した菅家利和さん(62)=再審開始決定=を、万弥ちゃんの事件でも「自供が得られた」として再逮捕したが、当時は微量の遺留物からDNA型を特定するのが困難で、DNA鑑定は行っていない。万弥ちゃんの事件は不起訴となったが、照合により足利事件の再鑑定結果と一致すれば、両事件は同一犯の可能性が極めて高くなる。父親によると、遺留物は、万弥ちゃんの遺体が入れられていた布製のリュックサックやビニール袋のほか、袋の口をしばっていたひもなどで、宇都宮地検が保管している。嘆願書ではこれら遺留物のDNA鑑定や指紋の照合を求めている。父親は「どこかに犯人の手掛かりが残っているはずだ。娘のために何ができるか考えたら、鑑定をお願いするしかない。被害者としては、何年たっても事件を解決してほしい」と話している。なお、県警は91年12月に足利事件で逮捕した菅家さんが「自供した」として、万弥ちゃん事件でも再逮捕したが、宇都宮地検は物証がないとして93年2月に不起訴処分にしていた(09年07年11日配信『共同通信』)。 09年9月22日、栃木県警が遺体遺棄現場の遺留物についてDNA鑑定を実施する方針を固めた。10月初めにも鑑定に入る予定で、既に時効を迎えた事件でDNA鑑定を行うのは極めて異例。
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遺体の発見された翌90年5月13日、栃木県警察は、足利警察署に総勢180人余から成る捜査本部を設置した。警察庁では、同月25日に、栃木県警察を中心とした関東管区警察局内の各県警察が緊密に協力して捜査をするよう指示し、関係県警察の捜査員も含めた大量の捜査員を投入しての捜査が開始された。また、被疑者の検挙のためには市民から情報を得ることが重要であるため、遺体発見の3日後、足利市のほぼ全家庭に対してチラシを配布したのをはじめ、行方不明となった地点付近を通行する者や遺体発見現場付近の公園に出入りする者等多岐にわたる者に対する聞き込みを行ったが、有効な情報はなかなか得られなかった。情報の提供等を呼び掛けるため、91年12月2日の菅家さん逮捕(検挙)までの1年半の間、数種類のチラシ等を作成、配布し、その総数は、足利市の世帯数5万2000をはるかに超える約53万枚に上った。さらに、目撃者等の参考人が足利市以外に居住している可能性も高かったことから、情報提供を呼び掛けるためのチラシ等を足利市以外の地域で約2万2000枚配布している(92年度『警察白書』)。

しかしながら、聞き込みに当たっては、「警察に言うと後で呼び出されるからかなわない」、「またですか、何もわからないですよ」などと取り合わない人々が多くみられ、関わり合いになりたくないとの態度を示す者が多数を占めた。もちろん、一方では、積極的に協力しようという市民も存在したが、新興の住宅団地の家庭、共稼ぎの家庭等では、隣に住んでいる人について、その名前はおろか顔すら知らない場合が多かった(92年度『警察白書』)。
そうしたなか、足利市内に住む元幼稚園バス運転手の菅家利和(すがやとしかず)さんが、足利署の周辺聞き込みなどで容疑者として浮上する。それは、アダルトビデオを多数所有していること(家宅捜査の結果、ロリコン物ビデオは全くなかった)と、聞き込みの刑事に対して話した職場の経営者の「そういえば子供を見る目つきが怪しかった」などという言葉であった。
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事件から半年がたった90年11月。駐在所勤務の巡査部長(当時)が「不審者情報」を本部に持ち込んだ。「現場近くの借家に週末だけ寝泊まりに来る男性がいる」。カーテンは閉められ、玄関の両わきには南京錠。約3キロ離れた自宅からここに通っていたのが、菅家さんだった。血液型がB型で、土地勘がある成人男性――。捜査本部は、犯行状況や現場に残された体毛の鑑定などから、犯人像を絞り込んでいた(週刊朝日2009年6月26日号)。
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以後、菅家さんは、警察により犯人として目星をつけられ、90年12月から1年間毎日尾行されることになる。
91年6月23日朝、身を潜めていた捜査員たちは、借家から出た菅家さんの右手には白色のビニール袋が握られていた。捜査員は、ごみ捨て場に置かれたのを確認すると、菅家さんの姿が見えなくなるのを待って、袋を採取、中には空き缶や紙くずのほか、体液の付いたティッシュペーパーが入っていた。これが実用化間もなかったDNA鑑定を行う端緒となった。
尾行された1年の間、幼女に対する声かけなど、怪しい行為はいっさいなかったと、後に尾行した刑事が法廷で証言しているが、足利署は、91年12月、女児の泥だらけの半袖下着に付いた体液(精液)と菅家さん(当時45歳)の2つのDNA型が一致し、犯行を認めたとして逮捕した。
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09年6月6日夜、読売新聞の単独インタビュー
暴力的な取り調べを受けたのは逮捕当日だけだったが、その後も「犯行ストーリー」を作り続けてしまったという菅家さん。なぜ「虚偽の自白」に追い込まれたのか。足利事件は、取り調べのあり方について改めて問題を投げかけている。 「今から考えると自分でも分からないが、話をしないと、調べが前に進まない。早く終わらせたかったんだと思う」 菅家さんは「自白」の経緯をこう振り返る。 栃木県警の捜査員が自宅を訪れたのは1991年12月1日午前7時頃。「いきなり上がり込んできて、『子供を殺したな』と迫られ、女の子の写真を示され『謝れ』と言われました」。その日は知人の結婚式だったが、求められるまま警察署に向かった。 署では「やったんだな」「やってません」といった押し問答が夜まで続いた。体液のDNA鑑定結果などを示されてもすぐには認めなかったが、「日は暮れ、心細くなって、このまま家に帰れないかもしれないと思うようになった」という。 気持ちが折れてしまったのは、取り調べが始まって約13時間たった午後9時ごろ。「刑事の両手を力いっぱい握りしめ、泣いてしまった」 「刑事は私がやったから泣いたと思ったらしいが、本当は、いくらやっていないと言っても聞いてもらえなくて、悲しくて泣いた。やけになってしまった」。容疑を認めたのは、その後だ。後は「何か(話を)作らないと前に進まない」と、報道された内容に想像を交えて、犯行状況を話した。 「小さい時から、人からものを言われると何も言えなくなってしまう。相手の機嫌を損ねることが嫌い」と自己分析する菅家さんについて、弁護人の佐藤博史弁護士は、「捜査官に納得してもらわないといけない、と迎合(げいごう=自分の考えを曲げてでも、他人の気に入るように調子を合わせること)的に考える傾向がある」とみる。その上で2007年に富山県氷見市の男性の冤罪(えんざい)が発覚した婦女暴行・同未遂事件(富山冤罪事件)との類似性を指摘、心理学者などを交えての事件の検証を訴える。
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だが、当時の鑑定(足利事件での鑑定が行われた91年までに実施されたDNA鑑定は64件。08年は年間3万件を超えている)は技術的に不完全で、いくつかの問題点があった。1つはDNAが一致する確率。現在より精度は明らかに低かったことである。DNA鑑定の多くは血液型のような「型」で識別する方法だが、当時の鑑定で特定できる確率は160人に1人ぐらいだったといわれる(なお、科警研〔科学警察研究所=警察庁の附属機関として科学捜査、犯罪防止、交通事故防止等に関して、広範囲にわたる業務を行っている〕は91年8月、被害女児の着衣に付着していた体液のDNA型を「94人に1人」を識別できる精度の方式で鑑定を実施し、さらに血液型が判明していたため、精度が高まり「1000人に1.2人」を識別できる計算だったという)。したがって、犯人と同じ型の人間は、足利市の男性だけでも数百人に上る計算になる。
注3.DNA鑑定とは、ヒトの細胞内のDNA(デオキシリボ核酸)に存在する個人的特徴を、個人識別や親子関係の判断に利用すること。多くの疾患には遺伝的要素があり、DNA検査から疾患を予防する試みもある。
注4.警察によるDNA研究所(科警研)が89年に始め、3年後に全国の警察で導入。今では年間約3万件の事件で実施されている。裁判では91年、水戸地裁下妻支部で審理された連続婦女暴行事件の公判で初めて鑑定結果が証拠採用されており、足利事件の最高裁判決は、DNA鑑定の証拠能力を認めた初のケースだった。当初は識別の精度は乏しく、捜査でも補助的な役割だったが、現在は「4兆7000億人に1人」の確率で識別できる。また当時は、測定器具の不備もあったとされ、科警研も論文でこれを認めており、92年以降はこの器具を使用していない。
2つ目は誤差が大きく、正しい型判定ができなかったことである。それゆえ、警察庁も、DNA型判定の物差しとなるマーカーに狂いがあったことを認め、使用を中止、その後のDNA判定はやり方を変えたのである。現に、弁護団が独自に菅家さんの毛髪を鑑定した結果は、真犯人の型と一致しなかった。
菅家さんは、任意の調べを受けた当初、容疑を否認していたが、DNA型が一致していることを取り調べで指摘された後に認める供述を始めたが、1審の公判途中で二転三転、最終的に否認に転じた。
菅家さんは、続けて79年と84年の女児殺害も自白、県警は「市民を恐怖に陥れた幼女連続殺害事件の全面解決」を発表、マスコミも「執念の捜査が実を結んだ」と大々的に報じた(93年2月26日、2事件については証拠不十分で不起訴が決定)。
しかし、1審を担当した弁護士は、DNA鑑定を絶対視して、「罪を認めて情状酌量を勝ち取る」弁護方針をとり、検察側証拠をほとんど全部認めたことから、宇都宮地裁は93年7月7日、DNA型鑑定は「専門知識と技術を持った者が適切な方法で行っており、証拠能力を認めることができる」と認定、自白についても「捜査員の強制や誘導をうかがわせる事情はない」と信用性を認め、無期懲役の判決(久保真人裁判長は、「本能のおもむくままに、人を疑うことを知らず抵抗する力もない幼女を襲うのは、人として最も恥ずべき行為」と菅家さんに諭した)。
96年5月9日、東京高裁も、DNA型鑑定について、「より優れた手法が開発される余地はあるが、手段、方法は一定の信頼性があり、妥当だ」として証拠能力を肯定、また、「自白は信用できる」として、控訴を棄却した。
00年7月17日、最高裁大2小法廷(亀山継夫裁判長)は5人の裁判官全員一致で、DNA鑑定について「(DNA型鑑定の)原理は理論的に正確で、科学的に信頼される方法で行われており、これを証拠として用いた判断は相当」として、DNA型鑑定の証拠価値を初めて認めたうえで、「科学技術の発展で、新たに解明された事項なども加味して慎重に検討されるべきだが、このDNA鑑定を証拠として用いることが許される」として上告を棄却、1審の無期懲役が確定した。
97年、弁護団は菅家さんの毛髪44本を使った独自の鑑定を日大医学部の押田茂實教授に依頼する。結果は、いずれも真犯人のものとされる型とは異なっていた。上告していた弁護団は、この結果をもとにDNAの再鑑定を求めたが、最高裁も、またその後、再審を請求した宇都宮地裁もこれに応じることはなかったのである。
なお、再鑑定を認めなかった最高裁第2小法廷の亀山継夫裁判長(当時)は週刊朝日の取材に、「ご存じのとおり、最高裁は一般的に証拠調べをする仕組みになっていません」と話し、菅家さんが関係者に謝罪を求めたことについては、「詳細をよく覚えていませんし、現在も再審請求中でその手続きも終わっていません。そもそも裁判はそのとき出された証拠をもとに判断するものですから、それ以後に起こったことについてコメントしないし、するべきではない」と語った(『週刊朝日』2009年6月29日号)。
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わいせつ誘拐・殺人・死体遺棄被告事件 最高裁判所第2小法廷平成8年(あ)第861号 200(平成12)年7月17日決定 被告人 菅家利和 主 文 本件上告を棄却する。 当審における未決勾留日数中1200日を本刑に算入する。
弁護人佐藤博史外6名の上告趣意のうち、憲法37条3項違反をいう点は、記録を精査しても、1審弁護人の弁護活動が被告人の権利保護に欠ける点があったものとは認められないから、前提を欠き、その余は、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、被告人本人の上告趣意は、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。 所論にかんがみ、職権で判断する。 記録を精査しても、被告人が犯人であるとした原判決に、事実誤認、法令違反があるとは認められない。なお、本件で証拠の一つとして採用されたいわゆるMCT118DNA型鑑定は、その科学的原理が理論的正確性を有し、具体的な実施の方法も、その技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われたと認められる。したがって、右鑑定の証拠価値については、その後の科学技術の発展により新たに解明された事項等も加味して慎重に検討されるべきであるが、なお、これを証拠として用いることが許されるとした原判断は相当である。 よって、刑訴法414条、386条1項3号、平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
裁判長裁判官 亀山継夫 裁判官 河合伸一 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄
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02年12月20日、日本弁護士連合が足利事件再審支援を決定、ただちに再審弁護団結成され、同年12月25日、弁護団は再審請求書を宇都宮地裁へ提出、受理された。
弁護側は「当時はDNA鑑定の黎明(れいめい=新しい事柄が始まろうとすること)期。格段に精度が高くなった現在の技術で再鑑定すべきだ」と主張して再審を請求。弁護側は、菅家さんの毛髪を取り寄せて、最新技術で鑑定し、有罪の根拠となったDNA型と異なる結果を示した新証拠を提出し、「当時の鑑定は間違っており、独自鑑定ではDNA型が一致しない」などと主張、また、確定判決では、菅家さんはしゃがんで、正面から女児の首を絞めて殺害したとされていたが、鈴木庸夫山形大名誉教授は、顔面に砂が付いていたことや、女児の鼻や口に付いた白色の泡沫などから、生きたまま水につけられたとみられる所見から、後ろから片手で女児の首をつかみ、顔を浅瀬に押し付けて首を絞めたとの、殺害方法が違うとする鑑定結果をだしていた。
だが、08年2月13日、宇都宮地裁池本寿美子は、弁護側の女児の下着に付いた体液と受刑者とのDNA型が一致しないとする主張や、殺害方法と自白の内容とが矛盾するとした鑑定結果について、「毛髪の採取過程の裏づけがない」「それぞれの立証命題と関連する旧証拠の証明力を減殺させるものではないから、いずれも明白性を欠くといわざるを得ない」として、これを棄却する。
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決定要旨 主文 本件再審請求を棄却する。 理由の要旨 1.証拠の新規性 弁護人提出の証拠のうち、文献等の一部については新規性を認めることができないが、その余の提出証拠については新規性を肯定することができる。 2.証拠の明白性 (1) 本件DNA型鑑定に関する新証拠 検査対象資料の来歴に関する裏付けのない押田報告書にあっては、その証拠価値は極めて乏しい。 高山報告書が分析の対象とした各赤色点の中心位置は、各バンドの最高濃度点の厳密に正確な位置とは到底いえないものであって、これらの位置の座標数値を前提に数値計算をしている高山報告書の証明力は乏しい。 押田報告書及び高山報告書の証明力はいずれも乏しく、本件DNA型鑑定書の証拠力を何ら滅殺させるものではない。 (2) 請求人の自白に関する新証拠 ア 鈴木鑑定 泡沫液の量、形状、色調からは、泡沫液が肺水腫または溺水のいずれに由来するものであるのか明確に区別することは結局のところ困難というべきで、本件で被害者に多量かつ微細な白色泡沫液が見られたとし、これを直ちに溺水に由来するものであるとする鈴木鑑定の推論は、法医学上十分な合理的根拠を伴うものということはできない。 被害者の肺にパルタウフ氏斑が認められるかについての鈴木及び村井の各供述は、パルタウフ氏斑と見ることができるという程度のものにすぎない。 被害者に多量の白色細小泡沫液が観察されたことや被害者の肺重量等をもって、被害者が溺水を吸引したと推論することは十分な根拠を伴うものとはいえない。したがって、溺水の関与になじむ片手による扼頸であるとする鈴木鑑定は、十分な合理性を有するものとはいえない。 また、鈴木鑑定における死亡推定時刻は、被害者の胃内容物の状態と明らかに矛盾するものであって、到底採用することができない。 鈴木鑑定の結論はいずれも採用することができず、死因等に関する確定判決の認定に合理的な疑いを抱かせるものではない。 イ 村井鑑定 村井鑑定が溺水関与の根拠として挙げたパルタウフ氏斑及び肺の過膨張の所見については、これを認めることができず、泡沫液の存在だけでは溺水関与を認める根拠となし得ないから、溺水関与を肯定する村井鑑定の結論を採用することはできない。 請求人の自白内容と死体所見が合致しないとする村井鑑定の結論もにわかに採用することができず、確定判決の認定に合理的な疑いを抱かせるものとはいえない。 (3) 結論 弁護人提出の各新証拠(前記で検討した以外の弁護人提出証拠を含む。)は、それぞれの立証命題と関連する旧証拠の証明力を滅殺させるものではないから、いずれも明白性を欠くといわざるを得ない。
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日本弁護士連合会(日弁連)は、同日、以下の会長声明を発表した。
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宇都宮地方裁判所は、本日、1990(平成2)年に栃木県足利市で発生した幼女誘拐殺人事件、いわゆる「足利事件」において、請求人菅家利和氏の再審請求を棄却した。請求人は無期懲役に処せられ、現在、千葉刑務所で服役中である。 本件は、同年5月12日午後6時ころ、栃木県足利市内のパチンコ店付近で行方不明となった幼女(当時4才)が、翌13日、渡良瀬川河川敷において、遺体で発見された事件である。犯人とされた請求人は、事件発生の翌1991(平成3)年12月、同人のDNA型が、幼女の衣類に付着していた精子のDNA型と一致するとの科警研のDNA鑑定を理由に逮捕・起訴された。一審の宇都宮地裁は請求人に対して無期懲役の有罪判決を言い渡し、 二審の東京高裁も控訴を棄却し、第一審判決は、2000(平成12)年7月12日、最高裁の上告棄却決定により確定した。 本件において、請求人が有罪であることを裏付ける直接証拠は、請求人の自白を除けば、上記のDNA鑑定しかない。上記の最高裁決定は、初めてDNA鑑定の証拠能力を認めたものとされているが、このDNA鑑定は極めて初期の方式に基づいて行われたものであり、DNA型判定のものさしとなるマーカーに狂いがあったことが判明して現在は使用中止になっているなど、その正確性自体に大きな疑念がもたれている。 当連合会は、2002(平成14)年12月に請求人が再審請求を申し立てたのと同時に、人権擁護委員会内に足利事件委員会を設置し、本件を支援し続けてきたところである。 しかしながら、裁判所は、単純に正面から両手を首で締め付けて殺害したという確定判決が認定した殺害方法とは異なり、後ろから首を押さえつけて被害者の顔を水につけた殺害方法である等の内容の鑑定意見書を作成した法医学者二名を証人として取り調べ、両名は鑑定意見書のとおりの証言をしたにもかかわらず、新たな証拠によっても請求人の自白にある殺害方法の根幹となっている部分の信用性を否定するに足るものではないなどとして、再審請求を棄却した。 犯人のものとされる精液付着の下着の保全を決定したにもかかわらず、「足利事件」における最大の争点であり、請求人自身も望んでいるDNA型の再鑑定を実施することなく、再審請求棄却の結論に至った裁判所の判断は、請求人の主張に対して真摯に答えようとしない極めて不当なものというほかない。 このような再審請求棄却決定に対し、請求人は、直ちに即時抗告を行うことを決めた。 当連合会は、請求人の無実の声に応えるため、今後も東京高等裁判所で行われる「足利事件」の即時抗告審を引き続き支援することを表明するものである。 2008年(平成20年)2月13日
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弁護団は、2月18日東京高裁に即時抗告(裁判上、迅速に確定されることが必要な決定について、期間を定めて認められる不服申し立ての方法)、同高裁の田中康郎裁判長(現・札幌高裁長官)が08年12月、再鑑定の実施を決めた(裁判所が命じた再鑑定はこれが国内初)。
09年4月20日、即時抗告審で、東京高裁が嘱託した(検察側、弁護側双方が推薦した鑑定人2人の)鑑定医(人)が、栃木県下野市(しもつけし)の自治医大で、冷凍保存されていた園児の半袖下着を切断、試料として受け取り作業に着手、同時に同月、鑑定人らは菅家さんが収監されている千葉刑務所で、菅家さんの血液と口腔粘膜を採取したのち、最新の鑑定方法でDNA型の再鑑定の結果、いずれも園児の真犯人が残したとされる遺留物(体液〔精液〕)と同受刑者のDNA型が一致しなかった。同高裁は09年5月8日、弁護側と検察側の双方にこの鑑定書を交付した。6月来月12日の審理で、双方が意見を述べる。
鑑定医は検察側推薦の鈴木広一(こういち)・大阪医科大教授(法医学)と弁護側推薦の本田克也・筑波大教授(同)。鈴木教授は遺留体液から抽出したDNA型と菅家さんのDNA型を比較したところ、同一人物であれば一致するはずの塩基配列の繰り返し部分が、常染色体(性染色体以外の染色体)で16個のうち14個で異なり、性染色体でも16個中12個が一致しなかった。このため「DNA型の多くが異なり同一の人に由来しない」と結論づけた。本田教授も性染色体の繰り返し部分の一致が8個中3個にとどまることなどから「同一人物に由来する可能性はあり得ないと言っても過言ではない」としている。
「予想をはるかに超える結果。当時の鑑定を批判した2つの鑑定書からは科学者としての憤りや良心を感じた」「無実を訴える人のために、常に再鑑定できる仕組みを保障してもらいたい」と、鑑定書を受け取り記者会見に臨んだ佐藤博史弁護士の目に涙をためて声を震わせた(09年05月08日付『毎日新聞』)。
さらに、佐藤弁護士は「当時の鑑定が完全に誤りで、菅家さんが真犯人ではないことが明らかになった。すぐに再審を開始すべきだ」と述べた上で、捜査当局や裁判所を「当時の鑑定技術は証拠に使えるほどの水準になかった。それでも証拠として採用したことを反省すべきだ」と非難、弁護側は捜査段階の鑑定を疑問視して97年、最高裁に対して再鑑定を申し立てたが退けられたことに敷衍し、「事件はすでに時効が成立した。最高裁が再鑑定しなかったことで、真犯人を追及する機会を逸した」と声を荒らげ、検察側に「鑑定結果を素直に受け止めるのか。今後の対応が問われる」と注文を付けた(09年05月09日付『産経新聞』)。
千葉刑務所で弁護団から鑑定書を見せられた菅家さんは「じーんときて涙が出た。一日も早く再審を開始してもらい、両親の墓参りがしたい」と語った(09年05月08日付『毎日新聞』)。
佐藤弁護士らが日本大医学部の押田茂実教授(法医学)を訪ね、再鑑定を依頼したのは97年。同教授は当初、「結果は同じ。やめたほうがいい」と固辞したが、弁護団から鑑定の画像を見せられ思い直した。元々精度が低い測定方法なのに、読み間違いが起きそうな部分の画像が不鮮明だった。「やってみる価値はある」。刑務所で服役している菅家さんの毛髪を封筒に入れて郵送させ鑑定した。結果は4本とも科学警察研究所の結果と異なるものだった。弁護団は、上告審の補充証拠として、さらに02年の宇都宮地裁への再審請求で、この押田鑑定を証拠提出したが、いずれも実質的に検討されることはなかった。押田教授は「裁判所が早く再鑑定していれば、15年の公訴時効(足利事件は05年)前に真犯人を見つけ出せたかもしれない」と憤る(09年05月08日付『毎日新聞』)。
弁護団は09年5月11日、DNA型再鑑定で菅家さんのDNA型と女児の下着に付着した体液が一致しなかったことを受けて、来週初めにも東京高検に対し菅家さんを釈放するよう申し立てる方針を明らかにした。弁護団は「再鑑定の結果、菅家さんが犯人でないことが科学的に明らかになった。刑務所で服役する理由はない」としている。
また、DNA再鑑定で、女児の下着のシャツからは菅家さんとは別人のDNA型が8か所で検出されていたことが、関係者の話でわかった。検体は2人の鑑定人が分け、それぞれの検体は同一のDNA型と判明。2人が担当した検体のDNA型も互いに似ていた。検体の位置から犯人以外の体液とは考えにくく、再審開始の可能性がさらに高まった。女児のシャツにはもともと、背中側の中央部分からすその部分にかけ、精液が縦に7か所付着していた。付着個所の中心部分は捜査段階の鑑定で切り取られ、穴が開いた状態になっていた。再鑑定では、検察、弁護側双方が推薦した2人の学者が、穴の周囲を左右に分けて検体を採取した。検察側推薦の学者による鑑定では、シャツの背中側の中央やすその部分など計3か所、弁護側推薦の学者による鑑定でも計5か所から、菅家さんとは別のDNA型が検出された。検察側鑑定では3か所ともDNA型が同一、弁護側鑑定の5か所も同一だった。2人の鑑定方法が違うため、両鑑定で検出されたDNA型が完全に一致するかどうかまでは分からないが、特徴は合致しているという。しかも、これらのDNAが検出されたのは、もともと精液が付着していた部分の近く。検察側は、捜査員らの汗や唾液(だえき)がシャツに付着し、検出された可能性もあるとしているが、場所から言っても、数か所で検出されていることから言っても、誤って付着したものとは考えにくく、犯人のものである可能性が高まっている。東京高裁は検察、弁護側双方に対し、6月12日までに鑑定結果に対する意見書を提出するよう求めている。弁護側は「今回検出されたDNA型が真犯人のものだ」として、菅家さんを釈放するよう東京高検に求める意向を明らかにしている。これに対し検察側は、当時の捜査員らのDNA型と、今回検出されたDNA型との照合作業を行う方向で検討している(09年05月14日付『読売新聞』)。
DNA再鑑定で女児の着衣に付いた体液と菅家さんのDNA型が一致しなかったことを受け東京高検など捜査当局は、当時事件にかかわった栃木県警の捜査員らのDNA鑑定を実施し、着衣のDNA型と照合する方針を固めた。着衣に犯人以外の汗などが混じっていた可能性もあるため、再鑑定の信用性を検証することが目的だ。東京高裁は08年12月、検察側と弁護側双方推薦の鑑定医2人にDNA再鑑定を依頼。8日に出そろった二つの鑑定書はいずれも「同一人物ではない」と指摘し、捜査段階で行われ裁判で有力な証拠となった当初のDNA鑑定を否定した。再鑑定は、当初の鑑定で警察庁科学警察研究所が切り取った着衣の周辺部分を、2人の鑑定医に切り分けて実施された。捜査員が触れるなどして付いた汗や唾液(だえき)が混じる可能性も指摘されたため、弁護側推薦の鑑定医は着衣に浸透した試料を絞り出すように抽出して鑑定。着衣の表面数カ所からも試料を採取して鑑定したが、いずれも菅家さんとは異なる同一のDNA型と判定されたという。捜査幹部は「DNA型が本当に犯人のものか確認する必要がある」と話す。退職した捜査員も多いとみられ、難航が予想される(09年05月13日付『毎日新聞』)。
なお、全国の再審請求で、DNA鑑定によって無罪が証明されたケースはこれまで一例もない(66年に静岡市で発生した一家4人強盗殺人事件(袴田〔はかまだ〕事件)の再審請求では犯行現場のみそタンクの中から発見された衣類の血液を、事件から約30年後DNA鑑定しようとしたが「鑑定不能」だった。アメリカでは最新のDNA鑑定の結果、約200件の再審無罪判決が出されている)。

DNAの再鑑定に使われた被害児童の着衣=01年11月弁護団撮影
弁護団は、09年5月16日、支援者ら約130人とともに現場の調査をした。DNA型鑑定とともに有罪の決め手とされた菅家さんの自白の信用性を検証するのが狙い。女児が行方不明になったパチンコ店駐車場や、菅家さんが犯行後に立ち寄ったとされるスーパーなどを見て回った。犯行時刻とされる午7時ごろには、遺体が見つかった渡良瀬川の河川敷を懐中電灯を手に歩いた。佐藤博史弁護士は「こんなに薄暗く、足場の悪い状況では、自白通りに女児を連れていくのは不可能」と指摘。「DNA型の再鑑定で菅家さんの無実が分かっただけでなく、真犯人のDNA型も判明した。警察と検察は捜査が間違っていたことを認めるべきだ」と訴えた。現地調査は17日も行われた(09年05月17日付『東京新聞』)。
弁護団は09年5月19日、「検察官は再審の請求についての裁判があるまで刑の執行を停止することができる」と定めた刑事訴訟法442条に基づいて、菅家さんの刑の執行を停止し、釈放するよう求める申立書を東京高検提出した。弁護側は申立書で、「再鑑定で菅家さんが犯人でないことは明白だ」と主張するとともに、再審開始の見込みが明らかなのに刑の執行停止をしないことは裁量の逸脱だとする判決例を指摘した。弁護団によると、申立書を受け取った大野重国・東京高検公判部長らは「「鑑定書を精査中であり、要請には公正に対処する」と話したという。なお、東京高検は弁護側推薦の鑑定医の鑑定について「女性のDNA型が含まれている」とし、詳しいデータの提出を求める上申書を12日付で東京高裁に提出している。さらに、当時の捜査員らのDNA型を調査し、汗などの混入の有無を確認する方針(09年05月19日付『毎日新聞』)。
日本弁護士連合会の宮崎誠会長は09年5月22日、東京高裁のDNA再鑑定結果を受け、菅家さんについて「冤罪は明白」としたうえで、裁判所に再審開始、検察に刑の執行停止(釈放)を求める談話を発表した。
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足利事件DNA鑑定書開示に関する日弁連会長談話
本年5月8日、東京高等裁判所は、当連合会が支援する足利事件について、弁護側推薦、検察側推薦の鑑定人のいずれも、被害者の半袖下着の精液痕に由来するDNA型と請求人の菅家利和氏のDNA型は一致しないとするDNA再鑑定書を弁護団に交付した。 DNA鑑定で不一致という結果となれば、アリバイの成立と同様、直ちに冤罪が証明される。本件における鑑定人両名の結論は、18年の間に極めて進歩した最新の技術や高い精度を持つDNA鑑定の結果に基づくものであり、菅家氏の冤罪は明白となったというべきである。したがって、当連合会は、裁判所に対し、速やかな再審開始決定を求めると同時に、検察官に対し、DNA再鑑定の結論を受け容れ、速やかに、刑事訴訟法第442条但書に基づき菅家氏の刑の執行を停止し、再審公判へ移行することを求める。 また、本件は、冤罪者であっても自白に至ってしまうという現実を改めて明白にしたものであり、取調べの全面可視化の要請は一層強まったというべきである。当連合会は、今後とも、自白の任意性、信用性の審査が正しく機能するよう、取調べの全面可視化を訴えていく。 今回の再鑑定の結果は、DNA鑑定が犯人の検挙だけではなく、冤罪者を救済する大きな武器になることも示している。当連合会は、2007年12月21日に「警察庁DNAデータベースシステムに関する意見書」を採択し、そこにおいて、冤罪を訴える者がDNAデータベースへアクセスする権利の保障を提言した。今後は、条件が整う限り、冤罪を訴える者のDNA鑑定の実施を保障する法制度の定立が急務であると考え、その実現に努力する。
2009年(平成21年)5月22日 日本弁護士連合会 会長 宮ア 誠
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栃木県弁護士会の田島二三夫会長は09年5月26日、「足利事件に関する会長談話」を発表。
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栃木県弁護士会 足利事件に関する会長談話
2009年(平成21年)5月26日 栃木県弁護士会 会長 田島二三夫 東京高等裁判所は、平成2年5月に栃木県足利市内で発生した幼女誘拐・殺人・死体遺棄事件(いわゆる足利事件)について、有罪判決が確定して服役中の菅家利和氏が求めている再審請求事件においてDNAの再鑑定を実施し、本年5月8日その再鑑定書を弁護団に交付した。弁護団からの報告によれば、弁護側推薦の鑑定人および検察側推薦の鑑定人のいずれの鑑定結果も、被害者の半袖下着に付着していた犯人のものと思われる体液のDNAの型と、菅家利和氏のDNAの型が一致しなかったと結論づけているとのことである。
ところで、菅家利和氏は、平成3年12月にDNA鑑定を決め手として足利事件の容疑者として逮捕されたが、DNA鑑定は、この事件を切っ掛けにして人の同一性を判断する手法として世に知られるようになった。しかし、当時はまだDNA鑑定は黎明期にあり、その精度には大いに問題があったが、あたかもそれだけで犯人性を認定できるかのように受け止められた。その後、DNA鑑定の精度は格段に進歩したが、他方で、DNA鑑定はあくまでも有力な情況証拠の一つに過ぎず、DNA鑑定の結果が一致しても、鑑定資料採取の方法が適正になされたかなどの問題もあり、DNAの型が一致しただけでその人物を犯人と認定することは危険であることが認識されるようになっている。その反面、DNAの型が一致しなかった場合には、アリバイが成立した場合と同様に、その人物が犯人ではない可能性がきわめて高い。 足利事件の再審請求事件における両鑑定人の結論は、18年の間に格段に進歩した技術により高い精度を持つ最新のDNA鑑定によるものであり、被害者の着衣の体液と菅家利和氏のDNAの型が一致しなかったことにより、菅家利和氏が犯人ではないことが明白となった。 従って、当会は、裁判所に対し、速やかに菅家利和氏に対して再審を開始する決定をすることを求める。また、検察官は、DNA再鑑定の結論を受け容れ、直ちに菅家利和氏の刑の執行を停止して釈放するとともに、再審公判へ移行することを争わないよう求める。 なお、足利事件では、菅家利和氏は取調において犯行を自白しているが、このことは、密室の取調では犯人でない者が犯行を自白をしてしまうことを改めて証明した。この事件によって、私たち弁護士会が求めている取り調べの全課程を録画などで可視化することの重要性と必要性が一層明らかになった。そこで当会は、捜査機関に対して直ちに取調過程を全面的に可視化することをあらためて求めるとともに、今後とも、無理な取調べを防止し、虚偽の自白により誤判が生じることを回避するとともに、後日の任意性と信用性の審査が正しく行えるよう、取調の全面的可視化を求めていく所存である。 |
弁護団は09年6月1日、検察側が無期懲役刑の執行を停止しないのは不当だとして、宇都宮地裁に異議を申し立てた。なお、申し立ては刑事訴訟法502条に基づいており、刑の執行に関して検察官の下した処分を不当とするときは、刑を言い渡した裁判所へ異議申し立てをすることができるとされている。
弁護団は6月3日、事件当時のDNA鑑定資料の開示などを求めた上申書を、東京高裁に提出した。再審請求の即時抗告審で、東京高裁が有罪の根拠となったDNA鑑定の再鑑定を行った結果、犯人とされる体液と菅家さんのDNA型は一致しなかった。結果を受け東京高検は、犯人以外のDNAを再鑑定した可能性があるとして、当時の捜査員や被害女児の母親のDNAを採取し、照合作業を進めている。これに対し、弁護側は検察官の作業などに関する情報開示を求めて、高裁に上申書を提出。(1)DNAを採取している捜査員の範囲やその結果(2)被害女児の母親からDNAの提供を求めた経緯(3)有罪の根拠となった当時の鑑定に関する全資料−などを求めた。弁護側は「当時の鑑定は根本的な欠陥があった。なぜ捜査が誤ったのかを検証するため、当時の全資料を明らかにする必要がある」と主張している(09年06月04日付『下野新聞』)。
東京高検は09年6月4日、女児の衣服に残った体液のDNA型が菅家さんの型と不一致だったとする再鑑定結果を検察側が受け入れ、再審開始を容認する意見書を東京高裁に提出した。これで、受刑者の再審が始まることが決定的となり、再審で無罪となる公算が強くなった。検察側はあわせて、菅家さんについて刑の執行を停止(刑事訴訟法442条は「再審の請求についての裁判があるまで刑の執行を停止することができる」と規定。刑の執行を継続する理由がないと検察官が判断した場合、再審請求に対する裁判所の結果を待たず、執行停止〔釈放〕できることを定めている)する異例の方針を決定、菅家さんは、同日午後3時45分ごろ、最高裁判決の確定以後9年、逮捕から17年半ぶりに千葉刑務所から釈放された。なお、再審開始決定前の受刑者に検察当局が釈放を認めた前例はない。
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東京高検意見書骨子 1.被害者の下着から抽出されたDNAと申立人(菅家利和さん)のDNAは鑑定で「型の多くが異なり、同一の人に由来しない」とされた。 1.鑑定が再審開始の要件である無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する蓋然性(がいぜんせい=ある事柄が起こる確実性や、ある事柄が真実として認められる確実性の度合い。確からしさ。これを数量化したものが確率)は高い。 1.再審開始は、裁判所でしかるべく決定されたい。 1.刑の執行を停止する手続きを取る。
意見書要旨
