ビーバー   

ロザリオのソナタ              → ヴァイオリン・ソナタ   

1 ラインハルト・ゲーベル/ムジカ・アンティクワ・ケルン(MAK) 輸入盤
  最初聞いたたとき、1回聞いてしびれたようになってしまった。何ときれいなメロディーだろう! キリストの受難をテーマとする15のソナタ+パッサカリアが内容だから、ほのかに宗教色も感じられるものの、教会音楽と形容することはできない。むしろ、当時のヴァイオリン演奏の最先端を行っていたビーバーが、知っているあらゆるテクニックを詰め込んだ曲というのが正しいだろう。

1回聴いた程度では到底収まらず、2回目、3回目と重ね、最初に日になんと5回も聴いてしまったという代物である! 今でも、不愉快なことがあったりして「癒し」が必要な際には、真っ先に聴くのがこの曲になっている。

最初に聴いたこのゲーベルの演奏しか知らない間は、これが普通なのだと単純に信じていた。ところが、その後下のホロウェイを聴いて驚いた! なんというか、速度も、また音を単純に伸ばすのではなく、あたかも蛇使いが「ピー、ヒョロヒョロ」とフシを入れて吹くように、ひねりを随所に入れているゲーベルの演奏法が、この曲の味わいを決めてしまっているに等しいということを発見したのだった。もっとも、「ゲーベル節」について完全に了解したのは、実はバッハのヴァイオリン・ソナタを彼が演奏するのを聴いてからだった。すでに別の奏者でよく知っていたところに、彼の特徴ある奏法が出てきたので、「おお、そう出るか!」と納得したというしだい。
2 モニカ・ハジェット/アンサンブル・ソネリ  輸入盤1      試聴1   
  けっこう何種類も聴いたので、もういいだろうと放っておいたのだが、何の機会だかに聞き直して、気に入ったので買い求めたしだい。上のゲーベルのようなひねりが利いているわけではなく、まあ下の方のホロウェイのような「素直系」に近いが、音作りが「深い」感じがして、第2位に置こうと考えた。

音作りが深いなどと言っても本当のところは伝わらないと思うので、上のドイツのアマゾンで試聴してみてほしい。テンポは、非常にゆっくりである。これが実は大きいのかもしれない。演奏が丁寧な感じがするのは、実はテンポに追うところが大きいかもしれないと思うからである。通奏低音はオルガンである。全体として、しみじみと聴かせる演奏になっている。

あまりにも安易かもしれないが、上のゲーベルが男性的な演奏であるとしたら、こちらは女性的な感じだ。演奏者がそうだから、当たり前というか安易ではあるのだが、他に形容のしようがない。女性的と言っても、華奢とか可憐とかではなく、何というか母性的な懐の深さと暖かみを感じさせる。ともかく、一度聴いてみてほしい。
 3 ダスカラキス  SACD 
  SACDの良さが遺憾なく出ていると思わされる演奏である。「SACDの良さとは何か」と言えば、非常にSN比が高い、つまりS(サウンド)に対してN(ノイズ)がほとんど聞き取れないことで、あたかも真空の中に浮かんでいるように音が出てくるということである。それが、この曲の持つ神秘性とうまくマッチしていると思う。
 4 R・ポッジャー SACD 
  上のダスカラキスと同じSACDで、その良さがこちらでも感じられるものの、印象がちょっと違うようだ。上のものはものすごく直線的に音が出てくるのに対し、こちらは少しこもったような、丸みを帯びたような音作りだということだ。何がそうさせるのかは分からないが、演奏法が原因では多分ないと思う。多分録音の仕方だろう。
 5 ジョン・ホロウェイ  輸入盤
  最初聴いたときには物足りなく、「なんだこの気の抜けたビールは!」と一蹴していた。しかし、ゲーベルを100回くらいは聞いた今では、こちらの演奏もそれはそれでいいと思えるようになってきた。ゆっくりなテンポに対する評価も、落ち着いて楽しめるという風に変わってきた。

ということで、余裕ができてかなり評価が変わった代表例のようになっている。それに値段の安さも評価が上がった一因だ。何せ、2枚組なのに8百円! こんな値段があっていいのだろうか?

