第4回

●『戦艦武蔵』 新潮社 ISBN 4-10-111701-2
●『戦艦武蔵ノート・作家のノートI』 文藝春秋 ISBN 4-16-716910-X

 ここには歴史上最大の戦艦が「どう造られたか」が詳細に書かれている。あれだけの戦艦を建造するには克服すべき問題が気の遠くなるほどあった。だから当時の技術者は武蔵を「どう造るか」を延々と考え続けたのである。だけれどだれ一人として考えなかった問題がひとつだけある。あまりに単純な「なんのために造るのか」という問題である。このことがなにを結果的にもたらしたか。およそ実戦らしい実戦も行なわずに武蔵は撃沈される。あたかも自殺するかのように出撃したあげく。だから本書が書こうとしても書けなかった、思考の空白をじっくり読んでもらいたい。

●『冬の鷹』 新潮社 ISBN 4-10-111705-5

 あたりまえだが『ターヘル・アナトミア』を翻訳した良沢らは、最初はアルファベットの読みさえ知らなかった。かれらは自分たちで辞書を作らねばならなかったし、冠詞や関係代名詞など不可解な記号にしか見えない。かれらははたして自分たちの知っている数十語を頼りに、『ターヘル・アナトミア』の翻訳を開始したので。たとえば分からない単語にぶつかるたびに長崎へオランダ人に尋ねに行くか、あるいは江戸に来ている通詞をつかまえて訊くしかない。なにしろ Klier という語をなんとか「腺(せん)」と訳したところで、良沢たちは「腺」の存在すら知らなかった。おそろしく気の遠くなる作業を始めた良沢はすでに49歳になっている。
 かくも苦労して自分たちの知の財産にしたオランダ語さえ、明治になって無造作に捨ててしまった歴史とはなんだったのか。

●『破獄』 新潮社 ISBN 4-10-111721-7

 たとえばミッシェル・フーコーには思いも寄らなかった囚人と看守の関係が本書に書かれている。かれは『監獄の誕生』で「一望監視施設」(パノプティコン)を、近代的な権力システムの集大成として論じた。だけれど不可能な破獄を次々とやってのける囚人を監視していて、『破獄』の看守は急に恐怖にも似た錯覚に駆られてしまう。あいつは脱獄の機会をいまかいまかと窺っているにちがいない、だとしたら「監視」されているのはぎゃくにオレなのでないか・・・。

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