被害者の着衣から抽出されたDNAと菅家利和受刑者の身体から採取されたDNAが同一人に由来するか否かにつき鑑定が実施され(検察側推薦の)大阪医科大学の鈴木広一教授から「検査したDNA型の多くが異なるので、同一の人に由来しない」との鑑定書が提出されている。 鈴木鑑定は、捜査段階におけるDNA鑑定(原鑑定)の際に切り取られた(着衣の)穴に隣接した外縁部からDNAを抽出していること、DNAの抽出方法として適切な手法が用いられていること、外縁部のうち相互に若干離れた位置にある3カ所からいずれも同一のDNA型が検出されたこと、逆にそれらの外縁部とは相当程度離れた位置にある個所からはDNA型が得られなかったこと、種々の調査・検討の結果によってもコンタミネーション(混入などの汚染)の可能性を確認することができなかったことなどに照らすと、着衣から抽出されたDNAが犯人に由来する体液であった可能性を否定できない。 また、鈴木鑑定にはDNA判定の手法等の点でも、特段の問題は認められない。従って再審開始要件である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」(刑事訴訟法435条6号)に該当する可能性は高いと言わざるを得ない。 なお(弁護側推薦の)筑波大学の本田克也教授からも鑑定書が提出されているところ、本田鑑定には検査の方法等について疑問があり、全体的に信用性に欠けるものであることから、別途科学警察研究所の意見書とともに東京高裁に意見書を提出する。 再審開始については、裁判所でしかるべく決定されたい。 刑の執行を停止するのが妥当と判断し、本日、宇都宮地検において、同法442条に基づき、刑の執行を停止(釈放)する手続きを取ることとする。
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当時の県警刑事部長(75)は「無罪が確定したわけではない。問題はこれから。法律に基づいて妥当な捜査をし、自供も得ている。(菅家さんが)やったと信じている」と話した。また、当時の足利署長(75)は「残念だ。当時は手を尽くしてやったが、どういう捜査が足りなかったのか」と語った(09年06月04日付『下野新聞』)。
最高検は4日、足利事件について次長検事を筆頭に最高検の検事数人によるチームで、捜査段階から公判までの全過程を調査すると発表した。また、警察庁は5日、「足利事件に関する検討チーム」を発足させた。西村泰彦・長官官房審議官(刑事局担当)をトップとし、都道府県警の殺人事件捜査の指揮調整を担当する刑事局捜査1課や刑事企画課などの幹部で構成した。裁判資料、公判記録などを調べるほか、捜査や取り調べの全般について、問題点がなかったか検討する。さらに、栃木県警も5日、足利事件に関する内部の検討チームを設置した。当時の捜査資料や公判記録などを精査し、当時の捜査の問題点などを検討する。同様の検討チームの発足は県内で初めて。県警刑事総務課によると、チームは高田健治刑事部長のほか、刑事部の刑事総務課、捜査1課、鑑識課、科学捜査研究所の各所属長ら計15人で組織。当時の取り調べやDNA鑑定など捜査全般を検証する。
日弁連は4日、「菅家利和氏(足利事件)の釈放にあたっての会長談話」を出した。
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菅家利和氏(足利事件)の釈放にあたって(会長談話)
本日、足利事件再審請求人の菅家利和氏は釈放され自由の身となった。 東京高等検察庁は、本件DNA再鑑定の鑑定結果が「無罪を言い渡すべき明らかな証拠に該当する蓋然性が高いので、本件再審の開始については、裁判所において、しかるべく決定されたい」とする意見書を東京高等裁判所に提出し、宇都宮地方検察庁検察官が、無期懲役刑で千葉刑務所に服役中であった菅家氏の刑の執行を停止した。 当連合会は、かねてから菅家氏の無実を信じ、再審開始に向けた支援の活動を行ってきたものであり、本年5月22日の会長談話において、検察官に対し、DNA再鑑定の結論を受け容れ、菅家氏の刑の執行を停止することを求めていたところである。 検察官が再審開始を容認し、菅家氏の身柄を解放したことについては高く評価する。 当連合会は、東京高等裁判所が速やかに再審開始決定を行い、菅家氏が完全無罪判決を勝ち取るまで、引き続きあらゆる支援を惜しまないことをここに表明する。 なお、本件は、冤罪者であっても容易に自白に至る現実を改めて明白にしたものであり、取調べの全面可視化の要請は一層強まったというべきである。 2009(平成21)年6月4日 日本弁護士連合会
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釈放後菅家さんは、弁護団や支援会とともに、4日午後5時前、千葉市中央区のホテルグリーンタワー千葉4階会見場で記者会見をした。その要旨は、以下の通り。
本当にありがとうございます。わたしは今日釈放になりました。本当にうれしく思います。
この17年間がんばってきました。犯人にされ、ずっと我慢してきました。当時の刑事や検察官はわたしと両親に、それから世間の皆さまに謝ってほしい。謝って済むとは思っていません。当時の警察と検察官を許すことはありません。間違ったでは済みません。
逮捕後の調べで自白してしまったのは、刑事たちの責めがものすごかったから。「おまえがやったんだ」「早く話して楽になれ」と言われ、否定しても全然受け付けてもらえませんでした。
別の2件の女児殺害事件を認めたのも、刑事に無理やり体を揺さぶられて「おまえがやったのは分かっている」と言われたから。髪を引っ張られたり、足でけ飛ばされたりもし、どうにもならなくなって「やりました」と言ってしまいました。
今までの17年間を返してもらいたい。これからは冤罪で困っている人たちを支援していきたい。
わたしが警察に捕まって、おやじがショックを受けて亡くなりました。2年前の4月に母も亡くなりました。母もつらかったと思います。警察官も検察官も両親のお墓に出向いて、絶対謝ってもらいたいです。
DNA型は、やっぱり無実だから一致しなかったんだと思いました。真犯人を絶対に許せません。時効があっては絶対いけません。時効になってもわたしは許しません。
被害女児や遺族には、わたしは犯人ではありませんと伝えたい。墓に参って「おじさんは犯人じゃないよ」と言いたい。
刑務所から外に出たとき、お店が目に映りました。外はいいなあと思いました。明るい店がいっぱいあるなあと思いました。記者会見前にホテルでコーヒーをもらいました。刑務所のコーヒーとは一味も二味も違いました。
栃木県足利市の大豆生田(おおまみうだ)実市長は09年6月5日、菅家さんが同市での生活を希望していることについて、「市民の代表として歓迎したい。名誉回復し、くつろぐ時間を足利で過ごすなら、どういうサポートができるか考えたい」と述べた。なお、菅家さんは91年12月に逮捕されるまで足利市で過ごした。大豆生田市長は菅家さんが釈放された4日、自分のブログに、「無実の人が汚名を着せられたまま17年半も刑務所に押し込められていたという事実はあまりにも重い」などと書いていた(09年06月06日付『毎日新聞』)。
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いわゆる足利事件で無期懲役判決を受けた菅家さんが申し立てた再審請求の即時抗告審で実施されたDNA再鑑定で、菅家さんとは別のDNA型が検出されたことを受け、東京高検が刑の執行を停止した。 要するに菅家さんは犯人ではなかったということだ。 確か96年か97年ごろだったと思うが、「菅家さんは無実です。これは冤罪です」というビラを作って配っている方がいた。 恥ずかしながら、当時は、何を言っているんだ?という感じでしか受け取れなかったし、時代の空気もそうだった。 近いうちに、菅家さんは足利に来られることと思う。 私は足利市を代表して心からお迎えしたい。 そして、陰で支えて来られた方々にも心から敬意を表したい。
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菅家さんが「刑事に髪を引っ張られたり、『早くしゃべって楽になれ』と厳しく追及された」などと栃木県警の捜査手法を批判している問題で、県警の白井孝雄刑事総務課長は09年6月9日の県議会文教警察委員会で「(取り調べで)暴行や自供の誘導、強制があったとは認められないと裁判で認定されている」と述べた。
最高検の伊藤鉄男次長検事(検察ナンバー2)は09年6月10日、記者会見し「真犯人と思われない人を起訴し、服役させたことは大変申し訳ないと思っている」と謝罪した。過去の冤罪(えんざい)事件で地検の次席検事が謝罪コメントを発表した例はあるが、最高検によると、最高検幹部が謝罪した例はないという。伊藤次長検事は東京高検に対し、速やかな再審開始決定と再審公判での早急な無罪判決に向け、適切な対応をとるよう指示したことも明らかにした。東京・霞が関の最高検で会見した伊藤次長検事は謝罪のコメントを読み上げた後、再審開始前の異例の謝罪について「検察として頭を下げるということ。それに基づき高検に指示をした」と説明。菅家さん対する直接の謝罪については「即時抗告審、再審公判の推移を踏まえて早急に対応したい」と述べるにとどめた。
富山県氷見市の男性が02年、強姦と同未遂の容疑で誤認逮捕され、約2年間服役した富山冤罪事件では、07年1月に誤認逮捕を発表した4日後に富山地検の検察官が男性に直接謝罪の言葉を伝え、1週間後には、同地検の検事正が改めて直接謝罪している。
菅家さんは、真相を解明することなく、数カ月の再審手続きで「無罪」へと転換しようとする検察側の姿勢に、「17年半も身柄を拘束されたんですよ。そんな簡単に許せる問題じゃない。とんでもない話だ」と怒りをあらわにした。
弁護団は、92年に福岡県飯塚市で女児2人が殺害された「飯塚事件」で死刑が執行された久間三千年元死刑囚の弁護団との連携を深める方針。飯塚事件も、足利事件と同じように旧来のDNA型鑑定で有罪とされた。久間元死刑囚の死刑執行を刑務所で知ったという菅家さんは、「飯塚事件と足利事件はそっくりだ。人の命は地球より重い。無実かもしれない人間を直ちに執行することは許されない」と語気を強めた。
栃木県警の石川正一郎本部長は09年6月11日、「真犯人と思われない方が、長期間にわたり刑に服されることになったことについては、誠に遺憾で申し訳ないと考える」との談話を文書で発表した。県警が菅家さんの逮捕や服役に関して謝罪したのは初めて。石川本部長は姿をみせず、コメント文のみを発表。記者会見の開催も拒み、高田健治刑事部長が、文書を発表した経緯について説明。「刑の執行停止を厳粛に受け止め、菅家さんや関係者、県民の方々に早期に謝罪することが適切だと判断した」と述べた。菅家さんへの直接の謝罪について問われると、「現段階では菅家さんとは連絡をとっておらず、抗告審などの推移を踏まえ、適時適切に対応する」とした。
警察庁の吉村博人長官は同日の定例会見で、足利事件で栃木県警の石川本部長が出した謝罪談話を読み上げたうえで「私個人としてもまさにこの通りであると思う。遺憾なことであり、二度とこういうことがないようにしたいと思う」と述べた。
県警の謝罪に、弁護団の佐藤博史弁護士は「まずは直接、菅家さん本人に謝罪すべきで、それが伴わなければ単に世間体をとりつくろうものにしかならない」と批判した。
足利市は市営住宅を無償で菅家さんに提供する。菅家さんは6月17日午後2時から30分間、市役所で大豆生田(おおまみうだ)実足利市長に面談する予定で、当日、市長が無償提供を提案する。市は菅家さんの名誉回復と人道的支援に全力を尽くす方針で、大豆生田市長は「市ができる人道的な支援として住宅提供を考えた。まず菅家さんの気持ちを確かめて提案させてもらう」と話している(市営住宅は2214戸あり約1割が空き室。主に低所得者が対象だが、市条例の入居条件に「市長が必要と認めた場合」という規定がある)。
弁護団は09年6月12日、再審開始前に捜査の誤りを検証するよう求める意見書を東京高裁に出した。意見書提出には菅家さんも同席、矢村裁判長と初めて面会した。栃木県警から石川正一郎本部長が菅家さんに直接謝罪する意向と伝えられたことも明らかにし、検察や裁判所に直接謝罪を求めた。
意見書は、捜査段階でDNA鑑定した警察庁科学警察研究所の技師や現所長について、即時抗告審で証人尋問するよう求めている。鑑定が誤った真相や虚偽の自白をさせられた経緯を解明するため、鑑定をした警察庁科学警察研究所(科警研)の技官ら11人の証人尋問を求めた。11人の内訳は▽科警研の3人▽再鑑定を実施した法医学者2人▽自白を分析するための心理学などの専門家3人▽事件の目撃者2人▽法医学者で当時の科警研の鑑定に批判的な帝京大の石山いく夫名誉教授。
弁護団は、事件の悲劇を生んだ鑑定が、なぜ誤ったのかを検証しないで、再審請求の即時抗告(裁判上、迅速に確定されることが必要な決定について、期間を定めて認められる不服申し立ての方法)審を終わらせることはできない」と訴えた。
一方、東京高検は2種類のDNA再鑑定のうち弁護側推薦の鑑定医による鑑定について「信用性に欠ける」との追加意見書を出した。
菅家さんが09年6月17日午前、事件の捜査に当たった栃木県警本部長から直接謝罪を受けた。捜査当局を厳しく批判してきた菅家さんだが、「菅家さん、長い間、つらい思いをさせましたことを心からおわび申し上げます」と、頭を下げる石川正一郎本部長に「ありがとうございます」と一礼し、謝罪を受け入れる姿勢をみせた。午前11時前、県警本部に到着した菅家さんは、カメラのフラッシュを浴びながら、緊張した面持ちで本部長の待つ応接室へ。約30分の面会後、報道陣に「(石川本部長は)怖い印象だったが、会ってみると優しい方だったので、この人なら許せると思った」と笑顔をみせた。なお、捜査幹部が菅家さんに直接謝罪するのは初めて。
同日午後、釈放後初めて栃木県足利市を訪れた菅家さんは、女児の遺体が見つかった渡良瀬川河川敷の現場に立ち、手を合わせて女児の冥福を祈った。菅家さんは約1分間の黙とうの後、「『わたしは犯人じゃないよ。真犯人を絶対につかまえるからね』と女児に伝えた」と話した。菅家さんは河川敷を訪れる前に大豆生田実足利市長と面会。大豆生田市長は「心よりお待ちしていました」と迎え、市営住宅のあっせんや、市立小学校のスクールバス運転手に採用する用意があることを菅家さんに伝えた。
松田真実ちゃん=当時(4)=が行方不明になった時間帯に女の子連れの不審な男を目撃した元美術教諭の女性(52)が09年6月21日までの共同通信の取材に、96年7月に群馬県太田市内のパチンコ店で横山ゆかりちゃん=当時(4)=が行方不明になった事件(未解決)で防犯ビデオに写った男について「足の運び方や姿勢がよく似ている」と証言した。菅家利和さん(62)=再審請求中に釈放=が91年に逮捕、服役させられたため、両事件の関連性について捜査されたことはない。女性の証言は、両事件を結び付ける可能性もある。女性は目撃した男と女の子の様子をスケッチで再現。90年の足利事件発生当時、県警にもほぼ同じスケッチを提供したという。女性は90年5月12日午後6時40分ごろ、栃木県足利市の渡良瀬川河川敷で女の子連れの男を目撃。男は河川敷を真っすぐに横切り、川の方向に向かった。女性は県警に「男は35〜45歳、身長165センチくらい。女の子は赤っぽいスカート」と証言。真実ちゃんは当日、赤いスカートをはいていた。菅家さんの公判資料によると、同時間帯にすぐ近くでゴルフ練習をしていた男性も、同一人物とみられる男を目撃。女性が描いたスケッチを見て「よく描けている」と当時、証言した(09年6月21日配信『共同通信』)。

栃木県警は09年6月22日、当時の捜査に対しておくられた警察庁長官賞(捜査本部に対してと、菅家さんの情報を最初に報告した当時の巡査部長に対するもの)を返納した。
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菅家さんを逮捕した2日後、山本本部長は事件の解決に貢献した8人に「本部長即賞」を贈っている。 なお、すでに退職している橋本氏は、菅家さん釈放後の週刊朝日の取材に、「定年しているので取材はお断りいたします」と繰り返した。 週刊朝日;徹底検証・足利事件「冤罪」の構図 菅家さんを“抹殺した”警察・検察・裁判官(2009年6月26日号)
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事件の再審請求・即時抗告審で、菅家さんが誤って逮捕され、有罪判決を受けた原因を究明するとして、捜査段階でDNA鑑定を行った警察庁科学警察研究所の技官(当時)ら11人の証人尋問を請求するなど、徹底した審理を求めていた弁護団は09年6月22日、「東京高裁が、実質的な審理を行わないまま決定を出そうとしているのは不当」として、矢村宏裁判長ら裁判官3人の忌避(交代)を申し立てた。矢村裁判長は「訴訟を遅延させる目的は明らか」として却下した。
再審請求の即時抗告審で、東京高裁(矢村宏裁判長)は09年6月23日、矢村裁判長は、菅家さんと女児の下着に付着した体液のDNA型が一致しないとした2つの再鑑定のうち、検察側推薦の鑑定医による再鑑定を「鑑定方法に問題はなく、検察側も適切と認めている」として信用性を認めたうえで、捜査時や1審公判での犯行を認める自白も「疑いが生じる」と指摘し、菅家さんに無罪を言い渡すべき新たな証拠にあたると結論付けた(検察側が信用性に疑問を呈した弁護側推薦の鑑定医による再鑑定に対しては判断を示さなかった)。決定に異議がある場合は、決定送達翌日から5日以内に最高裁に対して特別抗告ができるが、高検は再審開始を認めているため、異議を申し立てない。菅家さんの弁護団は「再審請求で有罪確定の経緯を解明すべきだ」としており、特別抗告を検討したが、断念した。なお、再審は、確定した無期懲役を言い渡した宇都宮地裁で開かれる。検察側は、菅家さんの無罪判決を求める。
この日午前10時前、菅家さんと佐藤博史弁護士は、東京・霞が関の東京高裁15階の刑事1部に2人で入り、菅家さんは、この日のために作ったという印鑑で自ら書類に押印して、決定文を受け取った。決定は、弁護側推薦の法医学者による鑑定結果について判断せず、検察側の鑑定だけをもとにしていた。このため佐藤弁護士は「再審が決まって喜ぶべきかもしれないが、決定文は合格点ぎりぎりの内容」と語り、菅家さんも「複雑な気分。弁護側の鑑定についても、しっかり判断してほしかった」と話した。その後、菅家さんは弁護団とともに午前10時半から、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見に臨み、「再審開始が決まったことはうれしい。少しは気が晴れた」と一瞬、ほっとした表情を見せる一方、1991年12月に逮捕された時の根拠となったDNA鑑定については「誤っていたことをはっきりさせてもらいたかった」などと口調を一変させた。なお、再審の開始は、死刑か無期懲役の確定事件では86年の「島田事件」(87年開始確定)以来22年ぶりとなる。
◇東京高裁の再審決定骨子◇
1.(検察側推薦の)鈴木広一・大阪医科大教授の鑑定によると、女児の下着から検出された男性DNAは、犯人のものと思われる遺留体液から抽出された可能性が高く、その型は菅家さんのDNA型と一致しない。
1.(弁護側推薦の)本田克也・筑波大教授の鑑定の信用性について判断するまでもなく、菅家さんは犯人ではない可能性が高い。
1.この事実は、確定判決で有罪とされたもう一つの根拠の1審公判や捜査段階の自白についても、その信用性に疑問を抱かせるのに十分。他に菅家さんが犯人と認めるに足りる証拠はなく、犯人と認めるには合理的な疑いが生じている。
1.今回の再審請求は、無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したときに該当する。
◇東京高裁の再審決定要旨◇
◇第1 争点等について
1審判決及び控訴審判決が菅家さんを犯人と認定した根拠は、(1)犯行現場付近に遺留されていた被害者の半袖下着に付着した犯人のものと思われる体液と菅家さんの体液のDNA型が一致した(2)菅家さんの1審公判及び捜査段階における自白供述が信用できる−−の2点に集約できる。再審請求で提出された新証拠も(1)(2)に関し1審及び控訴審で調べられた証拠(旧証拠)の信用性を弾劾しようとするものである。
当裁判所は、旧証拠、新証拠及び当審における事実取り調べの結果を総合し、現時点において(1)及び(2)の根拠が維持できるか否かについて、検討する。
◇第2 DNA型鑑定に関する事実について
1審判決及び控訴審判決で認定されたDNA型に関する事実は、次の通りである。
警察庁科学警察研究所の技官らが、菅家さんの体液と下着に付着していた体液のMCT118部位におけるDNA型を123マーカーを用いて判定した結果、16−26型で一致した(本件DNA型鑑定)。両者の血液型も一致し、このようにDNA型及び血液型が一致する者の日本人における出現頻度は1000人中1・2人程度だった。控訴審でも、その後使用されるようになったアレリックマーカーを用いた型番号と123マーカーを用いた型番号は相互に対応し、本件DNA型鑑定の信頼性は失われていないと判断された。
DNA型鑑定に関して、再審請求で提出された新証拠は、押田茂実・日本大教授作成の検査報告書等。押田報告書は、菅家さんの毛髪のアレリックマーカーを使用したMCT118部位のDNA型が18−29型で、123マーカーによる16−26型に通常対応するとされている18−30型ではないというものだ。
当裁判所は、上記新証拠の内容、本件の証拠構造における本件DNA型鑑定の重要性及びDNA型鑑定に関する著しい理論と技術の進展の状況等にかんがみ、弁護人が申し立てたDNA型の再鑑定を行う旨決定した。具体的には、鈴木広一・大阪医科大教授及び本田克也・筑波大教授を鑑定人に選任し、下着については、以前の鑑定により切り取られて体液の付着が判明している数カ所の中心点をつないで左右に切り分ける形でこれを2分し、各1片に付着する体液と菅家さんから採取した血液等の各DNA型を明らかにしてそれらが同一人に由来するか否かを判定させた。
鈴木鑑定によると、常染色体及びY染色体の各STR検査において、下着の体液が付着していた個所の近くから切除した3カ所の部分から、同一のDNA型を持つ男性のDNAが抽出され、それは菅家さんとは異なるDNAだった。体液の付着が確認されていない部分からはDNAが抽出されなかった。
本田鑑定によると、MCT118部位、Y染色体のSTR検査及びミトコンドリア検査において、下着の体液が多く付着していた個所及びその上下の部位から切除した3カ所以上の部分から、同一のDNA型を持つ男性のDNAが抽出され、それは菅家さんとは異なるDNAであった。
鈴木鑑定及び本田鑑定により抽出された各男性DNAは、両鑑定に共通するY染色体の6STRの型が一致し、同一人のものであることが推定される。
検察官は本田鑑定の信用性を争うが、鈴木鑑定は信用性を争わないという。鈴木鑑定のみによっても▽菅家さんのDNAと下着から検出された男性DNAの型は一致していないこと▽その男性DNAは、体液の付着が確認されている個所に近い3カ所の部分から抽出されていること▽体液の付着が確認されていない部位からはDNAが抽出されていないこと−−が認められ、鈴木鑑定が用いた体液のDNAの抽出方法については検察官も適切なものと認めていることなどを併せ考慮すると、前述の男性DNAが犯人のものと思われる遺留体液から抽出された可能性が高く、その型は菅家さんの型と一致しないことが認められる。そうすると、本田鑑定の信用性について判断するまでもなく、菅家さんは犯人ではない可能性が高いということになる。
そして、こうした事実は、確定判決において菅家さんが有罪とされた根拠の(2)である自白についても、その信用性に疑問を抱かせるのに十分な事実と言える。他に菅家さんが犯人であると認めるに足りる証拠はなく、菅家さんが犯人であると認めるには合理的な疑いが生じている。
◇第3 結論
再審請求は、刑事訴訟法の「有罪の言い渡しを受けた者に対し無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見した時」に該当する。再審請求を棄却した宇都宮地裁決定を取り消し、本件について再審を開始し、菅家さんの刑の執行を停止する。
「DNA鑑定を過信した」。足利事件を指揮した元検察幹部が毎日新聞の取材に応じ、当時を振り返った。退官し現在弁護士を務める元幹部は「菅家さんを17年半も拘束し慚愧(ざんき=自分の見苦しさや過ちを反省して、心に深く恥じること)に堪えない」と謝罪した(09年06月23日付『毎日新聞』)。
菅家さんが09年6月24日、参院議員会館で開かれた「取り調べの可視化を求める院内集会」(日本弁護士連合会主催)に出席し、全面可視化の必要性を訴えた。菅家さんは、91年12月、13時間に及ぶ警察署での取り調べの後に「自白」し、逮捕された時の状況を、参加した議員を前に説明。「お前がやったんだ、と何度も繰り返され、やってないと言い続けたが、認めてくれなかった。信じてもらえないならとどうでもよくなり、『やりました』と話してしまった」と語った。取り調べは「頭の毛を引っ張られたり、けとばされたりして本当に怖かった。否認はできなかった」。可視化については「取調室の中にビデオカメラを設置して、中の様子を見てもらえるようにしてほしい」と述べた(09年06月24日付『朝日新聞』)。
菅家さんが09年7月4日、富山県朝日町で開かれた、戦時中最大の言論弾圧とされる「横浜事件」の集会に参加、自らの再審公判について「(身柄拘束された)17年半の年月を数カ月の裁判で終わらせるのは納得いかない。徹底的に闘いたい」と決意を語った。横浜事件については「冤罪(えんざい)という意味で(両事件は)同じ。無実の人をこれだけ苦しめるのは許せない」と話した。菅家さんの弁護人で、横浜事件も担当する佐藤博史弁護士は「両事件とも国家の犯罪で、司法の過ちだ。いまだに謝罪がない」と述べ、裁判所の対応を批判した(09年07月04日付『産経新聞』)。
菅家さんが09年7月17日、札幌で開かれた刑事事件の取り調べ過程をビデオ録画などで可視化することを求める集会で講演し、冤罪事件を防ぐためにも「(取り調べを)一部ではなく全面的に可視化すべきだ」と強調した。 集会は札幌弁護士会主催。菅家さんは足利事件弁護団の笹森学弁護士との対談形式で講演した。自ら体験した取り調べについて「(警察官に)怒鳴られ、け飛ばされ、だんだん怖くなった。気が弱いせいもあり『やりました』と話してしまった」と振り返った。集会後、菅家さんは記者団に「警察は怖いところだった。初めから犯人だと決め付けているから、いくら言っても駄目だった」と述べた。裁判員制度については「間違えるととんでもないことになる。不安な気がする」と話した(09年07月18日付『産経新聞』)。
菅家さんが09年7月20日、松本サリン事件で当初容疑者扱いされた第1通報者の河野義行さん(59)と東京都内で初めて面会し、冤罪(えんざい)問題などについて対談した。対談は出版社の企画で実現。河野さんが「長いこと頑張りましたね」と声を掛け、緊張した面持ちの菅家さんも松本サリン事件について触れ「大変でしたね」と応じた。松本サリン事件のとき河野さんは44歳、足利事件で逮捕されたとき菅家さんは45歳。2人は当時の警察の取り調べを振り返りながら、捜査の問題点などを話し合った。菅家さんは、冤罪を防ぐために取り調べの全面的な録画、録音が必要と強調。河野さんは「立証されないものは無罪とする裁判官の勇気が必要だ」と指摘した。対談を終えた菅家さんは「今後、河野さんと連携して、冤罪に苦しんでいる人の支援をしたい」と話した。なお、河野さんは01年10月、滋賀県草津市で、菅家さんを支援するために講演をしたことがあった(09年07月20日付『日刊スポーツ』)。
菅家さんを支援している日本国民救援会栃木県本部の石井進事務局長らが09年7月23日、宇都宮地裁を訪れ、再審公判で当時の捜査関係者を証人尋問し誤判の真相を解明するよう求める要請書を地裁に提出した。要請書は、再審請求審で東京高裁が証人尋問を認めなかったことを「自ら犯した誤りを免罪し、真相解明にふたをするもの。冤罪(えんざい)に対して無反省だ」と批判。地裁での再審公判では、当時DNA鑑定に携わった警察庁科学警察研究所技官らの証人尋問をするよう求めている(09年07月23日付『産経新聞』)。
再審公判の審理計画を話し合う三者協議が09年8月7日、宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)で開かれた。再審初公判の期日は決まらず、9月4日に第2回協議が開かれることになった。弁護団は、審理方法に関する意見書を地裁に提出。事件の証拠と争点を整理する「期日間整理手続き(公判期日の合間に行われ、公判前整理手続の場合と同様に、争点や証拠が整理され、審理の予定を定める)」を行うことを要請し、取り調べを担当した栃木県警の元警察官や警察庁科学警察研究所の元技官らの証人尋問を求めた。検察側は「争点は存在しない」として、速やかな期日指定を求め、地裁も「公判期日を決めた上で判断したい」と述べた。協議後行われた会見で、菅家さんは「このままでは再審も1、2回で終わる。裁判所は信用できない。次回は私も意見を言いたい」と話した。弁護側は「証拠調べの予定など道筋が立たないうちは期日を受けられない」としている(09年08月07日付『産経新聞』)。
09年8月8日から菅家さんは同市内の6畳一間のアパートで一人暮らしを始めた。菅家さんによると、部屋にはまだ冷蔵庫とテレビぐらいしかないという。弁護団、支援者らと食事をする以外は、外食やコンビニ弁当などで済ます程度だ。「家の中でのんびりするのは嫌」と、自転車や電車で遠出をすることもある。最近は、自動車の運転教本に目を通して免許証更新に備え、ウインドーショッピングに3、4時間を費やしたりすることも。釈放後、初めて手にした携帯電話には家族や支援者ら20件を超えるアドレスを登録、親族とも連絡を取り合っている。全国各地での講演活動などに多忙な日々を過ごす菅家さんのいまの希望は「早く足利に帰りたい」。足利市の大豆生田(おおまみうだ)実市長も臨時職員の職を斡旋すると表明。菅家さんは「やっぱり子供と触れあえる仕事をしたい」と故郷での暮らしに思いをはせている(09年10月21日付『産経新聞』)。
菅家さんに対し、宇都宮地検が、最終的に不起訴処分とした他の2件の幼女殺害事件について取り調べた際の様子を録音したテープが存在することが、検察関係者の話でわかった。録音は長時間に及び、菅家さんが録音に同意し、2件の犯行をいったん「自白」したのちに否認に転じる様子などが録音されている。察関係者によると、録音テープは、足利事件の初公判を迎えた92年2月直前から約1年の間に、足利事件とは別の関連事件として、(1)79年に足利市内で行方不明となった保育園児(当時5)が殺害された事件(2)84年に足利市内で幼稚園児(当時5)が行方不明になり、殺害された事件――の計2件について、宇都宮地検検事が菅家さんを取り調べた際のものとされる。なお、取り調べの録音は、92年1月に処分保留となった後、93年2月に不起訴処分となるまでの間に断続的に行われた。検察内部で保管されていた録音テープは、カセットテープで十数本に上るという。検事が、起訴、不起訴の判断をする際の参考にするために録音したとみられている(09年08月10日付『朝日新聞』)。
菅家さんは録音テープが見つかったことを受け、09年8月12日、記者会見を開き、「自分の無罪を証明できる証拠が発見されてよかった」と語った。テープには菅家さんが2事件の犯行をいったん自白し、その後、最終的に否認に転じる様子など、足利事件と同様の経緯が録音されていることから、菅家さんは「テープを聞いてもらえば、(足利事件について)無罪だと分かってもらえると思う」と話した。最高検はテープを再審公判で証拠として提出しない意向を示しているが、弁護団は「菅家さんが足利事件の取り調べなどで、なぜ自白したのかを明らかにするための貴重な資料だ」と反発。テープの内容を開示するよう求めた(09年08月12日付『産経新聞』)。
警察庁は、92年の警察白書の一部記述について内容が不適切として、ホームページ(HP)から削除する方針を決めた。10年以降の白書は、釈放された菅家さんの再審公判の結果などを踏まえ、今後検討する。警察庁が発行・公表した白書を見直すのは異例の措置だ。削除するのは、HPに掲載した92年の白書の巻頭特集「ボーダーレス時代における犯罪の変容」の一節(削除された部分)。地域社会での人間関係の希薄化が警察活動にもたらした変化の例として、足利事件を取り上げた。約1ページを割いて、菅家さんを指す被疑者の生活ぶりなどを記述。「本人の自供によれば過去にも2人の幼女を同様に殺害しているとのことであるが、周囲の住民はこの被疑者の居住実態について全く無関心であり、被疑者の勤務先、生活の実態、性格といった人間像について知っていた者は皆無であった」などと書かれている。菅家さんの再審公判の日程が決まらないため、警察庁は取り急ぎHPから該当部分を削除することにした(09年08月12日付『毎日新聞』)。
栃木県警が不起訴処分となった別の女児殺害事件2件での取り調べの様子をテープ3本に録音し保管していたことを09年8月18日弁護団が明らかにし、県警もテープの存在を認めた。県警によると、テープは2件の女児殺害事件について、菅家さんが自白した後に菅家さんの承諾を取った上で、当時の県警の捜査担当者が供述の一部を録音したという。足利事件の検証作業の過程で、当時の捜査資料から発見された。県警は、録音時期や内容については「再審公判に向けた手続きが進行中で起訴されていない事件でもあり、コメントを控える」とした(09年08月18日付『産経新聞』)。
菅家さんの上告を退け無期懲役判決を確定させた当時の最高裁の5判事と、再審請求を認めなかった当時の宇都宮地裁の裁判官3人に、毎日新聞がアンケートを実施した。弁護団が求め続けたDNA再鑑定を実施しなかったことの是非や、謝罪意思の有無などを質問したが、8人全員が「個別事件にはコメントはしない」などとして回答しなかった。検察と警察は6月4日の菅家さん釈放後、相次いで謝罪したが、裁判所は謝罪していない。菅家さんは記者会見などで「裁判官にも謝ってもらいたい」と語っている。菅家さんは無期懲役の確定までに3回、再審開始決定までに2回の計5回裁判を受けた。弁護団がDNA再鑑定の必要性を訴えたのは上告審の段階だったため、再鑑定をしないまま結論を出した最高裁判事5人と、宇都宮地裁で再審請求を棄却した裁判官3人(いずれも当時)をアンケートの対象とした(09年08月21日付『毎日新聞』)。
主な質問項目
最高裁判事・宇都宮地裁裁判官共通
(1)公訴時効成立を招いたことを今どう思うか(2)菅家氏に謝罪する気持ちはあるか(3)一般的に自らが審理した事件を説明すべきと思うか。
最高裁判事向け
(1)弁護団による「押田鑑定」を当時審理の対象にしたか(2)対象にした場合、決定文に鑑定書に関する理由が記載されていないのはなぜか(3)対象にしていない場合、なぜ外したか(4)なぜDNA再鑑定しなかったのか(5)科学技術の発展で(捜査段階の)科学警察研究所の鑑定より押田鑑定のほうが正しい可能性があると当時考えなかったか(6)原審を破棄しなかったことを、今どう思うか。
宇都宮地裁裁判官向け
(1)DNA再鑑定すべきだったとの批判を今どう思うか(2)DNA再鑑定を実施すべきかどうか当時どう考えたか。
■足利事件に関するアンケート結果■
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<上告棄却当時の最高裁判事>*は当時の裁判長。河合氏と北川氏は弁護士事務所へのアンケート到着を確認 |
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裁判官名 |
現職 |
回答 |
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亀山継夫* |
弁護士 |
電話で「手紙は捨てた」 |
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河合伸一 |
弁護士 |
回答なし |
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福田 博 |
弁護士 |
個別の事件へのコメントは、判決理由を後から変更するのに等しい効果を持ち、裁判官の言い訳に過ぎないと取られても仕方がない。仮にするとしても手元に記録がないため不正確にならざるを得ずコメントすべきではないと考える |
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北川弘治 |
弁護士 |
回答なし |
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梶谷 玄 |
弁護士 |
「裁判官は弁明せず」の原則から全設問に対して無回答 |
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<再審請求棄却当時の宇都宮地裁裁判官> |
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池本寿美子* |
宇都宮地裁 |
取材には応じられない |
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中尾佳久 |
宇都宮地裁 |
取材には応じられない |
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佐藤裕子 |
松山地裁大洲支部 |
取材には応じられない |
◇「素直に謝り認めよ」元東京高裁判事・木谷明氏
「なぜまったく答えないのか不思議。答えられる限度で率直に答えるべきではないか」。元東京高裁判事の木谷明・法政大法科大学院教授は、アンケート結果に疑問を投げかける。木谷教授は09年7月、現職とOBの裁判官計11人が集まる研究会に出席した際、毎日新聞が宇都宮地裁の裁判官3人に送ったアンケートを配布して「もし当時の裁判官だったらどう答えるか」と質問した。うち7人は「全質問に無回答」だが、4人は「部分的に回答する」と答えたという。「『宇都宮地裁はDNA再鑑定をすべきだった』という批判を今どう思うか」という質問には、4人中3人が「回答する」とした。木谷教授は「この質問には率直に『鑑定すべきだった。判断が甘かった』と答えてもいいのでは。私ならそうする」と語る。菅家さんへの謝罪についても「応じる」とし、「人間のする裁判である以上誤りは避けがたい。誤りは誤り、と率直に認めることから裁判への国民の信頼が生まれる」と指摘する。
菅家さんの選挙権がないことについて、菅家さんの弁護団が「選挙権がないのは不当」として足利市選挙管理委員会に異議を申し立てていた問題で、同選管は09年8月21日、異議を却下した。公選法では、禁固以上の刑が確定した場合、刑の終了まで選挙権はなくなると規定。菅家さんのケースでは刑の執行が停止された段階にあることから、選管では無罪が確定するまで選挙権はなくなったままの状態が続いていると判断したとみられる(09年08月22日付『産経新聞』)。
