第2章 ハンガリー:ブダペスト・ヘーヴィース

◆ハンガリーの歴史

ハンガリーの誕生

ハンガリーは、西暦433年にローマ皇帝がフン族に現在のハンガリーの土地を割譲したことにより誕生した。フン族が分裂した後の896年には、その土地をマジャール人が征服した。

13世紀にはモンゴル帝国軍からの攻撃にあい、15世紀末にはオスマン帝国に占領されるなど、現在のハンガリーになるまでにハンガリーはさまざまな支配をうけてきた。

ハプスブルク家とハンガリー
17世紀の終わりからは、ハプスブルク家による支配が始まる。これは、1526年のモハーチの戦いでハンガリー王が亡くなり、その後、ハプスブルク家のフェルディナント1世が即位したことから始まった。ハプスブルク家はハンガリーにも絶対主義を認めさせ、奴隷化を進め、すべてを支配していった。その後のマリア=テレジアやヨーゼフ2世は真摯な態度でハンガリーに接してはいたが、ハンガリーの独立は成立しなかった。

独立へ
18世紀の終わりに起こったフランス革命の影響を受けて、ハンガリーの民族意識は高まり、ハンガリーの人々はオーストリアからの独立を口にし始めた。そして、民衆蜂起の引き金となったのが1848年のフランス二月革命だった。その影響でオーストリアでも革命が起こり、その先頭を切ったのがハンガリーだった。同年3月31日には、ハンガリーの要求であった三月法が認められ、ハンガリーは、議会制立憲君主国となった。さらに、ハンガリーは、対オーストリア独立戦争を起こした。結果はハンガリーの敗戦で、民族の自由は再び失われたが、ハンガリーの人々の民族意識はなくなることなく、抵抗運動も続いていた。

1860年には、皇帝フェルディナント1世が「十月勅書」発布し、ハンガリーの地方議会の権限が拡大した。また、この革命の時に、ブダとペストというドナウ川を挟んだ別々の町が、ペシュタ=ブダというひとつの町として認知され、さらにここへオーブダという町が加わり1873年には正式に合併され、現在のブダペストとなった。ブダペストは、現在の首都であり、ハンガリー最大の都市でもある。

ハンガリーの人々の考え方は以前とは少しずつ変わっていた。それは、ハンガリーの完全な独立ではなく、オーストリアとともに発展していくことを目的としている点だった。そこで、オーストリアとハンガリーは二重帝国という形をとることになった。

以上3つに関し
インターネット百科 Wikipedia 「ハンガリー共和国、歴史」の項参照
ハンガリー良いとこ一度はおいで!「ハンガリー史」
城山西洋史1999年度版


大戦から現在
そして、第一次世界大戦が始まると、ドイツ側として参戦したが、負けてしまい、二重帝国は崩壊した。第二次世界大戦の時には日独伊三国同盟に加盟し、戦っていたが、ハンガリーが同盟国側へ乗り換えようとしたため、ドイツはハンガリーを占領した。それから1944年にソ連によって開放されるまでの間はハンガリーも戦場になっていた。解放後は、ソ連に支配されることとなり、その支配に不満を感じた民衆が1956年に暴動を起こしたがソ連軍に鎮圧された。これがハンガリー動乱だ。そして、1989年に、現在のハンガリー共和国が建国された。その後、2004年にはEUに加盟し今に至っている。

外務省HP「ハンガリー共和国」

◆ブダペスト

温泉都市のブダペスト

ハンガリーの首都であるブダペストは、ヨーロッパの温泉のメッカと言われる温泉都市である。100あまりの源泉があり、何万リットルもの湯が湧き出ている。ヨーロッパ中の人々が温泉を求めてやってくる。

ブダペストの中では、セーチェーニ、キラーイ、ゲレルトなどの有名な温泉がある。ぬるいお風呂や、熱いお風呂、蒸し風呂など様々なタイプのお風呂がいくつもあり、マッサージも充実している。入浴者は、ゆっくりつかったり、新聞を読んだりしている。中には、老人がチェスをする姿がよく見られる。

西洋温泉事情、池内紀編著、鹿島出版会、1989年、pp. 76〜91

日本との違い
ほとんどの温泉がハンガリー方式である。セーチェーニでは水着を着用できるが、キラーイでは水着を着用することはできず、裸で入らなくてはいけない。しかし、入り口で白い布を渡される。それは、男性はふんどしのような物で、女性は胸から下を隠すことができる、エプロンのようなものである。しかし、地元の人はエプロンをすることはなく、外国人のためにあるという。他人に裸を見せるのが一般的ではないという考えの国もあることからの配慮だと思う。ゲレルトでは、裸で入る所と水着を着用して入るところと2種類ある。

