「学部・大学院」の中のベルギー研究学科からここへ来た人への説明

−このページは、ヴァーチャル講義「社会思想史」の論述小テストの第3回目ですが、ベルギーの有名な言語戦争に関係した内容です。


論述3 (11月14日実施) 

問題 

ベルギーでは、北部出身の女性と南部出身の男性の結婚は問題が多い。特に子どもが学齢期になると、入れる学校をめぐってひどい夫婦げんか、最後には家庭不和まで起きてしまうという。どういう理由で、どんな争いが起こるのか論じなさい。 

解 説

 今回の結果はともかくヒサンだった! もしプリントで配った新聞を頼りに「北部=オランダ語、南部=フランス語」が書けなかったとしたら、後でも触れるように、100点満点に直し、平均点なんと 7点! になるところだった。 なんでこんなにミジメなの? 講義中にちゃんと説明したでしょう! とりあえず、
1)北部はオランダ語、南部はフランス語 これが1点ずつ
2)北部は母語原則に忠実な、地域のことばを重視する考え方。南部は、「個人の自由」というタテマエから発するが、ことばを覚える前の乳児に「個人の自覚」や意志などまだないし、フランスでは意外と男が威張っているから、父親が決めてしまう、というやり方。これについて正しく書いてあれば、各1点。
それで、全部がそろったり(つまりポーカーで言えばフォーカードだ。これは強い!)、歴史等の説明が補ってあったりすると満点になる。

 1)が分からないと、まあ多くが0点だ! しかし、分かったとしても、「親として、自分のことばを子どもに習わせたいと思うのは、ひとの情として当然だから…」式に、タダの常識で論を展開した答案が多すぎた。そんな「親の情」なんか、この講義を聞く前から知ってただろう? つまり、講義中に話したことが全然活かされていない! 

 父はフランス語、母はオランダ語を「親として当然の情として」習わせたい、だけじゃないんだよ。2)のような考え方が、それぞれ、それでいいんだ、そういう考え方で正しいぞ、って後押しまでしちゃってる。だからますますこんがらがるんだ。

 父親は、教育言語は親が決めて当たり前で、地域のことばなんか知っちゃいない、と考えるし、それでいいとフランス式の考え方が味方するから譲らない。たとえば、知り合いに相談してもそういう答えが返ってくる、などで…。他方の母親は、それじゃあイケナイ、地域のことばってのは、つまり近所の子どもが話してることばで、もしそれをムシしたりしたら、子どもが孤立したり浮いちゃったりして可哀想だから、ゼッタイ地域のことばでなきゃ、って考える。また、ちょっと教養があったりすると、昔バオホってエライ人がそういう考えで立派なことしたらしいし、ってなって、やっぱり譲らない。原理と原理の闘いになって、泥仕合だ! 果てしがない。

 こういうことは、日本に関してはどうだろうと話を進めたいが、その前に、頭の体操で逆のケースを考えてみよう。この場合は、ただのジョーシキでは説明がつかない! 原理や思想を知ってないと…。

 北部出身の母親を含む若夫婦が南に引っ越した。近隣のことばは、もちろんフランス語だ。で、子どもは3つだったとする。その場合、子どもが6つかそこらになったら、母親はどうするだろう? そうなんだよ、そういう場合は、自分のことばを譲ってでもフランス語にするんだ! 「親の情の常として…」では片づかない。これが原理の力だし、これがまあ思想だと言っていい。母語以上に地域語を重んじる。これも母語原則と呼ばれているが、本当は「属地(ぞくち)原則」って呼ぶ方が正しいかもしれない。

 逆に、南部出身の父親がいる家庭が、フランス語学校のあまりない地域に、たとえば日本に来たらどうなるか? 色々考えられるが、まず@「教育のために(その実、フランス語のために、だ)」子どもだけフランスに残し寄宿学校に入れる。Aこれじゃああんまりだから、日本の近場の(そうはないから、まあ神戸か大阪あたりの)フランス語学校に入れ、週末だけ子どもと会う。Bそれもなけりゃ、週末だけのフランス語の補習校に入れる、などなど…。日本と違って、父親だけの単身赴任、これは絶対ない! フランスだけでなく、西洋では夫婦が離れるのは絶対イケナイという強い信念があるから。子どもが犠牲になることはあっても、父親や母親が犠牲になることはあり得ない! 西洋人は、親である前にまず個人なんだ。

 また、フランスは文化政策に熱心で、アテネ・フランスなどのフランス語の会話学校は世界に無数にあると言っていいが、その理由に、こういう事情が控えていることを知るものはあまりいない。それも、文化帝国主義の一形態と言えるわけだが、「おフランスの高尚な文化を…」などと考える有閑マダムは、まんまと引っかかっていることなど夢にも考えないだろう。