菅家さんの弁護団は09年8月21日、宇都宮地検や栃木県警に残されていた菅家さんの取り調べを録音したテープについて、宇都宮地裁の再審で証拠開示するよう求める方針を決めた。弁護団は「菅家さんがうその自白をした経緯を解明するための重要な証拠」としている(09年08月22日付『産経新聞』)。
県警が供述内容をカセットテープに録音した時期は、逮捕した足利署で別の女児殺害2件を「自供」した1991年12月下旬だったことが09年8月21日、元県警幹部らの証言で分かった。録音の目的は捜査方針を決める判断材料だったとされ、1件の女児殺害容疑で菅家さんを再逮捕したのは捜査幹部が録音内容を検討した後だったという。最高検は、当時の宇都宮地検検事が92年1月から約1年間、移監後の宇都宮拘置支所で菅家さんの取り調べを数回録音したことを公表しており、菅家さんは最終的に2件の女児殺害を否認した。録音時期や場所、供述内容も異なる県警と地検のテープは、菅家さんが「虚偽自白」に至った経緯などを解明する有力な手がかりになるとみられ、捜査当局の徹底検証が求められる(09年08月22日付『下野新聞』)。
菅家さんは足利市の松田真実ちゃん=当時(4)=が殺害された足利事件で91年12月2日に逮捕され、同21日に起訴された。元県警幹部らによると、間もなく菅家さんが未解決だった別の女児殺害2件を「自供」したため、1件づつ計2本のテープに録音。県警は同24日、うち1件の女児殺害容疑で菅家さんを再逮捕した。再逮捕後の翌92年1月中旬、菅家さんを立ち会わせた犯行現場の検証中にも捜査幹部が菅家さんとのやりとりをテープ1本に録音した。しかし2件の女児殺害事件で菅家さんは不起訴になった。元県警幹部は「本格的な取り調べ前のメモ代わりだったのでカセットレコーダーは(菅家さんの)目の前に置かなかったが、了解を得て録音したはずだ。テープは担当検事にも聴いてもらい、捜査方針を決めたと記憶している」と話している(09年08月22日付『下野新聞』)。
弁護団は09年8月28日、宇都宮地裁で開かれる予定の再審公判について審理計画を話し合う9月4日の第2回三者協議を控え、当時のDNA型鑑定の担当者らの証人尋問などを求める意見書を同地裁に提出した。弁護団は意見書で、鑑定の担当者のほか、当時、取り調べを担当した元検察官の証人尋問を要求。また、不起訴処分となった別の女児殺害事件2件について、栃木県警と宇都宮地検による取り調べの様子を録音したテープを公判で再生することを求め、「再審公判は計8日は必要」とした。この日の会見に同席した菅家さんは「(同地裁には)納得がいくような裁判をしてほしい」と訴えた。検察側は再審で新たな有罪立証をせず、地裁に「早急な無罪判決」を求めており、録音テープの開示にも応じない姿勢を見せている。弁護団によると、地裁も7日の第1回三者協議で「公判期日を決めた上で判断したい」と述べた(09年08月28日付『産経新聞』)。
09年9月4日、再審初公判が、10月21日に決まった。検察側は無罪を求刑する方針。複数回の公判を経て、10年春にも菅家さんの無罪が確定する見通。弁護団の説明によると、佐藤裁判長は初公判で、00年に最高裁で確定した有罪判決で採用された証拠の一部を調べる方針を示した。判決では、警察庁科学警察研究所によるDNA型鑑定と、菅家さんが「自白した」とされる供述調書が有罪の柱になった。また、菅家さんが自白したとされる79年と84年の別の2件の女児殺害事件=いずれも不起訴処分=について、宇都宮地検と栃木県警がそれぞれ取り調べの模様を録音していたことが今年8月に明らかになったが、佐藤裁判長はこれらを初公判で開示するよう地検側に促した。なお、弁護団がこれまで「公判で誤判の原因を究明すべきだ」と徹底した証拠調べを主張していたが、検察側は「一刻も早い無罪判決こそ菅家さんの利益」と応じない姿勢を示していた(09年09月04日付『朝日新聞』)。
09年9月14日菅家の弁護団は、宇都宮地検が別の2件の幼女殺害事件で菅家さんを取り調べた際の録音テープを弁護団に開示すると書面で伝えてきたことを明らかにした。菅家さんは、別の2事件について犯行を「自白」したが、不起訴となった。地検はテープをダビングし、弁護団に渡す予定。弁護団は10月21日に始まる再審の法廷でテープを再生するよう求める考えで、「テープをすべて聞くことで、足利事件についても、虚偽の自白をしてしまった要因が明らかになるだろう」と話している(09年09月15日付『読売新聞』)。宇都宮地裁が10月4日の三者協議で、録音テープについて「内容と時期に照らし、足利事件の自白の任意性に影響を及ぼした可能性を否定できない」として10月21日の再審初公判を前に開示を強く促し、開示しない場合は開示命令を出す考えも示していことから、検察側が方針を転換したとみられる。弁護側は、開示されたテープを再審で証拠として申請する見通しで、地裁が採用するかどうかが注目される。なお、検察側は地裁に対しては「開示と再審の進め方は別問題で、再審自体は取り調べ検事の証人尋問などはせず速やかに進行してほしい」旨を要請。弁護側には「マスコミへの公表といった証拠の目的外使用をしないこと」を求めたとされる(09年09月15日付『朝日新聞』)。
弁護団は09年9月18日、宇都宮地裁で10月5日に行われる打ち合わせ(非公開)の場で開示するよう検察側に求めることを決めた。検察側は14日、非公表を条件にテープの開示を認める意向を示す一方、再審裁判で証拠として取り調べることに反対する意見書を地裁に提出している。弁護団は18日付の地裁あて意見書で「目的外使用の意図はなく、開示に障害はない」とした上で「(証拠請求するかどうか検討するための)証拠開示の前に、裁判所に『証拠調べするな』と求めており、異常性は明白だ」と検察側を批判した(09年09月18日付『産経新聞』)。
09年9月22日、1979年8月、栃木県足利市で福島万弥ちゃん=当時(5)=が殺害された事件で、栃木県警が遺体遺棄現場の遺留物についてDNA鑑定を実施する方針を固めた。10月初めにも鑑定に入る予定で、既に時効を迎えた事件でDNA鑑定を行うのは極めて異例。父親の譲さん(55)が09年7月、遺留物についてDNA鑑定の実施を求める嘆願書を県警本部長に提出していた。県警は鑑定実施の判断理由を「足利事件に関する事件でもあり、遺族の感情などを総合的に判断した」と説明している。遺留物は布製のリュックサックやビニール袋などで、宇都宮地検が保管している。譲さんは、足利事件をめぐるDNA再鑑定結果で判明した犯人とみられるDNA型との照合も求めている。万弥ちゃんは79年8月、足利市の自宅近くで行方不明になり、6日後に同市内の渡良瀬川河川敷で遺体が見つかった。県警は足利事件で逮捕した菅家利和さん(62)を万弥ちゃん事件でも再逮捕したが、宇都宮地検は93年2月「犯行を立証する決め手がない」として不起訴処分とした。90年代前半ごろまでの鑑定技術では血液や体液からしかDNA型が検出できないとされ、万弥ちゃん事件ではDNA鑑定が行われなかった(09年09年22日配信『共同通信』)。
09年9月24日、和歌山弁護士会主催のシンポジウム「こうして私の17年半は奪われた」(和歌山市の県民文化会館)があり、報告と菅家さんと佐藤弁護士のへのインタビューが行われた。菅家さんは「『お前はやったんだ』と13時間以上言い続けられ、髪の毛を引っ張られたりけ飛ばされたりした。とにかく刑事が怖かった」と自白を強要されたことを時折声を震わせながら話した。この他、日弁連取り調べ可視化実現本部の小坂井久弁護士(56)による「裁判員と可視化」をテーマにした講演▽「虚偽自白を防ぐために」と題したパネルディスカッションがあった。小坂井弁護士は「取り調べの過程は『ブラックボックス』で、調書がいきなり出てくる日本の刑事システムはおかしい。冤罪(えんざい)の防止には、取り調べの全過程を見えるようにする『全面可視化』が必要」と力説した(09年09月26日付『毎日新聞』)。
09年9月26日、取り調べの可視化を推進する大阪弁護士会主催のシンポジウム「裁判員になったら、あなたは冤罪(えんざい)を見抜けますか!?」が大阪市北区西天満の大阪弁護士会館で開かれ、菅家さんが出席し、「私と同じ冤罪を作らないため、全面的に可視化してもらいたい」と訴えた。菅家さんは逮捕当時の状況について「『お前が殺したな』といわれ、髪を引っ張られたり足でけられたりした。刑事が怖くなり、『どうでもいいや』と自白した」と振り返った。菅家さんの弁護人、佐藤博史弁護士は10月21日に始まる再審公判について「どうして自白が行われたのか解明する公判にしたい」と語った。また、枚方談合事件で競売入札妨害(談合)の罪に問われ、無罪が確定した小堀隆恒元枚方市副市長(63)も出席。「『2度と枚方に住めないようにしてやる』などと怒鳴る人権無視の取り調べが繰り返された。可視化しないと冤罪が生まれる」と主張した。可視化をめぐり、民主党は警察や検察に容疑者取り調べの録音・録画を義務付ける刑事訴訟法改正法案(可視化法案)を10年の通常国会に提出する方向で検討している(09年09月27日付『産経新聞』)。
09年9月28日、菅家さんの弁護団は、宇都宮地検に対し、女児と母親のDNA型鑑定結果の開示を求める意見書を宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)に提出した。意見書によると、再審請求の即時抗告審でのDNA型再鑑定結果を受け、宇都宮地検は09年5月、真実ちゃんのへその緒と母親のDNA型鑑定を実施した。検察側はその後、警察庁科学警察研究所(科警研)の旧DNA型鑑定の誤りを指摘した弁護側鑑定結果は、女児のDNA型を誤って鑑定した可能性があるとして、証拠能力を疑問視していた。弁護団は再審で科警研のDNA型鑑定に関する証拠調べを求めており、「(母親らのDNA型鑑定結果は)証拠調べの必要性に密接に関係する」と指摘している(09年09月28日付『毎日新聞』)。
09年9月29日、警察庁は、全国警察本部の捜査関係課長を集めた会議を都内で開き、安藤隆春長官は、足利事件で犯人とされた菅家利和さんが長期間服役したことについて「大変遺憾」と述べた。その上で安藤長官は、「この機に、確固たる決意をもって真に法と証拠に基づいた緻密かつ適性な捜査の徹底に取り組んでいただきたい」と指示した。さらに、取り調べで得られた容疑者の供述については、「容疑者にとって不利、有利を問わず、裏付け捜査を徹底し、信用性を慎重に吟味するよう配意されたい」と、的確な捜査指揮を求めた(09年09月29日付『産経新聞』)。
09年9月29日、宇都宮地検の幕田英雄検事正が10月5日に菅家さんに直接謝罪する。同地検によると29日、弁護団に謝罪の日時や場所を打診したところ、10月5日の日程が決まったという。同日は再審公判に関する裁判所、検察、弁護団の三者による打ち合わせが午前10時から予定されている。段取りなどは調整中だが、打ち合わせの前に菅家さんが同地検に出向いて検事正と面会する(09年09月30日付『産経新聞』)。
09年9月29日、菅家さんと佐藤弁護士が、八王子市の創価大学で講演を行った。菅家さんは学生ら約350人を前に「謝罪を受けても許せない。これから始まる再審では単に無罪をもらうのではなく、中身のある結果をもらいたい」と訴えた。講演は法律家を目指す学生に人権の大切さについて考えてもらおうと、同大法科大学院と法学部が主催。佐藤弁護士は「弁護士の仕事は、容疑者の声にしっかり耳を傾けること」と呼び掛け、警察などが保管する菅家さんの取り調べ録音テープに関し「今後開示されれば、無実の人の思いを真剣に考えるきっかけになる」と強調した(09年09月30日付『毎日新聞』−「都内版」)。
09年9月30日、新聞社や放送局、出版社などでつくるマスコミ倫理懇談会全国協議会の第53回全国大会を前に、大会開催地の松山市で、佐藤弁護士が講演、同事件の報道について「マスコミは権力の手先となって暴走し、無実を求める真実の訴えに気付かなかった。二度と手先にならないで」と述べた。講演には菅家さんも同席。佐藤弁護士は、菅家さんが容疑者として浮上したとの警察のリークを受けた報道がきっかけとなり、DNA型鑑定の本格導入に復活折衝中だった予算が付いたと指摘。また、菅家さんが一審公判段階で否認に転じた後、「極刑を恐れて否認したのでは」との記事が掲載された一方で、報道で知った主婦が菅家さんに面会して励ましたことを挙げ、「法廷を傍聴した記者でなく、報道を見た人が真実にたどり着いた。報道機関の目は節穴だということです」と強調した(09年09年30日配信『共同通信』)。
09年10月5日、宇都宮地検の幕田英雄検事正は、菅家さんと面会し、「無実の菅家さんを誤って起訴し、長い間苦しめたことについて、大変申し訳なく思う」と謝罪した。検察側の直接謝罪は初めて。警察は6月、栃木県警の石川正一郎本部長が直接謝罪している。菅家さんはこの日午前9時すぎ、佐藤弁護士と同地検を訪れ、緊張した面もちで幕田検事正の待つ会議室に入室した。謝罪にあたり幕田検事正は「(無実の人を起訴することは)検察としてはあってはならないこと。再発防止にしっかり取り組んでいく」と話した。また約30分間の面会を終えた菅家さんは、報道陣に、「直接会って納得した。私と同じようなことは絶対あってはならないと話した」と述べた。謝罪が釈放から4か月後になったことに、「時間はかかったが、今日を迎えられ、許す気持ちになった。ただ、当時起訴した検事と会えないのは残念だ」と語った(09年10月05日付『産経新聞』&『毎日新聞』)。
09年10月5日、宇都宮地検は、菅家さんが自白したとされる79年と84年の別の2件の女児殺害事件(いずれも不起訴処分)について、同地検と栃木県警がそれぞれ取り調べの様子を録音したテープを弁護団に開示した。21日の足利事件の再審初公判に向け、宇都宮地裁を交えた法曹三者による最終的な打ち合わせの後、手渡された。開示されたのは、地検12本、県警3本の録音テープの複製のほか、捜査段階の菅家さんの供述調書45通、捜査官が作った取り調べに関する上司への報告書8通、取り調べを担当した検事のノート2冊という。テープはすべて足利事件で起訴された91年12月21日以降のもので、菅家さんが別の2事件について自白から否認に転じる過程が録音されているとみられる。弁護団は検察側との事前の申し合わせにより、テープの具体的な中身について明かさない方針(09年10月05日付『朝日新聞』)。
09年10月5日から、警察庁は東京・府中市の警察大学校で、全国の捜査幹部48人を対象に、容疑者の取り調べの方法を指導する新カリキュラム「取り調べ専科」をスタートさせた。 富山県の婦女暴行事件や鹿児島県の選挙違反事件などで無罪判決が相次いだ反省から、不適切な取り調べを根絶するのが狙い。9日までの日程のうち、7日の講義には、佐藤弁護士を招き、警察の取り調べの問題点を指摘する。佐藤弁護士は、容疑者の取り調べの全過程を録音・録画する「可視化」を訴えており、可視化に慎重な同庁とは立場が異なるが、同庁は「足利事件の経験を警察としても教訓にしたい」としている。佐藤弁護士は「容疑者を朝から晩まで、ぎりぎりと追及するのが取り調べではないとわかってもらいたい。不適切な取り調べを防ぎながら事件を解決する方法を弁護士の立場から提示したい」と話している(09年10月05日付『読売新聞』)。
09年10月6日、菅家さんの取り調べ録音テープの存在が明らかになった問題で、別の2人の女児殺害事件=不起訴=だけでなく、足利事件そのものについても菅家さんがいったん否認し、再び「自白」に転じる様子が録音されていたことが、事件関係者の話でわかった。足利事件に関する供述の録音の存在が明らかになったのは初めて。複数の事件関係者によると、この供述が録音されていたのは92年12月初旬の2日間。足利事件について犯行を「自白」していた菅家さんが初めて否認に転じた第6回公判(同年12月22日)の直前にあたる。不起訴が決まっていなかった別の2件の女児殺害事件を取り調べていた。関係者によると、別の2幼女殺害事件について検察官から取り調べを受け、足利事件について「やっていません」と否認に転じた。ところが、検察官に「どうして調べや裁判で認めたのか」と問われると、菅家さんは「やっていないと言っても信じてもらえなかった。警察官には、法廷で同じことを言うように言われた。どうして認めたのかよくわからない」などと答え、足利事件当日のアリバイを詳細に説明したという。菅家さんは翌日の取り調べでも、検察官から足利事件について「君がやったんじゃないのか」と聞かれ、「違います」と否定した。しかし、検察官から「女児の下着に付いている遺留物や唾液(だえき)が一致している」などと約30分にわたって追及されると、「私がやった。一年間(足利事件のことを)考えると苦しかった。昨夜はご飯も食べられず、認めてすっきりした」と自白に転じたという(09年10月07日付『東京新聞』)。また、起訴前の調べで「自白」した理由について「検察官も怖かったからだ」などと話したとされる。検察側は当初、テープは足利事件とは別事件の取り調べのものだとして開示を拒んできたが、再審協議で「本件(足利事件)の自白の任意性に影響を及ぼした可能性を否定できない」と地裁から促されて開示した。弁護側は「自白の任意性を調べる重要な資料で、法廷で再生されるべきだ」と主張している(09年10月07日付『朝日新聞』)。こうしたやりとりは拘置所内で行われ、弁護人には知らされていなかった。菅家さんは93年1月の第7回公判で再び自白。同年6月の第10回公判以降は一貫して無罪を主張した(09年10月07日付『読売新聞』)。
09年10月7日、佐藤弁護士が、警察大学校(東京都府中市)の取り調べ適正化などを担当する全国警察本部の幹部らが受講した「取調べ専科」で講演し、「DNA鑑定を過信した結果、誤った供述を導き、(菅家さんを)犯人と信じ続けた」と発言。冤罪で失われた警察の信頼を、取り調べへの全面的な録音録画の導入と、取り調べ技術の向上で回復するよう訴えた。警察庁は取り調べ適正化指針を作成し、その一環で講演が実現。佐藤弁護士は「DNA鑑定がなかった時代の捜査官ならば、もう少し供述を吟味したのではないか」と述べ、最新の科学技術の導入が捜査力の低下につながった可能性を指摘した。すでに取り調べの全過程を録音録画する「全面的可視化」を取り入れている英国では、取り調べは「インタビュー」と呼ばれ、捜査官があらかじめ質問票を作成し、取り調べではそれを淡々と容疑者に質問。その様子を録音録画するという。佐藤弁護士は英国での事例を紹介しながら、「今後、日本でも、説教などを含んだ取り調べはできなくなるだろうから、警察は英国のやり方を学んで取り調べの精度を高めるべきではないか」と主張した(09年10月08日付『産経新聞』)。
09年10月8日、弁護団は、菅家さんが別の2つの女児殺害事件(未解決)の取り調べを収録した録音テープのなかで、足利事件をいったん否認しながら再び自白に転じる供述が含まれていたことが明らかになったことを受け、録音テープの詳細を書面で公表した。弁護団は取り調べテープをすべて法廷で再生するには、20時間以上必要とした上で、「ハイライト部分だけを再生するなら約1時間で足りる」などと説明、再審公判の中での再生を強く求めている。弁護団によると、問題の供述は足利事件公判中の92年12月7〜8日、宇都宮拘置支所での取り調べで出た内容で、録音は約3時間半。7日に検事が「本当のことを話してほしい」と問い掛けると、菅家さんは足利事件について「やっていないんです」と否認、事件当日のアリバイを説明した。公表された担当検察官と、菅家さんのやり取りは次の通り(09年10月09日付『産経新聞』&『毎日新聞』)。
92年12月7日
検察官「今日は、これまで君がどう話してきたかではなく、本当のことを知りたい。楽な気持ちで話してもらいたい。本当にやっていないのなら、やっていないということで構わない」
菅家さん「本当言うと」
検察官「うん」
菅家さん「いいですか」
検察官「いいよ」
菅家さん「やってません」
検察官「やっていないの。(別の女児殺害事件2件の)どちらも。それとも片方だけ」
菅家さん「どちらも」
検察官「どちらも」
菅家さん(涙ながらに)「はい(足利事件への関与も否定)。警察ではやりましたと話しました。だけどやっていないんです。本当です。本当今までうそをついてすみませんでした」
同年12月8日
検察官「君から変なことを聞いたので今日来た。DNA鑑定でね、君と、君の体液と一致する体液があるんだよ」
菅家さん「全然それ、分かんないんですよ、本当に。絶対、違うんです」
検察官「君と同じ体液を持ってる人が何人いると思ってんの」
菅家さん(沈黙)
検察官「どうなんだい。ずるいんじゃないか。君、なんでぼくの目を見て言わないの、そういうこと。さっきから君は、僕の目をなんども見てないよ」
菅家さん「ごめんなさい、すいません。ごめんなさい、勘弁してください。勘弁してくださいよお。勘弁してくださいよお。すいません」
検察官「人の命にかかわる事件にかかわっているのなら、うそを言って罪を免れようとするのは人間として失格じゃないか」
その後、菅家さんはあらためて、足利事件を“自白”したが、2週間後の公判で否認した。
弁護団は、検察側はテープと足利事件の関係について「回答を差し控える」としていたことを批判。対応が誠実でないとして、再審裁判の担当検事の交代を求める意見書を宇都宮地裁に来週にも提出する。検事が初公判に出廷すれば菅家さんは出廷しないとしている。また弁護団は、宇都宮地検から受け取った録音テープや捜査報告書、供述調書の証拠調べや、取り調べをした検事の証人尋問も地裁に求める予定(09年10年09日配信『共同通信』)。また、弁護団は会見で「検察側は足利事件についての録音テープはないと説明してきた」と批判した(09年10月09日付『東京新聞』)。
09年10月10日、菅家さんが、不起訴となった別の女児殺害事件について栃木県警の取り調べを受けた際の録音テープに、捜査員の問いかけに応じて「自白」内容を変えている場面があることが関係者の話で分かった。関係者によると、やりとりがあったのは、菅家さんが足利事件で起訴される前日の91年12月20日。79年に足利事件の現場近くで起きた女児殺害事件について、県警の捜査員2人が足利署で調べた。「(犯行を)いつやったの」という捜査員の問いかけに菅家さんが2度「仕事が終わってから」と答えた後、捜査員が「昼なら明るかんべ。夜だと暗くなるだろ」と指摘すると、菅家さんは「じゃあ夜です」と供述を変えた。また、遺体を殺害現場とされた神社から約2キロ離れた河川敷に運んだ手段を捜査員が尋ねると、菅家さんは「自転車にひもで縛った」と供述。捜査員が「それ、落ちるだろう」と問い返したところ、菅家さんは「ビニールの袋(に入れた)」と応じ、捜査員は「透き通っていないものだな」と念を押した。菅家さんの弁護団は「誘導があった」として自白の任意性を調べるため、再審では検察の取り調べ録音テープとともに証拠調べを求める方針。一方、取り調べ当時の県警の元捜査幹部は「誘導は一切なかった」と話している(09年10月10日付『朝日新聞』)。
09年10月10日、菅家さんと主任弁護人の佐藤弁護士、東京都内で開かれた市民団体「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」が主催の死刑廃止を訴える集会に参加。宇都宮地検の検事に取り調べを受けた際の録音テープの内容を明らかにし、取り調べの全面可視化の必要性を訴えた。公表したのは、宇都宮地裁で事件の審理が続いていた92年12月7、8日に行われた取り調べ内容。犯人であることを否認しようとした菅家さんを「DNA鑑定でね、君のと一致する精液があるんだよ。同じ精液を持っている人が何人いると思ってんの?」などと問い詰め、再び犯行を認めさせるまでを再現した。佐藤弁護士は、地検がこのテープの公開を禁じていることを明らかにし、「再審公判でも、鑑定人一人の証人尋問だけで無罪判決を出してもらおうと思っている」と批判。「私たちが求めるのは、なぜこのような冤罪が起きたかを明らかにすることだ」と述べ、「足利事件は、ようやく開いたパンドラの箱(真相解明への道)を、再び閉じようとしている者(地検)との戦いになった」と支援を求めた。集会は、プログラムの後半では、退職裁判官を対象に実施したアンケートに基づき、回答した106人の元裁判官のうち87人(82%)が「刑事裁判で誤判は避けられない」と述べていることが明らかにされた。死刑制度への賛否は賛成50%、反対45%とほぼ拮抗(きっこう)した。「誤判は避けられない」という回答は、死刑反対派で87%、死刑賛成派でも81%を占め、死刑への賛否にかかわらず、大半の元裁判官が「裁判も誤りから逃れられない」と考えていることが分かった(09年10月10日付『東京新聞』)。
09年10月11日、63歳の誕生日を迎えたこの日、菅家さん(63)が、千葉市のJR千葉駅前で冤罪防止を訴えた。今回の街頭活動は、千葉刑務所にいた菅家さんを支援していた日本国民救援会千葉県本部が企画。菅家さんは「再審で私の気持ちを話す。これからも頑張るので支援をお願いします」と呼びかけた。市内の居酒屋で支援者から花束などを贈られ、「45歳で逮捕された時から、自分の時間は止まっている。気持ちは46歳なんだけど、だいぶ年をとっちゃった」と照れ笑いを見せていた(09年10月12日付『読売新聞』)。
09年10月13日、千葉景子法相は記者会見で、容疑者取り調べの可視化(全過程の録音・録画)実現に向け、法相、副大臣、政務官の政務三役と刑事局の担当者による勉強会を省内に設置すると発表した。千葉法相は「可視化のメリットは何かや、捜査に与える問題点はあるのかを詳細に議論し、整理していく」と語り、最終的に報告書にまとめる考えを示した。その後、法制審議会(法相の諮問機関)に諮る可能性があり、10年の通常国会への法案提出については「なかなか簡単ではない」と語り、立法時期の見通しは明らかにしなかった。可視化をめぐっては、国家公安委員会でも議論を始めており、中井洽国家公安委員長は同日の記者会見で「私的な勉強会のほか、警察庁の中にも勉強会を設置して、2本建てでいきたい」と言明。千葉法相は「(今は)共同してやる段階ではない」と語り、政府内の2カ所で協議が進められていくことになりそうだ。可視化実現は、民主党の衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げられていた(09年10月13日付『東京新聞』)。
09年10月13日、菅家さんが取り調べの様子を録音したテープについて、再審公判での再生などを求める直筆の要望書を宇都宮地検に提出した。「要望書」と題した手紙は同地検の幕田英雄検事正あてで、便せん6枚。5日に幕田検事正の謝罪を受けたことについて、「お心のこもった丁重なお言葉を聞いて、私の気持ちも少しは、いやされたように思います」と記した一方、「取り調べテープは、DNA鑑定と並んで、私が無実であることを示す重要な証拠です。(中略)テープを裁判所で証拠調べし、公表することを認めて頂くことが必要です」とする内容。また、菅家さんは当時の担当検事の証人尋問も求めている(09年10月13日付『産経新聞』&09年10月14日付『毎日新聞』)。
09年10月16日、警察庁は2010年度予算の概算要求内容を公表し、取り調べの可視化(全過程の録音・録画)と、司法取引の導入を含む新たな捜査手法の調査研究費用として4800万円を計上し、中井洽(ひろし)国家公安委員長は同日の閣議後会見で、海外での実地調査や有識者研究会を「1年半から2年かけてやっていきたい」と述べた(09年10月16日付『産経新聞』)。
09年10月19日付朝日新聞は、「DNA確度低く、自白必須」 足利事件の地検内部資料=「足利事件」で菅家さん(63)について、宇都宮地検が捜査段階で、DNA型鑑定の確度が低いため「自白」がなければ逮捕できないという方針を警察に示していたことを入手した内部資料で報道。それによると、菅家さんが1審公判の途中で足利事件について否認に転じた際、検事が再び「自白」を迫ったことが取り調べを録音したテープで明らかになっているが、DNA型鑑定の確度が低いという認識を持ちながら「君と同じ体液を持っている人が何人いると思っているの」などと追及していたことになる。弁護団は誘導的な取り調べがあったとして、録音テープを「法廷で再生すべきだ」と主張、09年10月21日から始まる再審公判で証拠として調べるよう求める方針。朝日新聞が入手した内部資料は、1審公判中の92年3月に、宇都宮地検が上級庁あてに作成した捜査報告書。弁護側がDNA型鑑定の信用性に疑問をさしはさんで証拠採用に同意しなかったため、公判に鑑定人を呼んで証人尋問する直前の時期だった。捜査報告書の中で、地検は菅家さんを逮捕・起訴する前の捜査の経過を記載。DNA型鑑定の結果が「確率としては1000人に1.244人」と低かったため、「ただちに被告人を検挙するには問題が残る」として、警察に「被告人を任意で調べて自供が得られた段階で逮捕するよう指示した」と書かれていた。捜査報告書にはまた、DNAの構造に関して「現在では高校の教科書にも出てきているが、26年も前に高校を卒業した検事は学校で学んだことがなく、目下、高校生物の受験参考書を買い求めて悪戦苦闘中」と、知識の浅さを告白するような記述もあった。92年12月8日の取り調べを録音したテープでは、前日に突然否認に転じた菅家さんに対し、検事が「DNA鑑定で君の体液と一致する体液があった」と、「自白」を迫り、菅家さんが「絶対に違うんです」と反論すると、検事が「君と同じ体液を持っている人が何人いると思っているの」と問いつめ、「自白」させる様子が録音されていた(09年10月19日付『朝日新聞』)。
09年10月19日付読売新聞は、「説明ないと収まらない」徹底検証求める菅家さんとのタイトルで、再審初公判を控えた菅家さんのインタビュー記事を掲載した。その中で菅家さんは、無罪判決を待ち望む一方で「単なる無罪判決では納得できない。なぜ自分を犯人にしたのか聞かないと、裁判は終われない」と事件の徹底検証を求める心情を吐露した。09年6月4日に釈放されてから、法的には「刑の執行停止中の被告」という立場。再審で無罪判決が出て、初めてこの立場から解き放たれる。刑事補償手続きなども、無罪が確定しないと始まらない。横浜市内のアパートで一人暮らしをしながら、講演などで忙しい日々。「釈放されて気分は楽だけど、裁判があるから、もやもやしている」と、複雑な心境をのぞかせた。しかし、逮捕後に取り調べた捜査官やDNA型の鑑定人、裁判官らに話が及ぶと、「裁判に全員出て、説明してくれないと気持ちが収まらない。そうでないと灰色無罪になってしまう」と語気を強めた。10月上旬、宇都宮地検が保存していた取り調べの録音テープを聴いた。17年前の自分は、足利事件への関与をいったん否認しながら、検事に追及されて涙ながらに「自白」した。「本当にむなしかった。テープを聴いて頭にきちゃった。絶対許さない」。時間がたつにつれ、怒りは冷めるどころか、大きくなった。再審を前にした宇都宮地裁、地検、弁護側による三者協議にも出席。佐藤正信裁判長に「ちゃんとやってもらわないと、私の17年半が無駄になる」と直訴した。再審開始が迫る今、期待と不安が交錯する。「自分は昔、気が弱くて、意見が言えない人間だった」と振り返り、「だけど」と口調を改めた。「今は違う。(初公判で)『私はやっていない』って、はっきり言いますよ」(09年10月19日付『読売新聞』)。
なお、宇都宮地裁は「誤判原因の解明を目的とするのは裁判所の権限を逸脱する」としつつも、弁護団に「(証人尋問などの)証拠調べは刑事裁判の目的から離れていない」と説明、「審理は半年程度」との見解を示した。しかし、公判回数や審理計画の全容は、弁護団にも告げていない。弁護団は「裁判所は事件の検証に積極的」と受け止めており、逮捕の決め手となったDNA型鑑定の誤りや、公判での自白に任意性がなかった点の証明などを目指す。また、公判では菅家さんに「被告人」と呼びかけないように求めている。さらに、宇都宮地検が別の幼女殺害事件で菅家さんを取り調べた際の録音テープの再生と、当時の担当検事の証人尋問を求めている。テープには、足利事件で否認から自白に転じた様子が録音されており、弁護団は「検事は起訴後の足利事件について聞いており、公判での自白に影響を与えたことは明らか」と指摘する。これに対し、宇都宮地検は「再審の目的は一刻も早く無罪判決を出し、菅家さんの自由と名誉を回復すること」(高崎秀雄次席検事)とする。鈴木教授の証人尋問は同意して第2回公判で行われるが、「無罪の証拠としてはこれで十分」と主張。弁護団が求める他の証拠調べは必要ないとする。公判回数も7回程度とする弁護側と、3回を想定する検察側に隔たりがある(09年10月19日付『読売新聞』)。
20日、宇都宮地検は、弁護団が宇都宮地検のDNA型鑑定の確度が低いため「自白」がなければ菅家を逮捕できないという方針を地検が警察に示していた「捜査報告書」の証拠開示命令を宇都宮地裁に申し立てた問題で、弁護団の請求を棄却するよう求める意見書を同地裁に提出した。
20日、菅家さんと佐藤弁護士が、中京大学法学部で講演した。講演には法学部の学生や一般参加者ら約500人が出席した。菅家さんは警察の取り調べで虚偽の自白をした状況について「朝から晩まで『お前が犯人だ』の繰り返し。このやろうと思ったが、密室で周りは警察官ですから言えない。どうでもいいと思い自白した」と話した。また「皆さんの中にも弁護士になる人がいたら、立派な弁護士になってください」と呼びかけた。一方、佐藤弁護士は菅家さんの無期懲役判決の有力な証拠となった当時のDNA鑑定について「DNA神話によって自白の吟味を怠り、真実が逆に見えなくなった」と指摘。菅家さんが拘置所から家族らにあてた無実を訴える手紙を紹介し「法律家はこの手紙から真実を読み取れなかった。法律の勉強をする前に一番大事なものを勉強しないと何の意味もない」と当時の裁判官らを批判した。講演後、菅家さんは21日に始まる再審公判について「無罪判決をもらうのは、当時の裁判官や検察官、科警研(警察庁科学警察研究所)の人たちが法廷に出てからだ」と記者団に語り、冤罪が生まれた原因の究明を求めた(09年10月20日付『毎日新聞』)。
菅家さんの再審が21日、宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)で始まった。一般傍聴席50席に対し、972人が列を作った。菅家さんは「私は殺していません。真犯人は別にいます」と改めて無実を訴えた。検察側も無罪判決を求める方針で、DNA型の再鑑定によって逮捕から17年ぶりに受刑者が釈放された事件は、10年春にも無罪が言い渡される見通(09年10月21日付『朝日新聞』&『産経新聞』)。死刑か無期懲役の確定事件で再審公判が開かれるのは「島田事件」(89年無罪確定)以来20年ぶり。佐藤裁判長は冒頭、「有罪となった確定審における判断が誤判であるかを明らかにする」と再審の意義を説明した。「今度こそ、足利事件の真実を見抜いていただきたい。この裁判には、刑事司法の未来がかかっている」として、有罪の決め手とされた警察庁科学警察研究所(科警研)のDNA型鑑定がどのように行われたのか、パソコン画面をスクリーンに映し出して解説した弁護側が求めた誤判原因の解明については「模索的な証拠調べは許されない」としながらも、裁判手続きに違法があったかを判断するために必要な証拠調べはできるとの考え方を示した。菅家さんかどうか確認する際には、「被告」と呼ばず、本人や弁護団の要望通り「菅家さん」と呼んだ。続いて検察側が約30秒間、92年の1審公判と同じ内容の殺人罪などの起訴状を朗読。菅家さんが否認した後、裁判所が遺体の発見状況などこれまでの公判で出された証拠の内容を説明した(09年10月21日付『毎日新聞』&『日経新聞』&『東京新聞』)。
この日宇都宮地裁には、16年間にわたって菅家さんを支援してきた栃木県足利市の主婦西巻糸子さん(59)の姿があった。午前7時半頃、宇都宮地裁に到着した西巻さんは、「いろんな人の支援があってこの日を迎えることができた」としみじみと語り、「菅家さんには法廷で落ち着いて頑張ってほしい」とエールを送った。2人とも幼稚園バスの元運転手。路上でバスがすれ違えば敬礼し合った菅家さんの逮捕に、「楽しい仕事をしているあの人が……」と疑問を抱いた。宇都宮地裁で1審の公判が続いていた93年春頃、いったんは否認した菅家さんに「やっていないなら、言った方がいい」と手紙を書いた。拘置所で面会すると、「やっていません」の言葉。冤罪を確信し、94年に「菅家さんを支える会・栃木」を結成した。街頭でチラシを配ると、「犯人をかばうのか」などと非難されることもあったが、DNA型鑑定の問題点などを丁寧に説明し、支援を求めた(09年10月21日付『読売新聞』)。
同氏の支援のきっかけは、「子どもと接する仕事の人がこんな事件を起こすのか」という、「主婦」の素直な疑問だった。その疑問に突き動かされた。1993年5月、宇都宮拘置支所で初めて面会。「実際に会って話をして、その後、現地調査で河川敷など現場を歩き、無実を確信しました」。以来、あきらめたことはないという。ようやく開いた再審無罪への扉。同氏は、「菅家さんも法廷で『冤罪の被害者が二度と出ないように』裁判所はしっかり原因を究明してほしい」と訴えた(09年10月22日付『下野新聞』)。
また、元死刑囚で初めて再審無罪となった免田栄さん(83)も沿道で出迎え、「元気でやれ」と激励した。菅家さんは「ありがとうございます」と頭を下げ、10秒間ほど力強く握手を交わした(09年10月21日付『産経新聞』)。
菅家さんの再審初公判は同日午後も宇都宮地裁で続き、地裁は11月24日に開かれる第2回公判でDNA再鑑定人2人の証人尋問をすることを決めた。弁護側が証拠調べを求めた、別の女児殺害2事件での菅家さんの取り調べ録音テープについては、検察側に地裁への提出を命じたが、法廷での証拠として採用するかどうかの判断は示さなかった。証人尋問が決まったのは、東京高裁の再審請求即時抗告審で鑑定をした本田克也筑波大教授(弁護側推薦)と鈴木広一大阪医科大教授(検察側推薦)。このほか警察庁科学警察研究所(科警研)の福島弘文所長の証人尋問を検察側、弁護側双方が申請した。弁護側は意見陳述で「当初のDNA鑑定と自白の両方とも刑事裁判では使えない証拠として証明する」とし、この3人のほか取調官だった森川大司元検事の証人尋問も求めた。鈴木教授については検察側も「菅家さんは本件の犯人ではないことを証明するため」として証人尋問を求めた。弁護側は菅家さんが家族にあてた手紙や、当初の公判での供述を朗読し変遷ぶりを強調した(09年10月21日配信『共同通信』)。
さらに元東京高裁判事の木谷明・法政大法科大学院教授(刑事法)は「確定審で調べた証拠の証拠能力を検討するという論理により、誤判原因の究明を事実上可能にした弁護団の力量を評価したい。地裁は弁護団が求める証拠調べをかなりの程度認めるのではないか」と指摘した(09年10月22日付『下野新聞』)。
