図書館にだって立派な「顔」がある (推薦図書コーナーの紹介)

 きみたちはひょっとしたら、「図書館なんてただ本を集めているところ」、って考えてないかな。だけど「ただ本を集めている」と言ったって、どのような基準で集めるか、ということを考えるだけでも大変な作業なんだ。なにしろ学生の授業や教員の研究に必要な本を追っかけるだけでも一筋縄じゃない。さらには図書館が集めているのはそういう本だけではない。かりにそうだとしたら全国のどこの図書館に行ったって、おなじ図書館ばかりになってしまう。だけど図書館にはそれぞれ違った「顔」がある。ちょっと考えてごらん、一般の本屋さんにだって、それぞれ違った「顔」がある、ってことを。
 さいきん松山でも増えてきた、比較的新しい本をリサイクルする古本屋さん。あれは見栄えをよくするために、手垢で汚れた横の部分を、わざわざヤスリで磨いて売っている。あのような店は売れさえすればなんでも無造作に集める、「小綺麗で安っぽい顔」といったとこだろうか。あるいは専門の古書店に多いんだけど、さも「この本は価値があるんですよ」、とでも言いたげに本を薄紙にくるんでいる。なんだか厚化粧みたいで興醒めしちゃうよね。だけれど薄暗い奥の方で客の様子をちらっと見ながら、さりげなく本の埃をはらっているような店主がいると事情が違ってくる。たとえば「なんだあのバカな客は、あんな下らない本ばっかに気を取られて、隣にある渡辺先生の『時計職人とマルクス』には気付かないのか!」というところでは、お客さんと店主の立場が逆転するという恐ろしいことになる。ある友人が東京の神保町でやはり古書店をやってるんだけど、かれはマルクスの横にわざと天皇制の本を置いている。おもしろいことに右翼系のお客さんはけっこうマルクスも買うらしいけど、逆に左翼のお客さんは右翼の本をあまり買わないから「勉強してないんじゃない」、っていう不平をいつか聞いたことがある。あくまでも「見定められている」のは実は客のほうなのだ!
 だけれど新刊書の店もだんだん「顔つき」が変わってきた。たとえばドイツで見た本屋さんもそうだったのだが、第一にとても立派なソファーがあること。こういう店は本をただ並べて売るのではなくて、本を買うための「ゆったりした時間」も売っているんだとおもう。さらに大事なのはもちろん、どのような本をどのように置くのかっていうこと。この二つの条件がだいたい本屋さんと図書館の「顔」を決定すると言える。おそらく理想的なのは、同一の本を複数冊そろえておき、日本十進分類法による配架のほかに、ちょっとでも関係があれば、意外な取り合わせの本同士が並んでいること【ヒント1】 。たとえば『セブ・フィリピン(トラベルダイバーシリーズ)』のすぐ隣に日本軍の当地での激戦を扱った『レイテ戦記』とか、『エクセレント・カンパニ―』のすぐ脇に『偏差値エリ―トの末路』なんかあったら最高じゃないか。たしかに「キーワード検索」というコンピュータ機能の発達によって、思いがけない本同士を手軽に探す愉しみが増えたのは事実である【ヒント2 】。だけれど本当は図書館で実際に手にとって、自分が探していた当初の目的の本とは違うけれど、おもしろい本を「たまたま」見つけたというほうが、なんか意外な達成感があっていいんじゃないだろうか。かくして本を探すこと自体がそれだけで一つの「事件」となり、図書館に行くことは同時にそうした「事件に迷い込む」ことに等しくなる。
 ただし図書館は予算が決まっているから同一の本を何冊も購入することは難しい。だけれど松山大学図書館は負けちゃいない! きっと図書館のなかでも立地条件のいちばん良い1階の真ん中に、きみたちを知の愉しみへ「迷い込ませよう」と「推薦図書コーナー」が設置されている。あきらかに授業とは関係のない本ばっかだけど、おもしろさは選んだ教職員が保証している。あの「たまたま」おもしろい本に出逢ったときの悦びを推薦図書で十分に味わってもらおう。なかには教員の紹介文が付いた本もあるから、なにか感想や反論があったら当の教員のところに押し掛けて行ってもいい。これはインターネットでも読むことができる。さらにここが松山大学図書館のスゴイところなんだけど、ことしから全国初の「松山大学図書館書評賞」が学生による書評を募集している【ヒント3】。なんと賞金(1万円の図書券)が出る!という美味しいオマケもあるけど、きみたちが書評を書いてくれた本はいずれ「推薦図書コーナー」に入れる予定なんだ。これが松山大学図書館の一番の「顔」になるんだ。
 だけれど「顔」というのはその「顔」の持ち主だけに「所有」されるのではない。およそ「顔」はだれかに「見られる」ときにかぎって「顔」となる。あたかも図書館の書架のなかで無味乾燥として並んでいるように見える本たちは、だれかの「顔」と「対面」したいという意外に人間臭い欲望をぷんぷん発散している(鷲田清一『顔の現象学』)。だからきみたちも忘れないでほしいんだ、「見られている」の実は自分たちのほうだって。

■ヒント1 だけど図書館で思いがけない本に巡り会うには、実際に何度か迷い込んでみるにかぎる。ちょっと産業革命について簡単に調べるぐらいだったら、たまたま目にした旅行ガイドのコーナーにある、『地球の歩き方10:ロンドンとイギリスのすべて』のほうが、ヴィジュアル的な理解をするのに役立つだろう。だんだん慣れていって卒論を書く段階になってから専門書に当たるのもいい。こういう回り道も時と場合によっては必要なんだ。

■ヒント2 あんがい知られてないのが「複数のキーワード」で検索するという必殺技である。ためしに「独検[スペース]解答」でサーチエンジンにかけてみよう。きっと親切などこかの先生が試験の翌日にはHPに解答をアップしている。

■ヒント3 これについては図書館のカウンターで詳しいことを聞いてください

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