なによりも、バロック・ヴァイオリンの音が朗々と響くのが聞いていて心地よいのだ。そのことは、シュメルツァーでは初めからそう感じられていたのだが、同じことをビーバーのこの曲でも感じるようになったということである。

今回、かなり多くの新顔を加えることになった。上の2枚のSACDもそうである。こう増えると、順位は意味がなくなる。ということで、レツボアまではかろうじて意味があるが、その下には順位をつけないことにした。
5 パブロ・ベズノシウク  輸入盤 
  これまであまり気にかけていなかったが、短いが試聴できるMP3を見つけて聴いてみて、購入した。ただし、作った人の意図には沿わないであろう加工をさせてもらって聞いている。

どんな「加工」かというと、この演奏ではなぜか、各曲の前に曲の紹介が英語で入っているのだ。朗読のような感じでである。それが邪魔なので、iPod で録音した上で、それを全部削除させてもらった。これで、通常の並びになるのだ。
5 グーナー・レツボア  国内盤  輸入盤
  ゲーベルの演奏以外にこの曲はあり得ないのかも…と思っていたときに、これが手に入った。聴いてみて、本当に驚いた! これが同じ曲なのか、が感想であった。

そもそもこのCDの存在を知ったのは、次のサイトを通してであった。そこには「大変熱のこもった演奏」とある。だが、どう熱がこもっているかまでは書いてないので自分で聴くしかないと買った。 http://www.h2.dion.ne.jp/~kisohiro/biber.html 

言ってみれば、ゲーベルは形式をきちんと決めた古典派タイプの演奏である。ゲーベル節はアクが強いと言われているが、それでも能や狂言のように、型をきっちりと守っているのである。このように、ゲーベルを古典派に喩えるとすれば、レツボアはロマン派である。シューベルトやメンデルスゾーンを思わせる、主観的でかつ熱情的な演奏が、ゲーベルとはまったく違った世界を作り上げる。

まず、ダイナミック・レンジからして違う! レツボアは、音量を下げて聴こうとすると所々で聞こえなくなってしまう。大小の音の落差がとても大きいのだ。また奏法も、ともかく生々しい! ゲーベルのが、まだしも芝居の中での「お助けを!」だとすれば、レツボアのは、本当に目の前で死にかけている人が「助けて!」と叫んでいるかのような印象をもってしまう。それくらいリアルなのだ。

極めつけは、「キリストの鞭打ち」と題される、1枚目最後の方(第19トラック)の演奏で、そもそも何で出しているかすら想像がつかない「ガリガリッ!」という雑音のような音まで入っている。耳障りであり、かえってそれゆえに、バシッ! という鞭打ちの音まで聞こえてきそうな効果を挙げている。演奏の仕方も、何かに怒りをぶつけるかのようにものすごく乱暴なのである。乱暴と言っても、もちろん意識的に乱暴に弾いているのである。それやこれやで、この演奏はまるで、ドラマでも観ているかのようにダイナミックなのである。型をピシッと守っているゲーベルとは対照的だ。

レツボアは、写真で見るとトルコ系を思わせるような風貌である。オーストリアの西部、鉄器文明で有名なハルシュタット生まれとある。どんな人なのか大いに興味を引かれる。日本語の解説がついていることを期待し、このCDは国内盤で買った。通常は、輸入盤の方が国内盤よりかなり安いのが相場だが、このCDについては、かえって国内盤がわずかだが安かったからだ。それでも、どっちにしてもかなり高い。また、国内盤だと解説がついているかもしれないと期待したが、予想通りついていた。そこから、ハルシュタット生まれ云々を知ることができた。

ただ、そこにあるカタカナ表記では彼の名が「グナール・レツボール」となっている。綴りは Gunar Letzbor である。これでは、間違いである。どうしてこんな誤った表記をしたのだろうか? まず最初のuの音だが、伸ばさなければ間違いだ。少しでもドイツ語を知っていれば、Guten Tag! を「グーテン・ターク」と読むことくらいは常識だろう。誰も、「グテン・タク」と短母音の発音をしたりはしない。ドイツ語では子音1つの前の母音は伸ばすのが決まりだ。だから、まず彼の名前の方は「グーナー」であって、「グナール」ではない。また、ここにもすでに出ているのだが、-ar や -or の綴りは「アール」だの「オール」だのではない。そうではなく、「アー」と「オア」である。サッカーのゴールは Tor だが、これを「トール」と読むでも通じないだろう。トアでなくては…。同様に、Vater を「ファーテル」と読んでいるのを時々見るが(特にベートーベンの第9の歌詞として)、これでは19世紀である! 日本語に喩えるなら、「ござ候」の世界である。日本でだけ、未だに第9は「♪フロイデ・シェーネ<ル>・ゲッテ<ル>・フンケン。トホテ<ル>・アオス・エリージウム」などと発音されているが、これでは<>の部分がすべてござ候の調子なのである。
アンサンブル「リリアルテ」 輸入盤  試聴可  
  最近結成された楽団で、演奏が「新解釈」だというので、好奇心から買ってみた。確かに、あちこちに新しさが認められる。具体的にどこかは、まだ聞き込み不足で書けないが…。音の美しさは、ゲーベルを思わせる。