再審初公判での検察側冒頭陳述(全文)と弁護側冒頭陳述(要旨)は以下の通り
◇検察側(全文)
菅家利和さんは本件の犯人ではなく、検察官は、本件については早期に無罪の言い渡しがなされるべきものと考えている。
◇弁護側(要旨)
■基本方針
警察庁科学警察研究所(科警研)のDNA型鑑定と菅家氏の捜査段階と公判での自白には証拠能力がない。よって、本件の証拠から排除するよう申し立てる。
有罪証拠はDNA型鑑定と自白だけであるから、これらが排除されれば有罪証拠は存在しない。また、二つのDNA型再鑑定(検察側推薦、弁護側推薦)は科警研の鑑定に証拠能力がないことの証拠であり、菅家氏が犯人ではないことの証拠でもある。
従って、菅家氏の無罪判決の理由は(1)本件の有罪証拠が完全になくなったこと(2)DNA型再鑑定によって菅家氏の無実が明らかになったこと――でなくてはならない。
検察官は、DNA型鑑定と自白に証拠能力がなかったことを認めず、DNA型再鑑定で菅家氏の無実が明らかになったことだけを理由とした無罪判決を求めている。しかしそれは、誰にも落ち度はないとして決着を図ろうとするものであって、断じて容認することはできない。
■DNA型鑑定の排除
(菅家氏の有罪を確定させた)最高裁決定が、科警研の鑑定の証拠能力を肯定したことは明白な誤判である。鑑定以前の誤鑑定で、証拠能力があるはずがない。
■自白の排除
菅家氏の捜査段階の自白には任意性がない。
警察官は髪を引っ張る、け飛ばす、机をたたく、「馬鹿面をしているな」と侮辱するなど違法な取り調べを繰り返して恐怖心を抱かせ、DNA型鑑定を決め手に「科学捜査の時代だ」「証拠がある」と告げて自白を迫った。
検察官に対する自白も警察官に対する自白の影響下にあり、検察官もDNA型鑑定を突きつけて自白させた。
菅家氏は1審の初公判や公判途中に裁判官の前で自白した。しかし、捜査段階の威圧的な取り調べの影響を受けており、公判の合間になされた警察官と検察官の起訴後の取り調べの強い影響下にあったことが、取り調べ(を録音した)テープによって明らかとなった。
検事によるテープは驚くべきことに、菅家氏は別件で勾留中の92年1月28日に本件事件も否認しようとしたが、検事によって抑え込まれたことを明らかにしている。起訴後の取り調べがなければ、菅家氏が初公判で無実を訴えたことも十分にあり得る。
自白の任意性は、疑いがあれば否定しなければならないことは刑事訴訟法が定める通り。「無実の菅家氏が公判廷で任意に自白した」などということはおよそ背理である。
■証拠排除に伴う証拠調べ
(弁護側推薦の再鑑定人だった)本田克也教授の再鑑定▽再鑑定人の証人尋問▽福島弘文・科警研所長の意見書▽科警研の鑑定に関する証人尋問▽自白に関する取り調べテープなどの取り調べ▽自白に関する(主任検事の)証人尋問▽宇都宮地検が上級庁にあてた捜査報告書――の証拠調べを求める。
本田鑑定書は菅家氏が犯人でないことを明らかにすると同時に、科警研の鑑定が科学的に誤りであることを白日のもとにさらした。
取り調べテープは別の2事件に関するものだが、菅家氏はこのテープで無実の別件についても「自白」させられている。テープを聴けば、菅家氏が自白すれば死刑になるかもしれない事件で容易に虚偽の自白をする人物であることが理解されるだろう。
22日、宇都宮地検は21日の初公判で宇都宮地裁から提出命令を受けた別の女児殺害事件2件(いずれも未解決)に関する菅家さんの供述調書や上申書、県警の捜査報告書を地裁に提出した。焦点の菅家さんの取り調べ録音テープ計15本分はダビングを終え次第提出する。録音テープの内容を書面化した反訳文は弁護団が提出する。地裁は録音テープや供述調書の内容を検討した上で、証拠採用するかどうか判断する方針(09年10月23日付『下野新聞』)。
23日、1961年に女性5人が殺害された三重県の名張毒ぶどう酒事件と67年に茨城県で男性が殺害された布川事件で、再審を目指す元被告らの支援集会が名古屋市で開かれ菅家さんも参加した。集会は市民団体が主催。布川事件で無期懲役確定後に仮釈放され、再審請求中の桜井昌司さんも参加し、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝被告(83)の弁護人らとともに現状を報告、最高裁による再審開始の早期決定を求めた。桜井さんは「近々、最高裁の決定が出ると思うが、勝つと確信している」と語った。名張毒ぶどう酒事件では、名古屋高裁の再審決定の取り消しを不服として奥西被告が特別抗告中。布川事件では、東京高裁で再審開始決定が支持されたが、検察側が特別抗告している(09年10月23日付『共同通信』)。
28日宇都宮地検は、菅家さんを別の幼女殺害事件で取り調べた際の録音テープ15本を宇都宮地裁に提出したと発表した。関係者によると、地裁がテープの証拠調べを行うと判断した場合、地検はテープ15本(計24時間45分)のすべてを法廷で再生するよう求める方針。録音テープは10月5日に地検から弁護団に開示された。弁護団は「取り調べが自白の任意性に影響を与えていたことは明らか」として、21日の再審初公判でテープの証拠調べを請求。地裁が証拠採用の採否判断のため地検にテープの提出を命じていた。これを受け、地検が27日に提出した。検察側は「再審は早期の無罪判決が目的で、テープの証拠調べは必要ない」と主張。関係者によると、証拠調べが行われる場合には、「自白の任意性に影響を与えていないことが明らかになる」として、弁護側が指摘する部分だけでなくテープすべての再生を求める考えだという。地検の高崎秀雄・次席検事は「当時の検察や警察の取り調べはオーソドックスなもので、誘導などは行われていないと考える」としている(09年10月28日付『読売新聞』)。
30日、第3回公判が12月24日に開かれることが決まったことを弁護団が「宇都宮地裁から連絡があった」と明らかにした。弁護団によると、第3回公判では、警察庁科学警察研究所(科警研)の福島弘文(前信州大学医学部教授。厚生労働省が始めた戦没者遺骨のDNA鑑定事業にかかわった)所長への証人尋問が行われる予定。福島所長の証人尋問は当初、弁護側だけが請求していたが、弁護側推薦でDNA型再鑑定を行った本田克也・筑波大教授の証人尋問が第2回公判(11月24日)で実施されることが21日の再審初公判で決まり、急きょ検察側が「(本田鑑定に)反論する必要がある」として福島所長の証人尋問を求めた(09年10月30日付『読売新聞』)。
31日、菅家京都弁護士会など主催のシンポジウム「科学的証拠(DNA)と『自白』は信用できるのか」が京都市上京区の同志社大学寒梅館で開かれた。パネリストとして参加した菅家さんは「私を調べた検察官に法廷に出てきてもらい、話を聞いてもらいたい」と改めて訴えた。シンポジウムでは、事件の経過を追いながら、菅家さんがどのような心境で「自白」に至ったのかを説明。13時間にわたる取り調べで「何回やってないと言っても受けつけられず、肉体的にも精神的にも疲れた」と振り返った。また、拘置所にいた菅家さんが家族へ送り続けた手紙も、配布された冊子で公開。「おれのことは絶対信じてください」「無実の人間が犯人にされてはたまらないです」などとつづられており、菅家さんは「やっていないから、家族にだけは言い続けたかった」と当時の心情を吐露した(09年10月31日付『産経新聞』)。
11月11日、弁護団は菅家さんの取り調べを録音したテープの内容を弁護団が報道機関に公表したことについて、検察側が「訴訟書類の目的外使用に当たり違法」とする意見書を宇都宮地裁に提出したことに対し、「公益上の必要性が認められ、違法には当たらない」と反論する書面を、また、再審公判での法定内撮影をめぐり、「菅家さんは『被告人』ではなく、公判は菅家さんの名誉回復のためにある」として、菅家さんが入廷した状態での法廷内のカメラ撮影を求める上申書も同地裁に提出した(09年11月11日『産経新聞』)。
11月19日までに宇都宮地裁は、2回以降の再審公判で、菅家さんが法廷内にいる状態での撮影を報道機関に認めるよう求めたのに対し、が許可しないと判断したが、地裁は詳しい理由は明らかにしなかった(09年11月19日『産経新聞』)。
11月22日までに警察庁は足利事件の教訓から、DNA型鑑定を実施した鑑定試料について、全国に約1200ある警察署全署にマイナス20度の冷凍庫を配備し、再鑑定に向けた態勢を整える方針を固めた。足利事件では、試料が常温で長期間保管されていたため劣化の可能性があり、再鑑定の可否が懸念されていた。冷凍保存が進めば、再鑑定に耐えうる試料が増え、冤罪防止にもつながるとみられる。警察の捜査活動全般について定める犯罪捜査規範で、「血液、精液、唾液(だえき)、臓器、毛髪、薬品、爆発物等の鑑識に当たっては、なるべくその全部を用いることなく一部をもって行い、残部は保存しておくなど再鑑識のための考慮を払わなければならない」と規定され、DNA型鑑定試料もこれに基づいて取り扱われている。なお、08年のDNA型鑑定実施件数は、全国で3万74件に上り、03年比で約26倍に増えている(09年11月22日付『毎日新聞』)。
11月24日、再審第2回公判が宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)で開かれた。検察側推薦で、女児の下着に残された体液と菅家さんのDNA型を再鑑定した鈴木広一・大阪医科大教授が証人として出廷し「両者のDNA型は一致していない」と証言した。午前中は、全国の警察で一般的に使われている「STR法」(現在主流の鑑定法)で検査した鈴木教授に対する尋問が行われ、検察側から鑑定書の説明を求められた同教授は「市販の試薬を使って検査を行った。(女児の)下着から検出したDNA型と、菅家さんのDNA型は、一致していない」と述べ、続いて検察側が、「科学的に考えて菅家さんは犯人であり得ないのか」と質問したのに対し、鈴木教授は「はい」と答え、最新の方法による鑑定について「偶然に一致する割合は4兆7000億人に1人」とし、菅家さんが科学的に犯人であることはあり得ないと証言し、さらに鑑定書の提出前に本田教授と連絡を取り合った際、「DNAの同じ場所を鑑定しながら、2人で型が異なったものもあった」とも明らかにした。一方、旧鑑定に証拠能力がなかったことの立証をめざす弁護側は、鈴木教授が犯罪捜査への導入間もなかった旧鑑定について、再鑑定書で「刑事司法に適用する科学技術としては標準化が達成されていなかった」と言及したことについて質問、鈴木教授は「世界中どこでもやっている技術ではなかった」と説明した。なお、鈴木教授は鑑定書の中で、科警研による鑑定方法についても言及し、「研究レベルにあり、実用段階にはなかった」「刑事司法に適用する科学技術としては標準化が達成されていなかったといえる」と指摘していた。
午後の公判で宇都宮地裁は、10年2月12日に論告弁論公判を行い結審、3月26日に判決を言い渡す審理方針を検察、弁護側双方に示した。地裁はまた、菅家さんの取り調べ録音テープを証拠として採用し、法廷で再生することを決定。取調官の森川大司元検事の証人尋問も決めた。10年1月21・22日の第4、5回公判で実施する。証拠調べが決まったテープは09年10月に開示された15本のうち、森川大司元検事が別の女児殺害事件2件(未解決)で取り調べをし、録音した4本で、録音時間は約6時間。
これに先立ち、DNA再鑑定人の本田克也筑波大教授は、弁護側の尋問に答え、警察庁科学警察研究所(科警研)が当時行ったDNA型鑑定(旧鑑定)について、DNA型を識別するための画像データの作成に「失敗した」と指摘、その上で「DNA型の増幅、判定方法にぶれがあったまま、鑑定を行っており」「(旧鑑定ではDNA型が)一致か不一致かの判断は絶対にできない」と証言、再鑑定で抽出された男性のDNAについては真犯人のものと指摘、また、旧鑑定が犯人としていたDNA型は菅家さんとは一致せず、女児のものだった可能性があると述べた(09年11月25日付『東京新聞』)。なお、午前中の尋問で鈴木広一大阪医科大教授は「分からない」と答えていた(09年11月24日配信『共同通信』&『産経新聞』)。
公判後、栃木県庁で弁護団と共に記者会見した菅家さんは、取り調べ担当検事だった森川元検事の証人尋問が決まったことについて「なぜ自分を犯人にしたのか聞きたい。絶対に謝ってもらいたい」。犯人にされたことへの怒りをむき出しにした。法廷では自ら尋問して謝罪も求める意向。菅家さんは「(公判は)自分が思った通りに進んだと思う。すごくうれしい」と述べ、録音テープの証拠採用や判決期日が決まったことを評価。佐藤博史弁護士は「真実を明らかにするという裁判所の意思が示された」と喜びを語った。この日の公判で、科警研による当時のDNA型鑑定の証拠能力が低いことも明らかになり、佐藤弁護士は「単に足利事件だけの問題ではない。(飯塚事件など)他の事件にすぐに連動する話だ」と影響の大きさを指摘した(09年11月25日付『東京新聞』)。
12月24日に第3回再審公判が、科警研の福島弘文所長の証人尋問が行われる。
11月25日午後、菅家さんは足利市役所を訪れて転入届を提出、両親の墓参りた。
11月28日、1967(昭和42)年に茨城県利根町で男性が殺され、現金が奪われた「布川事件」の元被告桜井昌司さん(62)と杉山卓男さん(63)が茨城県大子町の袋田の滝で、最高裁に再審開始の早期決定を求める署名活動をした。足利事件で無罪が確実になった菅家利和さん(63)も駆けつけ、観光客に2人の無実を訴えた。桜井さんらは約20人の支援者とビラなどを配り、「無罪を勝ち取れると思っている。冤罪(えんざい)の訴えに関心を寄せていただきたい」と話していた。桜井さんと杉山さんは無期懲役が確定し、29年間服役後の96年に仮釈放された。水戸地裁土浦支部は05年に再審開始を認め、東京高裁も支持したが、検察側が特別抗告し、現在、最高裁の決定を待っている。一方、菅家さんは、地元の栃木県足利市に転入届を提出し、受理された。早ければ12月中旬にも、現在住んでいる横浜市から足利市の市営住宅に転居する予定。菅家さんは「地元では支援者が待ってくれていて心強い。栃木県内の温泉に行きたい」と話した(09年11月29日付『東京新聞』)。
12月2日、菅家さんが栃木県足利市で記者会見し、菅家さんは「やっと帰ってこられた。これからは昔のように静かに暮らしたい」と語り、4日にも同市の市営住宅に入居して新生活を始めることを明らかにした。市は10年4月からスクールバスの運転手などの臨時職員として採用する方針。2日は、逮捕された日からちょうど18年。菅家さんは「思い出すと複雑な気持ち」と話す一方、「大みそかには除夜の鐘をつきたい。ハイキングやサイクリングをし、おいしいラーメンを食べたい。同級生にも会いたい」と古里での生活に胸を膨らませた。なお、菅家さんは6月に釈放された後、一時、横浜市内の弁護士宅に身を寄せていたが、現在は同市内のアパートで一人暮らしをしており、「早く生まれ育った足利に帰りたい」と話していた。また、菅家さんは6月に約17年半ぶりに足利市を訪れ、市長らと面会。市側から市営住宅への入居などについて説明を受けていた(09年12月02日配信『共同通信』)。
12月4日、菅家さんが、足利市の市営住宅に引っ越し、「新しい生活が始まりますが、生まれ育った場所なので不安はありません」とコメントを出した。菅家さんは「引っ越しを終え、住民票も移し、ホッとしています」と現在の心境をつづっている。10年4月から同市の臨時職員として働く予定で「これからは仕事を頑張りたいし、車の免許を取ったり、近所づきあいもしたい。やりたいことはたくさんある」としている。逮捕以来、18年ぶりとなる足利市での生活に「ふるさとで暮らせ、気持ちも楽になりました」としており、「再審裁判に向けて、さらに力がわいてきたという思い」と12月24日に宇都宮地裁で行われる再審第3回公判にも意欲をみせた(09年12月04日付『産経新聞』)。
12月6日、選挙違反を巡る冤罪事件の舞台となった鹿児島県志布志市で、警察の取り調べの全面可視化を求める市民集会(鹿児島県弁護士会主催)があった。再審が進む足利事件の菅家利和さんや甲山事件の山田悦子さんら冤罪事件の関係者らが、志布志事件の被害者とともに出席。約800人の聴衆を前に、過酷な取り調べの実態や、なぜうその自白をしたかを語った。菅家さんは「警察官には髪を引っ張られてけとばされた。疲れて眠くてどうしようもなくなって認めてしまった」。山田さんは「取り調べは自由を奪われ、精神を破壊した上で行われる。戦う気力もわかない状況でうその自白をしてしまった」と、また、連続強姦(ごうかん)事件の犯人と疑われた氷見事件の柳原浩さんは「一度釈放されて警察署を出たら、敷地内で再逮捕された。地獄に落とされたようだった。裁判中も傍聴席に取調官がいるのではと思い怖くなった」と話した。集会では「やってもいないことを認めさせられ、犯罪者の汚名を着せられた」などとして、取り調べの全面可視化を求める総理大臣や各政党あての要請書を、国会議員に手渡した(09年12月06日付『朝日新聞』)。
12月21日午前、菅家さんが故郷の栃木県足利市で市民と一緒にハイキングを楽しんだ。市内が一望できる展望台では、「(刑務所の)中ではこういう風景はなかったから自由になった感じ。景色はあまり変わってませんね」と笑顔を見せた。菅家さんはこの日のために登山靴や雨具を新調。午前8時ごろから、市内の両崖山に、市民ら十数人と登った。途中、険しい岩場もあったが「まだまだ余裕ですね」と上機嫌だった(09年12月21日配信『時事通信』)。ハイキングは、「刑務所から出所したら、地元で山登りしたい」という望みを知った登山と映画の愛好グループ「足利山岳映画会実行委員会」が企画、オレンジ色のジャンパーを着た菅家さんは、同会のメンバーなど約20人と一緒に約4時間かけてハイキング。展望台では、市内を流れる渡良瀬川や母校などを眺望して「町並みはほとんど変わってないですね。『自由になったんだ』と実感し、格別な思いです」と目を細めた(09年12月22日付『下野新聞』)。

(09年12月21日付『読売新聞』)
12月23日、下野新聞の読者が選ぶ「2009年栃木県内10大ニュース」が決定した。応募総数は08年を85通上回る730通(はがき537通、ホームページ・携帯サイト193通)で、1位には「足利事件でDNA再鑑定不一致、菅家さん釈放、無罪へ」が選ばれた(09年12月24日付『下野新聞』)。
12月24日、第3回公判が宇都宮地裁で開かれ、警察庁科学警察研究所(科警研)の旧DNA型鑑定は失敗だなどと主張した弁護側推薦再鑑定人の本田克也筑波大教授(法医学)の再鑑定結果を、「検査法に問題があり信用できない」と批判している福島弘文(前信州大学医学部教授。厚生労働省が始めた戦没者遺骨のDNA鑑定事業にかかわった)科警研所長が出廷、証人尋問が行われた。
福島所長は、逮捕・有罪の有力証拠となったDNA鑑定について「旧鑑定の検証も実施」「当時の技官らに聞き取り調査」としたうえで、捜査段階の鑑定手法や判定内容については「特別に否定できる事情はなく、大きなミスは見当たらない」と、当時のDNA型鑑定の評価については妥当性を主張しながらも、「識別能力は今と比べると低く、(DNA型が一致したという鑑定は)数百人に一人が一致すると考えれば参考程度に出すべきだった」と、当時の鑑定の精度の低さを認めた。さらに「MCT118型で(同じ型の出現頻度が)1000人に1人とか、300人に1人とかで一致したと言っても、(現在主流の鑑定法の)STRでやると違ってしまう」と当時の鑑定レベルを評価した。
一方、11月の第2回公判では、菅家さん釈放の決め手になったDNA型再鑑定を実施した本田克也・筑波大教授が証人尋問に立ち、旧鑑定の判定写真について、「(不鮮明で)普通なら失敗とみてやり直す」との意見を述べた。また本田教授自身が旧鑑定と同じ「MCT118型」という鑑定を行った結果、旧鑑定が誤りだったとの指摘に対して、福島所長は「検証の結果、(旧鑑定を)否定する事情は確認できなかった」と説明した上で、鑑定時の写真に写る試料が薄く、ゆがんでいることについては「DNAの抽出量が少なかったことが原因として考えられるが、写真ではっきり読み取れなくても、画像解析装置を使いきちんとネガを読み取って検出して型判定できた」などと、技術不足に伴う誤鑑定ではないと反論、逆に、本田教授の再鑑定について、複数の人のDNAが混じった試料を鑑定したと批判し、「世界的に標準化されたキットを使っておらず、膨大な作業が必要な鑑定方法を選択しているとして、「間違うリスクが高く信頼できない」と正確性に疑問を述べた。
またこの日菅家さんは公判で、福島所長に「謝ってほしい」と求めたが、福島所長は「(旧鑑定は)確率の低いものだったが、ミスは見当たらない」として、謝罪はしなかった。菅家さんは閉廷後「間違いを認めないのは、人間として許せない」と声を震わせた。なお、弁護側は本田教授の指摘が正しいことを証明するために、本田教授の再尋問を申請する。
菅家さん(63)が09年12月31日深夜、古里の栃木県足利市内にある鑁阿寺(ばんなじ)で除夜の鐘を突き、年を越した。菅家さんは09年12月に同市内の市営住宅に転居しており、釈放後初めての正月を古里で過ごす。菅家さんは、鐘楼のあるやぐら(高さ約3メートル)に上がって鐘を突いた後、本堂で参拝。「来年は今年以上に良いことがありますように、という気持ちで鐘を突きました」と顔をほころばせた。鑁阿寺は実家があった場所の近くで、子供のころ、境内で遊んだり、両親に連れられて来たりしたことがある思い出深い寺。釈放後、大みそかと正月は古里で過ごし、除夜の鐘を突くことを強く望んでいた(10年1月1日付『毎日新聞』)。

菅家さん(63)の弁護団が求めていたDNA型再鑑定人の再尋問について、宇都宮地裁が請求を却下したことが12日、分かった。弁護団によると、宇都宮地裁から請求を却下する連絡があったという。弁護団は、先月24日に行われた警察庁科学警察研究所の福島弘文所長の証人尋問にあわせて、弁護側の推薦でDNA型の再鑑定を行った本田克也筑波大教授の再尋問を要請していた。1月21日の第4回公判では、当時の宇都宮地検の検事が菅家さんを取り調べた際に録音されたテープが再生され、翌22日の第5回公判ではこの元検事の証人尋問が行われる予定(10年1月12日付『産経新聞』)。
再審第4回公判が21日、宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)で開かれ、当時、別の女児殺害事件で菅家利和さん(63)を取り調べた際の録音テープが再生された。虚偽の自白が記録されたテープが法廷で再生されるのは異例。DNA型鑑定とともに有罪の柱とされ、誤判を生んだ菅家さんのうその自白の生まれた経緯が問われる。再生されたテープは、森川大司・元検事が宇都宮拘置支所で行った取り調べ分で、21日は初公判直前の92年1月28日、同2月7日と、菅家さんが公判で否認に転じる直前の同12月7日の3本(2日間で約6時間。21日は2時間)。取り調べの録音テープ再生や担当検事の証人尋問は、無罪を前提とした再審では極めて異例。弁護団は、DNA型鑑定とともに有罪の根拠になった自白に任意性はなかったと、捜査の問題点を明らかにする方針だ(10年1月21日付『読売新聞』)。また22日の第5回公判では、同12月8日分のテープ再生と森川元検事の証人尋問が行われる予定(10年1月21日付『産経新聞』)。弁護団は「『もう何を言ってもだめだ』とやりこめられた。公判で犯行を認めたのもこうした捜査の影響下にあったから」と主張、一方の宇都宮地検の高崎秀雄次席検事は「誘導や暴力は一切なく、任意性は揺るがない」と反論している(10年1月21日付『朝日新聞』)。
菅家さんは開廷して45分後、気分がすぐれないとして退廷。公判は約20分間中断した。やりとりは、取り調べ開始直後に森川大司(だいじ)検事(当時)が「テープを取っていいかな。嫌なら消すから。気にしないでやってくれ」と菅家さんに語り掛ける場面から始まった。体調を気遣うなどの雑談後、検事は菅家さんに、警察で有美ちゃん事件を自白したきっかけを確認。菅家さんは「『菅家じゃないか』というふうに言われまして。でも自分は違うと話したんですよね」と返答した。「最初は否定したのに、後で(自分がやったと)話したきっかけは」と問われると「警察のほうで、強引なところもあるような感じでした。『分かってるんだ』とか言われて。段々段々、自分から『そうです』と話したんです」と説明した。検事は終始穏やかに質問したが、菅家さんは調べが進むにつれて口が重くなり、検事が「実際にはどうなの」と問いただすと、約30秒間沈黙した後に「本当のところはやってないです」と小さな声で否認した。その後、足利事件について「間違いないか」と問われ、菅家さんは「はい」と認めた(10年1月21日付『毎日新聞』)。
どうしてあんなことをしゃべったのか。自分の声を聞くのはつらい」。宇都宮地裁で21日あった足利事件再審第4回公判。6時間に及ぶ取り調べ録音テープを聞いた菅家利和さん(63)は、18年前の記憶を鮮明によみがえらせた。公判後の会見では感情を高ぶらせつつも「無実を分かってもらうために再生してもらった」と複雑な胸中を明かした(10年1月21日付『毎日新聞』)。
21日の再審公判で再生された取り調べテープの主な内容は次の通り(10年1月22日付『朝日新聞』)。
【1992年1月28日分】
森川大司検事「うーん、この(84年に女児が殺害された)事件ね」
菅家利和さん「はい」
検事「実際にはどうなの」
菅家さん「……」
(中略)
検事「本当のところは?」
菅家さん「本当のところはやってないです」
検事「やってない?」
菅家さん「はい」
(中略)
検事「なぜ、やってないのにやったって言ったんだろうか」
菅家さん「やはり……警察の方で」
検事「うん」
菅家さん「分かっているんだから話しちゃえよとか、そういう風に言われまして」
(中略)
検事「一番最初に捕まった(足利)事件は? これも違うのかな? これはその通りなのかな?」
菅家さん「……」
検事「これはその通りなの? はっきり言って」
菅家さん「……(すすり泣き)」
検事「どうした?」
菅家さん「……(すすり泣き)」
検事「どうしたんだよ、うん?」
(中略)
検事「別に怒るつもりもないし」
菅家さん「はい」
検事「ね」
菅家さん「……」
検事「(足利事件)自体は間違いないのか」
菅家さん「はい」
(中略)
検事「(84年の事件を)やってないのに、やったと警察で話したのは、理由はなぜだろう。怖かった、警察?」
菅家さん「すみません」
検事「うん」
菅家さん「ごめんなさい」
検事「どうしたんだ」
菅家さん「……」
検事「本当は、やったのか君。うん? うん?」
菅家さん「(泣き声のように)うー」
(中略)
検事「やっぱりそう。事件やったの? そうだね」
菅家さん「(すすり泣き)」
【92年2月7日分】
検事「(菅家さんが警察での取り調べで認めた三つの女児殺害事件で)君が女の子を見つけるとき、どの事件もね、みんな女の子がしゃがんでるんだよね」
菅家さん「やはり……」
検事「ちょっと違うんじゃない? 違うのはないかい?」
(中略)
検事「(84年の事件で殺害された女児を)連れ出す前のことなんだけど、誰かと遊んでいたでしょう? これだけ。もうそれ以上のことは僕はもう言わない。誰かと遊んでいたでしょう? 君がどうしても思い出せないんじゃないかなという気がするからね、うん、それ以上のことは僕もう言わない。……それだけ言っとく」
菅家さん「……」
検事「よく思い出してもらいたい。それが誰であるか、どういう人であるか、ね。僕の口からはね、言わないでおくけど」
菅家さん「……」
(中略)
検事「誰かと遊んでいなかったかなと聞いている。誰かというのが大人か子どもかね、あるいは男か女かね、どんなことをしていたかね、それは僕は一切言わない」
菅家さん「……遊んでいたとすれば、女の、女の子だと思うんですけど」
検事「女の子だと思う」
菅家さん「はい」
(中略)
検事「当時、上は何着てたかね」
菅家さん「上は、セーターだと思うんですけど」
検事「何色の?」
菅家さん「色は、ちょっと、わかんない……」
検事「カーディガンではなくて?」
菅家さん「カーデ、カーディガン着てたと思いますけど」
【92年12月7日分】
検事「ちょっと結論から聞くけどね、君がどの事件にかかわっていて、どの事件にかかわっていないかい?」
菅家さん「話していいですか?」
検事「ああ」
菅家さん「全然かかわっていません」
検事「全然かかわっていないの?」
菅家さん「はい、絶対言えます」
検事「ああそう」
菅家さん「はい」
検事「……じゃあね、(起訴された足利)事件については、今裁判になっているわけだけど、君、裁判所ではね、この事件は間違いないと認めたでしょ」
菅家さん「はい」
検事「それはなぜなの?」
菅家さん「やはり警察ですか、警察行って調べまして(中略)その日は自分がやっていないと言ったんですよ」
検事「うん、うん、うん」
菅家さん「だけど」
検事「それは分かっている」
菅家さん「全然認めてくれないんですよ」
(中略)
菅家さん「本当にやってなかったんですよ。それで全然もう認めてくれなくて。(中略)これ以上10日も20日もやっていない、やっていないと言うと、殴るけるとかされるんじゃないかと自分は恐怖の……」
検事「わかった」
《テープの再生は、平成4年12月7日の取り調べ分に移る。菅家さんはこの日の取り調べで、足利事件について初めて否認の言葉を口にする》《東京拘置所から宇都宮拘置支所に戻ってきた菅家さんに森川検事の取り調べが再び始まる。5回を終えた公判では菅家さんは自白を続けていた》(10年1月21日付『産経新聞』)。
森川検事「(福島)万弥ちゃんとか、(長谷部)有美ちゃんの事件(いずれも別の女児殺害事件)ね、言われると分かるかな」
菅家さん「はい」
森川検事「うん分かるね。今裁判になっているのは(松田)真実ちゃんの事件(足利事件)ね。一昨年(平成2年)5月の事件ね。で、その前に万弥ちゃんの事件と有美ちゃんの事件があったわけだよね。で今日、僕がここに来たのはね、君の捜査が今まで『私がやりました』と調書取っているでしょ。そのことについてね、もう1回くらい聞こうかなと思ってね。本当に君がやったのかどうか、そこを聞きたい訳ね。僕は本当のことが知りたいわけね。本当に君がやったのか、もう1回確かめたくてね、来たわけ」
「だから、今までね、こういうこと言っていた。ああいうことを言っていたということにこだわらないで、今日はもう自由な気持ちで、楽な気持ちで話してもらいたいと思っているわけね」
「本当にやったのなら、本当にやったということで構わない。やっていないんだったら、やっていないということで構わない。どちらでもいいんだけど」
菅家さん「(沈黙の後)本当言うと」
森川検事「うん」
菅家さん「いいですか」
森川検事「いいよ」
菅家さん「やっていません」
森川検事「やっていないの?どちらも?それとも片方だけ?」
菅家さん「どちらもです」
菅家さんの言う「本当のところ」について問う検事に、全面否認をする菅家さん。「どちらも」との答えには、足利事件のことも含まれていた》
森川検事「どっちもやっていない」
菅家さん「はい。自分が…警察ですか、昨年ですけども、12月の確か日曜日でした。そのとき、警察の人が来まして、自分は(当時菅家さんが週末を過ごしていた)福居の和泉町ですか、あそこにいました」
森川検事「え、福居の?」
菅家さん「福居の和泉町に日曜日の朝いまして、自分が寝間着でいまして、で、玄関から入ってきまして、警察の人が、それで自分は寝間着でいました」
森川検事「うんそれで、うん」
菅家さん「警察の人が来て『今日何しに来たか分かっているな』と言われたんです」
森川検事「うん」
菅家さん「(震える声で)それで自分…分かんなかったです」
森川検事「うんそれで」
菅家さん「うーん、自分も何がなんだか分かんなくて」
森川検事「うん」
菅家さん「で、写真を、真実ちゃんですか、真実ちゃんの写真を見せられまして、何て言うんですか、(真実ちゃんがいなくなった)パチンコ屋さんの前に看板が置いてあるんです」
森川検事「看板?」
菅家さん「看板が、看板に真実ちゃんの写真ですか、張ってあったのと同じだったんですよね」
森川検事「それで?」
菅家さん「この子、パチンコ屋さんの前に張ってあった写真と同じだなと思いました」
森川検事「うん」
菅家さん「それで自分は何が何だか分からなくなって、それで警察へこれから一緒に行くからと言うんですよ。それで自分行きました」
《当日の行動を語る菅家さん。任意同行から初日の取り調べなど当時の詳細がぽつぽつと語られる》
森川検事「うん、それで?」
菅家さん「それで、その日の夜中まで、自分はやっていない、やっていないと言いました。それでもう、夜中までやっていないって自分は言いましたから。自分自身、これ以上、10日でも20日でもやっていないと言っていますと、なんか、もしかして殴られたりけられたりするんじゃないのかと思いました。それで自分がやったと話したんです」
森川検事「うんうんうん。夜中になって?」
菅家さん「はい。そうです、それが1日すぎだと思いました」
森川検事「それで?」
菅家さん「それでその日になんていうんですか、逮捕っていうんですか、されました」
森川検事「それでどうなったわけ?」
菅家さん「それで、次の日から取り調べられたわけですけど(沈黙)」
森川検事「それで?それからどうなった?」
菅家さん「それから渡良瀬川ですね。渡良瀬川ですか、あそこに行って、河川敷に下りて行きまして。それで、あのー、何ていうんですか、真実ちゃんがここにいたんだということを教わりました」
森川検事「うん、説明したね。それで?」
菅家さん「それで…、なんだか自分でもよく分からなくて、河川敷にずっと歩いてきまして。下へ下へ降りていきまして。それで、草場ですか、去年のあのときは草とかなかったと思うですよね。それなのに、もう、その真実ちゃんですか、その子がいた場所といいますか、分からなかったんです」
森川検事「うんそれで?」
菅家さん「(沈黙の後)で、自分はその子がどこにたか分からなくて、警察からここにいたんだということを教わったわけです」
森川検事「それで?」
菅家さん「でも、お線香ですか、お線香をあげまして…(沈黙)それで警察へ帰っていったわけですけど、その前に山清ですか」
森川検事「ヤマセ?」
菅家さん「(菅家さんが当時よく訪れ、犯行当日も買い物をしたとされた)食料品の山清へ車で行って、ここで自分がコーヒー買ったり、おにぎり買ったりして、和泉町の家にいったわけです」
森川検事「うんそれで?」
菅家さん「で、そこから、あのなんていうんですか、車の中から指を出して、それで、あの、あそこですということで…」
森川検事「警察に教えたねー。はい」
菅家さん「それで戻りまして。戻って警察に行きまして、また調べですか」
森川検事「現場をね、河川敷を案内したり、君が立ち寄った場所ところを案内して連れて行ったりして、警察の調べが始まったということね。それで?」
菅家さん「それで…それから地図ですか、渡良瀬川の河川敷とか、それから、真実ちゃんがいました場所ですね。そこまでの地図を書いたりしました」
森川検事「それで?」
菅家さん「それからまた…書いて…(沈黙)書いて、その確か2枚から3枚書いたと思いますけど」
森川検事「君がね、去年の12月、捕まってずっとこれまでの取り調べのいきさつというのは僕は全部分かっている。で、現場を案内したときも、僕そばにいたかとどうか覚えている?去年の12月」
菅家さん「12月ですか。あの真美ちゃんのとき、いたと思うんですけど」
森川検事「うん、覚えている?」
菅家さん「はい、覚えていました」
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巨大与党の「密室」 「この事件も間違いないか?」「(約10秒後)この間は、やはり自分が、えー自転車に乗せて。で、なんて言うんですか、自転車から降りて……」。足利事件の菅家利和さんの再審公判で再生された取り調べテープだ ▲別の幼児殺害事件での取り調べでのまったく架空の「自白」である。身に覚えのない犯行を進んで供述する心理の背景には、孤立無援の「密室」、目の前にたちはだかる「権威」、その取調官への「同調」という3のキーワードが浮かぶ ▲このような供述の全過程を録画・録音する取り調べの「可視化」は、その「密室」を開くことを意味しよう。むろん一方で真実追及の矛先が鈍るとの捜査側の懸念もある。それらにも目配りした周到な検討が始まっていた取り調べ可視化だ ▲この冤罪(えんざい)防止の切り札までがまるで検察へのいやがらせの道具のように扱われるこの間の民主党だ。小沢一郎幹事長周辺への東京地検の強制捜査やその報道に反発する党内からは、検察やマスコミへの批判とけん制の動きや発言が相次いだ ▲いやむろん「検察と戦う」「マスコミはけしからん」という議員がいてもいい。だがいぶかしいのは衆参で420人以上の議員から公党として進んで真相解明に取り組むべきだとの声がほとんど聞こえないことだ。またまた浮かぶのは「密室」「権威」「同調」のキーワードである ▲民主党は多数の公衆の失望や疑念の声が届かない「密室」に閉じこもってはいないか。その中の「権威」しか見えなくなっていないか。そこで異常な「同調」の力学が生じてはいないか。冤罪を生む「取調室の同調」にもまして恐ろしい「巨大与党の同調主義」である。 10年1月22日付『毎日新聞』−「余録」 |
1月22日、「足利事件」の再審第5回公判が宇都宮地裁であった。菅家利和さん(63)を取り調べた森川大司(だいじ)・元検事(62)が証人尋問に立ち、菅家さんが謝罪を求めたのに対し「犯人でなかったことについては厳粛に、深刻に受け止めている」と述べた。午後1時からの証人尋問の冒頭、菅家さんが直接、質問したのに答えた。菅家さんが「私は17年半もの間、無実の罪で捕まっていた。あなたはどう思いますか」と問いかけたのに対し、森川元検事は「当時、主任検事として全証拠を検討した結果、菅家さんが足利事件の犯人と判断し、起訴、公判に臨みました。ただ今回新たなDNA型鑑定で犯人でないことが判明したとうかがって、非常に深刻に受け止めています」と答えた。
弁護団は、2日間にわたって法廷内で再生された取り調べテープから「菅家さんの自白を得た取り調べは適正なものではなかった」と主張しており、森川元検事に対し、捜査・公判の反省点や、取り調べを録音した理由、無実だと思ったことはないのかや、誘導的な聴き方をしているのではないかなどについて、問いただす方針だ。
宇都宮地裁での足利事件再審で再生された森川大司検事(当時)による取り調べの録音テープの主な内容は以下の通り(10年1月22日付『読売新聞』)。
【1992年12月8日分】
森川 起訴している真実ちゃんの事件(足利事件)。あれは、君がやったことに間違いないんじゃないのかな?
