3 リバプール&マンチェスター鉄道

ジョージ・スチーブンソンによって1825年に開業した世界初の公共鉄道であるストックトン&ダーリントン線は、ロコモーション号という蒸気機関車を使用した。これは現在博物館に保管され、今でも動くそうだ。

前述したように、ストックトン&ダーリントン鉄道は蒸気専門ではなく、使い勝手のいい自由な鉄道として公開された。しかしそれが仇となって、効率はよくなかった。たとえば蒸気機関車は速く走れるが、前に鉄道馬車がいると渋滞を起こし、宝の持ち腐れであった。また信号設備も完全ではなく、原始的な乗り物と言われても仕方がなかったのだ。

それでもこの鉄道は利用者が多く、成功し儲かった。これにあやかろうとイギリス中で新しい鉄道が生まれたが、その中で一番有名になったのがリバプール&マンチェスター鉄道だった。

この鉄道は、イギリス最大の貿易港のリバプールとイギリス最大の工業都市のマンチェスターをつなぐもので、距離はおよそ50キロメートルで1830年に開業した。ストックトン&ダーリントン鉄道とは違い、蒸気機関車だけを走らせる目的で作った。超有名な町同士をつなぎ、非常に儲かったので「黄金ルート」と呼ばれた。

このルートには鉄道が通る前から多くの交通手段があった。陸路に馬車を走らせるだけでなく、運河に船を浮かべて運搬した。これらの交通手段に負けないようにするために、この線には様々な工夫を施した。まずはスピードである。さらに、運べる人や荷物の容量である。それ以外にも、途中に山があればトンネルを堀り、谷や川があれば長い橋を架け、目的地までなるべく一直線になるように、インフラに贅沢にお金をかけた。その当時それらは贅沢品だったが、元々資本金がたくさんあったので惜しみなく投資した。また、レール上に人や動物が入らないように、土手や柵を作って外部から入れないようにしたり、踏切は作らず、道路と交差する場合は立体交差にした。これらの工法は新幹線を作った時と同じで、同時すでにそれを使っていたことになる。  (喜 多)

3-1 ロコモーション号
 
3-2 Liv.-Man.路線図
 
3-3 トンネル