 さて、日本の話に移ろう。日本の家族が海外赴任になると、日本人学校にこだわる家庭と現地校にすんなり入れる家庭に大別される。前者がフランス式で、後者がドイツ式だと分かるだろう。さらに、中間形態として、インターナショナル・スクールと称する英語学校に入れるケースもけっこう多い。僕は留学中に、インターナショナル学校の小学校6年生の男の子の家庭教師をした経験があるが、見たところでは、小学校の低年生、つまり7〜8才よりも前に現地に行ったか後に行ったかで、吸収というか、完全になじむかは決まるようだ。というのは、僕がバイトをした日本人家庭には3人子どもがいた。僕の教えたのは長男で、もうじき日本に帰るから、そして中学に入る年だから日本語を強化してほしいと頼まれたのだった。で、普通はやらない、日本語のディクテーションをやらせた。面白いことに、その子は読点(「とうてん」って読むの知ってるだろうね?)が上手く打てなくて、とんでもないとこに打っちゃうんだ。日頃英語ばっかり見て日本語を読んでないからだが、だから僕のディクテーションはかなり勉強になったらしい。

 話がそれたが、その家庭に、3才下の弟がいた。そいつはもう、ほぼカンペキに英語になじんでて、電話に答えるのなんかも平気で、発音もほぼ訛りがなく、などなどだった。僕の教えた子は、4年のはじめにスイスに行き3年住んだにもかかわらず、すでに「日本人」だった! 

学生模範解答

 今数えてみたら、満点は12人とけっこういたが、ホントに模範として推薦できるのは次の2件だけだった。

経済学部2年
 ベルギーでは、北部はオランダ語、南部はフランス語と、使用言語を南北で分けられているため、その間に生まれた子どもに、どちらの言語を学ばせるか問題になる。
 この南北の言語戦争は激しく、色分けした言語境界線があるほどだ。フランス語を話す南部では、個人の自由という立場をとっているため、子どもの教育言語は父親に決める権利があると考える。よって、(問題中の)南部出身の男性、つまり父は、自分に権利があると主張する。だが、オランダ語を話す北部では母語原則をとっているため、母権主義であり、この女性、つまり母は、オランダ語を主張するのである。よって2人の間には(永遠に)問題が生じる。

社会学科2年
 ベルギーの北部地方はオランダ語圏、南部地方はフランス語圏である。北部出身の女性から見れば、子どもの教育言語はドイツ的な考えで母語原則に従い、地域の言葉、母権主義によって決定すべきである、と思える。しかし南部出身の男性は、フランス人的な思考で、子どもの教育言語は父権主義であるべきだと思っている。子どもの教育言語に対する母語原則(母権主義)とフランスの父権主義という権利意識の違いから、争いが起こる。



最後に、この模範解答と関係のあるとっておきの話を一つ…

ドイツ語やフランス語の名詞全部に性があることは知ってると思うが、太陽と月につけられた性が、まさに正反対なんだ! しかも、理由がふるっている。

<太陽>
仏:le soleil [ル・ソレイユ](男性) 父親の愛は変わることなく、その知恵は尽きるこ となく、などなど。原型は、もちろん全能の神にある。ともかく、そのために男性。
独:die Sonne[ディ・ゾンネ](女性) いや違う。母の愛こそ無限であり、無償であり、いつも変わることがない。だから、変わることなく光り続ける太陽は女性だとされる。

<月>
仏:la lune[ラ・リュン](女性) 女心と何とやら…と言うではないか! 月が毎日姿を 変えるように、女なんてあてにならない。すぐにふらふら浮気心を起こし、別の男と逃 げてしまう。または、何かの気まぐれで、亭主・子どもを放っぽらかしてでも勝手なこ とにうつつを抜かす。だから、月もそれと同じで女性。
独:der Mond[デア・モーント](男性) 母の愛に比べると、男なんて何て勝手なの。知り合いの旦那なんか、サッカー狂いで家庭を顧みないし、別のひとなんかもっとヒサン。山狂い、それもヒマラヤ狂いなのよ。ろくに家にいやしない! 子どもも生まれたってのにもう! とか、戦争中に、2人目の子どもが生まれたばかりだってのに、お国のためだっておだてられ、ホイホイ信じて乗っちゃって、勝手に死んでいくのが男とか…。ともかく、月の、形が一定しないいい加減さが、自分勝手で気まぐれすぎる男に通じる、だから男性だ、とドイツの人は考えたらしい。

講義で分からなかったひとも、これなら分かっただろ?