菅家 違います。
森川 ええ?
菅家 違います。
森川 違う?
菅家 はい。
森川 ふーん。
菅家 いいですか? よくわかんないんですけど、何鑑定っていいましたっけ?
森川 DNA鑑定。
菅家 そんなこと聞いたんですけど、でも自分じゃ全然覚えないんです。
森川 だけどDNA鑑定で、君の精液と一致する精液があるんだよ?
菅家 全然わかんないんですよ。本当に。
森川 え?
菅家 絶対違うんです。
森川 違うんですって言ったって、君と同じ精液を持ってる人が何人いると思ってんの? それから真実ちゃんの下着の中にね、陰毛がついていたんだよ。
菅家 はい。
森川 これも君と一致するんだよ。
菅家 違う。
森川 違うと言うんだけれども、君の精液だって、現場にあったものと一致しているし、陰毛の形だって一致しているし。それから陰毛の血液型まで一致しているんだよ。
菅家 (沈黙25秒)
森川 それから、真実ちゃんの身体に唾液(だえき)がついてるんだよね。
菅家 (沈黙10秒)
森川 いろんな意味で一致しているんだけどね。
菅家 (沈黙10秒)
森川 今まで認めてたのが、なんで急に否定する気持ちになったの?
菅家 (沈黙5秒)
森川 僕はずるくなれと言ったわけじゃないんだ。
菅家 (沈黙)
森川 起訴してる真実ちゃんの事件については、君が認めたから起訴したっていうわけじゃないんだよ。他に証拠があるからだよ。
菅家 (沈黙17秒)
森川 否定する時は僕と目を合わせてないね。なぜなの?
菅家 (沈黙18秒)
(略)
森川 どうなんだい。ずるいんじゃないか、君。
菅家 (沈黙7秒)
森川 なんで僕の目を見て言わないの。君は僕の目を一度も見てないよ。
菅家 (沈黙10秒)
森川 うん?
菅家 (沈黙18秒の後、涙声で)ごめんなさい、すいません。
森川 うそだったの? そうだね?
菅家 (涙声で)ごめんなさい。勘弁してください。勘弁してくださいよ。
森川 僕はね、本当のことを聞きたいっていう言葉を何回も言うよ。
菅家 はい。
森川 僕は別にうそついたから怒るということじゃない。人をあやめたんだったら、そのことを本当に反省してもらいたいと思うわけ。
菅家 はい。
森川 あやめていないんだったら、認める必要はない。草むらに置かれて死んでいった真実ちゃんがかわいそうだと僕は思うしね。
菅家 自分も思います。
森川 真実ちゃんだって浮かばれないし。
菅家 はい。
森川 本当は罪を犯してるのに罪を免れるんだったら、それこそかわいそうで仕方ないと思うよ。僕は、本当のことを言ってもらいたいと思っている。
菅家 (沈黙7秒)
森川 それで話しているわけでね。
菅家 (沈黙16秒)すみません。
森川 真実ちゃんの事件は間違いないんだね?
菅家 はい。
森川 やったの?
菅家 後は知りませんけども。
森川 真実ちゃんのは間違いない?
菅家 はい。すみません。
森川 なんで違うって言ったの?
菅家 なんか胸が苦しくなって、(涙声で)嫌だ嫌だと思ってたんですよ。
森川 何が?
菅家 1年間、苦しくて。
森川 思い出すのが?
菅家 どっちもありますけど。今も苦しくて。
森川 逃げたい、忘れたいって気持ちがあったの?
菅家 それはありません。
(略)
森川 僕は昨日、真実ちゃん事件は間違いないと思っていたから聞くつもりはなかったけど、二つの事件がよくわからないこともあったから聞こうと思った。そうしたら真実ちゃんの事件が違うなんて言い出したから、あれあれと思ったんだけどね。
菅家 本当に申し訳ないです。ごめんなさい。勘弁してください。
(略)
森川 君が説明したね、あの現場の河原に行って説明した事柄は、警察も僕も知らないこといっぱい言っているんだよね。作り話ではできないですよ。
菅家 (涙声で)昨日のことは勘弁してください。
森川 現場検証の時、(真実ちゃんの遺体遺棄現場で)君どうやったか覚えている? 両手をついて、ごめんなさいって言って泣いちゃったじゃない、君。
菅家 それは覚えています。
森川 しばらく立てなかったでしょう? 本当に自分でやったのでなくて、あんな動作できるのかなって誰でも思うよ。
菅家 (沈黙56秒)
(略)
森川 裁判が長くなってくると、気持ちが途中で変わる人もよくある。でもこれだけの事件が起きて、誠実さを失ったら僕は終わりだと思うよ。ひきょうなことを言って、罪を免れようとする人はいっぱいいる。
菅家 はい。
森川 そんなのは人間として失格じゃないかな。僕はそう思ってるの。
菅家 はい。
森川 誰でも過ちがあるから、こういう裁判になるんだけどね。
菅家 はい。
森川 一度そういう話をした以上、素直に振り返って、自分の心の傷として、よく刻みつけておいてもらいたいと思う。
菅家 はい。
森川 昨日、うそを言ったということで間違いないんだね。
菅家 はい、すいません。ごめんなさい。取り消してください、昨日のは。
森川 うん、いいよ、それは。それは気にしないでいいから。
菅家 はい、ありがとうございます。
森川 そういうことで怒ったりしてるわけじゃないんでね。
菅家 はい。すみません。申し訳ございません。
森川 僕は君の誠実さを見ておきたいと思ってる。
菅家 はい。すみません。
(略)
森川 真実ちゃんの事件をやってませーんなんて言ったこと今まで一度もないね?
菅家 はい、ありません。
森川 僕のところで昨日が初めてだね。
菅家 そうです。
森川 言わなきゃいけないという気持ちと、もう逃げたいという気持ちと両方が入り交じってるんだね。
菅家 そうです。昨日、ああいうふうに言うつもりじゃなかったんです。
森川 じゃあ僕が言わせちゃったのかな、そんなふうに。
菅家 そんなことはないですけど、本当に苦しかったです。
《検事の問いかけは、(松田)真実ちゃん事件(足利事件)の話から、別の2つの女児殺害事件へと移る。菅家さんはこの2件について、いったん虚偽の自白をしたが、後に撤回している。やっていない事件のことをどうして詳細に説明できたのかと、検事が追及する》(10年1月22日付『産経新聞』)。
森川検事「真実ちゃん事件の話はもうこれでいいわ。(福島)万弥ちゃんの事件(昭和54年の女児殺害事件)は?」
菅家さん「全然分かりません」
森川検事「殺した後、落ち葉の中に隠したと言ったでしょ? なんでそういう説明したの?」
菅家さん「自分でもよく分からなくて」
森川検事「隠すんだったら、落ち葉じゃなくてもっと…。物置に入れちゃうとか。なんで落ち葉って説明したの?」
菅家さん「自分でも思いつかなかったから」
森川検事「思いつくっていうのは、もっと簡単なことなら思いつくけど」
菅家さん「(聞き取れず)葉っぱいっぱい落ちてるわけですから」
森川検事「昼に殺した後、保育園の送迎に行って、(午後)5時から死体にいたずらしたってややこしい説明したでしょ。なんでややこしい説明したの? ややこしくしなくてもよかったんじゃない?」
菅家さん「はい」
森川検事「作り話にしては巧妙なんだよ」
菅家さん「言い方は悪いですけど、適当というか…」
森川検事「現場で場所示せたでしょ。なんで示せたの?」
菅家さん「教習所ありますよね? 新聞で、ゴルフ場との間に×という印がしてあったんです」
森川検事「でも、君の示したところ、ぴったりなんだよ。行ったことはないんだよね」
菅家さん「ありません」
森川検事「あまりにもぴったりだった」
菅家さん「はい」
森川検事「(長谷部)有美ちゃんの事件(昭和59年の女児殺害事件)で、死体を埋めるとき、穴を掘ったけど足がつかえて、足元を掘り直したって言ったでしょ? なんでそんな説明したの?」
菅家さん「分からなくて…。思いつき」
森川検事「思いつきって、なんでそんな説明したの」
菅家さん「分からないです」
森川検事「すっぽり入ったと言ってもよかったんじゃない?」
菅家さん「そうですけど、自分で、話すことに夢中になってて、よく分からなくて」
《別の女児殺害事件について、取り調べへの恐怖から虚偽の自白をしてしまったと告白する菅家さん。しかし、検事の追及は続き、真実ちゃん事件について、否認することができなかった》
森川検事「万弥ちゃんや有美ちゃんの事件、やってないんだったら、なんで話したの?」
菅家さん「最初、やってない、やってないって言いました。でも、自分、もう怖くなった。無理に言わされたような感じだった」
森川検事「じゃあ、なんでやったって言ったの?」
菅家さん「殴られたり、蹴飛ばされたりするような感じがしました」
森川検事「最初、真実ちゃんの事件もやってないって言ったけど、その後、やりましたってことになったでしょ? その時だって、殴られたりしなかったでしょ?」
菅家さん「はい」
森川検事「やってないことをやったって言うより、怒られるほうが良いんじゃない?」
菅家さん「怖さが先に立って…」
森川検事「僕も何度も調書取ったと思うし、警察も何回も調書を取ってる訳なんだ。万弥ちゃんの事件にしろ、有美ちゃんの事件にしろ、全部作り話になるわけか」
菅家さん「ほんと、すみません」
森川検事「真実ちゃん事件は間違いないわけだね?」
菅家さん「はい。すみませんでした」
森川検事「まあ、よく検討してみようかな。僕もね」
森川検事「昨日よりは少し楽になったの?今日は」
菅家さん「昨日よりはいいです」
森川検事「昨日よりはいいの。楽になったというのにショボショボした顔するなよ」
菅家さん「はい」
森川検事「君の顔がショボショボしているからさ。じゃあね。僕はこれでいったん引き上げるから。どうしても聞きたいことがでてきたら、君から事情を聴くようにするけれども。今日は暖かいけれど、風邪をひかないようにな」
菅家さん「はい」
森川検事「体気をつけてな」
菅家さん「ありがとうございます。本当にすみませんでした」
森川検事「はい。いいよ。気にしなくていいからね」
菅家さん「はい、ありがとうございます」
森川検事「ただ、誠実さを持ってもらいたい。誠の気持ちを持ってもらいたいと思ってるからね」
菅家さん「はい」
森川検事「それだけ、ね」
菅家さん「ありがとうございました」
森川検事「体に気をつけてね」
菅家さん「はい」
《足利事件についての“自白”を改めて得たことで、「誠実」という言葉を繰り返し使って、再び否認に転じることがないように暗にくぎを刺す検事。取り調べは終わった》
《午前11時40分、テープの再生が終わり、午前中の審理が終わった。午後からは、この取り調べを行った本人でもある森川元検事の証人尋問が行われた》《グレーのスーツ姿の森川元検事は午後1時2分、しっかりした足取りで、傍聴席から証人席に立ち、宣誓書を読み上げた。18年ぶりの対峙(たいじ)となる菅家さんはグレーのスーツ、黒のネクタイ姿で目をつぶったまま弁護人席に座っている。佐藤正信裁判長に促され、森川元検事は証人席に座った》《弁護人側から質問が始まる。最初に質問に立ったのは、菅家さん本人だった》(10年1月22日付『産経新聞』)。
菅家さん「森川さん。11年半もの間、無実の罪で捕まっていました。あなたはこのことをどう思いますか」《低く重い声で語りかけるとともに、鋭い目線を森川元検事に向ける》
森川元検事「私は当時、主任検事として証拠を検討し、その結果、菅家氏が(松田)真実ちゃんの殺害事件(足利事件)の間違いないと判断しました。新たなDNA型鑑定で犯人でないとうかがって、非常に深刻に思っているところです」
《森川元検事は「深刻に思っている」とは述べたものの、謝罪するまではいたっていない》
菅家さん「宇都宮拘置支所で取り調べを受けたとき、全部やっていないと正直に話しました。このことをなぜ弁護士や裁判所に伝えなかったのですか」
森川元検事「宇都宮拘置支所で、真実ちゃん事件の事実関係よりも(福島)万弥ちゃん事件(昭和54年の女児殺害事件)と(長谷部)有美ちゃん事件(59年の女児殺害事件)の2件の余罪について、取り調べていました。そのいきさつ中で真実ちゃん事件に触れたとしても、あくまで余罪の取り調べをしていたものです。逐一報告する必要はないと思っていました」
《冷静に、はっきりと答えていく森川元検事。しかし、「反省」の色が見えないことに菅家さんの怒りは徐々に高まっていく》
菅家さん「自分に無実の罪をきせたことについて、謝ってください」
森川元検事「先ほど申したとおり、私も厳粛に、深刻に受け止めています」
菅家さん「私の家族は苦しんでいるんですよ」
森川元検事「申したとおりです」
菅家さん「大変なことですよ」
森川元検事「…」
菅家さん「どう思います」
森川元検事「今申したとおりです」
菅家さん「反省していないのですか」
《ここで、検察側が質問の趣旨がずれているとして制止に入った。しかし、菅家さんは「黙っていてくださいよ。あなたには関係ないでしょ」と、怒りを爆発させてくってかかる》
菅家さん「私に『人間性がない』といったが、あなたの方が人間性がないんじゃないですか」
森川元検事「人間性がないといったつもりはないです」
《白熱する事態を押さえようと、両サイドに座る弁護人が腕を押さえて座るように要請した。冷静に戻ったのか、菅家さんは軽く一礼して質問をやめ、その場に座り込んだ。続いて、弁護側が質問を始める》
弁護側「取り調べテープを聴いてきましたか」
森川元検事「聴いていません」
弁護側「今日の午前中に流された平成4年12月8日の取り調べで、『誰でも過ちがあるからこういう裁判になる』といいましたよね」
森川元検事「記憶が曖昧(あいまい)ですが…」
《当時の記憶を呼び戻そうとする弁護側だが、森川元検事は不確実な返答に終始する》
弁護側「証人は過ちを犯したのでは?」
森川元検事「過ちとはいろんな意味があるので、どこをさしているのか…」
弁護側「『人間として誠実さを失ったら終わりだ』といいましたね」
森川元検事「いったかどうかは…」
《ここで、弁護側はこれまでの捜査と公判の経過を、法廷の両脇に設置された大型スクリーンに映し出して説明していく。取り調べの経過や、菅家さんが家族に無実を訴えて送った14通の手紙の送付時期などを細かく列記。強引な事件の立証状況や、菅家さんの訴えが受け入れられなかった当時の捜査のおかしさを印象づけたいようだ》
弁護側「証人が事件の捜査に関与したのはいつですか」
森川元検事「平成3年12月ごろからです」
弁護側「(菅家さんが)任意同行される前に本件(足利事件)にかかわっていますよね」
森川元検事「そういう記憶は…」
弁護側「菅家さんが任意同行された後、どんな性格の人だと判断していましたか」
森川元検事「非常に抽象的で答えにくいのですが…。おとなしいタイプですか」
弁護側「人に対して反論できるかそうでないかは?」
森川元検事「程度の問題はあったが、強く言うと反論できない、おどおどした感じです」
弁護側「職場で女性と議論になっても反ばくできないというのは」
森川元検事「記憶にないですね」
弁護側「科警研(科学警察研究所)の結果を知ったのはいつですか」
森川元検事「この事件の捜査に入る前に、『かかわるなら主任検事をしてもらう』といわれていました。そのとき概略を聞きましたが、資料をもらったか…」
《相変わらず曖昧な答えが続き、弁護人の語気も強まっていく》
弁護側「DNA型鑑定をどう考えていましたか」
森川元検事「DNA型鑑定は有力な証拠だと思っていました」
《DNA型鑑定は、菅家さんが犯人とされた重要な証拠と判断されていた。その当時の考えを、森川元検事は改めて法廷で述べた》
弁護側「DNA型鑑定だけでは逮捕状を取れず、自白があって初めて逮捕状が取れると上司から聞いたことはありますか」
森川元検事「それに近いことはいわれた記憶があります」
弁護側「自白がなければ逮捕状が取れない事件なんですね」
森川元検事「そういうふうに認識しています」
弁護側「任意同行当日の朝刊に報道されたことが、自白を取らなければいけないというプレッシャーになったのではないですか」
森川元検事「ちょっと分かりません」
《DNA型鑑定だけでは証拠として不十分だったことが分かっていたため、自白を引き出す厳しい取り調べになったのだろうか。菅家さんはじっと目を閉じ、厳しい表情で口を真一文字にしたまま、その答えを聞き入った》《捜査段階で菅家利和さんの取り調べを担当した森川大司・元検事の証人尋問が続く。弁護側の質問は有罪の決め手となった、DNA鑑定の採用と自白に関するものに移る》
弁護側「(平成3年12月1日に)足利署に任意同行された後、午後10時近くになっても自白をしていないと知らされていましたね」
森川元検事「記憶にありません」
弁護側「科警研(警察庁科学警察研究所)のDNA型鑑定の結果が突きつけられたため、菅家さんの容疑を固めたのですか」
森川元検事「それだけでは終わっていません」
弁護側「DNA型が一致するとは」
森川元検事「一般的なことで」
弁護側「一般的と…」
森川元検事「私たちの世代にはDNAはなじみがないので」
裁判長「一般的という意味で取ったということですね」
森川元検事「はい」
弁護側「一致したと決めつけて取り調べをするのは虚偽の自白を生む恐れがありますね」
森川元検事「それだけで終わればそうです」
弁護側「DNA型鑑定が誤っていると判明した今、取り調べは虚偽の自白を生む恐れがあり違法…」
検察官「異議あり」
《弁護側は誤ったDNA型鑑定と虚偽の自白の関連性を導き出そうとするが、検察官の異議が入る。興奮しているのか、矢継ぎ早に質問する弁護側に検察官が異議を申し立てる場面が増える》
弁護側「質問を変えます。逮捕後のDNA型鑑定では半袖下着は対象試料になっていませんね」
森川元検事「鑑定書のことは覚えていません」
弁護側「DNA型鑑定では容疑者由来の試料と現場由来の試料を同時に用いて、電気を流すのは知っていましたか」
森川元検事「DNA型鑑定は何度か行われていたので、どの段階のことをおっしゃっているのか」
弁護側「科警研がDNA型鑑定に関する指針を出しているんです。一般的なことですよ」
森川元検事「一般的であればそういうことです」
弁護側「(DNA型鑑定に)半袖下着を用いなかったのは、科警研が積極的ではなかったからですか」
森川元検事「分かりません」
弁護側「では、DNAが常温で保存されると劣化することは知っていましたか」
森川元検事「専門家でないので、厳密には分かりませんが、可能性は危惧(きぐ)していました」
弁護側「正しい保管方法は知っていましたか」
森川元検事「DNAに限らず化学反応を起こす試料は冷凍や暗いところなどいろいろあるかと」
弁護側「知識はあったんですね」
森川元検事「一般的に」
《弁護側の質問はDNA型鑑定に関する質問から、菅家さんの“自白”に移る。弁護側の追及に、森川元検事の答えには「覚えていない」「分からない」という言葉が増えていく》
弁護側「菅家さんの自白は虚偽のものですね」
森川元検事「それは分かりません」
弁護側「(平成4年)12月8日の取り調べで確認しています」
森川元検事「虚偽と確認したわけではありません」
弁護側「『作り事なのか?』というのはあなたの質問じゃないんですか」
森川元検事「質問はしました」
弁護側「納得したんですね」
森川元検事「納得したわけじゃないです」
弁護側「自白に質的な違いがあったと感じましたか」
森川元検事「質的かどうかは分からないけれど、かなり違うことはあると思いました」
弁護側「どう違うのですか」
森川元検事「供述の変更ですが、細かいことは思いだせませんが、経験者でなければ言えないものがいくつもありました。想像では供述しにくい。簡単に言えば、犯人だから供述できたのではないかと思うものがいくつもありました」
弁護側「菅家さんに第10回公判で『警察も私も聞いてないことをこまごま作り話する必要があったのか? 体験したから供述できたのでは』と聞いていますね」
森川元検事「細かく覚えていませんが、否認に転じたのでかなり追及しました」
弁護側「体験していないと供述できないという前提で追及したんですか」
森川元検事「はい。全部ではないと思いますが」
弁護側「真実ちゃん事件で少しでも無実と思ったことはないですか」
森川元検事「ないです」
《森川元検事は菅家さんを無実と思ったことはないとはっきりと否定した》
弁護側「警察が別件の取り調べを録音したことは知っていましたか」
森川元検事「記憶にないです」
弁護側「反訳書は」
森川元検事「見たことも聞いたこともありません」
弁護側「(福島)万弥ちゃん事件(昭和54年の女児殺害事件)は拘留中にやってないと言いましたね」
森川元検事「はい」
弁護側「そのとき、どのような質問をしたのですか」
森川元検事「『本当にやったのか』という聞き方だったと思います」
弁護側「本人は『君は殺してないんじゃないか』といわれたと言っていますが」
森川元検事「そういう聴き方はしていません。『本当に君なのか』という趣旨ですが、取り方によってはそうなるのかも」
弁護側「万弥ちゃん事件では不起訴で釈放していますね。自白に疑問があったからですか」
森川元検事「そういうことではありません。疑問というか裏付け捜査が十分できていないためです」
弁護側「(長谷部)有美ちゃん事件(昭和59年の女児殺害事件)は逮捕も認めませんでしたね」
森川元検事「はい」
弁護側「自白に疑問があったからではないですか」
森川元検事「有美ちゃん事件は証拠がかなり弱かったので、逮捕しても証拠固めの見通しもなかった。万弥ちゃん事件で釈放していたので、より慎重に判断しました」
弁護側「菅家さんが家族に手紙を書いていたのは知っていましたか」
森川元検事「知りませんでした」
弁護側「逐一コピーを入手していたのではないですか」
森川元検事「いえ、まったく」
弁護側「取り調べを録音したのは上司の指示ですか」
森川元検事「私独自の判断です」
弁護側「録音が始まった(平成4年)1月28日が有美ちゃん事件について最初に聴いた日ですね」
森川元検事「録音する前の(平成4年)1月23、24日に有美ちゃん事件のことを聴いたか定かではありませんが、聴いていなければそうです」
弁護側「録音が、有美ちゃん事件の取り調べに支障はありませんでしたか」
森川元検事「特になっていません。だから録音を続けました」
弁護側「菅家さんに『死刑になる可能性がある』と話しましたか」
森川元検事「死刑という言葉を使ったか記憶にありません。『一生刑務所から出られないか、それ以上かもしれない』とは言いました」
弁護側「(平成4年)2月7日のテープで『自分の命で償うという覚悟で』と言っていますね」
森川元検事「テープに入っていればその通りです」
弁護側「菅家さんが証人(森川元検事)の取り調べを受けて、裁判で認めないと死刑になると考えた可能性はありませんか」
森川元検事「分かりません」
弁護側「菅家さんに3つの事件の自白パターンが似ていると言いましたね」
森川元検事「テープに入っていればその通りです」
《弁護側は録音テープの中から、森川元検事が指摘する自白の共通パターンをピックアップして読み上げ、記憶を掘り起こすように迫る》
弁護側「証人は、(平成4年)2月13日の初公判前の2月4日と7日に『自白がパターン化している』と聴いていますが、初公判より前に(パターン化に)気づいていたのですね」
森川元検事「言っているならそうです」
弁護側「初公判前に、菅家さんの別件の自白が虚偽と考えたことはありますか」
森川元検事「虚偽と考えたことはありません」
弁護側「菅家さんが否認した時に『ずるいよ』と追及しましたね」
森川元検事「本件ですか、別件ですか」
弁護側「どっちもです」
森川元検事「最後の取り調べでしょうか」
《菅家さんの「否認」をまったく受け止めていなかったことを明らかにした森川元検事。当時の取調官が菅家さんに対して、どのように考えていたのかが垣間見えてきた》《菅家さんの主任弁護人を務める佐藤博史弁護士の厳しい追及は続く。森川元検事は証言台に手を乗せ、時折、記憶をたどるように天井を見上げては、質問に答えていく》
弁護人「菅家さんは(平成4年)12月3日に(宇都宮拘置支所に)戻ってきて、12月22日に第6回公判が予定されてましたね」
森川元検事「記憶が定かじゃありません」
弁護人「12月7日の(取り調べの)目的は、(足利事件ではなく)別件について本当のことを話してほしいということでしたね」
森川元検事「まあ、(テープで)そう言ってるのであれば、そうなんでしょうね」
弁護人「(菅家さんは)12月7日に(松田)真実ちゃん事件(足利事件)を全面否認しましたね」
森川元検事「はい」
弁護人「そのとき、(同年)1月28日の取り調べで、(長谷部)有美ちゃん(昭和59年の女児殺害事件)と(福島)万弥ちゃん事件(54年の女児殺害事件)を否認したけど、真実ちゃん(の事件)は自白したと言ってましたね」
森川元検事「ちょっと分からないですね…。そうなってるんだったら、それでいいです」
《18年前の取り調べの内容をほとんど覚えていないという森川元検事。「テープでそう言っているなら」と繰り返す森川元検事に、菅家さんがにらむような視線を送る》
弁護人「(平成4年)1月28日に本件(足利事件)について、本当に自白したんですか? 菅家さんは沈黙し続けてましたね? (森川元検事は)有美ちゃん(事件)は否認したけど、真実ちゃん(事件)は自白したと説明してますね。でも、菅家さんは進んで認めてるわけじゃない。最後に『間違いない?』といわれて、『うん』と言ってる」
森川元検事「でも、そのときの態度を見て、(菅家さんが)うなずくことがあったと思います」
弁護人「テープを聞き直して確認したことは?」
森川元検事「記憶ないですね。(宇都宮)拘置支所での取り調べが工事でうるさかったので、ちゃんと録れてるかなと聞いたことはあります。でも、どのテープか分からないけど」
弁護人「1月28日の出来事は本当にそうだったか、確認しましたか?」
森川元検事「確認はしてないけど…」
《佐藤弁護士の質問はますます熱を帯びてくる。証人尋問はいよいよ、菅家さんが全面否認に転じた平成4年12月7日の取り調べの核心に迫る。森川元検事もたじろぐことなく、佐藤弁護士の方に体を向け、堂々と質問に答えていく》
弁護人「12月7日の否認は調書にしてませんね?」
森川元検事「うーん。別にメモ取ったか。ちょっと分かりません」
弁護人「テープに録音したから、調書にしてないんですか?」
森川元検事「そういうわけではありません」
弁護人「(菅家さんの否認を)検事正や次席検事に報告しましたか?」
森川元検事「概括的な報告はしました」
弁護人「全面的に否認したと?」
森川元検事「ええ、まあ」
弁護人「誰にですか?」
森川元検事「次席検事に」
弁護人「検事正には?」
森川元検事「してません」
弁護人「12月7日のテープは、次席検事に渡しましたか?」
森川元検事「テープは私の独断で録ったもので、私の手元で保管していました」
《佐藤弁護士の執拗(しつよう)な質問にいらだっているのか、森川元検事の声が次第に大きくなっていく。それに負けじと、佐藤弁護士も傍聴席によく通る大きな声で質問を続ける》
弁護人「(平成4年)12月8日の取り調べは、起訴後の取り調べとなり、違法ですね?」
森川元検事「ケース・バイ・ケースだと思いますけど」
弁護人「12月7日の否認は虚偽と判断したわけですね?」
森川元検事「はい。そう判断して、(12月)8日に取り調べたわけです」
弁護人「8日に『君と同じ体液を持つ人が、何人いると思っているの?』とDNA型鑑定を持ち出して追及してますね」
森川元検事「ちょっと、私、DNA型鑑定なんて言葉使いましたかね。そう書いてあるなら、そういうことで」
弁護人「当時、(DNA型が一致する人が栃木県)足利市内に50人いたという認識ありましたか?」
森川元検事「可能性としてありうるなと思っていました。それくらいは考えていたと思います。記憶が定かじゃないですが」
弁護人「本件ですが、自白がなくても、有罪にできる事件でしたか?」
森川元検事「捜査というものは、その過程で資料を収集するんです。否認しても起訴はできる。否認しても有罪だと私は思ってました」
《否認しても有罪−。森川元検事はためらいもなく、きっぱりとそう言い切った。弁護人席で黙ってやりとりを聞いていた菅家さんは、森川元検事をじっと見つめたまま、大きく一度ため息をついた》
閉廷後に記者会見した菅家さんは「絶対謝ってもらいたかったが、謝らなかった。一生許さない」と述べた。午後の開廷直後に質問に立った菅家さんは冒頭で「森川さん、わたしは17年半もの長い間、無実の罪で捕まっていました。どう思いますか」と問い詰めた。元検事は「非常に深刻に思っている」と答えるにとどまった。「取り調べで全部やってないと正直に話したのに、なぜ弁護士や裁判所に伝えなかったのか」との質問には、不起訴となった女児殺害事件2件の調べの中で、足利事件に触れただけだと主張。「逐一、報告する必要はないと考えた」とした。 弁護人の質問では、逮捕の決め手となった当時のDNA鑑定について「有力な証拠だと思った」と証言。法廷で再生された取り調べテープは、独自の判断で録音、保存したと説明した(10年1月22日配信『共同通信』)。
次回の2月12日に検察側は無罪を求める。3月26日に菅家さんに改めて無罪判決が言い渡される。
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10年1月23日付『朝日新聞』−「社説=足利事件再審―この教訓をくみ尽くせ 「ずるいんじゃないか、君」「なんで僕の目を見て言わないの」。DNA型鑑定をもとに検事が追及する。 「ごめんなさい。勘弁してくださいよお」。泣きながら否認を撤回し、被告は再び犯罪を告白する。 栃木県足利市で起きた女児殺害事件の犯人とされ、無期懲役で服役中に釈放された菅家利和さんに対する再審公判で、取り調べの様子を記録した録音テープが再生された。 身体への拷問によってではなく、精神的に追いつめられて「自白」したことがわかる。無実の主張が否定され続け、ついに緊張の糸が切れて犯人を演じる。これこそが、事件を犯してもいないのに、うその自供をしてしまう典型だと心理学者は指摘する。 自分がもし菅家さんの立場だったらと、背筋が寒くなる、恐ろしい事実である。 うその自供と犯行現場の状況には食い違う点もあった。検事自身が当時、菅家さんの「自白」に不自然さを感じている様子も録音からうかがえる。 ところが、検事は再び菅家さんを「自白」させてしまう。後に覆された精度の低い当時の鑑定で、菅家さんのDNA型と被害者の着衣に付いていた体液が一致していたこともあった。 しかし、自白偏重の捜査手法に頼るばかりに捜査官が自縄自縛に陥り、ほかの事実に十分目を配ることができなかったのではないか。その結果、冤罪を生むだけでなく、真犯人をも逃してしまった。 録音テープに登場した当時の検事は証人として出廷し、「犯人でなかったことを非常に深刻に受け止めている」と述べたが、菅家さんが求めた謝罪はしなかった。 だがこれは、一人の担当検事だけに責任があるのではなく、捜査当局全体の欠陥が、冤罪と捜査の失敗を生んだととらえるべきだろう。 警察と検察は、自白に頼る意識を捨て、客観的な証拠を集めて犯罪の立証をめざすという捜査の基本を徹底してもらいたい。密室での取り調べを全面的に録画録音する「可視化」は、そのための第一歩だ。 全面可視化を公約としてきた民主党内には、ここにきて可視化法案の国会への早期提出、成立をいう動きがある。だが、もしこれを小沢一郎幹事長の資金問題をめぐる検察への圧力に利用しようとするなら、まったくの筋違いである。 捜査当局は取り調べの一部を可視化したが、「事件の真相解明を難しくする」と全面実施には抵抗が強い。 しかし、意識と制度の改革がなければ、捜査と裁判への国民の信頼を失い、日本の治安の根幹が揺らぎかねない。足利事件捜査の大失敗はそれぐらい深刻に受け止めるべきものだ。 10年1月24日付『東京新聞』−「筆洗」 「ごめんなさい。勘弁してくださいよお」。足利事件の再審公判で、菅家利和さん(63)が泣きながら否認を撤回し、再び「自白」に戻る取り調べの内容を録音したテープが法廷で再生された。拷問などがなくても、密室の取り調べで精神的に追い詰められた人が虚偽の自白をする。その状況が初めて白日の下にさらされた衝撃は大きい。自白偏重の捜査を見直すために、密室での取り調べをすべて録音・録画する全面可視化を求める声が強まるのは当然のことだ。ただ、それを「政争の具」にしてもらっては困る。可視化法案を早期に提出する民主党内の動きは、小沢一郎幹事長の政治資金規正法違反事件を捜査している検察への牽制(けんせい)に映る。鳩山由紀夫首相が冷静な対応を求めたのは、賢明な判断だ。小沢氏はきのう、東京都内のホテルで東京地検特捜部の事情聴取を受けた。終了後には記者会見も開き、説明責任を果たしていないとの批判に応える姿勢を見せたが、国民は納得できただろうか。今後の捜査の焦点は、政治資金収支報告書への虚偽記入がゼネコン資金を「洗浄」する偽装工作と立証できるかどうかに尽きる。資金提供が事実なら、有権者が初めて実現させた政権交代に泥を塗り、政治不信は極まる。検察の描く構図が誤りなら足利事件と同様司法の信頼は地に落ちる。真実は何か。私たちはそれを知りたい。 10年1月26日付『毎日新聞』−「社説」=足利事件テープ 捜査の向上に生かせ 「実際にはどうなの」「やってません」「やってないのに、やったって話したの?」−−。沈黙とすすり泣きをまじえ、菅家利和さんは検事とやりとりを続ける。録音テープからは、訴えが届かない菅家さんの絶望感が伝わってくるようだ。 栃木県足利市で90年、女児(当時4歳)が殺害された足利事件で宇都宮地裁の再審公判が開かれた。公開の法廷での異例のテープ再生は、密室の取り調べがどのようなものかを端的に示した。 菅家さんは足利事件について、いったんは否認しながら、「自白」に追い込まれていく。 もし、菅家さんが「自白」した場面だけが再生されたら、どういう印象だろうか。やはり、取り調べの録音・録画(可視化)は、全面的にすべきである。 ただし、小沢一郎民主党幹事長の資金管理団体をめぐる事件をけん制するかのように、同党内から今国会での可視化法案成立を図る動きが出ていることには賛成しかねる。 法務省は、法制審議会で議論したうえで法案提出を図る考えだ。捜査当局の事情も十分聴き、議論を深めるべきだ。政治側の理由で拙速に審議するテーマではない。 テープ再生からは、捜査当局に突きつけられた教訓も見えてくる。 怒鳴るわけではなく、取り調べはむしろ淡々と進む。証人尋問に立った検事は、自白の強要を否定した。だが、真犯人しか知りえない「秘密の暴露」はなく、自白もパターン化している。典型的な〓罪(えんざい)の構図が透けてみえる。しかし、「君はずるい」と時に語気強く迫る検事は、菅家さんの声を聞く耳を持たなかった。 それは、検事自身が「有力な証拠と思っていた」というDNA鑑定の証拠能力に依存し過ぎたからではないか。当時、菅家さんと殺害された女児の下着の遺留体液のDNAは一致したと結論付けられた。結果的に、その精度は低かった。 「自白」に頼らず、物証を中心に証拠を積み重ねる。捜査の原点に立ち返ってほしい。 検察の「オーソドックスな調べだ」とのコメントにも首をかしげざるを得ない。検察は容疑者を起訴する権限を持ち、警察とは別の角度でのチェックが求められる。その役割の大きさを自覚してほしい。法廷で検事の謝罪がなかったのも残念だ。 「今思うと、自分の気が小さかった」と菅家さんは会見で振り返った。とはいえ、密室での長時間の取り調べという状況下で言い分が否定され続ければ、精神的に追い詰められるのは想像に難くない。 今後、重大事件に立ち向かう裁判員にも意味あるテープ再生だった。 |