というわけで、かなりいい線を行っているとは思うが、僕の評価ではゲーベルが上である。レツボアとは比べられない。
ズザンナ・ラオテンバッハー 輸入盤
  ゲーベルなどが登場する前は、バロック楽器を使った演奏の定番だったらしいし、ともかく値段が安いので買ってみた。どうせ買うなら、2枚組でも千5百円程度の、下記のセットを買えばよかったのかもしれないが、実はロザリオのついてないソナタ集と勘違いしたのだ。また届いたばかりなので、感想は後日…
ワルター・レイター 輸入盤 
  驚異的な廉価版を次々と出しているブリリャント社から最近発売された。2枚組なのに、千円ちょっとしかしないがのありがたい。早速取り寄せて聞いてみた。レイターは技術がすごいとどこかで読んだ記憶があるが、それほどでもないと思う。

割とゆっくり目の演奏で、じっくり聴かせる。ゲーベルに比べると大人しいが、ホロウェイほどではない。まだ1回聴いただけなので、コメントは今はこれくらいに…
フランツ・ヨーゼフ・マイヤー  国内盤 
  ドイツのハルモニア・ムンディが創立50周年を迎えたらしく、とんでもない大盤振る舞いとして、50枚セットで5千円というボックスを出したのだが、それと同時並行に、日本も独自企画をしていて、その中の一つとして、かつての名盤がまた購入可能になった。それで早速買ってみた。

どうしても、決定版と思っているゲーベルと比べてしまうのだが、まずテンポがかなり違う。こちらは遅いのである。この曲は2枚組なのだが、CD1枚につき、10分くらい演奏時間が違っている。

しかしだからといって、必ずしもこちらが間延びしているという印象を与えるというわけではない。むしろ丁寧に弾いていると、好意的にも取れる。そのあたりが、最初にホロウェイを聞いた時とは違っている。まあ、僕自身もこの間に変わったのだろうが…。往年の名盤は、今聞いても古臭さは感じさせないといったところか。

この曲には、さらに下の新盤も出るらしい。楽しみにしておこう。
リッカルド・ミナージ   SACD 
  かつてはホロウェイよりはずっといいと思っていたが、今聞くとイタリア色が強すぎるような気がする。ビーバーのような、森深いボヘミアの曲の場合は、ちょっと暗いくらいの雰囲気の方がいいと思う。
Affetti Musicali  輸入盤 
  同じビーバーのヴァイオリンソナタの音がとびっきり活きがいいので、こちらも買ってみた。結論から言うと、悪くはないものの、トップに躍り出るほどの威力はない、である。何分大人しすぎるし、ゲーベルのような「ひねり」も効いていない。まあ、この9枚のうちで中くらいに入る程度、というところ。
  マーティンソン  輸入盤  
  最大の特徴は、各曲に「まえおき」がついていること。と言っても、聞いてもらわねば分からないと思う。この曲は15のパーツから成っているのだが、それが始まる前に「シュルルルル」という風なヴァイオリンの音が入っているのだ。これでも伝わらないかもしれないので、マタイ受難曲を引き合いに出そう。曲が始まる前にチェロ(あるいはオルガン)の短い低音が入るのがそれに近いかもしれない。

演奏自体は、ホロウェイなどに比べれば「鋭角系」と呼べる、歯切れのいい音作りである。ただ、所々音が荒いと感じられるのが残念である。
  カーキネン=ピルク  輸入盤  
   
  アンネ=シューマン        
   
  ジーデル  輸入盤  
   
  イーゴリ・ルハーゼ  輸入盤  
   
  ヴェイユール・デ・ニュイ   輸入盤  
   
  リナ・トゥール・ボネ   輸入盤  
  数年前に出たようだが、知らなかった。最近NHKの早朝番組である「クラシック倶楽部」でやったので知った。丁寧な演奏で好印象を持ったので、買ってみる気になった。まだ注文しただけで、手にしてはいない。感想は来てから。
  ゼペック SACD  
   
  シュミット SACD  
  結構高いので買っているか自信がなかったが、家で確認したら持っていた。やはり、この曲の演奏は網羅したいという気持ちが強いようだ(自分のことなのに、人ごとのようだが・・・)。

他の曲の演奏で、この奏者に好感を持っていたのも、買った理由だろう。入手してすぐに聴いたに違いないのだが覚えていない。今回初めて聴くのに近いが、ともかく丁寧な演奏ではある。必然的にゆっくりになる。ただ、あまりにゆっくりすぎてくどい感じになる箇所が気になった。それと、力を入れて弾いているのだろうが、音が多少雑に聞こえる箇所も気になった。