健康ジャーナル社HP内 世界デトックス紀行
国際温泉評論家 山本正隆の世界ココシカ温泉談義
内 ハンガリーの大露天風呂

セーチェーニ温泉
セーチェーニ温泉は、20世紀初頭に造り上げられ、ヨーロッパ最大とも言われている。建物はまるで修道院のような赴きで、市民公園の中にあり、屋内・屋外に温泉を設けており、中庭には露天風呂のような温水プールがある。料金は、約1500円である。
   
キラーイ温泉
ドナウ河近くのキラーイ温泉は、トルコ式で、混浴ではなく、曜日によって男女が入ることができる日が決まっている。建物は16世紀のトルコ軍占領のときに建てられた。天井は半円のドーム状で、小さな穴から光が射している。キラーイは、最も典型的なトルコ風のお風呂になっている。料金は、約660円である。

ゲレルト温泉
ゲレルト温泉は、ブダペストの中で最も豪華な温泉で、宮殿のようだ。高級ホテルも敷地内にあり、行き来が簡単にできる。ゲレルト温泉は、腰痛・筋肉痛に効果的で、治療用の泥湯も有名だという。1918年に造られ、壮麗な大理石やテラスなどが四方にある。料金は、約1800円である。

以上の3項目に関し、前掲、西洋温泉事情、pp. 76〜91参照


街と温泉
こうして、ブダペストには様々な温泉が存在しているのだが、市民の生活に欠かすことができないものになっている。お風呂につかって、リラックスする目的以上に、市民の社交の場となっている。

◆へーヴィーズ

へーヴィーズ湖

ヨーロッパ最大の湖であり、内陸国・ハンガリーの「海」ともいわれるバラトン湖。その北西近くにヘーヴィーズという落ち着いたリゾート地の町がある。ブダペストから車で3時間ほどのヘーヴィーズは温泉湖で有名である。

ヘーヴィーズ湖は、森に囲まれていて、沼や池という雰囲気である。湖の岸辺近くには、ピンクや紫の蓮の花が咲き、小さな魚も泳いでいる。湖の真ん中に赤い尖り屋根の建物ある。その中に、室内浴場と更衣室がある。

前掲
 山本正隆の世界ココシカ温泉談義HP内 ハンガリーの大露天風呂
ヨーロッパの温泉保養地を歩く、阿岸祐幸・飯島裕一、岩波書店、2006年、p. 63参照

湖全体が温泉
ヘーヴィーズ湖は、湖全体が温泉という世界唯一の不思議な湖である。湖の面積は4万7000平方メートルである。この広さは、東京ドームがすっぽり入ってしまう広さだ。水深は1番深いところで36メートルもある。まったく足がつかないので、浮き輪が必要である。あるいは、タイヤチューブを現地でかりて、浮き輪の代用品とする。広くて深い湖に人が浮かんでいるため、監視員がいる。赤十字の印をつけた青いボートに乗り、湖の中を漕いで巡回する。
水温は夏が33度である。真冬でも平均25度を保っている。また、冬の外気は、マイナス4度ととても寒いので、屋内の温泉の方が過ごしやすいらしい。どの場所でも水温は同じになっている。地下から湧き出る温泉が時計回りにゆっくりと流れ、湖を一回りしているので、水温が一定に保たれている。1日に8600万リットルの温泉が湧く。毎分に換算すると、6万リットルの温泉が湧くことになる。28時間から30時間で完全に入れ替わる。

らくだジャーナルHP内 ハンガリー
ようこそ、温泉へ!HP内 ヘーヴィーズ温泉湖


成分と効能
ヘーヴィーズ湖は酸素とミネラルを多く含んでいる。湖底をおおっている泥は治療のためのパックに利用されている。温泉湖の近くには、立派な温泉病院があり、ヨーロッパでは温泉と医療が密接に結びついている。温泉も治療の一つとかんがえられてきた。
水質はアルカリ性で、炭化水素と硫黄を含んでいる。リューマチや通風、関節炎、慢性神経痛、婦人病に効能がある。
お湯の色は青緑色で濁っている。

ハンガリー政府観光局HP 
全国温泉データベース ハンガリー・ヘーヴィーズの温泉湖
前掲 ヨーロッパの温泉保養地を歩く、p. 64参照


入浴スタイル
ヘーヴィーズ湖は混浴なので水着を着用している。ハンガリーの通貨はフォリントである。1フォリント=約0.6円。入場料は1600フォリントで、約900円。3時間コースは900フォリント、約500円となっている。
レンタル料金は水着とタオルと浮き輪が180円となっている。
営業時間は8時30分から18時である。

ルーマニア・ハンガリー・スロバキアの旅行情報