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09年05月10日付『愛媛新聞』−「地軸」=科学捜査の不安
人間の不安は科学の発展から来る。進んでとどまる事を知らない科学は、かつてわれわれにとどまる事を許してくれた事がない―「行人」夏目漱石。
とどまれないのは科学の恩恵が大きすぎるからだ。いまや司法の世界も科学捜査がものをいう。体細胞DNAの塩基配列から個人を識別する鑑定法は物証が乏しい犯罪の立証で重宝される。難事件解決に貢献しているのも事実だ。
科学の発展は不安と警鐘を突きつける。19年前に栃木県で女児が殺害された足利事件。最新方法で鑑定をやり直したところ、犯人のものとみられる体液と、受刑者のDNA型が一致しなかった。再審の扉が開きそうだ。
当時は警察がDNA鑑定を導入したばかり。1000人に1人を特定できる程度の精度だったとされる。が、人間は「科学的」の言葉に弱い。捜査側が万能を錯覚しても不思議ではない。鑑定結果が示威的に利用される限り冤罪(えんざい)の危機はある。
1990年代の鑑定を疑問視する声は多い。福岡県で女児2人が誘拐、殺害された飯塚事件は、DNA以外の物証が乏しく自白もなかった。無罪を訴え再審請求を準備していたが、昨秋に死刑が執行されてしまった。
いまの高精度の鑑定法なら4兆7000億人に一人の確率で特定できるという。できるだけ再鑑定を進めて真実と向き合うときではないか。科学の発展はとどまる英断を求めている。
09年05月10日付『信濃毎日新聞』−「社説」=足利事件 速やかに再審開始を
1990年、栃木県足利市で女児が殺害された「足利事件」の再審請求で、有力な物証とされた当時のDNA鑑定の結果が、最新の鑑定によって覆された。
最高裁が無期懲役とした判決の根拠が大きく揺らいでいる。菅家さんは逮捕されてから17年余り拘禁されている。司法は再審開始を急ぐべきである。
菅家さんは、女児のシャツに付着していた体液とDNA型が一致したことを根拠に逮捕され、公判では自白やDNA鑑定の信用性が争点となった。最高裁で刑が確定した後も、弁護側は再審を請求。東京高裁が再鑑定を行い、「不一致」と確認された。
この結果は捜査手法と司法判断の問題点を浮き彫りにした。
1つは、初期のDNA鑑定が十分な精度ではない、という認識が足りなかったことだ。鑑定を実施したのは91年、警察が導入して3年目だった。本人と分かる確率は「1000人に1・2人」とされたが、器具にも問題があり、誤差が大きかったという。
ところが最高裁は2000年、上告審で「科学的に信頼できる方法」と、初めて鑑定の証拠能力を認め、お墨付きを与えている。
もう1つは、捜査が自白に頼りすぎて、ずさんになった可能性である。菅家さんは一審の途中で否認に転じている。手記では「刑事たちが怖くなり、もういいやと思った」と自白の経緯を説明している。
自白を強要して冤罪(えんざい)を招いた例は6年前、鹿児島県の公選法違反事件でも起きた。
菅家さんは、別の2件の女児殺害事件でも疑いをかけられ、不起訴になっている。警察は証拠が乏しいのに、強引に捜査を進めたのではないか。いずれの事件も時効が成立している。真相を究明できなかったことが悔やまれる。
捜査の基本は、多面的な証拠の積み重ねである。捜査当局にも裁判所にも、科学鑑定を絶対視する傾向がなかったか。今度の再鑑定の結果を謙虚に受け止め、検証する必要がある。
今のDNA鑑定は飛躍的に精度が向上し、「4兆7000億人に1人」の確率で個人をほぼ特定できるという。米国では有罪確定後に、鑑定で無実と判明する事例が相次いでいる。
今回、初期の鑑定に疑念が生じたことで、ほかにも再鑑定を求める再審請求が出てくることが予想される。検察には、疑いがあれば過去の事件でも進んで調べ直す姿勢を期待したい。
09年05月10日付『新潟日報』=足利事件 科学鑑定に「絶対」はない
科学鑑定を万能視するような判断は、冤罪(えんざい)を生む危険をはらむ。
「足利事件」のDNA再鑑定結果は、こうした教訓を示したものだ。捜査の手法や裁判所の判断に慎重さを欠いてはいなかったか、徹底的な再検証を求めたい。
栃木県足利市で1990年に女児が殺害された事件の再審請求抗告審で、受刑者と、女児の着衣に付着していた体液のDNA型が異なるとの再鑑定結果が明らかになった。2人の鑑定医が異なる方法で鑑定し、東京高裁が検察側と弁護側に結果を伝えた。
捜査段階による鑑定では、DNA型は一致していた。しかし、今回の結果はこれを覆した。新たな証拠が出てきた以上、東京高裁が再審開始を決定する公算は大きい。
足利事件は物証に乏しく、このためDNA鑑定が証拠として重視された。ただ、この方法を警察庁が導入したのは事件の1年前にすぎない。
現在の進歩した鑑定に比べて、当時の精度は非常に低かった。証拠能力があるのかについては、法医学者から懸念が出ていたという。
これまでの公判で、弁護団側は捜査段階の鑑定結果は信頼できないものだとして無罪を訴えてきた。独自に鑑定した結果、異なる型が出たことも上告審で主張した。
だが、最高裁は2000年、弁護側の訴えを退け、捜査段階でのDNA鑑定に証拠能力があるとの初判断を下した。新たな鑑定結果は、最高裁の鑑定技術に対する判断が誤っていたということになる。
最高裁が当時の鑑定をもっと入念に審理する必要があったのではないか。鑑定技術は進歩し、精度が高まっていることを知らなかったのだろうか。
「DNA鑑定はまだ信頼できる段階にない」と、裁判官が認識していれば、事態は異なっていたかもしれない。再鑑定までにこれほど時間がかかることもなかっただろう。
捜査にも問題がなかったか。弁護団によると、受刑者は警察官から「DNA型で一致した」と迫られ、否認しても無駄だと思ったという。
DNA鑑定が自白を引き出す手段に使われた可能性がある。再審が始まれば、こうした点についても厳しく問うていくべきだ。
今回の再鑑定がほかの事件にも影響を及ぼすのは必至だ。足利事件と同様に、古いDNA鑑定を証拠として有罪判決が下された事件はほかにある。疑いがあれば、最新の技術を使って調べ直すべきだ。
科学鑑定に絶対はない。その精度を確かめる必要がある。このことを司法や捜査当局は重く受け止めてほしい。
09年05月10日付『南日本新聞』−「社説」=[DNA鑑定] 不一致なら再審開始を
犯罪捜査で有力な決め手となる「動かぬ証拠」が、実は信頼に足りないものだったとしたら、有罪判決は根底から覆る可能性がある。4歳の女児が殺害された足利事件のDNA鑑定を見直した結果のことである。
1990年に発生したこの事件では、当時の捜査で採用され始めたばかりのDNA鑑定が自白を引き出す決定打となり、殺人罪などに問われた被告の無期懲役が確定した。
警察庁の科学警察研究所が行ったDNA鑑定では、女児の衣服に残っていた体液と、被告のDNAが一致した。被告は一審の途中から否認に転じたが、最高裁も鑑定結果を「科学的に信頼される方法」として初めてその証拠能力を認めた。裁判所が最先端の科学技術の威力を信じて疑わなかったのはやむを得まい。
これ以降、DNA鑑定が犯罪捜査で本格的に導入され、初年に48件だった鑑定は08年には3万件を超すほど飛躍的に増えた。鑑定の精度が年々向上し、いまや真犯人を突き止める重要な手がかりになっているのは評価していい。
ところが、ここに来て、足利事件のころに警察庁が導入した初期のDNA鑑定は、技術的に確立されていなかったことが露呈した。
足利事件の再審請求の即時抗告審で、東京高裁が検察側、弁護側の推薦した鑑定人に再鑑定を依頼したところ、いずれも「不一致」の結果が出た。女児の衣服に付いていた体液が被告のものでないということは、真犯人が別にいることになる。
現在のDNA鑑定では、4兆7000億人に1人を識別できるまで精度が高まっており、今回の再鑑定で出た「不一致」の結果は十分信頼に足りうる。自白の決め手となったDNA鑑定が否定されたとなると、自白の任意性、信ぴょう性まで疑わしい。東京高裁が再審開始を決定する公算は大きくなった。
再審開始には「新たに発見され、確定判決の事実認定に合理的疑いを抱かせる証拠が必要」との最高裁決定がある。着衣の体液が作為的なものとは考えられず、再審開始の条件を満たすとみるのが妥当だ。高裁は再審開始を決定すべきである。
足利事件同様、初期のDNA鑑定が決め手になって有罪に持ち込んだ事件にも目を向ける必要がある。飯塚事件のようにDNA型が一致して死刑になったケースもある。冤罪(えんざい)を防ぐ意味からもDNA鑑定の見直しを急がなければならない。
09年05月11日付『東京新聞』−「社説」=DNA再鑑定 積極活用で冤罪なくせ
1990年の「足利事件」は再審開始の公算が大きくなった。遺留物と受刑者のDNA型が不一致という再鑑定が出たからだ。「科学的」とされた当時のDNA型鑑定は信頼が大きく揺らいでいる。
栃木県足利市で保育園女児が殺害され、県警は91年、女児の服に付いていた体液のDNA型が一致したとして、元バス運転手の男(62)を逮捕した。1審は無期懲役とし、2審も支持。最高裁が2000年にDNA型鑑定の結果を証拠能力として初めて認め、有罪判決が確定した。
男は無実を訴えて再審請求し、宇都宮地裁が棄却したため東京高裁に即時抗告した。高裁は昨年、弁護側、検察側双方が推薦した法医学者2人に再鑑定を依頼した。
女児の下着に残っていた検体と男のDNA型が一致するかどうか調べたところ、どちら側の鑑定でも一致しなかったという。
検体から検出のDNA型が捜査員のものである可能性も排除できないというが、両鑑定とも男のものでなかった結果は極めて重い。
確定判決は鑑定だけでなく、自白なども考慮している。ただ、2審判決は「鑑定結果を告げて供述を求めた。秘密の暴露がない」と指摘した。有罪の柱は当時の鑑定であり、その信用性を覆す再鑑定が異なる立場からそれぞれ出た以上、再審は開始されるべきだ。
検察側鑑定人は「当時、刑事司法に適用する科学技術としては標準化が達成されていなかった」と述べ、精度の低さを指摘した。
弁護団は「同じDNA型の男性は足利市周辺で700人」という。刑事事件の証拠で採用するには時期尚早だったのではないか。
現在の検査法は格段に進歩し、4兆7000億人に1人の確率で個人識別できる。07年には約2万1200の事件で鑑定が導入され、遺留物や容疑者のDNA型記録のデータベース化も進んでいる。
DNA型鑑定は捜査段階では容疑者を犯人と特定するとともに嫌疑を晴らす役割も担っている。
鑑定が有罪根拠となった過去のほかの事件についてあらためて鑑定した場合、DNA型が一致しないケースは起こり得るのではないか。
米国では死刑囚や懲役囚にDNA型鑑定を受ける権利を認める法律が成立し、すでに200人以上が再審で無罪となったという。
冤罪(えんざい)をなくすには再鑑定の制度化も考えなくてはならない。再鑑定の信頼度を保つためには、遺留物保管の厳格化も求められる。
09年05月11日付『毎日新聞』−「余録」=DNA鑑定
高名な医学者でもあった推理作家の故・由良三郎さんは、同業の科学知識の誤りを題材に、多くのエッセーをものした。ヒトのDNAから犯人を特定できるとした88年出版の海外作品を取り上げた一文は「まだ未来話」と評したうえで、10年もたてば犯罪捜査の最強兵器になると予言している。
91年の単行本化で、長い注釈が加筆された。DNA鑑定が急速に実用化され、事件解決に役立った例を挙げて「推理作家の顎(あご)が干上がると言ったのも冗談でなくなる」と結んでいる(「ミステリーを科学したら」文芸春秋社)。
90年5月、栃木県足利市で4歳の女児が殺害された事件は、ちょうど過渡期に起きている。元運転手の男性が遺留物とのDNA型一致を決め手として逮捕され、公判途中で自白を翻したが、無期懲役刑が確定した。これがDNA鑑定の本格導入を後押しした。
その再審請求に基づく最新の鑑定で、DNA型不一致という決定的な結果が出た。事件当時、別人が一致する確率は1000人に1.2人で、鑑定精度はまだ低かった。肉眼判定を誤った可能性もある。科学を過信して捜査の目が曇らなかったか。疑念が募る。
同時期の事件で、無実を訴えながらDNA鑑定を証拠に死刑が確定、執行された例もある。適切に活用すれば、過去の冤罪(えんざい)を晴らす有効な手段にもなる。証拠物の冷凍保存や再鑑定を制度化することも欠かせまい。
電子機器による現在の鑑定精度は、4兆7000億人に1人まで向上した。これから始まる裁判員裁判でも幅広く採用されよう。真実のささやきを聞き逃すことがないよう、市民みんなが科学の効用と限界を肝に銘じておきたい。
09年05月11日付『熊本日日新聞』−「社説」=足利事件 私たちはなにを学ぶべきか
裁判員制度のスタートを目前にして私たちはまた一つ、忘れてはならない教訓を得ることになりそうだ。
1990年、栃木県足利市で当時4歳の保育園女児を誘拐、殺害したとして殺人罪などに問われ、無期懲役が確定した菅家利和[すがやとしかず]受刑者(62)の再審請求で東京高裁は、女児の着衣に付着していた体液と、菅家さんのDNA型が一致しなかったとの再鑑定結果を関係者に伝えた。
弁護団によると、再審請求中の事件でDNA再鑑定が行われたのは初めて。再鑑定は東京高裁が職権で行った。検察側、弁護側それぞれが推薦した鑑定人が異なる方法で分析した結果、いずれも不一致の結果だったという。確定判決が有罪の有力な証拠としていたのが、捜査段階の鑑定によるDNA型一致。再鑑定はこれを根底から覆すもので、再審開始の公算が大きくなった。
私たちはこれまで何度となく、誤った捜査と誤った裁判によって起きる冤罪[えんざい]事件をみてきたが、足利事件の特徴は、DNA鑑定という先進的な科学手法そのものが問題になっていることだ。最高裁は2000年、この事件でDNA鑑定の証拠能力を初めて認定して、無罪を主張する菅家さんの上告を棄却した。ところが今回は、その鑑定が完全に否定されたことになる。
最初の鑑定が実施されたのは1991年、捜査に導入されて3年目のことだった。今回の再鑑定結果は、当時の鑑定の証明力について、もっと入念に検討する必要があったことを示すものだろう。科学的とされる証拠を過度に信頼することへの戒めとしたい。
DNA鑑定が、捜査の過程で自白の強要に使われていることも問題だ。DNA型が一致したことを菅家さんに告げて、供述を引き出したとされるからだ。強い疑問を抱かせる捜査手法である。
免田事件をはじめ、冤罪事件には冤罪であることを知らせるサインがあるものだ。足利事件でも、一審公判の途中から菅家さんは否認に転じて無罪主張を始めている。なぜその時、じっくり耳を傾けなかったのか。捜査から一審公判途中までの心境を菅家さんは「刑事から『おまえがやったんだ。ちゃんと証拠があるんだ』と言われた。おかしいと思ったが刑事たちが怖くなり、もういいやと思った」と説明している。
犯行をやってもいない人がなぜ自白するかについて、疑問を持つ人も多いことだろう。しかしこれまでの冤罪事件をみれば、証拠とされる自白調書は、捜査側が書いたものを密室で容疑者に認めさせたケースがほとんどである。
裁判所の責任も大きい。再審請求を認めてこなかったことで、結果的ではあるが、時効を完成させてしまった。
刑事訴訟法は再審開始要件を「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見した時」とする。裁判所は再鑑定結果を受け、速やかに再審を開始し、審理をやり直すべきだ。
誤判は二つの問題を生む。一つは罪もない人に罪を着せること、もう一つは真犯人を逃がしてしまうことだ。こんなことを繰り返すような社会であってはならない。
09年05月11日付『京都新聞』−「社説」=足利事件 「再審」迫る再鑑定結果
栃木県足利市で1990年、女児が誘拐、殺害された「足利事件」で、確定判決が有力な証拠と認めた当時のDNA鑑定の結果が覆された。
再鑑定は犯人が別人である可能性を客観的な事実で突きつけており、最高裁が無期懲役とした「決め手」が大きく揺らぐこととなった。東京高裁は再審を開始すべきだ。
菅家さんは91年、女児の着衣に付着していた体液のDNA型と一致したことを根拠に逮捕された。捜査段階で犯行を自白、1審途中で無罪主張に転じたが、2000年に無期懲役の判決が最高裁で確定。弁護側は再審を請求し、東京高裁が08年12月に再鑑定の実施を決定した。
再鑑定では検察側、弁護団が推薦した鑑定人2人が異なる方法で分析。着衣に付着した体液と菅家さんのDNA型は、いずれも一致しなかった。
今回の鑑定で、結果が翻った背景には、著しい技術進歩がある。
現在のDNA鑑定で、個人を識別できる確率は「4兆7000億人に1人」とされる。ところが、菅家さんが逮捕された1991年は鑑定が捜査に導入されたばかりで「1000人に1・2人」という低い精度。当時から識別の正確性などを疑問視する声があった。この方式は既に使用禁止になっている。
にもかかわらず、最高裁は2000年、上告審で「科学的に信頼できる」とDNA鑑定の証拠能力を認定、初めて「お墨付き」を与えてしまう。
確定判決では、「自白」の信用性も有罪を導く根拠とされた。ただ、2審判決が「捜査員が逮捕前、DNA鑑定の結果を告げて供述を求めた」と指摘するように、鑑定は菅家さんから自白を引き出す決定打にもなった。
再鑑定の信用性が認められ、当初の鑑定結果が否定されれば、自白そのものの信用性も危うくなる。
十分に確立されていない科学鑑定を万能視した捜査の在り方や裁判所の有罪認定を検証する必要があろう。
また、導入初期のDNA鑑定が決定的な証拠となった事件については、再鑑定も検討すべきではないか。
21日に始まる裁判員制度では、公判立証に「分かりやすさ」が求められ、DNA鑑定などの科学鑑定がより重要視されることになる。精度の高い鑑定でなければ裁判員の心証を誤った方向に導きかねず、冤罪(えんざい)を生む可能性をはらむ。
米国ではDNA鑑定が冤罪防止に使われている。懲役刑の確定者に鑑定を受ける権利を認めた04年以降、200人以上が再審で無罪となった。
冤罪防止のためには、取り調べの全過程を録音・録画する「可視化」も必要だ。科学鑑定に頼るのではなく、ほかの物証とも合わせたより綿密な捜査が求められるのは言うまでもない。
09年05月13日付『朝日新聞』−「天声人語」
東京の築地にある小社の近くに「指紋研究発祥の地」という石碑がある。宣教師として明治の初めに来日した英国人医師ヘンリー・フォールズの居宅の跡だ。彼はあるとき、土器についていた縄文人の指の跡を見て、ひらめきを得る。
指紋から人を特定できるのではないか――。
研究を進め、母国の科学誌「ネイチャー」に論文を送った。それがのちに、犯罪捜査に欠かせない指紋鑑定の源流になったとされる。フォールズ自身も探偵はだしに、病院の器具の指紋から盗人を探し出したことがあったそうだ。
指紋が20世紀の捜査の主役なら、いまはDNA型鑑定だろうか。その精度は折り紙つきの印象がある。だが栃木県で90年に起きた女児殺害事件で、無期懲役刑になった受刑者をめぐり、鑑定に重大な疑問が生じている。
逮捕の決め手になったDNA型を改めて鑑定すると、遺留物とは不一致という結果が出た。有罪の大きな根拠が崩れ、別の犯人の可能性が強まったことになる。再審の扉が開く公算が大きいそうだ。
事件の頃は、まだ1000人に1.2人を識別できる精度だった。今は4兆7千億人に1人という。世界の人口は67億人だから決定的ともいえる。罪が濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)なら、DNAで奈落に落とされDNAに救われるという、むごい皮肉になる。
フォールズの論文から来年で130年がたつ。科学捜査は悪を逃さぬ「天の網」として進歩してきたが、結果をもとに裁くのは昔も今も人である。裁判員制度への秒読みを聞きながら、「取り返しのつかぬもの」の重みを思ってみる
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1991年12月01日付『朝日新聞』=重要参考人を近く聴取 毛髪の遺伝子ほぼ一致 足利市の保育園児殺し(東京朝刊31面)
栃木県足利市内の保育園児、松田真実ちゃん(当時4つ)が昨年5月に誘拐され絞殺された事件で、栃木県警足利署の捜査本部は30日までに、同市内の無職男性(45)が事件に深くかかわっていた疑いを強め、近く、この男性を重要参考人として足利署に呼び、事情を聴く。同市周辺では同様の幼女誘拐殺人事件が過去12年間に3件発生し、解決していない。捜査本部はこれら3件の事件についても、この男性との関連を重視している。
捜査本部の調べによると、真実ちゃんは昨年5月12日夕、父親(34)に連れられて足利市伊勢南町のパチンコ店に行き、駐車場で遊んでいるところを目撃されたあと行方不明になった。翌13日午前、500メートルほど離れた渡良瀬川河川敷で絞殺死体で発見された。
その後の捜査で、真実ちゃんが行方不明になって間もなく、駐車場から約50メートル離れた渡良瀬川河川敷の土手付近で、真実ちゃんと見られる幼児の手を引く中年の男性が目撃されていることが分かった。同本部はこの中年男性を事件とかかわりが深いと見て調べていたが同市内の男性が浮上し、約1年にわたって周辺捜査を続けてきた。
これまでの調べで、現場に残された真実ちゃんの衣服に付着していた、犯人の物と見られる毛髪などを遺伝子鑑定(DNA鑑定)した結果、この男性の遺伝子とほぼ一致した。
遺留品の毛髪などがわずかしか残っていなかったが、遺伝子のパターンがこの男性のものと一致する確率はかなり高いという。また、これら遺留品から判明した血液型(B型)とも一致した。
足利市内では1979年に福島万弥ちゃん(当時5つ)、84年に長谷部有美ちゃん(当時5つ)、また隣接した群馬県新田郡尾島町では87年に小学2年生の大沢朋子ちゃん(当時8つ)が、それぞれ誘拐されて殺されているが、3件とも未解決だ。
真実ちゃん事件を含め4つの事件は、失跡場所や死体遺棄現場が近いうえ、殺害の手口がよく似ている。
1991年12月01日付『毎日新聞』=元運転手、きょうにも聴取 現場残存資料、DNA鑑定で一致−−松田真実ちゃん殺害(東京朝刊27面)
栃木県足利市の渡良瀬川河原で昨年5月、同市山川町に住んでいたパチンコ店従業員、松田俊二さんの長女で保育園児、真実(まみ)ちゃん(当時4歳)が殺されて見つかった事件で、同県警足利署捜査本部は30日までに、身辺捜査していた同市内の元運転手(45)の体液と遺体発見現場に残されていた資料をDNA(デオキシリボ核酸)鑑定で照合したところ「一致する」との鑑定結果を得た。このため捜査本部は1日朝にも元運転手に任意同行を求め、事件との関連について事情聴取を始める。
調べによると、真実ちゃんは昨年5月12日午後6時過ぎ、松田さんに連れられて車で同市伊勢南町のパチンコ店「ロッキー」に行き、一人で遊んでいるうちに行方不明になった。同8時ごろ、松田さんは真実ちゃんが見当たらないのに気付き、同9時45分に足利署に届けた。
このため同署で周辺を捜索したところ、翌13日午前10時20分ごろ、「ロッキー」から直線で約500メートル離れた渡良瀬川左岸のアシの茂みの中で、死んでいる真実ちゃんを発見した。死因は窒息死で、首を絞められて殺された後に投げ捨てられたとみられる。真実ちゃんの衣服のうちスカートや下着、片方のサンダルなどは近くで見つかった。
捜査本部は変質者の犯行の可能性が強いとみて捜査していたが、約半年前まで運転手をしていて「ロッキー」によく来店していた男が浮上した。この元運転手の身辺捜査を続けている過程で体液を入手、警察庁科学警察研究所にDNA鑑定を依頼したところ「真実ちゃんの衣服に付着していたものと一致する」との鑑定結果が出た。
足利市では、1979年8月3日、同市通五、会社員、福島譲さんの長女万弥ちゃん(当時5歳)が行方不明になり、同9日、真実ちゃんが見つかった現場から約200メートルの渡良瀬川右岸で、リュックサック詰めの他殺死体で発見された。
さらに84年11月17日、同市大久保、会社員、長谷部秀夫さんの長女有美ちゃん(同)が同市山川町のパチンコ店で不明になり、1年4カ月後の86年3月8日、自宅近くの畑から白骨死体で見つかったが、いずれも未解決。
DNA鑑定 遺伝子の本体であるDNAを構成する4種の塩基の配列順序から個人差を読み取る個人識別法。警察庁は「容疑者を積極的に特定し、かつ容疑者以外の者を捜査対象から排除することが可能」として、来年度からDNA鑑定を制度化し、全国の警察本部に導入する。
この方式だけで100%の個人識別はできないが、科警研は「従来の血液型分類法を併用すると精度が高まる」としている。今年9月以降、茨城、熊本県など3件の事件の裁判に科警研方式のDNA鑑定が証拠申請されており、司法段階での評価が注目されている。

1991年12月01日付『読売新聞』=幼女殺害の容疑者浮かぶ 45歳の元運転手、DNA鑑定で一致/栃木・足利(東京朝刊1面)
栃木県足利市の渡良瀬川河原で昨年5月、同市内のパチンコ店員松田俊二さんの長女真実ちゃん(当時4歳)が他殺体で見つかった事件を調べている足利署の捜査本部は、30日までに、容疑者として同市内の元運転手(45)を割り出した。一両日中にもこの男性に任意同行を求め、殺人、死体遺棄の疑いで事情を聴取、容疑が固まり次第逮捕する。真実ちゃんの衣類に付着していた男の体液のDNA(デオキシリボ核酸)と元運転手のものが一致したことが決め手となった。同市とその周辺では、昭和54年から62年にかけ幼女3人が他殺体で見つかる事件が起きており、捜査本部は関連に強い関心を抱いている。
◆周辺に類似殺人3件
真実ちゃんは昨年5月12日午後6時半過ぎ、父親に連れられ遊びにきていた同市伊勢南町のパチンコ店「ロッキー」で行方不明となり、翌13日午前、パチンコ店から南へ約500メートル離れた渡良瀬川左岸のアシ原で死体で見つかった。死因はケイ部圧迫による窒息死で、絞殺されたと見られる。
現場付近は当時、車や人通りが多かったにもかかわらず、有力な目撃情報はなく、捜査は長期化した。捜査本部は、市内全域でローラー作戦を展開するなどして不審者や変質者の洗い出しを続け、昨年秋ごろこの男性が浮上、慎重に周辺捜査を進めていた。
捜査本部は、現場近くで見つかった真実ちゃんの衣類に付いていた体液と、内偵中に入手した元運転手の毛髪を警察庁科学警察研究所に送り、血液鑑定とDNA鑑定をした結果、「ほぼ同一人物の遺伝子。他人である確率は1000人に1人」との結果を得た。血液型も一致した。
さらに、捜査本部は、これまでの調べで、男性が〈1〉少女を扱ったビデオソフトや雑誌を愛好している〈2〉真実ちゃんが失跡したパチンコ店に度々きていたが、事件後、姿を見せなくなった〈3〉事件当日の夕方以降の足取りが不明――などをつかんでいる。
足利市と、県境を隔てた群馬県尾島町では、ほかにも3件の未解決幼女殺人事件が起きている。
昭和54年8月、足利市内の会社員福島譲さんの長女万弥ちゃん(当時5歳)が、近くの神社の境内に遊びに行ったまま行方不明となり、6日後、約2キロ離れた渡良瀬川河川敷で、リュックサックに詰め込まれた絞殺死体で見つかった。
また、59年11月には同市内の工員長谷部秀夫さんの長女有美ちゃん(当時5歳)が、両親と遊びにきたパチンコ店から姿を消し、1年4か月後、自宅から約1・7キロ離れた畑で、白骨死体で発見された。死因は窒息死。
62年9月には、同市から約15キロ離れた尾島町の会社員大沢忠吾さんの二女朋子ちゃん(当時8歳)が、自宅を出たまま消息を絶ち、翌年11月、自宅から約2キロ離れた利根川河川敷で白骨体で見つかった。死因は特定されていないが、他殺と見られる。
《DNA鑑定》細胞核内の染色体に含まれるDNAには、遺伝情報が四種類の塩基の配列順序として記録されている。この配列順序は個人によって異なるため、体液や血痕、毛髪など犯行現場に残された資料のDNAを分析すると個人を635通りに分類でき、血液鑑定と併用すれば100万人中の1人を特定できる。今回は、真実ちゃんの衣類に付いていた体液が微量だったため、「1000人に1人」の精度にとどまった。警察庁は今後1・2年で全国の捜査に本格導入する計画だ。昨年2月に東京都足立区で発生した主婦のバラバラ殺人事件では、容疑者の車に残されていた血痕がDNA鑑定で被害者のものと判明し逮捕の決め手となった。
1991年12月25日付『読売新聞』=連続殺人の菅家容疑者 「万弥ちゃん殺害」で再逮捕/栃木・足利署(東京朝刊26面)
栃木県足利市の松田真実ちゃん(当時4歳)に続いて、福島万弥ちゃん、長谷部有美ちゃん(いずれも当時5歳)の殺害を自供した同市家富町2265、元保育園運転手菅家利和容疑者(45)を取り調べている足利署の捜査
本部は24日、同容疑者を万弥ちゃん事件について殺人の疑いで再逮捕した。
調べによると、菅家容疑者は昭54年8月3日午後零時半ごろ、自宅近くの神社境内付近で一人で遊んでいた同市通5の2820、会社社長福島譲さん(37)の長女、万弥ちゃんを神社裏の織姫山の山林に誘い、万弥ちゃんの首を両手で絞めて殺害した疑い。
菅家容疑者は事件当時、市内の保育園に運転手として勤めていたが、この日もふだん通り勤務していた。調べに対し、「昼休みに昼食をとりに実家に帰る途中、神社で遊んでいた万弥ちゃんを見つけ、いたずらしようと思った。殺害後はいったん遺体を山林に隠し、バスで園児を送った夕方、現場に戻って遺体をリュックサックに詰め、自転車で殺害現場から約2キロ離れた渡良瀬川の河原に運んで捨てた」などと供述。リュックについては「拾った」と話しているという。
同署は事件発生直後、万弥ちゃんの遺体から検出されたアオダモ、アカマツなど6種類の植物の葉から殺害現場を織姫山中と特定するとともに、植生から十数か所のポイントを割り出していた。菅家容疑者が供述した殺害場所は、この一つと一致した。
捜査本部は万弥ちゃん殺害容疑を十分に詰めたうえで、昭和59年発生の有美ちゃん殺害事件についても菅家容疑者を追及し殺人の疑いで再逮捕する方針。
1991年12月03日付『読売新聞』−「社説]=難事件を解決したDNA鑑定
栃木県足利市の河原で昨年5月、4歳の幼女が殺されていた事件で、45歳の元保育園運転手が逮捕された。
容疑者は性的異常者と見られるが、自分の欲望のために、罪もない無抵抗な幼女を殺害する犯行は、憎んでも余りある。
同市周辺では、昭和54年から3件の幼女殺害事件が未解決のままだ。絞殺して遺体を河原に捨てる手口などから、捜査当局は、この男との関連性を追及している。これほどの犠牲者を出す前に、容疑者を逮捕していればと思うと残念だ。
最近、幼女を対象にした性的犯罪が増えている。犯人は普通の日常生活を送っており、外見から区別することが難しいケースも多い。病的な欲望や衝動に動かされて犯行を繰り返し、手段をしだいにエスカレートさせていく傾向も強い。
この種の犯罪は被害者が幼いため、犯人につながる手がかりが少なく、解決に時間を要するのはわかる。だが、卑劣な犯行を防ぐには、やはり犯人を一日も早く逮捕することが重要だ。
同時に地域社会が、犯罪の前兆を見逃さないことも大切だ。こうした性的な犯罪には前段として、幼女が見知らぬ男から声をかけられたり、下着が盗まれたりする前兆が必ずある。どんなささいなことでも警察に届ける一方、地域がその情報を共有して警戒心を強めることが、犯罪を未然に防ぐことにつながるだろう。
今回の事件では、幼女の衣類に残されていた微量の体液と元運転手の毛髪の遺伝子DNA(デオキシリボ核酸)が一致したことが、逮捕の有力なキメ手になった。
人の細胞の中にあるDNAは、その配列や構造が、人によって違い、生涯変わらない。それを分析することで、個人を識別するのがDNA鑑定だ。従来の血液鑑定と併用すれば、100万人の中の1人を特定できるほど、精度が高いと言われる。
指紋に近い識別効果があり、血液鑑定などが困難な微量でも、鑑定が可能とされることから、警察庁が研究を進めてきた。すでに50件近い事件捜査に活用され、裁判で証拠採用されたケースもある。
科学捜査の有力な武器となることは間違いない。だが、今回のように超微量で完全な検査が困難な場合には、識別確率が落ちることもある。基礎データも不足しており社会的にも、刑事訴訟手続き上でも、完全に信頼を得るまでには至っていない。
当面は他の物証と併用しながら、科学的な証明度をさらに高め、社会的な承認を得る努力を続けてほしい。
DNAの分析によって、人の資質など隠れた遺伝情報のほとんどを読み取ることも可能だ。プライバシーそのものと言っていい。警察庁では、鑑定するDNAはごく一部のため、プライバシーの問題は起きないと説明している。
本格的な実用化に当たっては、DNAの分析範囲や分析データの管理に関するガイドラインを作るなど、慎重を期すべきだ。大きな可能性を持つ捜査手法だけに、わずかな疑念も残さない配慮が必要だ。
1991年12月22日付『読売新聞』=真実ちゃん殺しの菅家容疑者 「万弥」「有美」ちゃんも自供/栃木県足利(東京朝刊27面)
栃木県足利市の松田真実ちゃん(当時4歳)殺害事件で、足利署の捜査本部に逮捕された元保育園運転手菅家利和容疑者(45)(同市家富町2265)は21日、昭和54年と59年に同市内で起きた別の2件の幼女殺害事件について「2人とも私がやりました」と自供した。捜査本部は裏付け捜査を急ぎ、容疑が固まり次第、殺人などの疑いで再逮捕する方針。
新たに自供した2件は昭和54年に発生した同市内の会社員福島譲さんの長女万弥ちゃん(当時5歳)殺しと、59年に起きた同市内の会社員長谷部秀夫さんの長女有美ちゃん(当時4歳)殺害事件。真実ちゃんを含めた3人の遺体はいずれも菅家容疑者が同市福居町に借りていた家から4キロ以内の所で見つかっているうえ、行方不明時や遺体発見の状況が似ていることから捜査本部は菅家容疑者との関連を追及していた。
捜査本部の調べに対し、菅家容疑者は同日午後6時過ぎから、両事件の犯行をほのめかし始め、まず万弥ちゃん、続いて有美ちゃんを「殺した」と自供、両容疑を認めたという。
捜査本部は、真実ちゃん事件起訴の見通しのついた20日朝から、両事件についての取り調べに着手、雑談を交えながら事情を聞いた。
万弥、有美ちゃん事件は発生から12〜7年経過し、菅家容疑者の記憶もかなり薄れていることから、自供を裏付けして起訴、公判を維持するためには困難も予想されるが、捜査本部では慎重に取り調べを進め、容疑が固まり次第、菅家容疑者を再逮捕する方針だ。
万弥ちゃんは54年8月3日正午ごろ、自宅近くの八雲神社境内に遊びに行ったまま行方不明となり同9日、渡良瀬川右岸の河原で、リュックサックに詰められた下着姿の遺体で発見された。遺体に付いていた土の鑑定結果などから、捜査本部では殺害現場を福島さん宅裏の織姫山の山中と特定している。
一方、有美ちゃんは59年11月17日夕、両親と一緒に来ていた同市山川町のパチンコ店「大宇宙」で行方不明となり、61年3月8日、約2・4キロ離れた畑の土中から白骨体で見つかった。
菅家容疑者は、一連の幼女殺害事件発生以前の52年から同市福居町に家を借り週末を過ごしていた。有美ちゃん、真実ちゃんの失跡はともに土曜日、万弥ちゃんは金曜日だった。
失跡場所は有美ちゃん、真実ちゃんの2事件がパチンコ店。殺害方法は、白骨体で見つかり特定出来ていない有美ちゃんを除く2人が絞殺だった。
3人のうち万弥ちゃんの遺体だけは、ひもで縛ったうえリュックサックに詰め込む手の込んだ方法で捨てられていたが、遺体発見場所は河原や畑など、いずれも周囲が見渡せる場所だった。
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仙台弁護士会;えん罪防止のための適正な捜査手続等の確立を求める決議(2009年7月31日)
本年5月21日から裁判員制度が施行されるとともに、被疑者国選対象事件が長期3年を超える懲役・禁錮を法定刑とする事件に拡大された。被疑者国選対象事件の拡大及び裁判員制度は、これまで多くのえん罪を生み出してきた捜査手続等を大きく改善する契機となり得るものであり、当会がこれまで求めてきた刑事手続上の諸提言が実現に向け動き出すことが期待されている。当会は、このような時機において、これまでの提言を総括するとともに、改めて関係機関に対する要求事項を掲げ、本決議の表明に及ぶものである。
多くのえん罪は、安易に「代用監獄」が勾留場所とされる中、長時間にわたる密室での取調べの過程で作出された虚偽自白が原因となり発生している。「代用監獄」は、本来は法務省所管の拘置所に収容されるべき勾留決定後の被疑者・被告人(以下「被疑者ら」という)を引き続き警察の留置施設に収容する日本独自のシステムであり、被疑者らに対する深夜にまで及ぶ長時間取調べが、弁護人の立会を排除し密室でなされるため、被疑者らは国家権力を背景に持つ取調官の圧力に屈し、虚偽の自白が作られる構造となっている。
これまでの例を見ても、いわゆる死刑再審4事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)は、いずれも「代用監獄」を利用して作出された虚偽の自白がえん罪の原因となっている。また、近年も、警察が被告人の自白獲得を目的として「代用監獄」を利用し、被告人の同房者に対する虚偽の犯行告白を作り上げた引野口事件や、密室の中で複数の取調官に責められ虚偽の自白をさせられた足利事件等、違法捜査事例は後を絶たない。
現在の捜査手続では、被疑者らが後日取調べの過程で自白を強要されたことなどを立証しようとしても、取調べの全過程が録画・録音がなされていないため、その立証は著しく困難であり、上記の各事件においては、裁判所が虚偽の自白を追認しえん罪を生じさせるという結果となっている。
このような「代用監獄」の存置及び密室での検証不能な取調べは、国連拷問禁止委員会や国連自由権規約委員会から強く非難されるとともに、その廃止及び取調べの全過程の可視化が求められている。そこで、虚偽自白作出の原因を除去しえん罪を防止するためには、まず、「代用監獄」の廃止と取調べ全過程の録画・録音が実現されなければならない。
また、「代用監獄」の廃止によって、被疑者らとの接見の機会が妨げられるような事態が生じることは決して許されてはならないのであり、「代用監獄」の廃止ととともに、本来の勾留施設である拘置所において接見の機会が十分保障されるような態勢の拡充が図られなければならない。
さらに、えん罪を生み出す捜査の問題として、捜査機関が鑑定を行う際に鑑定に用いた資料を保存せず、後の検証を不可能にする運用が行われている点も見過ごせない。このような運用により、誤った鑑定結果が、再検証によって正されないまま事実認定の証拠とされ誤判を招く結果につながるとともに、捜査機関が鑑定結果の適否に配慮することなく、その結果に沿った自白を強要しやすい状況が生じている。
そして、以上の捜査・勾留の実態の問題を適切にコントロールできない裁判所・裁判官の問題も重要である。すなわち、2007年5月に国連拷問禁止委員会から、日本の勾留状発付率が異常に高く警察の留置施設における未決拘禁に対する裁判所による効果的な司法的コントロール及び審査が欠如していることが指摘されている。このほかにも、安易な勾留延長決定や接見禁止決定、保釈保証金の高額化、否認事件における保釈不許可の傾向等、裁判所・裁判官が被疑者らの長期間にわたる不当な身体拘束を認め外部との接触を遮断しているとの指摘がなされており、裁判所による司法コントロールについては数多くの問題が存在している。
また、裁判上の証拠能力判断の場面においても、被疑者らの不利益供述調書の任意性は検察官が立証しなければならないところ、裁判所がこの立証責任を不当に緩和したり、鑑定資料が全量消費され保存されていない鑑定の証拠能力を安易に認めてしまう傾向も見られる。
以上の諸問題は、一般市民には必ずしも十分認識されておらず、裁判員裁判が施行された今日では、裁判員に証拠の評価を誤らせえん罪を生み出す過程に加担させることにもなりかねないことを踏まえ、速やかに解消されなければならない。
当会は、昨年7月16日に「取調べの可視化(取調べの全過程の録画・録音)を求める会長声明」を発表し、本年7月11日に開催したシンポジウムにおいて、上記問題点を検証し、あるべき刑事司法について議論した。当会は、その成果を踏まえ、引き続き被疑者らの権利擁護、えん罪防止のために尽力することを宣言するとともに、適正な捜査手続の確立を目指すために早急に実現すべきものして、下記の各事項を関係各機関に要求するものである。
記
1 政府、国会に対し、
(1)被疑者らの勾留・保釈に関し、以下の内容の法律を制定すること。
@ 「代用監獄」制度を廃止し、捜査と拘禁の分離を徹底するとともに、拘置所における接見の機会を十分に保障するための態勢を拡充すること。
A 勾留質問への弁護人立会権を保障すること。
B 起訴前保釈を創設し、権利保釈除外事由を厳格化すること。
(2)被疑者らの取調べに関し、以下の内容の法律を制定すること。
@ 取調べの全過程の録画・録音を義務付け、これに従わない場合に供述調書の証拠能力を否定する法的効果を定めること。
A 弁護人の立会権を保障すること。
B 被疑者らに対する取調べ時間について厳格な時間制限を付し、これに従わない場合の制裁措置を定めること。
(3)再鑑定の機会を保障するために捜査機関に対し、鑑定資料の保存を義務付け、これに従わない場合に当該鑑定結果の証拠能力を否定する法的効果を法律で定めること。
2 裁判所・裁判官に対し、
(1)勾留の要件審査を、憲法、国際人権(自由権)規約、拷問等禁止条約、及び刑事訴訟法の趣旨に従って厳格に行うこと。
(2)否認事件や第1回公判前というだけで安易に保釈請求を却下せず、また保釈保証金を低額化すること。
(3)被疑者らの不利益供述調書の証拠能力について、取調べ全過程の録画・録音がなされていない限り、その証拠能力を否定するなどの厳格な判断を行うこと。
(4)鑑定資料が保存されていない鑑定について、証拠能力を否定するなどの厳格な判断を行うこと。
以上の通り、決議する。
2009(平成21)年7月31日仙 台 弁 護 士 会
会 長 我 妻 崇
孤立無援の絶望のふちで、一筋の光明を見いだすのはどんな時だろうか。彼にとっては、自分を信じてくれる人が初めて現れた瞬間だった。
17年半ぶりに釈放された足利事件の元受刑者菅家利和さん(62)が、「命の恩人」と呼ぶ女性がいる。栃木県足利市の主婦西巻糸子さんだ。最近発売された著書『冤罪(えんざい) ある日、私は犯人にされた』にその経緯が詳しく書かれている。
逮捕後、無実を訴える手紙を書いても母親からは返事は一通もない。見捨てられたという失意の底で、西巻さんからの手紙が届く。幼稚園のバスの運転手をしていた彼女は、面会時に言った。「同じ仕事をしている人が、子どもを殺すとは思えない」。
厳しい取り調べを受けた刑事や検察官を恐れ、菅家さんは裁判でも真実を語れなかった。でも、思い直した。助けてくれる人がいるならもっと頑張ってみよう。無期懲役の論告求刑を受けた後、勇気を振り絞って、弁護士に「私はやってません」と手紙を出し、一審の最終段階で否認に転じた。
控訴審での新しい弁護人探しにも奔走し、長い法廷闘争を陰で支えた女性に対し、菅家さんは「西巻さんがいなければ、自分は80歳を過ぎても塀の中にいたと思います」と告白している。
絶望の中からも希望は生まれる。たった一人でも理解者がいれば、人間は希望を抱いて生きていける存在なのだろう(09年08月24日付『東京新聞』−「筆洗」)。
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09年09月25日付『毎日新聞』=記者の目:足利事件 菅家さんの再審=吉村周平
栃木県足利市で90年に女児が殺害された足利事件で、無実の罪を着せられた菅家(すがや)利和さん(62)の裁判をやり直す再審の初公判は10月21日に決まった。宇都宮地裁(佐藤正信裁判長)で半年間審理される見通しだ。過去の再審は迅速な無罪判決の言い渡しに主眼が置かれ、冤罪(えんざい)や誤判防止などに関する議論はほとんどなかった。検察側が争わない姿勢の今回は異例の長さだ。私は再審を、現行法制度の不備や問題点をあぶり出し、必要な法整備を進める議論の礎にすべきだと思う。
再審の進め方について、佐藤裁判長は4日に同地裁であった弁護団、検察側の3者協議で、半年間の日程を主張し、一定の証拠調べをする意向を示した。だが、「誤判原因の解明は裁判所の権能を逸脱する」とも述べており、具体的にどんな証拠調べが行われるかはまだ分からない。
宇都宮地検も同様の見解だ。高崎秀雄次席検事は「(検証を求める菅家さんの)思いは分かるが、有罪判決の効力を失わせることが、再審制度に沿った被告人の利益の擁護と考える」と述べた。裁判所と検察に共通するこの考え方は、過去の再審が置き去りにしてきた冤罪被害者の名誉回復や救済、誤判防止などを考慮しない「冤罪被害者不在の論理」と言えないだろうか。
刑事司法の場で誤判原因を検証する機会がない問題点は、以前から指摘されていた。富山県氷見(ひみ)市で02年、タクシー運転手の男性(当時34歳)が強姦(ごうかん)など2事件で逮捕・起訴され、富山地裁で懲役3年の実刑判決を受けた冤罪事件があった。男性は「警察の取り調べで自白を迫られた」と訴え、再審では密室での取り調べの実態を解明するため、取調官を証人申請した。しかし、富山地裁の藤田敏裁判長(当時)は「再審は有罪無罪を決める場に過ぎず、尋問は必要ない」と却下した。警察庁や検察庁は独自の検証チームを組み、その後再発防止策などをまとめたが、裁判所は何の検証もしなかった。
再審で誤判原因の解明がなされる可能性について、宇都宮地裁の西岡清一郎所長に取材を試みた。西岡所長は一般論として「国家賠償訴訟が一つの機会」と述べたが、それ以上は「立場上、『裁判の独立』に影響しかねず、個々の事案については答えられない」と話すにとどめた。司法の厚い壁を改めて感じた。
だが、今回の再審では、有罪の根拠となったDNA型鑑定の問題点や虚偽の自白が生まれた背景などを調べ、誤判原因を解明、検証するのは当然だろう。冤罪事件に詳しい岡部保男弁護士(東京弁護士会)も「刑事訴訟法は、事案の真相解明を明記しており、現行の再審制度でも検証は可能」と明言する。
問題は、その先にある。誤判再発防止に向けた新たな第三者検証委の設立や取り組み、法改正の可能性だ。岡部弁護士は「裁判所や法務省が『裁判の独立』や『捜査の秘密』を挙げて積極的ではない」と述べ、硬直化している刑事司法のあり方を指摘した。
海外はどうか。米国では2人の弁護士の活動をきっかけに92年、「イノセンス・プロジェクト」と呼ばれる冤罪被害者支援活動が始まり、全米に広がった。現在、242人の受刑者が有罪確定後にDNA型鑑定を経て無罪と証明されたという。多くの州で司法制度改革に手が着けられ、現在47の州で有罪確定後のDNA型鑑定を受ける権利が認められている。また、誤判原因を解明し、再発防止を図るため、州政府による調査委員会の設置が進む。
「開かれた司法」「国民の視点に立った司法」を掲げて導入された裁判員制度などの一連の司法制度改革。裁判所側は国民参加をアピールするが、過去の誤判の検証については「裁判の独立」を盾に触れようとしない。裁判員制度導入を決める過程でも、冤罪防止についての議論はほとんどなかったとされる。
私は、世論の後押しがあれば、日本の司法体質も変えることが可能と思う。裁判員になることを義務づけられた市民は、過ちを正す体質が欠落したままの司法や捜査機関を信頼できるだろうか。裁判所がまずすべきことは、再審で足利事件を徹底的に検証し、国は現行法制度の枠組みで冤罪・誤判の再発防止に全力で取り組む姿勢を示すことではないか。
「17年半も刑務所に入れられて、何も検証されずに終わらされては困るんです」。菅家さんの訴えは切実だ。裁判所や国は、冤罪・誤判防止を求める世論に真摯(しんし)に耳を傾け、冤罪被害者の権利や名誉回復に重きを置いた刑事司法の将来を考えてほしい。それが菅家さんの訴えに唯一報いる道だと思う。(宇都宮支局)
09年10月15日付『毎日新聞』−「余録」:「自白」の虚実
「自白」の虚実」=カードに描かれた1本の線と同じ長さの線を別のカードの3本の線から選ぶ簡単なテストだ。これを何人かで一人一人順番に答えさせる。が、1人の被験者を除く他はサクラで、みな同じ誤答をする手はずだ。いやはや心理学者は人の悪い実験をする。普通に行えば、このテストの正答率は100%近い。だが実験の被験者の場合、誤答率は37%にもなった。一度も誤らなかった被験者は4分の1に過ぎなかったという。米心理学者のアッシュが周囲に同調する人間の心理を裏付けた実験だ。注目すべきなのは、サクラの中に一人でも正答をする人がいれば、正答率は飛躍的に高まったことだ。つまり「孤立無援」という状況が、見れば明らかな線の長さについてすら他者の誤りへの同調を呼び起こすのだ。人間心理の落とし穴だ。「なぜ、僕の目を見ないのか」。誤ったDNA鑑定を動かぬ証拠として突きつけ、検事がこう迫ると、菅家利和さんは涙ながらに事実無根の「自白」をした。足利事件をめぐる取り調べの録音のやりとりだ。もし自分が菅家さんの立場だったら。そう考え、誰しも心震える場面である。別の警察の取り調べでは捜査員が与えるヒントに従い、架空の犯行経過を供述している。線の長さより明らかな自らの潔白も、孤立無援の密室では他人の描く筋書きに組み伏せられた。検事の目すら誤断への同調を強いる剣の切っ先となる。過去にも冤罪(えんざい)を招いた虚偽の自白はこうして繰り返された。法務省は来週から取り調べの録画・録音(可視化)に向け勉強会を開くという。その制度設計は、まず人間性への深い洞察にしっかりと根を下ろしたものであってほしい。
09年10月21日付『岩手日報』−「論説」=足利事件再審に望む 「なぜ」に応えてほしい
足利事件の再審初公判が21日、宇都宮地裁で始まる。同地裁への再審請求が棄却されたのは昨年2月。東京高裁への即時抗告で、ようやく当時のDNA鑑定の誤りが認められたが、抗告審では、弁護側が求めた証人尋問などは行わなかった。
高裁の判断は、審理の長期化を防ぎ、無期懲役から晴れて自由の身となった菅家利和さんの名誉回復を最優先したと推察できよう。半面で、冤罪を生んだ原因の解明は棚上げされた格好となった。
再審公判の審理計画を話し合う法曹三者協議では、当時の捜査関係者らの出廷を求める弁護側に対し、検察側は早期の裁判終結を企図するなど認識のずれが際立った。
菅家さんは当時の警察、検察、さらに裁判所に対しても不信感を表明している。検察や裁判所に、冤罪の真相を突き詰めることに消極的な心理が働いていないかどうか。
足利事件の検証過程で、別の女児殺害事件2件(いずれも未解決)で菅家さんを取り調べた際の録音テープの存在が明らかになった。足利事件に関する供述も含まれ、その内容は地裁を介し弁護団に開示された。しかし検察側は当初、再審で無罪を主張することを理由に「争点がなく、証拠調べの必要はない」として開示を拒んだ経緯がある。
同じく検察側が無罪論告した再審事件としては、強姦(ごうかん)容疑などで誤認逮捕された富山の冤罪事件があるが、裁判所は弁護側が求めた取調官の証人調べを却下。公判は、不当逮捕から誤判に至る実態に踏み込まないまま計4回、わずか1カ月半で終わった。
裁判員制度の開始で、もはや冤罪は司法のプロだけの問題ではなくなった。いつの日か人を裁く立場となり得る国民自らが、そのリスク回避に主体的に向き合わなければならない時代だ。
なぜ無実の人が有罪とされたのか。取り調べ段階から裁判、さらには再審請求に至るまで、「自白」と目撃証言の食い違いなどの矛盾を見過ごし、誤ったDNA鑑定に依拠したのか。誤判の過程を知ることは、国民の権利であると同時に義務とも言える。
足利事件は、取り調べ可視化の是非論や死刑制度の存廃論議に大きな影響を及ぼすだろう。その意味で、裁判資料は国民共有の財産だ。裁判所は、録音テープや捜査報告書の証拠調べ、菅家さんを取り調べた元検事らの証人尋問など、弁護側の求めに誠意をもって応えるべきだ。
菅家さんに一日も早く「普通」の生活を取り戻してほしいと願うのは人情だが、ここまで苦難の人生を強いられた原因と責任の究明が不十分では、事件の社会的意味は急速に薄れてしまうだろう。
理不尽が理不尽のままで、冤罪防止は望めない。日本の刑事裁判の病根にメスを入れずして「開かれた司法」は実を伴うものとはなるまい。菅家さんには、なお苦労を強いるが、自らが司法の「犯罪」を追及する気持ちを、ぜひ持ち続けてもらいたい。
09年10月21日付『新潟日報』−「社説」=足利事件再審 検証抜きの無罪ではなく
4歳女児が殺害された足利事件で無罪が確定的になっている菅家利和さんの再審初公判が、きょう宇都宮地裁で開かれる。
再審公判の核心は、誤判の原因を究明する場と位置付けるかどうかであろう。だが検察側は、その検証抜きで終えようとしている。これはおかしい。
菅家さんは唯一の物証であるDNA鑑定で自白に追い込まれた。弁護側が誤判に至った原因を明らかにするため、取調官の元検事の証人尋問や、菅家さんが別件で調べられた際の録音テープの証拠調べを求めるのは当然だ。
検察側がそれを拒むのは、再審は有罪か無罪かのみの結論を出す公判廷だとの主張からだ。時間がかかれば無罪判決がそれだけ長引くともいう。
開かれた司法をうたって全国で裁判員裁判が始まっている。菅家さんが17年半も無実の罪で拘束されたのはなぜか。原因究明をあいまいにすれば、刑事裁判への国民の信頼を損ねる。
再審で無罪判決を下すには、有罪の決め手とされた重要証拠に誤りがあると証明する必要がある。これが市民感覚のはずだ。宇都宮地裁には再審公判を形式的なものに終わらせず、誤判を招いた真相をただすことを求めたい。
別件の取り調べテープでは、こんなやり取りがあることを弁護団が明らかにしている。
警察で犯行を認めた菅家さんが検察官の取り調べには「やっていません。うそをついてすみません」と謝る。だがその翌日、DNA鑑定結果を突き付けた検察官が「君と同じ体液を持つ人が何人いるの」と追及し、菅家さんが沈黙してしまう場面だ。
テープには足利事件にかかわる部分もあるという。菅家さんは「テープを聞けば、無実であることは誰にでも分かる」と訴える。重く受け止めたい。
事件は有力な物証とされたDNA鑑定の精度の低さとそれを過信した検察が招いた冤罪の公算が大きい。
だが、問われるのはそれにとどまらない。DNA鑑定の精度を検察官はまったく疑うことはなかったのか。取り調べに強引な面はなかったのか。誤判を繰り返さないための教訓を学び取る姿勢が求められている。
冤罪の原因究明については、裁判所ではなく、独立した調査委員会で事後検証する国もある。だが、誤判した裁判所自らが検証してこそ、冤罪防止は確かなものになるはずだ。
取り調べを録画・録音する「可視化」の導入が前向きに検討され、菅家さんも実現を求めている。
検察・警察は真相究明に支障になるとの理由で慎重だ。可視化の下で真実を追求する取り調べはできないのだろうか。再審ではそれも問いたい。
09年10月21日付『神戸新聞』−「社説」=足利事件再審/司法の信頼回復がかかる
栃木県足利市で1990年に4歳女児が殺害された足利事件の再審公判が、きょうから宇都宮地裁で始まる。
菅家利和さんがなぜ犯人とされ、17年半も獄につながれねばならなかったのか。誤判の経緯を徹底的に検証することで、菅家さんの名誉を回復してもらいたい。
菅家さんは事件翌年の12月に逮捕されたが、警察が決め手にしたのは、当時まだ導入間もないDNA鑑定だった。女児の下着に付着した体液が、鑑定で菅家さんのものと一致したという理由だ。
93年の一審、96年の二審、2000年の上告審(最高裁)と、判決は一貫して捜査段階でのDNA鑑定の証拠能力を認め、菅家さんの無期懲役刑が確定した。
弁護側は、刑確定後に独自の鑑定結果を新証拠として再審請求。宇都宮地裁は退けたが、東京高裁が職権で再鑑定の実施を決め、その結果が今年5月に出た。検察、弁護側双方の鑑定が別人と判定し、ようやく再審の道が開かれた。
精度の低いDNA鑑定を過信した無理な取り調べがなかったか。再審公判でこの点をしっかり検証してもらいたい。
足利事件で取り調べの録音テープが残っている。菅家さんがいったん否認し、再び「自白」する様子を記録したものだ。DNA鑑定の結果などを根拠に検察官が「君が犯人ではないか」などと問いつめ、「自白」させる様子が残されている。
当時、DNA鑑定の精度が低いことを認識していたはずの検察官が確定的証拠のように追及する場面だ。
別の未解決の女児殺害事件で菅家さんは不起訴になった。しかし、それを追及したテープには、検察官が菅家さんの供述を誘導するような個所が出てくる。
DNA鑑定に基づく予断と取り調べ方法に問題があったことをうかがわせる。
検察側は必要ないとしているが、公判では25時間分のテープの再生が欠かせない。実態が明らかになれば、取り調べの可視化を求める世論は、さらに強まるだろう。
菅家さんは、この再審裁判を単に無実の罪を晴らす場にしたくないと言う。普通の市民が、なぜ犯人に仕立てられていったのか。不幸な事件をなくすためにも、原因や背景を明らかにすることが重要だ。
日本の刑事司法は足利事件で大きな汚点を残したが、再審裁判で信頼を回復できるだろうか。裁判員裁判に参加する私たちも無関心でいることはできない。
09年10月22日付『朝日新聞』−「天声人語」
〈わが郷土(さと)の地名冠せる事件あり横浜事件ありし如(ごと)くに(足利事件)〉。破調の一首が小紙の栃木県版にあった。横浜事件は戦中の大がかりな言論弾圧事件である。連座した評論家の青地晨(しん)は、のちにこう書いている。「いくら真実を述べても、相手はてんから取りあげず、まるで四方をとりまく厚い鉄壁をこぶしで叩くような絶望感が、虚偽の自白へ導くのだ」と。青地は戦後、多くの冤罪事件を調べて歩いた。著書を繰(く)れば、「無実なら自白はしないだろう」という見方は、素朴に過ぎると気づかされる。足利事件では女児が殺された。取り調べを録音したテープの中身を、今週の「週刊朝日」が報じている。ごく一部の掲載だが、青地の言う「絶望感」が密室から漏れ伝わってくる。自白は、DNA型鑑定とともに有罪の大きな証拠になった。その事件の再審が始まり、菅家利和さん(63)が無実を訴えた。法廷で、裁判長は「被告人」ではなく「菅家さん」と呼んだ。明らかな無実である。勝ち取るというより、取り返すと言う方がふさわしい。犯人に仕立てられた真相を再審で解明してほしい、と菅家さんは求めている。検察側は逃げ腰だが、17年半の歳月を奪った大罪である。面子(メンツ)にこだわるかぎり司法の信頼回復は難しい。冒頭の青地は、「学問のヨロイに武装された鑑定が大手をふってまかり通る」とも述べている。今回のDNA型鑑定もしかりだった。真相解明を通して、悲劇の繰り返しに終止符を打ちたい。自分を最後に。それが、菅家さんの切なる願いでもある。
09年10月22日付『毎日新聞』−「社説」=足利事件再審 裁判所は検証と謝罪を
「私は殺していません」。菅家利和さんは宇都宮地裁の法廷で明快に言い切った。栃木県足利市で90年、4歳女児が殺害された足利事件の再審公判である。菅家さんは6月に釈放され、検察、弁護側とも無罪の結論に争いはない。無罪判決は確実だ。だが、公判の進め方をめぐり双方の主張は大きく隔たる。
必要最小限の審理で一刻も早く判決を言い渡し菅家さんの名誉回復を図るのが再審制度の目的にかなうとするのが検察側だ。
一方の弁護側は、なぜ間違って有罪にされたのか、捜査の問題点と誤判の理由を検証すべきだとし、具体的に2点の審理を求めている。
一つは、弁護側申請の鑑定人の証人尋問だ。女児の下着の遺留体液と菅家さんのDNA型が一致したとする当初の鑑定を「未熟だった」と指摘する人だ。もう一つは、宇都宮地検が別の幼女殺害事件の関連で菅家さんを取り調べた際録音したテープの証拠調べ(法廷での再生)と、検事の証人尋問だ。弁護団によると、足利事件について検事が菅家さんの無実の訴えに耳を貸さず、自白を誘導する驚くべき内容を含んでいる。
菅家さん有罪の根拠となった精度の低いDNA鑑定については、同時期に起きた他の事件への波及も想定される。また、人がうその自白をさせられる過程の検証は、取り調べのあり方を考えるきっかけになる。
菅家さんが「検証してほしい」と言っている以上、検察側の主張は説得力に乏しいのではないか。刑事訴訟法第1条も事件の真相解明をうたう。なぜ冤罪(えんざい)が生まれたのか。菅家さんだけでなく事件を注視する国民への説明責任もある。
無実の男性が強姦(ごうかん)罪などで服役した後に真犯人が分かった富山事件の再審公判で、裁判所は自白を強要した取調官の証人調べを認めなかった。宇都宮地裁は、弁護側申請の鑑定人の証人尋問を決めたが、テープについてもぜひ調べてほしい。再発防止の観点からも審理を通じた問題点の徹底的な検証を求めたい。
足利事件をめぐっては、警察や検察の非が強調されるが、裁判所の責任も見逃せない。弁護団は上告審の段階でDNA再鑑定の必要性を訴えた。しかし、最高裁は再鑑定せずに結論を出し、02年に再審請求を受けた宇都宮地裁は請求を棄却するまで5年2カ月を要した。いたずらに時間を浪費したというより他はない。無実の人を17年半も監獄に閉じ込めた重さを受け止めれば「裁判官は弁明せず」という職業倫理に逃げ込むことは許されない。菅家さんへの謝罪について佐藤正信裁判長は「最終的な判決の際に考えたい」と含みを残したが、ぜひ必要だと申し添えたい。
09年10月22日付『東京新聞』−「社説」=足利事件再審 冤罪の“土壌”究明を
人権と名誉の回復こそ最も大事だ。足利事件の再審では、無実の追認に終わらず、誤った捜査と裁判の原因究明が欠かせない。冤罪防止に向け、取り調べ可視化の議論を深める契機ともしたい。
「17年半も苦しんだ。なぜなのか」と、菅家利和さんは再審の初公判で訴えた。無罪判決が出ることは自明であっても、その痛烈な問い掛けに真摯(しんし)に答える再審法廷であるべきだ。
検察側は「迅速な無罪判決こそ利益になる」というが、果たしてそうか。有罪の決め手となったDNA鑑定がなぜ誤ったか、なぜ司法の場で誤判が繰り返されたのか。数々の疑問を徹底究明してこそ、菅家さんの真の名誉回復につながるはずだ。
既に検事正らが菅家さんに謝罪したが、謝罪と無罪判決だけで済む話ではなかろう。再審の場で、捜査段階や裁判で繰り返された過ちについて、つぶさに点検することを求めたい。
無実の人を17年間も拘置・服役させたのである。司法界は深刻な問題を抱えているというべきだ。さまざまな問題の所在をあぶり出すのが、真相解明の作業である。冤罪の再発防止の観点からも、その努力は不可欠と考える。
DNAの再鑑定の結果、無実が判明したが、再審請求審にかかった時間もあまりに長すぎる。再鑑定申請を採用しないなど、幾度も菅家さんの求めを門前払いしてきた。司法の重大な責任を明らかにする上でも、緻密(ちみつ)な検証は必要だといえよう。
実際に無期刑以上で再審無罪となるのは、1989年の島田事件以来である。今なお無実を訴え続けている人はいるが、再審の道は険しく狭いのが現実だ。無実の人を罰してはならない。
この「無辜(むこ)の不処罰」という刑事裁判の大原則について、足利事件は裁判官にあらためて熟考させる機会にもなろう。
菅家さんを当時、別の事件で取り調べた録音テープが存在し、その中身も一部が伝えられている。否認する菅家さんに、捜査官がDNA鑑定の結果を突きつけ、「ずるい」などと迫り、“自白”させたとされる。
やってもいない犯罪でも、厳しい取り調べ次第で、“自白”するケースはいくつもある。かねて密室での調べは、虚偽自白の温床と指摘されてきた。
取り調べの全面録画など可視化問題について、踏み込んだ議論を進めるべきだ。
09年10月22日付『西日本新聞』−「社説」=足利事件再審 冤罪を生んだ原因に迫れ
「胸を張って堂々と入廷したい」。ネクタイに背広姿の菅家利和さんは、こう言って裁判所に入った。どれだけこの日が来るのを待ち望んだことだろう。
栃木県足利市で1990年に起きた女児誘拐殺害事件で、殺人罪などで無期懲役が確定し、DNAの再鑑定後に釈放された菅家さんの再審公判が21日、ようやく宇都宮地裁で始まった。
「私は殺していません」「冤罪に苦しむ人が二度と生まれないよう、納得のいく無罪判決を下していただきたい」。菅家さんの声が、静寂の法廷に響く。語気を強めて「17年半も苦しんできた。それはなぜなのか」と検察官にも迫った。
菅家さんが女児を殺害したとして逮捕されたのは91年12月だ。女子の衣服に付いた体液と菅家さんのDNAが一致したというのが決め手だった。いったん殺害を認めた菅家さんは、一審途中から無実を訴えたが有罪判決を受け確定した。
2002年に再審請求したが、宇都宮地裁は08年に棄却した。即時抗告審の東京高裁が弁護団の要請でDNA再鑑定を実施し、今年5月に体液と菅家さんのDNA型が一致しないことが判明した。
再鑑定後、検察側は異例の対応をとった。再審開始を容認する意見書を高裁に提出し、再審を待たずに菅家さんの刑の執行を停止して釈放した。最高検も謝罪を表明し、宇都宮地検の検事正や栃木県警本部長は本人に直接謝罪した。
検察側は、別の2件の女児殺害事件(いずれも未解決)で菅家さんが取り調べを受けた際の録音テープも、弁護団に開示した。この中には、菅家さんが足利事件への関与を一度否認した後、「自白」に転じたことを示す内容も含まれていることが関係者の話で分かっている。
弁護団によると、捜査員や検察官から誘導的な取り調べを受け、詳細に「供述」する様子が記録されているという。地裁はこのテープの提示を検察側に命じたが、孤立無援の密室で一般人が無実を訴えることの困難さを思い知らされる。
これまで判明した事実から、菅家さんの無罪は確実であり、再審の焦点は、冤罪を生んだ原因に裁判所がどこまで迫れるかに移る。菅家さんの弁護団は「裁判官(による)裁判が過ちを犯した。真剣に考えてほしい。そうでないと失われた信頼は回復できない」と訴えた。
これに対し、裁判長は「誤審原因の解明は許されない」としながら「証拠を吟味し、本人の名誉回復を図ることは法を逸脱しない」と述べた。ならば裁判所までもが誤判し、無実の人から17年半も自由を奪ったことは罪ではないのか。
今回の冤罪事件では、菅家さんだけでなく、犠牲となった女児の遺族にも、再び大きな悲しみを与えた。再審での裁判所の使命は、取り調べ内容や当時のDNA鑑定のあり方などを検証して冤罪を生み出した原因を解明し、司法への国民の信頼を取り戻すことにほかならない。
09年10月22日付『愛媛新聞』−「社説」=菅家さん再審開始 冤罪を生んだ核心に迫らねば
1990年の足利事件で殺人罪などに問われ無期懲役が確定、その後釈放された菅家利和さんの再審公判が始まった。
きのうの宇都宮地裁での初公判で菅家さんは、「17年半苦しんできました。真相を解明する無罪判決を求めます」と訴えた。
菅家さんが有罪とされた重要証拠の一つであるDNA鑑定は、すでに誤りだったことが明らかになっている。無罪判決が出るのは確実だ。
菅家さんには速やかに無罪判決が言い渡されるべきだ。が、再審公判を単に有罪か無罪かの結論を出すだけで終わらせてもならない。
足利事件では捜査段階だけでなく、弁護や裁判の過程でも誤りがあったと指摘されている。新たな冤罪被害者を生み出さないために、誤判を生んだ原因の核心に迫るのが司法関係者の務めである。
菅家さんが犯人とされたのは、事実と異なった自白を誘導した取り調べと当初のDNA鑑定の結果である。この2点を公判で検証することは無罪判決のためだけでなく、足利事件を社会の教訓とするためにも欠かせないはずだ。
地裁は、DNA再鑑定人2人と科学警察研究所所長の証人尋問を次回公判以降にすることを決めた。弁護側が証拠調べを求めていた別の女児殺害2事件での菅家さんの取り調べ録音テープについても、検察側に提示を命じた。
誤判解明に向けた姿勢として一定の評価はできよう。さらに録音テープを証拠採用し、密室での取り調べ実態を明らかにすべきだ。
再審が誤判原因究明の場か否かについては、法曹界でも意見が分かれている。地裁は審理方針を説明する中で、弁護側が主張する「誤判原因の解明」は法律上許されないとの姿勢を示した。
再審公判での解明には限界もありそうだ。独立した原因究明の場を創設することも検討していきたい。
検察は概して冤罪の原因を明らかにする証拠調べや証人尋問には消極的だ。「無罪であるので必要ない」との姿勢だが、真相を覆い隠そうとしていると疑われてもしかたなかろう。
裁判官の責任も免れない。誤判を真摯(しんし)に受け止め、検証することで、国民の裁判への信頼を取り戻したい
先日、松山市であったマスコミ倫理懇談会全国協議会で講演した足利事件弁護団の佐藤博史弁護士は、「足利事件の裁判で何度も真実に気付くチャンスがあったのに見過ごした」とマスコミの姿勢を厳しく批判した。
司法を含めた権力の監視、チェックがわれわれの大きな仕事だ。足利事件では、マスコミの責任が問われたことも肝に銘じておきたい。
09年10月22日付『高知新聞』−「社説」=【足利事件再審】冤罪の原因を究明せよ
無実の男性がなぜ17年半もの間、獄中生活を送らねばならなかったのか。
栃木県足利市で1990年、保育園児が殺害された足利事件の再審が、宇都宮地裁で始まった。殺人罪などで無期懲役が確定した菅家利和さんは既に刑の執行を停止、釈放されている。
このため無罪が確実となっている裁判の焦点は、冤罪の原因を究明できるか否かである。
誤認逮捕から誤判に至った理由をきちんと検証しなければならない。それこそが「冤罪に苦しむ人が二度と生まれないように」という菅家さんの思いに応える、唯一の道だ。それは誤判を犯した裁判所の責務である。
冤罪を生む構図を明らかにする手掛かりが二つある。一つは菅家さん逮捕の決め手となったDNA鑑定だ。
事件当時、DNA鑑定は捜査に導入されたばかりで現在とは精度に大きな開きがあったが盲信された。疑問を持った弁護側が早くから再鑑定を求めていたにもかかわらず、東京高裁が再鑑定を決めたのはやっと昨年12月になってからだ。DNA型不一致が分かったのは今年5月である。
もっと早く再鑑定していれば、菅家さんがこれほど長く服役することはなかった。そればかりか真犯人捜査の可能性も広がっていただろう。
DNA神話≠ヘどのように確立されたのか。再審では弁護側が求めているように、当時のDNA鑑定書の証拠調べや鑑定を行った関係者らの証人尋問を行うべきだ。
もう一つは、別の女児殺害事件で菅家さんを取り調べた際の録音テープだ。足利事件での菅家さんの自白を維持しようとする検事とのやりとりが、克明に残っているという。
宇都宮地検はテープ開示の条件として、地裁に「証拠調べをしないことを確約せよ」と迫ったともされている。これでは真相を隠し、早期の幕引きを図っていると思われても仕方がない。
テープを法廷で再生すれば密室での取り調べの様子が分かる。菅家さんがなぜ虚偽の自白をしたのか、その核心に迫れるかもしれない。それは今後、裁判員となる人たちへの有益な情報であり、取り調べの可視化論議にも影響を与えよう。
菅家さんや弁護団の批判の切っ先は、犯人視した報道にも向けられている。冤罪の原因を究明するのはメディアの責任でもある。
09年10月22日付『熊本日日新聞』−「社説」=足利事件再審 無罪追認だけでは不十分だ
1990年に栃木県足利市の女児=当時(4)=が殺害された足利事件で無期懲役判決が確定し、今年6月に逮捕から17年半ぶりに釈放された菅家利和さん(63)の再審公判が21日、宇都宮地裁で始まった。
逮捕当時のDNA鑑定の誤りなどから、既に菅家さんは冤罪だったことが明らかで、検察側も事前協議の段階から無罪論告する方針を固めていた。
死刑や無期懲役判決などの重大事件の再審で、検察側が有罪の立証を放棄するのは極めて異例という。その意味でこの再審裁判は既に、無罪判決が約束されている。
しかし、今回の再審が既に自明となっている菅家さんの無罪を追認するだけなら、司法が十分な責務を果たしたとは言い難い。菅家さんはもちろん、真犯人不在の状態に置かれている被害者の遺族のためにも、司法が犯した誤りの原因を究明するのは当然のことだ。
起訴状に対し、菅家さんは次のように語った。「わたしは(女児を)殺していません。真犯人は別にいます。17年半苦しんできました。それはなぜなのか。そのことを明らかにする無罪判決を」
取り戻すことのできない歳月を獄中で過ごした菅家さんの声に、裁判所は可能な限り耳を傾けてほしい。再審の場での究明に限界があるとしても、一連の審理で明らかになった事実を、あらためて冤罪防止のための制度の確立に役立てたい。
この日の初公判では、佐藤正信裁判長が審理方針を説明。弁護側が主張する「誤判原因の解明」は法律上許されないとしながらも、「確定判決に違法があるとの証拠を吟味し、本人の名誉回復を図ることは法に逸脱しない」と述べた。さらに、弁護団が求める裁判所としての謝罪に関しても、「公正中立の立場で審理し、最終的な判決の際に考える」と含みを残している。
また、地裁は弁護側が申請したDNA再鑑定人らの証人尋問を認めたほか、別の女児殺害事件2件で菅家さんを取り調べた時の録音テープも、証拠採用の可否を判断するため、検察に提示を命じた。法廷で菅家さんを「被告人」ではなく「菅家さん」と呼び掛けたことも含め、弁護側の主張に向き合おうとする一定の姿勢がうかがえる。
中でも録音テープは、一部報道された内容によれば、取り調べ側が一人の市民を無実の罪に陥れていくやりとりが生々しく記録されているようだ。冤罪の再発防止に向けた重要な資料となろう。
一方、検察側は事前協議の段階から、テープの証拠採用や一部の証人尋問に消極的な姿勢を示してきた。だが、各地で裁判員裁判が進む司法の「今」に照らせば、地裁の判断は極めて自然と言える。司法に市民感覚が必要だとすれば、冤罪を生み出す司法のゆがみほど、市民感覚から遠いものはないからだ。
菅家さんに限らず、多くの冤罪被害者の闘いも、司法判断に素朴な疑問を抱いた一般市民に支えられてきた。それだけに今回の再審公判は、司法界の常識に過度にとらわれることなく、市民が十分に納得できるかたちで進めてもらいたい。
09年10月22日付『南日本新聞』−「社説」=[足利再審初公判] 冤罪・誤判の真相解明を
4歳女児が殺害された足利事件の犯人とされ無期懲役が確定、6月に釈放された菅家利和さんの再審初公判が宇都宮地裁で開かれ、菅家さんは無罪判決を求めた。検察側も無罪を認める方針で無罪確定は間違いない。
菅家さんが拘束された17年半の苦しみと屈辱を思うと、地裁は直ちに冤罪(えんざい)を晴らして、正式に名誉を回復すべきだ。菅家さんには一日も早く真の自由を手にしてもらいたい。
一方で菅家さんは無罪判決だけでなく、「冤罪の真相解明」も訴えている。無罪を勝ち取るだけでは菅家さんの思いは報われない。冤罪を生み出した構図を検証し、再発防止の教訓にしなければならない。
菅家さんら弁護側が求めているのは、当時まだ科学的な信頼性を欠いていたDNA鑑定を、なぜ捜査陣のみならず裁判官まで過信したのかという疑問をただすことだ。DNA鑑定の精度の低さを見過ごし、自白の信用性を決定づける証拠に採用したことが誤判につながったからだ。
警察庁科学警察研究所が採用した鑑定方式が冤罪の引き金となったのは疑いない。当時、鑑定に当たった科警研の技官らを証人尋問して、証拠能力があったのか吟味すべきだ。そのうえで再審の道を開いた最新のDNA鑑定を手掛けた弁護側推薦の鑑定医から当時の鑑定の未熟さを指摘してもらう必要がある。
足利事件のほかにも当時、科警研のDNA鑑定で同様の有罪判決が下された事件がある。飯塚事件のように既に死刑になったケースもある。鑑定の信頼性に疑問符が付けば、再審の扉が開く可能性も出てくる。
さらに重要なのは、菅家さんが虚偽の自白に追い詰められるに至った取り調べの検証だ。自白の信用性を疑わせる供述内容がいくつもあるのに、警察・検察は疑問を持つどころか、自白を誘導している。自白を強いられてこぼした悔し涙を悔悟の涙と曲解して自白調書を取るという禁じ手が許されるはずがない。
幸い、菅家さんの取り調べを記録したテープが存在する。法廷で再生し、自白に追い込んだ取り調べの全容を明らかにしてほしい。
足利事件裁判の最大の問題は、一審から二審、最高裁、再審請求審まで裁判所がことごとく検察の主張をうのみにして誤判を犯したことだ。裁判官は計14人に上り、司法の信頼を失墜させたといっても過言ではない。再審の宇都宮地裁には国民の信頼を取り戻す重大な責務がある。
09年10月22日付『琉球新報』−「社説」=足利事件再審 冤罪繰り返さぬ検証を
「犯人は別にいます。冤罪で苦しむ人が二度とないように」。再審の初公判で述べた菅家利和さんの言葉が、問題の本質を言い尽くしていた。人権を守るため冤罪をなくすことは同時に、真犯人逮捕のためにも不可欠だ。
菅家さんは園児殺害で無期懲役の判決を受けたが、DNA再鑑定で体液の不一致が判明し6月に釈放され、再審が決まった。
その後、菅家さんに対し栃木県警本部長、宇都宮地検検事正、最高検次長検事が「無実の菅家さんを起訴し申し訳ない」などと全面的に非を認めて謝罪しており、無罪判決は確実とされる。
再審裁判は菅家さんの冤罪を晴らすだけでなく、捜査と裁判の過程を検証することで冤罪の原因を究明し、再発防止を図るものでなければならない。
警察、検察の過酷な追及が菅家さんを虚偽の自白に追い込み、冤罪を生んだことは明らかだ。取り調べ過程から不当な自白の強要や誘導を一掃する必要がある。
弁護側は虚偽自白の経緯を解明するため、取り調べの録音テープを法廷で明らかにするよう求め、裁判所が地検に提示を求めた。
検察側は速やかな無罪判決と審理の終結を求めているが、録音テープの法定内での開示などにも積極的に応じるべきだ。
検証が不十分なままに裁判の終結を急ぐことなく、録音内容を徹底的に吟味し、取り調べの問題点を洗い出すことで適正な取り調べの確立に役立ててもらいたい。
民主党は自白強要による冤罪をなくすため取り調べの録音・録画(可視化)の法整備を検討している。
菅家さんに有罪判決を下した裁判所は、公判の無罪主張に十分に耳を傾けず、捜査側の自白調書を偏重したことを猛省すべきだ。
菅家さんの体液と一致した当初のDNA鑑定が再鑑定では一致せず、証拠が根底から覆った。科学的であるべき鑑定の信用性をどのように判断し証拠採用したのか、不確かな証拠による誤判決を繰り返さないために、裁判所も関心を持って追究してほしい。
菅谷さんは無実の罪で17年間拘束されたが、被害者と遺族にとっても「空白の17年」となった。すでに時効が成立し、真犯人訴追の道も閉ざされた。このような不幸を繰り返さぬために再審の審理を生かしてほしい。
09年10月23日付『朝日新聞』−「社説」=足利事件再審―司法は自らの過ちを裁け
身に覚えのない犯行をなぜ「自白」してしまったのか。捜査官はどうやって誘導したのか。裁判官はそのことになぜ気付かなかったのか。
この答えを、宇都宮地裁で始まった足利事件の再審裁判は国民の前にはっきりと示さなければならない。
誰もがいつ同じ目にあうかもしれないし、逆に裁判員として冤罪をつくる側になってしまうかもしれない。だから、ぜひとも知りたいのだ。
19年前、4歳の女児が殺害された現場の周辺では、それ以前にも女児が殺される事件があり、いずれも未解決だった。足利事件も発生から1年半がたち、警察には焦りがあった。
そこへ飛び込んできたのが、目をつけていた菅家利和さんの体液のDNA型と、被害者の着衣に付いていた体液のそれとが一致したという警察庁科学警察研究所の鑑定結果だった。
DNA型鑑定は捜査に導入されたばかりで精度が低かった。それにもかかわらず鑑定結果が絶対のものであるかのように、警察官も検察官も菅家さんを追いつめて「自白」をさせ、逮捕、起訴した。
しかも菅家さんが真実を語ろうとしたときに、検察官が再び「自白」を強く迫った。残された録音テープをもとに弁護側はそう主張する。菅家さんは法廷でも、一審の途中まで犯行を認め続けてしまった。
菅家さんの「自白」に犯人しか知らない「秘密の暴露」はなかったし、供述内容と現場の状況とが矛盾する点もあった。過去の誤判でも、しばしば鑑定結果への過信が原因だった。なぜ疑問を抱き、中立の機関による再鑑定をしなかったのか。
鑑定結果自体が誤っていた可能性もある。それを、うその自白で塗り固めたのが足利事件だったのではないか。
一昨日始まった再審は、無期懲役判決の根拠となった科警研のDNA型鑑定を検証するため、専門家の証人尋問をすることを決めた。検察側にテープの提出も命じた。
それだけでなく当時の捜査官らを証人尋問し、DNA型鑑定と「自白」の過程を解明する必要がある。法廷でのテープの再生も欠かせない。
検察だけでなく、裁判所も一審から最高裁まで誤りを犯した。弁護も十分でない点があった。誤判の原因を徹底的に解明し対策を講じなければ、司法への国民の信頼をつなぎとめることはできないだろう。
いわれのない罪での勾留(こうりゅう)・服役から17年半ぶりに釈放された菅家さんは再審の法廷で「真実を明らかにし、私の納得のいく無罪判決を」と述べた。
冤罪史の教訓がいつまでたっても生かされない。刑事司法の欠陥を正すための手掛かりを提供できるかどうか。それがこの再審裁判にかかる。
09年10月23日付『読売新聞』−「社説」=足利事件再審 冤罪の再発防止につなげよ
裁判長は「被告人」ではなく「菅家さん」と呼びかけた。冤罪であったことを如実に物語る光景といえる。
足利事件で無期懲役が確定し、17年半ぶりに釈放された菅家利和さんの再審が宇都宮地裁で始まった。初公判の冒頭陳述で検察側は「菅家さんは犯人ではないと考えている」と述べた。
検察は、今回のように死刑か無期懲役が確定した事件の再審では、あくまでも争う姿勢をみせてきた。だが、今回は争うすべのない状況に追い込まれた。立証がずさんだったことの証左である。
なぜ冤罪を引き起こしたのか。菅家さん側は、再審をその検証の場とするよう求めている。
一方、検察側は「再審の目的は早期に無罪判決を出し、菅家さんの自由と名誉を回復すること」として、早期終結を図っている。無論、それが再審の一義的な目的であることには違いない。
ただ、地裁には、無期懲役の判決が誤判であったことを裏付ける証拠を可能な限り精査したうえで、無罪を言い渡す姿勢が求められる。それが冤罪の検証、ひいては再発防止につながる。
捜査の誤りを見過ごした裁判所にも、冤罪の重い責任があることを忘れてはならない。
地裁は、DNA型の再鑑定を実施した専門家の証人尋問を決めた。再鑑定は再審開始のきっかけとなったものであり、適切な対応といえよう。菅家さんを犯人とする決め手となった当初のDNA鑑定の検証につなげてほしい。
もう一つのポイントは、菅家さんの「自白」の検証だ。それに欠かせないのは、検察官が菅家さんを取り調べた際の録音テープである。当時の取り調べの問題点を洗い出す重要な証拠といえよう。
地裁は、証拠としての採否を判断するため、検察側にテープの提出を命じた。今後、速やかに証拠採用すべきだ。
再審とは別に、栃木県警と最高検が、それぞれ検証作業を進めている。身内意識を排除した厳格な調査を行い、その結果を公表する必要がある。
検証が必要なのは報道機関も例外ではない。読売新聞は6月27日朝刊で「DNA一致発表疑わず」とする当時の紙面の検証記事を掲載した。その中で、「導入されたばかりのDNA鑑定への過大評価があった」と総括した。
容疑者や被告が真犯人であるとの予断を読者に与える報道は、足利事件を教訓に、今後とも戒めていかねばならない。
09年10月23日付『信濃毎日新聞』−「社説」=足利事件再審 冤罪なくすバネにせよ
足利事件の再審公判が始まった。1990年に栃木県足利市で4歳女児が殺害され、菅家利和さんが犯人とされた事件である。
DNA鑑定などを決め手に菅家さんは無期懲役となった。ところが再鑑定の結果、女児の下着に付着した体液と菅家さんのDNA型が不一致と判明した。
菅家さんが無罪だということは確実になっている。それを確定させるやり直し裁判である。
形だけで幕は引けない。なぜ菅家さんはぬれぎぬを着せられ、17年半も自由を奪われたのか。冤罪(えんざい)の原因を明らかにすることが重要になる。裁判員裁判の時代を迎え、司法がどう決着をつけるのか国民は見守っている。
<無理な捜査の末に>
いくつもの課題が浮かんだ事件だ。まず捜査である。物証が乏しい中、有力な手段としてDNA鑑定が使われた。当時、日本の捜査現場に導入されたばかりだ。本人かどうかの精度は、血液型と組み合わせても高くなかった。
科学の力は、自白重視の捜査を補強するのに使われた。菅家さんは13時間に及ぶきつい調べを受け、DNA鑑定を根拠にうその自白に追い込まれている。
捜査機関の言い分をうのみにした裁判所の責任も重大だ。結局、真実を見抜けなかった。
弁護団は97年、最高裁に再鑑定を求めた。菅家さんの毛髪を使った独自の鑑定で、犯人のDNA型と一致しない可能性があると分かったからだ。にもかかわらず最高裁は2000年、警察側のDNA鑑定の証拠能力を認め、無期懲役を確定させた。
再審開始までの道のりは険しかった。菅家さんは02年、宇都宮地裁に再審請求し、5年余りたって退けられた。東京高裁が昨年末、DNA鑑定の再実施を決めるまで長い時間がかかっている。
<録音・録画の必要性>
裁判所の相次ぐ判断ミスから、時効が成立し、真犯人を見つけられなかった。司法への信頼を取り戻さなければならない。
菅家さんの自白をめぐり、別の女児殺害事件2件の取り調べで録音されたテープの扱いが注目される。宇都宮地裁は再審で検察側に提出を命じた。無実を示す証拠になり得る。法廷で採用し、きちんと調べてもらいたい。
事件を教訓にすることが大事になる。自白の強要を防ぐために、一部実施している取り調べの録音・録画(可視化)を本格的に導入すべきだ。先日の日本世論調査会の全国世論調査でも、9割が必要性を認めている。
民主党は、衆院選マニフェスト(政権公約)に可視化を掲げた。法整備を急ぎたい。
「代用監獄」についても見直しが必要だ。警察の留置場を拘置所代わりにし、長時間の取り調べが行われている。かねて「冤罪の温床」と批判が強い。
DNA鑑定はじめ科学捜査も過信は禁物だ。精度をさらに高め、複数のサンプルで確かめるなど念を入れることが肝心である。
残念ながら、冤罪事件は後を絶たない。鹿児島県議選の選挙違反事件や富山県氷見市の強姦(ごうかん)事件などが記憶に新しい。冤罪の可能性が出てきたとき、方向転換をためらってはならない。
再審の扉をもっと広く開けておく必要がある。重大事件ではとくに「疑わしきは被告人の利益に」の原則が重みを増す。
宇都宮地裁は再審で、DNA再鑑定人の証人尋問を決めた。当時取調官だった元検事の尋問などはまだ決まっていない。実現へ、積極的に対応してもらいたい。
裁判長は法廷で「被告人」ではなく「菅家さん」と呼んだ。誠意の表れだろう。栃木県警本部長や宇都宮地検検事正はすでに、菅家さんに直接謝罪している。来春には無罪が確定する見通しだ。宇都宮地裁も時機を見て謝罪の求めに応じてほしい。
<司法の未来がかかる>
再審について「有罪か無罪かのみの結論を出す場」との意見が検察などにはある。先輩の誤判を追及することに抵抗感を持つ裁判官もいるかもしれない。
裁判所での真相解明が難しいというのなら、海外の例も参考に、裁判所とは別の究明の仕組みをつくることも考えるべきだ。
メディア側も襟を正さなければならない。菅家さんを犯人であるかのように報じた。裁判員制度のスタートに当たり、信濃毎日新聞社は容疑者・被告を犯人と決め付けた報道をしないと再確認している。あらためて心に刻みたい。
足利事件は国民にも、大きな問いを投げかけた。プロの裁判官でさえ判断を誤った。裁判員裁判の対象事件で、冤罪をゼロにできるとは言い切れない。
だからこそ、しがらみのない市民の感覚が必要になる。検察側の立証に合理的な疑いがないかどうか、常識に照らし、慎重にチェックすることが欠かせない。
09年10月23日付『岐阜新聞』−「社説」=足利事件再審 法廷内で多角的な検証を
足利事件の再審公判が始まった。
初公判で宇都宮地裁の裁判長は菅家利和さんへの謝罪について判決の際に考えるとした上で、東京高裁の再審請求即時抗告審でDNA再鑑定に携わった専門家2人を証人として採用することを決定した。さらに検察側に対し、先に弁護側に開示した菅家さんの取り調べ録音テープを地裁に提示するよう命じた。
再審に向けた三者協議では、審理の進め方をめぐり「早期の名誉回復」を理由に迅速な審理を主張する検察側と「冤罪(えんざい)の徹底検証」を訴える弁護側とが真っ向から対立。裁判所の訴訟指揮が注目されていた。録音テープを証拠として採用し法廷で再生するかどうかの判断はこれからだが、弁護側が求める方向に動きだしたのは間違いない。
冤罪の徹底検証、さらには誤判の原因究明が再審の目的か否か、専門家の間でも意見が分かれるところだ。裁判所も誤判の原因究明ではなく、菅家さんに対する無期懲役判決のよりどころとなったDNA鑑定や自白の証拠能力を審理することが再審の目的に反しないとの立場をとっている。
解釈はどうあれ、これで検察側による異例の無罪論告を経て菅家さんの「再審無罪」に至るまでに、足利事件の捜査と公判でどのような誤りが重ねられ、なぜ誤ったか―がつぶさに洗い出されることになりそうだ。
検察、警察ともに責任者が菅家さんに直接謝罪した上で、プロジェクトチームをつくり捜査の検証を進めているが、調査自体は非公開で、その検証過程が外部の批判にさらされることもない。やはり公開の法廷で、裁判所の責任も含めて積極的、多角的な検証が実現することを期待したい。
菅家さんは1991年12月、DNA鑑定を「動かぬ証拠」として突きつけられ4歳女児殺害を自白、逮捕された。92年2月に始まった裁判で自白と否認を繰り返し、93年5月には弁護人に無実を訴える手紙を出したが、その1カ月余り後に一審判決が言い渡された。
すべての起点になったDNA鑑定が誤りだった。弁護側は、当時の鑑定方法が捜査や裁判に用いる科学技術として確立していなかったとしており、証人尋問が決まった再鑑定人2人(いずれも大学教授)のほかに、警察庁科学捜査研究所の所長の尋問も求めている。
そして、なぜ自白したかを解明する手掛かりとして重視しているのが、録音テープだ。菅家さんが栃木県警の取り調べで誘導され別の女児殺害事件(不起訴)について詳しく供述したり、足利事件をめぐり「絶対やっていない」と訴えたのに検事に追及され再び自白したりした際のやりとりが記録されている。この元検事も証人申請した。
もう一つ、忘れてならないのは、DNA鑑定の誤りと虚偽の自白を見抜けなかったのは検察と警察だけではないということだ。弁護側は97年の時点で、独自に菅家さんの毛髪を鑑定した上で「DNA型が(犯人と)一致しない疑いがある」と最高裁に再鑑定を求めたが、顧みられなかった。
2008年2月には宇都宮地裁も再鑑定を実施しないまま、再審請求を棄却した。裁判所が引き返す機会を2度までも逸した責任は小さくない。菅家さんが求める「納得のいく無罪判決」を出すことが、足利事件の教訓を生かしていくことにもつながる。
「刑事司法の未来がかかっている」。菅家さんの弁護団の、この訴えを重く受け止めたい。
09年10月23日付『京都新聞』−「社説」=足利事件再審 冤罪の構図を解明せよ
栃木県足利市で1990年、保育園女児が殺害された足利事件で無期懲役が確定し、その後釈放された菅家利和さんの再審が宇都宮地裁で始まった。
菅家さんの無罪は東京高裁が再審開始を決定し、警察や検察が謝罪した時点で明らかになっている。再審公判はそれを追認するのではなく、「どうして私を犯人にしたのか、真相を知りたい」という菅家さんの訴えに正面から向き合い、冤罪(えんざい)が起きた構図を解明する場とすべきだ。
佐藤正信裁判長が「被告人」ではなく「菅家さん」と呼びかけ、初公判は始まった。菅家さんの無罪は揺るがないが、判決を急ぎたい検察側と、誤判原因の解明を求める弁護側とは再審に対する考え方が異なる。冤罪を生んだ理由を解明する証拠調べに地裁がどこまで踏み込むのか、注目したい。
有罪の決め手となったのは、当時の警察庁科学警察研究所によるDNA鑑定と、菅家さんの「自白」だ。このため、弁護側は、その鑑定を誤りと指摘した鑑定医や供述を引き出した担当検事の証人尋問などを求めていた。
佐藤裁判長は「誤判原因の解明は法律上許されない」としながらも、裁判手続きに違法があったかどうかを判断するために必要な証拠調べはできるとの見方を示した。鑑定医の証人尋問を行うと決め、別の事件の関連で菅家さんを取り調べた録音テープの提出も検察側に命じた。弁護側の主張に理解を示したものであり、評価できる。
なぜ、当時でさえ精度に疑問が呈されていたDNA鑑定が、捜査や裁判で金科玉条とされたのか。なぜ、菅家さんは「自白」し、いったんは否認しながら撤回したのか。何も関係者の個人責任を追及するのが目的ではない。
公判を通じて自白偏重の取り調べに警鐘を鳴らし、冤罪の原因を明らかにすることが再発防止には不可欠だ。菅家さんの失われた時間や被害者遺族の無念に少しでも報いるためでもある。
事件は刑事捜査のみならず、裁判所にも厳しい反省を促すものとなった。
控訴審の東京高裁はDNA鑑定の証拠採用に関し、手続き違反も事実誤認もないと断定した。弁護側が科学的見地から再鑑定が必要だと訴えたにもかかわらず、最高裁もその判断を妥当とし、結果的に誤判を見過ごした。
そのうえ、再審請求を受けた宇都宮地裁は棄却まで5年以上を要した。
その間に事件の公訴時効が成立、真犯人を裁判にかける機会を失った。
検察側は早期の名誉回復を強調し、幕引きを狙うが、菅家さんは「納得のいく無罪判決」を求めている。たとえ時間を費やしてでも審理を尽くすことが、その思いに沿うものであり、司法への信頼回復の近道となるはずだ。裁判員として司法に加わる国民一人一人に重い教訓を伝えることにもなろう。
09年10月23日付『山陽新聞』−「社説」=足利事件再審 欠かせぬ誤判の原因究明
足利事件の再審公判が宇都宮地裁で始まった。無罪が確実な菅家利和さんは「どうか、冤罪に苦しむ人が二度と生まれないように、納得のいく無罪判決を下していただきたい」と訴えた。冤罪の原因を解明してから無罪判決がほしいとの願いだ。
事件は、1990年5月に栃木県足利市で4歳女児が殺害、遺棄され、菅家さんは殺人罪などに問われ無期懲役が確定した。しかし、再審請求の即時抗告審でDNA再鑑定の結果、遺体の下着に付着した体液と菅家さんのDNA型が一致しないことが判明し、今年6月に東京高裁が再審開始を決定した。釈放された菅家さんに対し、宇都宮地検の幕田英雄検事正は、無実なのに起訴し、長年にわたって服役させて苦痛を与えたとして「検察を代表し、心から謝罪します」と直接謝罪した。
初公判で弁護側は、取り調べを担当した元検事やDNA再鑑定人の証人尋問のほか、菅家さんが別の二つの女児殺害事件(いずれも未解決)で取り調べを受けた際の録音テープの証拠調べを行うよう求めた。再審公判を冤罪の原因究明の場にする考えだ。検察側は再審公判で無罪主張をするため、証拠調べの必要はないとする。
なぜ誤判が起きたのか、防ぐ方法はなかったのか、しっかりと検証しなければ再び悲劇を生みかねない。証拠調べに消極的な検察側の姿勢には真相隠しとの批判もある。
地裁はDNA再鑑定人らの証人尋問を決めた。また、検察側に録音テープなどを地裁に提示するよう命じた。再審が無罪追認だけに終わっては、誤判に対する裁判所の責任をあいまいにし、司法への不信を高めることになるだけに、証人尋問などを通して誤判原因の核心に迫ってもらいたい。
09年10月23日付『徳島新聞』−「社説」=足利事件再審 誤判原因の徹底究明を
1990年に栃木県足利市で4歳女児が殺害された足利事件の再審公判が宇都宮地裁で始まった。
殺人罪などで無期懲役が確定、その後釈放された菅家利和さん(63)に無罪判決を出すための公判である。
今年6月に東京高裁が再審開始を決め、栃木県警本部長と宇都宮地検検事正が謝罪した段階で、それは確実なものとなっていた。
宇都宮地裁の佐藤正信裁判長は、法廷で菅家さんを「被告人」と呼ばず「さん付け」で呼び、判決の際に何らかの形で裁判所としての謝罪を検討する意向を示した。
検察側も無罪を主張しており、判決は来年春にも言い渡される見通しだ。一日も早く菅家さんの名誉回復が図られるよう、法曹関係者は全力を挙げなければならない。
ただ、再審が「無罪」を追認するだけに終わるのでは不十分だ。国民の理解も得られないだろう。
捜査から裁判に至るすべての過程で、なぜ冤罪という重大な過ちが生じてしまったのか。再審公判では、その真相を解明できるかどうかが問われている。
「17年半苦しんできました。それはなぜなのか。そのことを明らかにする無罪判決を求めます」。菅家さんも、法廷でそう訴えた。
再審公判の審理方法は刑事訴訟法に具体的な記述がなく、裁判所の指揮に負うところが大きい。地裁は、菅家さんの訴えを真摯(しんし)に受け止めてもらいたい。
全国で本格化している裁判員裁判について、本社加盟の日本世論調査会が今月行った調査では、裁判員を「務めたくない」との回答が70%に上り、参加意欲の低さが浮き彫りになった。
背景には、足利事件に象徴されるように「冤罪にかかわってしまうのではないか」という懸念もあるのだろう。そうした不安を和らげ、裁判員制度を国民に定着させるためにも、誤判に陥った原因を徹底検証する必要がある。
もとより、捜査の誤りや再発防止策などを究明することは再審公判の本来の目的ではない。それでも佐藤裁判長は、冤罪を生んだ原因に可能な限り迫ろうとする姿勢を見せた。
再審開始の決め手になったDNA再鑑定人の証人尋問を決めたほか、弁護側鑑定人のDNA再鑑定に反論するなどした警察庁科学警察研究所の所長に対する証人尋問も実現する見通しだ。これで当時のDNA鑑定がいかに未熟なものであったかの事実解明は図られるに違いない。
今後の焦点は、冤罪を生んだもう一つの原因である取り調べの実態解明が進むかどうかだ。地裁には、菅家さんの取り調べ録音テープを法廷で検証し、取調官だった元検事の証人尋問を認めるよう求めたい。
日本世論調査会の調査では、回答者の7割が取り調べの全過程を録画・録音する「可視化」を必要とした。新たな冤罪被害者を生み出さないためにも、全過程の「可視化」実現を急ぎたい。
再審公判が誤判原因を究明する場として位置付けられていないのであれば、真相解明のための検証制度の創設も検討すべきだ。
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足利事件(リンク)
−国民の皆さま、裁判員になられる皆さま−誤判を防ぐための8つのお願い